第3話 人知を超えた力
教師生活一日目は前途多難な始まりとなった。真綾が進めていた範囲を引き継ぎ、見よう見まねで授業を行っていたのだが、ミーアがもう飽き飽きだと駄々をこねだしたのだ。
「学校って将来の前準備をするところなんでしょ? 今必要なのは戦う知識を身につけることなのに。こんなんじゃ永遠に強くなれないよ」
そうだそうだと賛同する者も現れたので、放課後特別授業を設けることにした。
教えてくれと言うからわざわざ時間を割いたのに、来てくれたのは四人だった。一人は真綾の手伝いがあるからと言って断り、残りの二人は今日はパスと言って断った。
既に全員分鍵は作ってもらっているようだが、南京錠はまだとのことだったので、俺が普段愛用しているのを使って説明を試みる。
「これが鍵、こっちが南京錠ね。この二つは対になってて、魔力を消費することで開錠し、閉じ込めていた力が解放されるって仕組みだね」
「ええっと、普通に魔法を使うのと何が違うんですか?」
質問してきたのは息の合った双子の兄弟。兄のジエチルは赤毛の眼鏡っ子で綺麗好き。妹のエーテルは白髪のボクっ子でいたずら好き。似ているようであまり似ていない兄妹だ。血が繋がっているとは思えないくらいお互いのことを話したがらない姉妹を知っているだけに、彼らのほうがよっぽど兄妹らしく見えた。
生徒たちのことはこれから知ればいいとして、今はこっちの技術を知ってもらおう。
「一番の利点はやっぱり時間のかかるレベル上げの作業がいらなくなるってところかな。機械が処理してくれるから一から術を覚える必要もないし、戦術の幅が広がると思うよ。なんなら一度試してみる?」
はい、はーい、とミーアが名乗りを上げた。
「これ、硬くて開かないんっすけど……」
「ロックがかかっているみたいだね。知識が足らないか、機械の扱いに慣れていないか、もしくはその両方かな。魔法を科学的に理解できるようになれば開くようになると思うよ」
「そのために努力が必要じゃ、レベル上げに勤しむのと大して変わらないんじゃ……?」
痛いところをついてくるモモに、勉強嫌いですとミーアが続いた。
「まあ、元々魔力の才能に乏しい俺たちのために作られたドーピングアイテムだからね。ただ、こっちのほうが近道だから勧めているわけじゃなく、これでしか得られない利点があって――」
やって見せたほうが早いかな。俺は南京錠を開け、身体から円形に発生したプラズマを操り、輪をまとったレーザー弾を前方に飛ばした。
「俺はどの系統にも属さない空間魔法の使い手だけど、このように南京錠を開き、力を開放すれば、基本となる六つの属性に限ってだけど、他の属性の魔法も使いこなせるようになる。生まれ持った属性なら、素質以上に力を引き出すことも可能だよ」
「じゃ、ますますミーアには必要のないアイテムだ」
意地悪く笑ったのは妹のエーテル。どういうことなのかはモモが説明してくれた。
「『火』、『水』、『風』、『氷』、『土』、『雷』、ミーアは基本となる六つの属性が扱えるんです」
「え……」
一戦交えた時に二つまでは確認したけど、六つとは――。常識外れすぎて軽く引いてしまった。この子の場合、才能が突出しているだけに、得られる恩恵は少ないかもしれない。
「まあでも、物は使いようって言うし、あいつがその辺何も考えてないわけないと思うけど」
偉そうにあれこれ説明したものの、魔力が動力源である以上これらのアイテムは未完成品。上の連中が真綾を危険視する理由は、異世界人のほうが魔力が高い人間が多いため。彼らがこっちの技術を扱えるようになれば、戦力差が一気に逆転してしまう恐れがある。
情報を得るために俺も国を売っているわけだけど、子ども相手だからか悪いことしているという感覚がなく、むしろ楽しくなってきた。
しかし、異世界人の機械音痴は深刻で、ミーアの失敗を笑っていた兄妹も開けることは出来ず、成功したのはモモだけだった。さすがモモと皆から称賛を受ける彼女だったが、当の本人はまったく嬉しそうじゃなく、そんなことどうでもいいと言わんばかりに、異界の扉を開ける方法について説明を求められた。
「今それを説明すると話がややこしくなるから、また今度ね。向こうの世界に興味あるの?」
「あっ、いや、ちょっと気になっただけで……」
*
ここで働きだして一週間が経った。
上司となった真綾に職員室に呼び出された俺は、ここでの生活に慣れたかどうか尋ねられた。彼女は俺が密かに鍵の使い方の手ほどきをしてあげていることを知っているようで、俺の仕事ぶりに満足しているようだった。
「まあ、教えてくれって頼まれたからね、教師として断るのもどうかと思って」
教えがいのある素材が多いのは確かだ。言い訳するような言い方になってしまったのは、俺の小さな抵抗と思ってくれていい。
任された仕事は責任をもってやるつもりだが、この場に溶け込まないようにしなくては。でないと、彼女の思う壺だ。
「けど、あの子たちにはまだ早かったんじゃないの?」
「今のところ成功したのはモモだけだね」
真綾も彼女には一目置いているようで。
「あの子は呑み込みが早いからね。すぐに高ランクの魔法を使えるようになるでしょうね」
南京錠を開けるようになるには、各属性について科学的に理解しなければならない。
物が燃えるには酸素が必要だとか、水の融点は 0 ℃で沸点が 100 ℃だとか、義務教育で学ぶような当たり前の知識も、魔法が生活の一部となっている異世界人は知らないので、長い目で見てあげなければならないが、そんなに時間はかからないんじゃないかと思う。
上級魔法が使えるようになるには、レベルが75まで到達していなければならない。レベルには上がりやすいタイプの人と、上がりにくいタイプの人に分かれていて、努力よりも才能のほうが大事になってくる。その点、南京錠を開けて魔法を使うのは単純で、必要最低限の知識さえ身につければいい。勉強にも才能が必要と言われたらそれまでだが。
「あの子に限らず、他の子も皆優秀だし、お前の期待に応えてくれるんじゃないの。どういう学校を目指しているのか知らんが」
瑞希くんはどうするべきだと思う、と就任早々今後の教育方針について相談を受けた。
「お前と一緒にいると自然と敵が増えるだろうから、戦力アップは必然だろうな」
「なんだか棘のある言い方だなー……」
「周りに自分がどう思われているのか。お前はもっと考えるべきなんだよ……。で、何時になったら情報をくれるの?」
「あら、意外とせっかちなのね」
確かに言われても仕方ない気がするが、コイツが何も情報なしに取引するとは思えない。
「瑞希くんは勇者様にまつわる逸話知っている?」
詳しいことは正直と俺は答えた。
「私たちと同じ二十三歳の時に災害に合い、死にゆく運命じゃなかった彼は無意識に異界の扉を開け、邪龍の復活で混乱に陥ったこの地を救った。簡単に言うと、こんなところね」
「上限に達しき者だっけ? その資格がある者だけが扉を開けられるようになるんだよな。今は技術が発展して最低限の魔力があれば、誰でも行けるようになっちゃったけど」
「人知を超えた力とは言われているけど、上限に達しき者は絶対数が少ないこともあって、解明されていない謎が多いのよね」
そう言って真綾は予言を告げ知らせる。
『上限に達しき者の命を捧げよ。その屍から作られる武器、愛の力を原動力に開かれん。闇の落ちた光が時空を超え、輝きを取り戻す時、上限に達しき者のあなたは新たな力に目覚め、愛する者を取り戻す機会を手に入れる。
勇者の力を受け継ぎし者は魔法の常識を覆し、成功のカギを握る人物となるだろう。
奇跡を起こすには上限に達しき者が三人必要となる。交わることのない二つの世界で、選ばれし者のあなたは探しださなければならない。不可能を可能にする一芸を極めし者を』
「あの事件には何か裏があると?」
「残念だけど、今言える範囲はここまでね。瑞希くんも確実な情報が欲しいでしょうから。新たな情報が入り次第知らせてあげるね」
その目は先の先まで見通しているようで、彼女の手のひらで踊らされているような印象を受けた。
*
「先輩、どうでした、調べてきたんですよね?」
剣と魔法とは無縁の生き方をしていた我々地球人が魔力を持って生まれくる確率は稀で、およそ三千人に一人だと言われている。魔法を使う素質があるか検査できるようになって、世間の話題が異世界一色になっていた時、俺は自分には関係ないと逆張りをしていた。
漫画やゲームは人並みに好きだったけど、その世界に入りたいと思うほど熱中したことはなかったし、現実主義で物事に関心がない俺は、自分が特別な人間だとも思っていなかった。
しかし、当時付き合っていた彼女の生田結菜が、異世界を研究する開発者の娘だったこともあり、強引に検査をすることになった。
結果は今まで調べた中で最大の数値、異世界人を含めても五人といないSランク認定だった。この結果を俺は素直に喜べなかった。魔法使いになれるかもとはしゃいでいたのは結菜だし、俺だけが良い結果だったらと不安だったが、結菜は驚くどころか勝ち誇った顔をしていた。
彼女は誇らしげに結果の出た通知表を見せてきた。
「63のCランク……」
「ただのCランクじゃないんだなー、これが。右上に星マークがついてるでしょ。これは上限に達しき者っていう特別な力を持った人間の証なの」
ダサいネーミングだなと毒を吐いたら、話を逸らさないでと本気で怒られてしまった。まだ魔法を扱えるようになったわけでもないのに、彼女の心はもうここには存在しないみたいだった。
「魔力の値って生まれたときに決まっていて、いくらレベルが上がっても増えることはないの。けど、この資格を持つ人間だけは別。心や体の成長と共にどんどん力が増していき、魔力の上限に到達した者には特別な力が宿ると、そういう伝承が異世界にはあるんだって」
「結菜がその選ばれし人間ってこと?」
「今のところ私と勇者様だけの恵まれた能力、いや、才能って言ったほうがいいかな」
ふふんと結菜は胸を張って勝ち誇った。話がすごすぎてどう受け取ればいいのか分からないが、彼女が嬉しそうなのは伝わってきた。興奮が収まらない様子ではしゃぐものだから、下の階にいる母親からおしかりを受ける。
しばし反省して結菜が仕切り直す。
「でね、日曜日のデート、キャンセルしてもいいかな。なんかね、勇者様が私に会いたいって言ってくれているみたいで、出来たらそっちを……」
「それは全然かまわないけど……」
その時何故か俺は不安になった。彼女が俺の目の前からいなくなるようなそんな不安を。こういうのを独占欲というのだろうか。