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転移者の教え子  作者: 塩バター
第三章
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第24話 母が残した魔法

 地下都市は物音一つ聞こえない静かな空間だった。陰湿な雰囲気を醸し出していて、子どもを連れてきていいような場所ではなかったが、荒れているという感じではなく、誰もここに来たことを触れられたくないかのように、顔を隠している者がほとんどだった。


 彼らはここでギルドとして活動しているようだ。団員は三十名ほどいるとのことだが、今日はシドを含めて五人しかいなかった。物が散乱としている部屋の真ん中にどっしりと座る彼はなかなか風格があったけど、こっちのヤンキーを見ているみたいで、あまり好感は持てそうになかった。


「それで、どっちが生田の男だ?」


 いつの間にかそういう噂が立っているのか。


 二度ほど対戦させてもらっているが、一度目は深夜の廃墟となった工場、二度目はモニター越しに指示を出していただけなので、まだ顔を認識してもらえていないみたいだ。


「どちらかと聞かれると、俺になるのかな」


「なら、そっちの男は、――愛人か?」


 バレちゃしょうがねえと武市は答えた。


 誰も得をしない紹介を終え、さっそく交渉に入る。手始めにシドが訊いてきたのは、俺たちがどちら側の人間なのかと言うこと。異世界側なのか、現実世界側なのか。生徒がどう思っているのか分からないけど、俺にとって回答に困る質問となっていた。それが良いことなのか悪いことなのかも分からない。


 答えられない俺の代わりに武市が答える。


「それはもちろん、弱い者の味方だろうな」


 俺は声を潜めて武市にだけ聞こえるように。


「おい、勝手にベラベラ喋るんじゃねえよ。お前の仕事はついでなんだからな」


「口下手なお前に交渉は無理だって。元々、こういうのは俺の得意分野だしな。いいから、ここは俺に任せなって」


 知られてまずいことでもないので、彼には移動中に旅の目的をざっと説明したのだが、事の重大さを理解してもらえなかったみたいだ。


 冗談と分からずにシドが訊き返す。


「弱い者っていうのは、つまり、どっちのことだ?」


「お前たちのこともでもあり、俺たちのことでもある。つまり、俺たちは助け合わなければいけないってことだ。昨日の敵は今日の友、見えざる脅威と戦うためにお互い協力しようじゃないか」


 よくもまあ、次から次へと適当なことが言えるものだ。こいつに任せて正解だったかも。


「まずはそちらの要求を聞こう」


「運び屋から奪った鍵及び南京錠の返却と、ラビ族に関する情報を求める」


「それで、それに対する見返りは?」


「それはそちらの話を聞いてからだ。サンタクロースだって事前に欲しいものを調査する。では、問おう。お前らの目的はなんだ?」


 例えは伝わらなかったようだが。


「目的はいろいろとある。だが、そうだな……、行方不明になっているとある男を見つけることが出来ればそれも定まるかもな」


「それって、勇者様のこと?」


 思わず、俺は口をはさんだ。


 もしそうなら、俺たちの目的と一致する。こっちには探知魔法が使えるモモがいるし、力になれるかもしれないと話を持ち掛ける。


「いや、違う。イアン・ダナモ。かつての勇者の仲間の一人で、この国の王だった男だ。もう十年以上行方をくらましている。ある特別な魔法によって守られていて、残念ながら探知の類は一切通用しない。しかし、確かにそいつになら見つけられるかもしれないな」


「どういう意味?」


「そのある特別な魔法をかけた人物と言うのが、テトラ・ぺスカ、そいつの母親だからだ」


「お母さんが……」


 彼女の母親は亡くなっているはずだが、まさか生き返ったとでもいうのか。


「魔力の源は生命エネルギーだと言われている。命と引き換えに魔法を使うことで、自分の魔法を死後も残すことが出来るんだ。その者が愛した人間しか使えないという話だが」


「お母さんは出産が原因で死んだんじゃ……」


「ぺスカがあの事件をどう処理したか知らんが、これは紛れもない事実だ。つまり、お前の母親は望まずに産んだ子どもよりも、愛する人間といることを望んだということだ」


「ちょっと! そういう言い方は!」


 アクアが怒る気持ちも分かるが、今は冷静にならなければならない。モモはかなりショックを受けた様子だったが、知らない母親の一面を知れて嬉しそうでもあった。


 クイクイとモモが俺の袖を引っ張った。


「先生、あの写真――」


 シドに例の写真を見せる。


「これは……?」


「彼女宛てに送られた手紙の中に入っていた。送り主はそのイアンって男じゃないかな。この場所に何か心当たりない?」


「はっきりとしたことは言えんが、東の国のはずれにある渓谷の隠れダンジョン、イマジンってところじゃないだろうか」


 対抗戦が終わった後、モモと一緒に行った場所だ。


 母親にとって思い出の場所だと言っていたけど、なぜそんなところで十年以上も身を隠さなければならかったのか。そのダンジョンにはいったい何があるというのか。


 ラビ人の情報は得られなかったが、代わりにモモの母親に関する情報が手に入った。イアンを探すことが勇者様に繋がるかは分からないが、彼女が心から愛した男に会えば、テトラのことをもっと知ることが出来るかもしれない。


 多少、遠回りになるかもしれないが、モモにとっては一番知りたかった情報のはず、今の彼女であればどんな真実も受け入れられる。俺に出来るのは教師として彼女を支えてあげること。



 追憶のダンジョンと呼ばれるイマジンは、高難易度ダンジョンに分類され、情報を求めるのであれば、攻略に協力してほしいとのこと。今までの言動から察するに彼らを指揮するシドは見切り発車であまり考えないタイプ、俺たちを騙そうなんて気はないと思うが、気を許しすぎないようにしなくては。


 出発は明日の朝になったので、その前に教師としてやるべきことをやっておかないと、生徒のメンタルケアも大事な仕事、アクアにお願いしてモモと二人きりにさせてもらった。


 勉強を教える以上にそっちは専門外で、口下手な俺が彼女を元気づける自信はないけど、母親の真実は彼女にとって重かったはず、親の愛情を知らずに育ち、心に闇を抱えてしまった悪い例を俺は知っている。


 過去と同じ失敗は繰り返さない。


 結菜と違ってモモは親の記憶がないため、言うほど落ち込んではなかった。黙々と明日の準備を進めていた。


「わざわざ心配して来てくれたんですか? やっぱり、先生は優しいです」


「一応、教師なんでね……」


 ぷくーとモモは頬を膨らませた。


「その言い方はあまり嬉しくないです。母にもそういう相手がいると分かって、嬉しいような悲しいような、今はそんな気持ちです。それより、その人に早く会ってみたいです。お母さんの愛した男性、どんな人なんだろう? 案外、先生に似てるかもしれません」


「なんで俺に似るのさ?」


 なんとなくです、とモモはいたずらっぽく笑った。


「ガッカリしたくないんで、期待はほどほどにしておきます。先生は母が掟を破って他人種と恋に落ちたことどう思いますか?」


「向こうにはそういう習わしはほとんど残ってないから、恋愛くらい好きにしたらと思うけどね」


「へへへ、私もそう思います」


 今の彼女には迷いがないようだ。負の感情をチャラに出来るほど心に余裕があるのだろう。これなら心配なさそうだ。


 おやすみと言って俺は自分の部屋に戻る。俺がいない間にすっかり仲良くなったのか、武市はサトミにトランプの遊び方を教えていた。俺にはちっとも心を開いてくれないのに、とちょっとだけ悔しかったが、眠気が限界だったので、部屋の明かりを薄暗くしてもらった。


 教師になってからは規則正しい生活をしていたのだが、その反動が来たのか、出発ぎりぎりの時間まで眠ってしまった。社会人失格の俺を叩き起こしてくれたのは武市だった。


「そんじゃあ、俺はもう行くから。真綾ちゃんによろしく伝えておいてくれ」


「あれ、お前は付いていかないの?」


「付ていきたい気持ちはあるけど、奪われたものは全て回収したし、理由もなくお前と行動するわけにもいかないからな」


 知識もつけずに無理やり開けたせいか、盗んだ鍵と南京錠は壊れて使い物にならなくなったらしく、意外とすんなり返してくれた。彼の手柄になるかは分からないが、騒ぎが沈静化すれば恐れていた事態は避けられるかもしれない。


 ドアノブに手をかけた武市に俺は訊いた。


「次会う時は敵同士かな?」


「さあ? それは真綾ちゃん次第じゃないか。助けてもらったし、上には報告しないでおいてやるよ。ただし、忠告はさせてもらう。感情に身を任せてばかりいると足元をすくわれるぞ。上辺だけで人を判断しないことだ。出来れば俺は、お前には死んでほしくない」


 俺の裏切りで散々な目に遭っただろうに、自分の心配よりも他人の心配をするお人好し。こういうところが部下に慕われる所以だと思われる。


 敵はどこに潜んでいるか分からない。彼はきっとそれを俺に伝えたかったんだと思う。

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