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転移者の教え子  作者: 塩バター
第三章
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第23話 思わぬ再会

 ぺスカ人のモモに対する反応はそれぞれ、こそこそ話したりする者、目を合わせないようにする者、聞こえるように嫌味を言う者、一日でこの国を分かった気になるのは良くないが、モモはここを出て正解だと思った。


 ぺスカ族とラビ族に関しては運び屋で働いていた時もあまり良い噂を聞いたことがなく、おおよそ想像通りでガッカリさせられた。


 逆に、印象が変わったのはローザだ。出発の日、彼はわざわざ俺たちを見送りに来てくれた。モモに対して厳しいことは言うが、それは彼なりに気にかけているからなのかもしれない。城門の前で彼はモモにこんな質問をした。


「あいつに会えたとして、お前、どうする気だ?」


「分からない……。けど、最近になって私はこっち側の人間だって自覚が芽生えてきたの。だから、きっとまたここに戻ってくるよ。その時は温かく迎え入れてくれたら嬉しいな」


「お前は自分の意思でこの国を飛び出した。俺はお前を応援する気はないし、邪魔する気もない。どう生きるかはお前次第だ。甘えたことを言っていると足元をすくわれるぞ」


 信頼とは違う何かがこの二人の間にはあるようだ。


 別れ際、モモはローザにある物を渡した。彼女が普段授業で使っているノートだ。女の子らしい字で丁寧にまとめられていた。鍵を開けられるようになるために必要なものと聞き、ローザは苦い顔をしつつもノートを受け取った。


 シドが結成したチームは若いメンバーで構成されていて、拠点は東の国の大都市であるイザベルの地下にあるとのこと。そこでは表では売りさばけない商品を取り扱っていて、まともな人間は近づかない危険な場所だともっぱらの噂だ。


 東の国は西ほど荒れてはいないけど、冒険者が立ち寄る異世界の中心地なので、世界中から強い者がこの国に集まってくる。油断は大敵、対抗戦でそれぞれ自信も付いただろうが、力を過信して勝手な行動をとられてはかなわない。


 何事もなく目的地までたどり着ければよかったが、国境を越えてすぐ問題は起こった。複数のダンジョンがある平原でモモが強い魔力を探知したのだ。


「先生、この先なにやら強い魔力を感じます。それも複数。魔力が常時減っていっているので、誰かと誰かが戦っているのかも――」


「行ってみよう」


 戦っていたのはモンスターではなく人と人だった。しかも、知っている者同士。生徒と一緒なので無益な争いに加わりたくなかったが、襲われている相手が相手だっただけに、素通りすることは出来なかった。


 例の一件でさすがに懲りたと思っていたのだが、現在も鍵狩りは続いていたようだ。対抗戦のメンバーだったダナモ人が数の力で、運び屋の男を袋叩きにしているところだった。


 対抗戦では生徒を見守ることしか出来なかったが、実戦は反則なしの何でもあり。俺が直接手を下しても問題ないわけだ。


 テレポートで現場に急行してもよかったが、ハンドルを放すわけにはいかないので、適当な場所に馬車を止めてから救援に向かった。当然向こうも俺たちのことを知っているので、争いを止めるために強硬手段に出る必要はなかった。


「楠瑞希、別世界から来た空間魔法の使い手。よほど俺たちの邪魔をしたいらしいな」


「おい、助けてもらったの間違いだろうが! お前らなんて先生にかかればものの一分でミンチに出来んだぞ。気を付けて発言しろ」


 またまたけんか腰のアクア。これではどっちがチンピラか分かったものではない。モモと一緒にアクアを宥め、こちらに敵意がないことを分かってもらう。


「邪魔しに来たんじゃないなら何の用だ?」


「君たちのリーダーと話がしたいだけだ。ただ、これ以上事を荒立てるつもりなら、悪いが、見過ごすわけにはいかないな。君たちが襲っているその男は俺の知り合いなんでね」


 命令を下せるシドがここにはおらず、突然戦闘になってもおかしくない緊張感だったが、実力差は対抗戦ではっきりしているので、ダナモ人は武器を収めてこちらの要求を呑んでくれた。シドがいる地下都市まで案内してくれるとのこと。


 しかし、その前にもう一つの問題を解決しておかなくては。


 襲われていた運び屋は俺の顔を見て苦笑いする。


 まさかこんな形で再会することになろうとは、喜んでいいのか分からない。とりあえず、アクアに以前お世話になった上司の治療をお願いする。


「また、お前に助けられたな」


 何だか嬉しそうに武市は言った。


「お前が一人で行動するなんて珍しいな」


「誰かさんが抜けた穴を埋めないといけないからな。以前鍵狩りにあった現場を徹底的に調べていたらこうなったってわけさ」


 武市は俺の周りを囲む生徒たちを見ると、


「それが今のお前のパートナーか?」


「パートナーと言うか生徒だな。まあ、俺は教師と言うよりあいつの雑用係みたいなものだけど。お前を治療しているのがアクア、俺の左隣にいるのがモモ、右隣にいるのがサトミだ」


 武市は治療をしてくれたアクアにお礼を言うと、立ち上がって服についた泥をポンポンと手で払い落とし、モモの顔を見て言った。


「その子が異界の扉を開けた女の子? 確か、パブで一度会ったっけ」


「すみません、もし、あの件で立場を悪くされたのなら謹んでお詫びさせていただきます。けど、これだけは分かってほしいです。あれは私の暴走で先生は悪くありません!」


「別に、いいよ。こんな可愛い子に恩を売れるのなら、俺だって裏切りたくなるさ」


 だよなと聞かれても反応に困るんだが。


 モモは顔を真っ赤にしてもじもじする。可愛いと言われたのがそんなに嬉しかったのか。なんにせよ、このまま話が脱線するのは良くないので、俺は核心を突いた質問をした。


「目的は鍵の回収か?」


「そうとも言えるし、そうじゃないとも言える。さすがにこれ以上は言えないな」


「これからここにいる生徒たちと、鍵狩りを計画したリーダーに会いに行くんだけど、良かったらお前も一緒に来るか? 上手くいく保証はないけど、俺が、奪った鍵と南京錠を返してもらうように交渉してみるけど」


 少しでも彼の手柄になればと思い、提案した案だったが、武市は悩んでいた。よくよく考えてみると、一人で良くやったと褒められる可能性より、一人でどうやったんだと怪しまれる可能性のほうが高いわけで、あまり旨味のない提案だったかもしれない。


「まあ、お前がいれば安全面は保証されたようなものだし。行くだけ行ってみるかな」



 地下都市は夜中にしか開かないとのことが、イザベルについたのは次の日の朝だったので、ここのルールに則ってそれまで待つことにした。


 俺もここには何度も訪れているけど、泊まったのは一度か二度あるかで、宿屋はここを熟知している武市に紹介してもらった。もちろん男部屋と女子部屋の両方を取ってもらった。


 安い宿屋だったので寝るスペースしかなかったが、長居する気はないので問題ない。長距離運転の疲れを取ろうと枕に顔を埋めたその瞬間、コンコンとノック音が聞こえてきた。


 都会に来て買い物欲が抑えきれなくなったのか、モモとアクアが俺を訪ねに来た。


「先生、せっかくなので買い物に行きませんか? 次いつここに来れるか分からないですし」


 彼女たちの主張はごもっともだけど、ここは異世界人だけでなく運び屋も使う場所だ。武市以外の誰かに見られるのはまずい。お襲い掛かってくることはないだろうけど、お尋ね者である自覚は持っておくべきだ。


 別にこれと言って欲しいものもないし、二人で行ってきたらと提案をする。ナンパはされるかもしれないが、この二人なら返り討ちに出来るだろう。


「えー、私たちは先生と一緒に行きたいんです。先生は私たちの教師でしょ? 私たちが大人に近づくためには、先生の意見が必要なんです」


 だよね、とアクアはモモに同意を求める。


「はい。先生の好みも知っておきたいし」


「下で待っているんで早く来てくださいね。財布も忘れずにお願いしますよ。そのお金は特等席のチケット代になりますんで」


 是が非でも連れていくつもりのようだ。二人とも子どもにしては常識のあるほうだけど、大人を財布扱いするとはたくましい限りだ。働き口に困ってもこの子たちならやっていけそうだ。


 はあ……、と深めのため息をついたのだが、武市はなぜか羨ましそうに。


「相変わらず、おモテになるようで結構ですな」


「年が近いからか生徒と教師の距離感じゃないんだよな……。変にかしこまれるよりそっちのほうが楽だけど、さすがに年頃の女子相手だとどう接したらいいのか分からなくなる時があるな。俺も年を取ったってことなんかな」


「俺ならこの異世界でハーレムを目指すがね。まだ結菜ちゃんのことが忘れられないのか?」


「別に……、そんなんじゃないけど。今は恋愛って気分になれないってのは正直あるかな」


「生徒だけじゃなく、真綾ちゃんに対しても?」


「それはどういう質問なんだよ。俺の中であいつは女性として意識してはいけないって認識だけど。あいつだってそうだろうよ。仕事に恋愛を持ち込むようなタイプじゃないだろ」


「さあ? それはどうかな……。モテない者同士で傷を慰め合っているから、お前はカワイ子ちゃんたちとよろしくやって来たな」


 正直、女子の買い物に付き合わされるより、ここで一眠りしておきたいのだが、仕方ないので部屋を出て二人が待っているところに。


 イザベルは何でも揃っている商店街だが、二人が真っすぐ向かった店は仕立て屋だった。店には様々な民族の衣装が売られていた。メイドの衣装だったり、海賊の衣装だったり、騎士の衣装だったり、中にはきわどい衣装も。


 大人っぽくなりたいとのことだが、現実世界生まれの俺からしたら生徒といかがわしいお店に来たみたいで落ち着かなかった。二人とも素材がいいから何を着ても似合うんだろうけど、口下手な俺に相手が求める台詞を言えるだろうか。


「先生、こういうのはどうですか?」


 試着室から出てきたモモは黒いローブに三角帽子というとてもベーシックな格好をしていた。


「いいんじゃない。魔法使いっぽくて」


「それ、褒めているんですか?」


 モモは不満げに頬を膨らませた。正直、それ以外に何と言ったらいいのか分からない。制服姿に見慣れてしまったせいか、コスプレ感があって違和感を覚える。


「先生、こっちも着替え終わりました」


 アクアが選んだのは踊り子の衣装だった。アクアの大きな胸とすらっとした長い脚が強調された衣装で目のやり場に困った。モモとは対照的にアクアは俺の反応に満足気だった。


「いつも淡々としてますけど、先生も男なんですね。ちょっと安心しました。先生が望むのならもっときわどいのも試着してみますけど。どうします? 先生が決めてください」


 そうはさせまいとモモが手をつねってきた。


「先生ってやっぱりムッツリだったんですね」


 やっぱりってなんだよ。


「アクアがその気なら私だって本気出すもん。見てて、大人の魅力で先生を虜にしてみせるから」


 そう言ってモモはバニーガールの衣装を手に取る。清楚な見た目なのだからそっちで勝負したらいいのに。何をムキになっているんだか。


「ど、どうでしょう……?」


 恥ずかしがりながらお披露目するモモを見て、こっちまで恥ずかしくなった。これではまるで俺が無理やり着させているみたいじゃないか。もし、運び屋の誰かにこんなところを見られたら、別の理由で通報されてしまいそうだ。


 試着するだけで試着して結局二人は何も買わなかった。目の保養にはなったけど、旅の疲れが一気に押し寄せたかのようなイベントだった。

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