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転移者の教え子  作者: 塩バター
第三章
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第22話 故郷

 モモの故郷に近づくにつれ、だんだん雪がひどくなり、ぺスカの王都であるマーティン城にたどり着いたのは夜明け前だった。


 難攻不落と言われるマーティン城だが、城郭都市というよりも教会に近い造りだった。敷地内には魔力を封じる光魔法が張り巡らされており、魔法が使えないようになっている。そのため防御設備は最低限に留めてあった。


「ええっと……、もうご存じかと思いますけど、私はここであまり良い扱いをされていないので、温かい歓迎は期待しないでくださいね。最悪、私だけで話を聞きに行くことになるかも」


 案の定、門番は俺たちのことを通してくれず、聞く耳も持ってくれなかった。


 外部の俺たちが交渉すると事態がややこしくなるので、ここはモモに任せることにした。同族のモモに対して横柄な態度を取る門番たち。アポなしの訪問なので無茶なお願いをしているのは俺たちということになるが、何度も頭を下げてお願いするモモを見るのは辛かった。


「最悪、私だけでもって……、お前が一番俺たちにとって忌むべき存在なんだが」


 今にも飛び掛かりそうな勢いでアクアがキレる。 


 これは出直すことになりそうだなとため息をついていると、城門が開き、ローザが現れた。探知の魔法で俺たちの存在に気づいたのだろう。


「やっぱりあの男との繋がりは絶てないようだな」


「ローザくん、あの時のこと聞きに来たの。知っていることがあったら教えてほしい」


 モモの必死な思いが通じたのか、あるいは、あの戦いで彼も気持ちの変化があったのか、通せとローザは門番たちに指示を与えた。


「いいんですか? 何かあればローザ様の責任に……」


「警戒すべきなのは生田って科学者とコイツの父親だ。こいつらはその者たちと関わりが深いが、この様子なら心配はない。俺の客だ。危険かどうかは俺が判断する」


 王位継承者のローザの許可を得て城の中に入る。


 城の中はアーチ状の天井に多数の円柱、白で統一された空間は神聖な雰囲気が漂っていた。ステンドグラスの窓から差し込む光には魔法がかけられていて、魔法を封じるだけでなく、心を穏やかにする効果もあるらしい。


「ローザくん、ありがとう」


 ローザはモモを一瞥すると。


「情報を求めに来たってことは、取引する材料は持ってきたんだろうな?」


 ええっと、とモモは俺に助けを求める。当然と言えば当然だよな。取引はいつも持ちかけられる側だったのでそこまで頭が回らなかった。


「まあ、いい。タダで情報を上げるのは癪だが、正直、取引するほどの収穫はなかったからな」


 ローザの客人として執務室に通されたわけだが、信用されたわけではないので、俺たちとローザの背後に二人ずつ計四名の護衛がつけられた。


 彼は彼で大変な立場なんだなと思い知らされる。いとこのモモは王家の血を引き、上限の達しき者、彼女に厳しく当たるのも、彼なりの葛藤があるのかもしれない。


 寒さを和らげる温かい飲み物を一口飲むと、ゆっくりとローザが話し始めた。


「結末から言うと、何もわからなかった。突然魔力の反応が消えて追跡できなくなったんでな」


「じゃあ、やっぱりあの魔力は父のもの?」


「だと思うが……、少し妙な点があってな」


 妙な点とは、と俺は訊き返した。


「俺があの試合でやってみせたように、光魔法があれば敵の探知から逃れることが出来る。しかし、実は上限以外にも反応は複数あったんだ。それが一気に消えたとなると、別の魔法を使った可能性が高い。例えば、テレポーテーション、空間魔法だ」


「ちょっと! 先生を疑っているわけ!」


 根は臆病なのに感情的なところがあるアクアが、ドンとテーブルを叩いて怒りをむき出しにする。場に緊張が走るも、ローザは冷静に護衛の槍を収めるように手で合図をする。


「別に、そんなことは言ってないだろ。俺が疑っているのは別の人物だ」


 俺以外に空間魔法が使える人物と言えば、


「ヒースとか言うラビ人のこと?」


「複製魔法は万能だからな。思えば、上限の魔力が現れたのも突然だったし、警備の目をかいくぐるにはそれくらいしか思い浮かばん」


「けど、彼にはアリバイがありますよね?」


 だな、と俺はモモの意見に同意する。ローザが上限の魔力の反応を追っている頃、俺たちはヒース率いるラビ族と交戦中だった。


「そうなのか……。じゃあ、俺の思い過ごしかな。今ラビ族で複製魔法が使えるのは、あいつだけだからな。空間魔法に至ってはさらに希少種だし、単に光魔法を仲間に共有して探知を逃れただけだったってことか」


「もう一人いるんじゃない? 複製魔法を使えるラビ人が……」


「誰だよ?」


 俺はその人物の名を口にする。


「クリストファー・ラビだ」


 場が凍り付くのを感じた。


 俺だって考えたくはない。その場合、想像以上に大きな組織と言うことになる。陰で糸を引いているのがラビ族だけとは限らないからだ。問題は何をしていたかだが、ローザもそこに関してはまったく見当がつかないとのこと。


「君は、彼についてどのくらい知ってる?」


「一昔前の人だからな……。俺が知ってるのは、勇者の旅の仲間の一人だったってことくらい。それぞれの国から一人ずつ、ぺスカ族からテトラ、アムール族からリコ、ダナモ族からイアン、ラビ族からクリストファー、その中でも奴に忠誠を誓っていたのが当時ラビ族の長だったクリストファーだったって話だ。自国を裏切って別世界に行ったのが何よりの証拠」


 ぺスカとラビは犬猿の仲でほとんど情報がないらしい。これ以上の情報を求めるのなら、ダナモ族のシドに会ってみるといいと勧められた。


「鍵狩りを阻止されたことを根に持っているだろうから、協力してくれるかは知らんが。まあ、奴は目的のためなら手段を選ばない男、ダメ元で聞いてみるんだな」


「俺は俺で必死だったんだよ……」


 行方不明の勇者様をすぐに見つけられるとは思ってないが、長旅するつもりはないので、状況次第では引き返すことになりそうだ。


 とりあえず、真綾に連絡を取って判断を仰がなくては。



『やっぱりラビ族が陰で糸を引いてるようね。それで、どうするの、瑞希くん? いくらあなたでも荒れた地である西の国に潜入するとなると、無傷じゃ帰ってこられないと思うけど』


「ローザからシドの居場所を聞いたから、とりあえず、会ってみてから考えようかなと。どのみち、生徒と一緒だから、あまり無茶せず、慎重に行動するつもりではいるけど」


『瑞希くん、生徒の前に可愛いをつけないと』


 大事な話をしているというのに、電話越しにギャーギャー喚き散らす声が聞こえた。


『先生、私も連れて行ってください!』


 あいつまだ言ってるのかよ。


『待っててください。今からそっちに向かうので。ヒーローは遅れてやってくるんっす』


『だから、駄目だって言ってるでしょ! あんたはこれから私と一緒にアムールに行くの。瑞希くんがいるからあっちは大丈夫よ。遊ぶことばかり優先していると後で後悔するわよ』


『いやだー。私がいないところで楽しくやるなんて。輪の中心に私はいたいんだー!』


「そっちはそっちで楽しくやればいいだろ……」


 むしろ、なんでそんなについてきたいのか謎だ。別に、遊びに行っているわけではないのだが。手のかかる生徒ほど可愛いというけれど、途中で投げださずにこの仕事を続けていけば、そういう感覚も分かって来るのだろうか。


 目的を見失いかけていたが、コイツと戯れるために俺は電話をかけたわけではない。


「そっちはどれくらいかかりそう?」


『双子ちゃんのことも相談したいから、思いの外、長居することになるかもしれないわね。そっちは瑞希くんの判断に任せるわ』


 了解、と俺が電話を切ろうとすると、


『ごめん。ちょっとサトミくんに変わってくれる? 話しておきたいことがあるから』


 真綾が話したいとさとサトミにスマホを渡した。サトミは俺の顔を睨みつけるようにしばらくじっと見てから、スマホを受け取った。


 何の話をしているのだろうと気にはなったが、盗み聞きが趣味になってはいけないので、ただ目的もなく執務室の中を見物していると、モモがちょんちょんと俺の服を引っ張った。


「先生、私の部屋に来ませんか?」


「私の部屋って、モモが生活してた部屋?」


「はい。亡くなった母の部屋でもあったので、何か手がかりが見つかるかもしれません。私には勿体ないくらいの広いお部屋なので、今日はそこで寝泊まりしましょう」


「時間も時間だし、泊まれるならそうしたいけど、部屋の中を勝手に物色していいものなの? 中には君の私物もあるんじゃない?」


「先生、エッチなこと考えてませんか? 私の私物は全部学校に移動済みなので、先生の期待には応えられません。残念でしたー」


「あっ、そう……」


 無邪気な笑顔でからかわれた。


 モモの寝室はまるでおとぎ話に出てきそうな空間だった。父親があんなことしていなければ、お姫様として国中の人から慕われていたのだと思うと、やるせない気持ちになった。モモは今の自分を徐々に受け入れつつあるので、俺が暗い気持ちになる必要はないかもしれないが。


 やるぞーと気合十分にモモは袖をまくった。人の部屋を漁る趣味はないとサトミは拒否したので、モモとアクアと俺の三人でガサ入れをすることに。母親の遺品は子どもの頃散々調べたらしいが、単に見つけられなかっただけかもしれないので、一緒に確認して欲しいとのこと。


 出てきたのは衣類や彼女が使っていたと思われる弓、そして、チェストの中にあった大量の手紙だ。とりあえず、手紙を調べてみることに。


「先生、この字に見覚えありませんか?」


「さすがに字だけじゃ分からないよ……。俺は科学者でも考古学者でもないからね」


 ですよね、とモモは残念そうに下を向いた。


「この手紙、どれも宛名がないんです。文字の癖を見る限り全部同じ人から送られてきた手紙だと思うんですけど……」


 アクアが首を突き出してのぞき込む。


「それ、ダナモ人の字じゃないの?」


「アクア、手紙の送り主が分かるの!」


 興奮した様子でモモが尋ねた。


「いや、そこまでは分からんけど……、私も東の国の生まれだからね。木の葉のマークが入ったそのシーリングスタンプはダナモ族のものだよ。しかもそれ、王族のものじゃないかな」


「手紙にはなんて書いてあるの?」


 差し支えなければと俺は付け足した。


「内容は全て母に対する愛の言葉です。この方は母のことが好きだったんだと思います。手紙を大切に保管していたということは、おそらく、母もこの方を――」


 勇者様が特例だっただけで、ぺスカ人は他の種族と交わることを禁止されている、どのみち、叶わぬ恋だったのだろうが、離れていても、心は通じ合っていたようだ。


「先生、手紙の中に写真が――」


 アクアが新しい手掛かりを発見する。


 そこに写っていたのは桜の木だった。


 これは一体どこで撮ったものだろう。写真はこっちには存在しない技術なので、現実世界で撮った写真という可能性もある。どちらにしても、現段階では勇者様に繋がる唯一の手がかりと言えるだろう。


「もしあれだったら、それ、先生が持っていてください。先生なら母も許してくれると思うで」


 言っている意味はよく分からなかったけど。お言葉に甘えさせてもらうことにした。大事な手がかりを俺は胸ポケットに忍ばせる。


 真綾が旅の仲間の一人だったリコと一緒なので、メールで送れば何か分かるかもしれない。あの時は試合のことで頭がいっぱいで、まともに話すことが出来なかったけど、今度会った時は知っていることを話してもらおうと思う。


「そういえば、あのシドってダナモ人が、母のこと知っている風でした」


 やるべきことがだんだん見えてきた。それだけでもここに来たかいがあった。

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