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転移者の教え子  作者: 塩バター
第三章
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第21話 先の見えない旅

「試合中に勇者様の魔力を探知した?」


 何時までも勝利の余韻に浸ってはいられない。落ち着いた頃合いを見計らって俺はモモと一緒に試合で起こったことを真綾に報告した。そうするべきだと言ったのは俺だけど、実際に勇者様の魔力を探知したのはモモなので、彼女のほうから説明してもらった。


「はい、先生やミーアよりも強い魔力でした。ローザくんが発信源を確かめに行きましたけど。その後どうなったのかは分かりません」


 なかなか二日酔いの症状が抜けず、保健室のベッドでぐたーとしていた真綾だったが、身体を起こして仕事モードに入る。


「それで、モモはどうしたいの?」


「私は……、先生たちの判断に任せます」


「と言うことだけど、瑞希くんの考えは?」


「確かめに行くべきだと思うね。無駄足に終わる可能性のほうが高いけど、ローザに話を聞きにいくだけでもしといて損はない」


 やるべきことはやっておくべきだ。


「それは私情が入った提案なのかな?」


「知りたいことがあるのはお前もだろ? どっちが善でどっちが悪かなんてのは、勝敗によって都合よく塗り替えられるからさして重要ではない。ただ、あの人は交差する二つの世界の中心にいる人だ。いずれ無視出来ない存在になる。早めに手を打てるのであれば打っておいたほうがいい」


 真綾は満足そうにほくそ笑んだ。俺がそう言ってくれることを望んでいるように見えた。


「じゃあ、瑞希くんはモモと一緒に北の国へ、私はリコ様と学校の国有化を進めてるから」


「あのー……、二人きりはちょっと」


 私と二人きりが嫌なんですかと、モモが頬を膨らませながらじりじりと詰め寄ってきた。感情豊かになってよく怒るようになったけど、その度に迫力を増していっている気がする。


 俺は慌てて弁明した。


「何があるか分からない旅を少人数でってのは……。モモがいるとはいえ、ぺスカ人も俺たちに対して友好的ってわけではないし、最低でも、アクアは欲しいかな」


「そうね、男一人ってのも辛いだろうから、行くのは瑞希くん、モモ、アクア、サトミくんの四人にしましょう。それで異論はない?」


 困った時はこれを使えばいいわと、異世界にはそぐわないスマホと南京錠を手渡された。異世界用に改造したスマホはともかく、真綾が俺のために作ってくれた新しい南京錠はまだ試作段階で開くかも分からないとのことだが、それは魔法の常識を覆す発明品だった。何も起きないとは思うが、備えあれば憂いなしと言うし、ありがたく受け取ることにした。生徒に死なれては教師の面目が立たない。


 空間魔法は緊急回避に適した魔法だ。モモとアクアの魔法については言わずもがな。サトミも損得を考えず冷静な判断を下せる男だ。これだけのメンバーが揃っているのなら、問題が起きても十分対処できるだろう。


 ただ一人、この人選に異議を唱えた人物がいた。


「私も行くっす!」


 ミーアは俺の腰に抱き着いて駄々をこねる。


「やっぱりそうだ。先生は私のことが嫌いなんだー。私はこんなに先生を慕っているのに。どうしてなんだー、猫耳か、猫耳が嫌いなんだな。はさみで切るんで連れて行ってください」


 相変わらず、面倒くさいやつだな。


「お前、南の国から御呼ばれされているんだろ? 俺たちの目的地は北のほうだもん」


 ミーアは対抗戦での活躍が国の人から評価され、王位継承者として認められたようだ。アムールでは初の試みとのことだが、南の国で正式に任命式を上げる予定になっている。これ以上国のごたごたに時間を費やしたくないのだろう。


 ゆくゆくは王位を継ぎたいと思っているようだが、遊び盛りのミーアにとっては、学校の友達と遊んでいるほうが有意義なようだ。対抗戦で女王たる片りんを見たと思ったのだけど、やはりまだ子どものようだ。


 今度こそお土産買ってきてやるからとなだめるが、ミーアが欲しいのは旅の思い出のようだ。学級委員を務めるモモが問題児を叱った。


「別に、私たちは遊びに行くわけじゃないんだから。ミーアもやるべきことをやらないと。子どものままじゃ人の上には立てないよ」


 まだ子どもだもんと不貞腐れるミーアに、モモは収穫を得て必ず戻ってくるから、用事が済んだらどこか遊びに行こうと妥協案を提示する。ミーアにとってモモは頼れるお姉さん的存在でもあるので渋々納得してくれた。



 北の国の王都まで馬車で移動することになった。馬車と言っても真綾とロイドが改造したもの。馬がいない代わりにモーターが付いていて、手綱ではなくハンドルで操作をする。魔力で動く電気自動車のようなものだ。


 夜中も移動すれば一日でつく距離ではあるけど、安全を第一に考えて一日だけ野宿することにした。最近人とばかり争って忘れがちだけど、異世界には人を襲う獰猛なモンスターがうじゃうじゃいるので、見張り番をつけなければならない。


 引率者として俺が一日見張るつもりでいたけど、子ども扱いするなとサトミが異議を唱えたので、交代で休憩をとることにした。アクアとモモにはテントで休んでもらい、俺は馬車の中で休ませてもらうことになった。


 深夜の見張りに備えて休憩を取らないといけないのだが、ようやくあの事件の手がかりを掴めるかもしれないと思うとなかなか眠れなかった。自分がどうしたいのか、どうしたらいいのか、瞼を開けてそればかりを考えていた。


「どうした、モモ、眠れないのか?」


 屋根の上から声が聞こえてきた。どうやら眠れなかったのは俺だけではなかったようだ。


「私も一緒に見張り番しようと思って――。やっぱり男女って理由で扱いが変わるのおかしいよ。向こうはそれが普通みたいだけどさ。先生もテントで休んで良かったのに……」


「お前らと言うよりも自分のためなんじゃないのか。大人の対応を見せて余裕ぶっているが、大なり小なりお前らを女として意識してるんだろ。劣情を隠して誠実ぶるのが大人のやり口だ」


「先生が、私のことを……」


 サトミの言う通り大人はずる賢いので、このまま会話を盗み聞きさせてもらうことにした。


「モモ、お前に一つだけ聞きたかったことがある。お前は父親のことを恨んでいるか?」


「どうだろう……、私は都合の悪いことには目をつむって見て向ぬふりをしていたから。あの人を恨んでいるかどうかは、直接会ってみないことには分からないって思っている。あの人の子どもじゃなかったら現在の私はなかった。そう開き直れるくらい今が充実しているのかも」


「モモ、お前、変わったな……」


「そうかな。でも、確かに、私は優しくなれた気がする。優しい人たちに会えたからかな」


「いや、優しいのは昔から。ただ、強くなった。それに比べて、俺はあの頃から何も変われてない。変われるわけもない。俺はお前とは根本的に違う。俺は人殺しだ。父親をこの手にかけた」


「その傷、父親につけられたって真綾ちゃんが……」


「ああ……。俺は父親に兵器として育てられた。元々父親は上流階級の生まれだったが、魔法と言う力には恵まれなかった。事業に失敗して立場を失った父はやがて俺に夢を託すようになった。ミーアやあの男に比べるとちっぽけな力だが、俺が生まれた東の国では、魔力の高い人間は希少価値が高く重宝される。金づるにするにはもってこいの存在だった。


 希望、絶望、怒り、悲しみ、恨み、父は全ての感情をぶつけて俺を一人前になるように育てた。暴力的指導で身体も心もズタボロだったが、俺は父に対し失望を覚えなかった。そうするのが俺の宿命だと思ったからだ。しかし、母は父を軽蔑するようになった。


 この傷が出来た日、母は父を殺そうとして、返り討ちにあって死んだ。その時だ、俺にとって絶対的な存在だった父が醜い生き物に見えたのは。俺は父に教わった剣術で父の首をはねた。


 父を殺したことを後悔したことは一度もない。俺の後悔はすぐに動けなかったこと。あの時、すぐに父親の首をはねていれば母を救えた。それが出来なかったのは俺に意志がなかったからだ。


 全てを失った俺は夜盗で生計を立てた。父に人生を奪われた俺が父に教わった剣術を駆使して人から金を奪った。馬鹿げた話だろ?


 そして、俺はあの方に出会った。


 真綾さんは父と同じく俺に多くのことを求めた。だが、必ず選択肢を与えてどちらの道を選ぶか自分で決めさせた。その結果、俺はここにいる。


 真綾さんは相手が誰だろうと心を許さない。あんなに強い人だけど、俺たちと同じ人で、同じ弱さを持っているんじゃないかと思った。自分を救ってくれた人に自分を重ねるなんて愚かなことかもしれないが、この人のために生きたいってそう思った。


 俺はお前に自分と似た空気を感じていたが、違ったようだ。いずれ道は違えるだろう」


「そっか……。話してくれてありがとう」


 誰だって辛い過去を秘めて生きている。


 結菜が何者かによって命を奪われた時、俺は感情をコントロールして、この憎しみが異世界全般に向かないように努力した。どうやら、その考えは間違いではなかったようだ。


 異世界だとか、現実世界だとか、そんな大きなもののためにこの子たちは戦っていない。この子たちは自分が生きていていいのか、その答えを知るために戦っているのだ。ただ、それだけのことで必死になっている。本質的なところでは俺となんら変わらない人なのだ。


「私は、自分の人生を諦めた身、あなたは、人の人生を奪った身。けど、私たちには共通点がある。現在は誰かに必要とされている。愛する者のために戦うのは罪じゃないよ。ねえ、サトミくんはミーアのことどう思ってる?」


「なんでそこであいつの名前が出るんだ?」


「私ね、初めてあの子に会ったとき怖かったんだ。立場の強い人間は傲慢で、悪びれる様子もなく人を傷つけるイメージがあったから。けど、ミーアは私たちを見下すことも、威張ることもなかった。友達として対等に接してくれた。それが私にとってどれだけ救いになったか分からない。生まれの違いなんて些細なことでしかない。人のありようは心のありよう。あの子は立派な王女様になるよ。私はミーアの戴冠式を絶対にこの目で見たいんだ。その時が来たら、サトミくんも一緒に見に行こう」


「それが俺たちの同窓会になれば言うことないかもな」


 将来有望な二人は馬車の上で誓い合った。その頃俺はいくつだろうなんておじさんっぽいことを考えながらゆっくり瞼を閉じた。

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