終章 アクア視点2
後日、学校のグラウンドで行われた祝勝会で、女の戦いが繰り広げられていた。四人いる女子の中で先生の隣に座れるのは二人だけ。なんとしてでも先生の隣を確保したかったけど、モモとミーアに先を越されてしまった。熱の入りようが違うモモは仕方ないとしても、ミーアに関しては完全にノーマークだった。
ミーアは年相応の子どもっぽさがあるので、先生を男として意識しているというよりも、友達の距離感で接しているだけなんだろうけど。それ故に、厄介な存在だ。
「今のところミーアより出遅れてますぜ。先生だって男、その豊満なボディーを持て余すのは勿体ないのでは? 上限に達しき者には、大台目前のおっぱいで対抗だ!」
高みの見物を決めるエーテルの頭にチョップをお見舞いして強制的に黙らせる。
私がいまいち積極的になれないのは、臆病風に吹かれているだけではない。私の気持ちはまだ遊び半分というか、彼氏欲しさからくる浮ついた感情なので、真剣そのものなモモにどうしても遠慮してしまうのだ。
男性陣ですら薄々モモの気持ちに気づいているのに、天然お姫様であるミーアはモモを挑発するかのように先生から引っ付いて離れようとせず、空気の読めない質問をする。
「先生、今回のMVPを教えてください。言うまでもなく、私っすよね」
「先生、私も頑張りました!」
とモモが珍しく対抗心を燃やす。
先生は私たちを子どもとしか思っていないのか、二人の圧力に押しつぶされそうになっても、顔色一つ変えず大人の対応をした。
「全員均等に見せ場があったから、誰とかは決めなくていいんじゃないの?」
「そんな優等生コメントは求めてないっす」
「俺が誰かの名前を上げたらまた贔屓って怒るじゃん。じゃあ、ロイドに決めてもらおう。俺と同じ目線で試合を見守っていたしね」
この無茶振りに対しロイドは、
「うーん……、強いて言うならモモじゃないかな。光魔法はやっぱり強いなって思いましたね」
「じゃあ、瑞希くんとのデート権はモモが獲得ね」
お酒を飲んですっかり上機嫌な真綾ちゃんが言った。モモはもじもじしながら朝昼晩何時でも空いてますと謎のアピールをした。
*
当日、私はデート現場にいた。最初に断っておくが、別に私は二人の邪魔をしに来たわけではない。二人の後をこっそりつけ、上手くいっているか陰ながら見守るだけだ。
いたずら好きのエーテルも、空気の読めないミーアも来ていないのに、自分でも何をしているんだろうと情けなくなる。楽しく恋愛できればそれで良かったはずなのに、自分が思っている以上に私は先生のことが気になっているみたいだ。
やっぱり帰ろうかなと後退していると、無防備な耳元に突然声をかけられた。
「二人のことが気になるの?」
声の主は真綾ちゃんだった。
「私は別に、ミーア辺りが邪魔しに来ないか見張りに来ただけで……。真綾ちゃんこそ、こんなところで何をしてるんですか?」
「私? それはもちろん、モモの恋が実るかどうか、確認をしに来たのよ。教師として生徒の恋愛事情は知っておかないとね」
恋愛よりも仕事を優先するタイプだと思っていたが、人の恋路を楽しむ茶目っ気があるとは。この感じを見るに先生とはただの仕事仲間で、今のところそうなる予定もないようだ。
「教師が不純異性交遊を認めていいんですか?」
「どこでそんな言葉覚えたのよ……。なんでもかんでも向こうに寄せるつもりはないから、アクアも好きに恋愛してくれていいのよ。というわけで、二人に気づかれないように後をつけちゃおう」
誰よりも頼りになる人だけど、彼女がやる気を出せば出すほど不安になるのはなぜだろう。
探知の魔法を使われれば一瞬でバレるが、気になる異性とのデート中に魔法を使うわけもなく、モモの瞳は好きな人だけを映していた。
対抗戦で見事勝利し、正式に国から認められ、こそこそ隠れる必要もなくなったので、良い移転先はないか二人で探しに行くようだ。第一候補は比較的友好的な南の国のどこかだが、国の垣根を越えて志願者を募るには、もっと立地の良いところを探す必要がある。
先生はダンジョン以外には詳しくないようなので、デートと言う名目でどこか良いところはないかモモに案内をお願いしたようだ。
モモが紹介したのは東の国のはずれにある渓谷だった。両岸にそびえる高さ八十mほどの奇岩、エメラルドグリ―ンの水面の上に立つ吊り橋、勇者様が最初に降り立った地として有名な場所だけど、モモがそんな場所を選ぶとは意外だった。
吊り橋の上から夕日を眺める美男美女、近づきすぎると二人に気づかれるので、会話の内容を知ることが出来たのは二人が去ってから。真綾ちゃんが時間を巻き戻し、そこでどんなやり取りが行われていたのか過去の映像を見せてくれた。先生の空間魔法も反則級だと思ったが、真綾ちゃんの時間魔法は無限の可能性を秘めていた。
「ここは母のお気に入りの場所だったそうです。父が最初に降り立った地として知られてますが、私にとってここは母を知ることの出来る唯一の場所。新天地に相応しい場所かは分からないけど、先生にも知ってもらいたくて」
あのー……、とモモは大胆な質問をぶつけた。
「結菜さんってどういう人だったんですか」
「え?」
「いや、そのー、ちょっと気になっただけで……。すみません、無神経でしたよね」
先生と恋愛する上でもっとも障害になるのが、越えられない壁として君臨する真綾ちゃんの妹だ。すでに亡くなってしまっているからこそ、生きている我々としては戦いようがない。そこをあえて触れてくるあたり、モモの本気度がうかがい知れる。
「別に、そんな焦らなくてもいいんだよ。急だなーと思っただけだから」
そうだなと先生は徐に語り始めた。
「真綾とは正反対の奴だったかな。自分に自信がないくせに他人と比較して落ち込んで、明るく振舞っているくせに根は暗くて。向こうから告白されて付き合ったんだけど、あいつが思い描く彼氏になれてたかは微妙かな。別に俺はあいつの幻影を追っているわけじゃないんだよ。ただ、もっとしてあげられることがあったんじゃないかなって。俺も君のように変わる必要があるのかもしれない。ここに来て俺は自分がどうしたらいいのか、どうしたいのか分からなくなってきたんだよね。それが良いことなのか、悪いことなのかも。人を教える立場の人間がこんなんじゃ駄目だな」
「私は別に、嫌なことから目を背けているだけで……」
確かに、モモは変わった。それも良いほうに。明るくなったというか、強くなった。対抗戦での活躍も彼女のポテンシャルを考えれば当然だけど、あれだけの活躍が出来たのは、先生に恋をして心に余裕が生まれたからだと思う。
遠目から見るモモが私には眩しくて仕方なかった。私は彼女のようにはなれない。魔法の才能もなければ、純粋で真っ直ぐでもない。そんな私が彼女と競い合うことが出来るだろうか。
「真綾ちゃんはどう思いますか? 先生は妹さんのことを忘れられるでしょうか?」
「心に負った傷はなかなか癒えないでしょうね。ただし、人は忘れることで成長する生き物なの。まあ、妹のことは心配しなくて大丈夫よ。全て時間が解決してくれるから」
まるで予知したかのように真綾ちゃんは言い切った。時間を操るこの人は何でもお見通しなのだ。本人が気づいていないようなことでも。




