第20話 国別対抗戦6
「良かった……、みんな無事で」
追いついたモモが安堵のため息を漏らす。ミーアとジエチルの活躍によりエーテルを正気に戻すことは出来たが、限界を超えて戦ってくれた二人はそのまま気を失ってしまった。
ヒーラーとして医学の知識があるアクアが、倒れた二人の状態を見てくれる。
『ミーアは魔力の使いすぎでパンクした感じかな。ジエチルに関しては触診だけじゃ分からないですね。魔力を使って身体の中を見ないと。ただ、命に関わるようなことはないかと』
「兄ちゃん……」
エーテルは罪悪感で押し潰されそうになっていた。いたずら好きでよく笑う彼女だが、それは弱さの裏返しなのかもしれない。
「エーテルはどう? 行けそう?」
『すみません、先生。ボクのせいで……』
力強い言葉が聞きたかったのだけど、模擬戦と同じ結果になったことを気にしているようだ。モモが会話に割り込んでくる。
『残る敵はダナモの七人、私とエーテルが力を合わせればいける相手ですよね?』
人数不利で状況的にはきついけど、エーテルを奮起させるためにもここは同意しておこう。
「ダナモにはこれと言った強みがないからね。サトミが粘って敵の情報を稼いでくれたし、十分チャンスはあると思うよ。ただ、敵のリーダーであるシドは強敵。二人の力を合わせないと厳しい相手だよ」
エーテルは完全に自信を失っていた。
「モモ、ボク、自信ない……」
「私もだよ。でも、ここで諦めるのは勿体ないって思うな。皆で繋いだたすきは最後まで繋がないと。二人は私たちを信じ、託してくれた。ここからは私たちが見せる番だよ。失敗することより成功することを考えよう。不幸な過去より幸せな未来を思い浮かべよう。どんな辛い時でもエーテルはそうやって笑ってきたでしょ。私はそんなあなたにいつも勇気をもらってた。ほら、いつもの明るいエーテルに戻って」
自分に期待しない生き方は楽でいいけど、本当の自分を知ることが出来るのは、他人の期待に応えることなんだとモモは言った。帰ってきてからの彼女は地に足がついておらず、普段通りの実力を出せるのか心配だったのだけど、ちゃんと良い方向に変化しているようで安心した。
エーテルも俺と同じ印象を抱いたようで、憎たらしい笑顔を取り戻すことが出来た。
『先生、MVPにはご褒美が出るんですよね?』
それは模擬戦の時の話だけど、それでやる気を出してくれるならと俺は肯定した。
『もし、私が選ばれるようなことになったら、お祝いとして先生にキスしてもらおうかな』
俺のことをからかっているとも知らず、真面目なモモは真面目に受け応える。
「駄目だよ! 教師と生徒がそんなことしたら。お互い好き同士なら話は別だけど……、そうなるには時間がかかるの!」
試合中に何の話をしているんだよ。
「盛り上がっているところ悪いんだけど、勝ってからのことは勝ってから考えようか」
ダナモは浮遊島を陣取って待ちの様相。おそらく向こうから攻めてくることはないので、ゆっくり時間を使って入念に作戦を練る。
理想としてはモモの光魔法で敵の魔力を封じ、エーテルの氷魔法で動きを止める。二対一の状況でシドと決着をつけられれば最高だけど、モモはその作戦には無理があると言う。
『相手に気付かれずに近づくのは不可能ですよ。一人ずつ敵を減らしていくのが理想ですけど、乱戦は避けられないと思います』
真綾ならもっとましな作戦を立てたのかな。なんて弱気になっていると。
「モモ、探知でエーテルの状態を見てくれる?」
それが……、とモモは言いづらそうに言った。
『さっきからずっと下がり続けているんだけど。ねえ、ロイドくん、これって元に戻ったんだよね?』
「やっぱりね」
真綾同様、不敵な笑みを浮かべるロイド。どういうことなのか俺は尋ねた。
「上がり続けた分下がっているのか、完全になくなるまで減り続けているのか分かりませんが、ジエチルのマナを吸収したことで、暴走していたマナを制御することが出来ている。覚醒した今の状態なら闇魔法が使えるはずです。ただ、ここから先は未知の領域、安全を第一に考えるのであれば無理をするべきではない。――で、どうすんの、エーテル?」
『ボクの闇魔法があれば勝てるんですよね?』
勝てるかどうかは分からないけど、状況を良くすることは出来ると伝える。モモの説得により立ち直ることが出来たエーテルは、やらせてくださいと懇願した。
やっぱり兄妹だな。
「私の働きを無駄にするんじゃないよ」
魔力を使い果たしたアクアが、ドンと背中を叩いて気合を注入した。
作戦の詳細は移動しながら説明することに。
敵は高さを利用して攻撃してくるに違いない。浮遊島の地面の深さは十メートルほど、ジエチルを陰に引きずり込んだあの魔法を使えば地上に敵を引きずり込むことが出来る。敵を分断出来れば勝ち筋が見えてくる。
当然、そのためには敵に近づく必要がある。高所を取っていることを良いことに、ダナモ組は落雷、落石とやりたい放題。ガードでかなり魔力を削られ、それなりにダメージを負ったが、ここからが本当の勝負。
エーテルが闇魔法でシドを浮遊島から引きずり込み、地面からぬるっと落下してきたシドを、待ち構えていたモモが光魔法で撃ち抜いた。敵に同情してしまうほどの連携技だったが、身動きの取れない空中でシドは風魔法を繰り出し、身体を上手く反転させ、致命傷を避けた。
さすがにダナモ族始まって以来の天才と言われるだけのことはある。
「ロイド、時間は?」
「かすっただけなので三分持てばいいほうですね」
最大の障害であるシドを無力化できたものの、思い通りにはさせまいと仲間の六人も浮遊島という強ポジを諦め、地上に降りてくる。ダナモはシドのワンマンチームと言うことは、本人たちが一番分かっているようだ。
勝負は三分という限られた時間で決まる。余力を残しつつ、どれだけ敵の数を減らせるかが勝負の分かれ目だ。
闇魔法を使えば消費した魔力を回復できる。対して、モモの光魔法は魔力を封じる力。二つの力を使って勇者様は不可能を可能にしてきた。直接手合わせしたことはないけど、勇者様の戦い方は何度か結菜に聞いたことがある。
エーテルは闇魔法の扱い方を知らないはずだが、現在は感覚でやれちゃうとのことなので、彼女を軸に作戦を立てた。
浮遊島の影になっている空間を真っ暗闇に変える。視界を奪えば人は身動きが取れなくなるが、この真っ暗闇の中でも一人だけ敵の位置を正確に把握できる者がいる。モモは闇に乗じて攻撃を開始する。
魔法の効果が及ぶ範囲は影のある空間まで。そのことに気づかれる前に敵を一網打尽に――。
魔力を封じて探知が出来ないシドは後回しにして、敵の数を減らしていく。タイムリミットまでの三分でモモは圧倒的な人数不利を覆して見せた。
残った敵は魔力が戻ったシドだけ、残った魔力はあちらに分があるけど、エーテルとモモ、光の闇、二つの力が合わされば完全無欠だ。
しかし、別のタイムリミットが刻一刻と迫っていた。
「モモ、ボクに光魔法をかけて!」
突然叫んだ理由をエーテル自ら説明する。
「すみません、先生。ボクはもうここまでのようです。さっきから意識が途切れと途切れになっていて、このままだとまたあの状態に――、ボクは助けられてばかりの人生でした。けど、もう足手まといになるのは嫌なんです。モモ、自分で自分のことを責めないで、ボクも兄ちゃんもあなたに感謝あれど恨みなんてない。ボクの力は運命によって授けられたもの。あなたの力は愛によって授けられたもの。もっと自分に自信をもって。誰が相手でもあなたのまばゆい光を遮ることはできない」
モモの光魔法でエーテルの魔力を封じると、彼女はそのまま意識を失ってしまった。彼女の無事を確認してからモモは俺に指示を仰いだ。
『先生、私はどう動けばいいでしょうか?』
戦いには相性がある。シドの魔法が風属性だということはすでに分かっている。相性の良い火魔法を使って戦えば勝機は十分ある。
『けど、相手は上級魔法を使えるくらいの使い手。相性の良い属性で打ち消せば、自分の身を守るくらいのことは出来ますが、力負けしている分、私の攻撃が通るか怪しいところです。真綾ちゃんが作ってくれた南京錠で、光属性なら上級魔法が扱えますが、基本魔法は私の魔力では中級クラスが限度です』
それなら問題ないとロイドが口を挟む。
「この戦いでモモは魔力が上がって、基本魔法も上級クラスの力を引き出せるよ。正確な数値は調べてみないことには分からないけど」
『先生、この力はいったいなんなんでしょうか?』
「さっきエーテルが言ってたでしょ。それは君自身に与えられた力だ。その力が光か闇か、証明できるのは力を持つ人間だけだよ」
火力の高い相手との戦いはミーアで慣れているのか、モモの戦い方に迷いはなかった。南京錠があれば戦力差をひっくり返せる。それを証明するかのようにモモがペースを掌握していた。
問題は敵を討つまで魔力が持つかどうか。いくら魔力が上がっているとはいえ、これまでに消費した魔力は戻ってこない。
シドは攻守を上手く切り替え、モモの魔力が切れるのを待った。ところが、モモの魔力は弱まるどころか次第に強まっていた。
「その目鼻立ち、テトラ様にそっくりだな」
息を切らしながらシドはモモに話しかけた。
「母のことを知っているんですか?」
「お前よりはな……。あの方は、世界の平和を望んで愛する人との幸せな未来を諦めた。あの方の人生を奪った者たちに加担する。それがお前にとっての親孝行なのか?」
シドと違い、俺はモモに結菜の面影を重ねていた。
結菜とは一度だけ手合わせしたことがあった。まだ異世界に行く前のことで彼女の魔力は成長過程にあり、力の差は歴然だった。手加減されて喜ぶタイプではないので、俺は彼女の全力に全力で応えた。
感情が高ぶれば高ぶるほど彼女の力は強くなっていった。
俺はその時、彼女の力が怖いと思った。この力が彼女を苦しめているように見えたからだ。けど、この子の魔法は神秘的に映った。
次の指示を与える前にモモは戦いを終わらせた。彼女が俺たちに勝利をもたらしたのだ。シドの問いに今更ながらモモが答える。
「私は、生まれてきたことを後悔してきました。しかし、無慈悲なこの世の中で私は、私を必要としてくれる人に出会えたんです。親のために生きる人生を私は選びません。親の誇りとなる人間に成長するのが母の愛に答えることだと私は信じてます」
この子は闇を照らす光なのだ。上限に達しき者はこの子のためにある力なのだと。なぜかそんな気がした。




