第19話 国別対抗戦5
「全員の力でこのピンチを切り抜けるよ。先陣を切るのはミーア。ジエチルとエーテルはそのサポートね。止めを刺すのはアクアの役目だよ。君のとっておきを披露する時が来たんだ」
「ちょっと勝手に決めないでくださいよ! 無理無理無理。できっこないですって私には。エーテルじゃ駄目なんですか?」
ミーアの魔力を回復出来なかったので、先のことも考えて戦わなければならなくなった。うちで魔力を消耗していないのはエーテルだけ。切り捨てると言ったら聞こえが悪いが、アクアの少ない魔力でここを乗り切ることが出来れば、今後に希望が見えてくる。
エーテルは魔力の暴走が怖いけど、光魔法が使えるモモとジエチルが生存しているので、戦力として十分計算できる。
説明をしている暇はないので、自信を持ってもらおうと優しい言葉で彼女を鼓舞した。
「アクアならできるから言ってるの。ヒーラーは戦闘に参加しないと思って油断しているはずだから、落ち着いて狙えば必ずや仕留められる。君にはそれだけの能力が備わっている。君はまだそれに気づいていないだけだ」
「うー……、そうやって女をはべらせるんだから。そんな風に言われたら断れません」
やるべきことは決まった。後は実行に移すのみ。
妖精で魔力を回復することは出来なかったが、寝た分魔力を取り戻したようで、ミーアは後先考えない火力任せの攻撃を仕掛ける。いつもほどのパワーは感じないけど、ジエチルとエーテルのサポートもあって、プレッシャーは与えられているようだ。
防戦一方で攻めてこないのは少々引っかかるが、モモの探知によるとラビ族の中に高い魔力を持った者はいないとのことなので、相手の出方を伺うよりも一気に攻めたほうがいい。
コンビネーション抜群な双子と、限界ギリギリで戦い続けるミーアの活躍によって、情報がなかった残りの二人の属性も分かった。後はこちらの攻撃を当てるだけ。戦闘経験に乏しいアクアは自信なさげだったので、攻撃するタイミングはこちらで指示を出した。
アクアは再生属性の上級魔法を敵に放つ。回復させた味方のダメージを、倍にして敵に送り返すヒーラー特有の攻撃手段だ。
テレポートで緊急回避可能なヒースだけが生き残り、仲間の二人は戦闘不能になった。彼らと一緒にテレポートすれば仲間も救えたと思うが、借り物の力なので即座に魔法を繰り出せるほどの練度はないようだ。
「コンビネーションの取れた良い攻撃でした。これが知恵によって生み出された南京錠。戦いの経験を積まなくても上級魔法が使え、さらに、複数の属性を使えるようになると。この分じゃ、向こうも時間の問題ですかね」
時を同じくして戦っていたモモはというと、前もって仕掛けておいた罠で敵の魔力を封じ、氷魔法で身体の自由も奪ったところだった。あまり手応えを感じなかったのか、淡々とした口調でモモが状況を報告してくる。
探知の魔法で向こうの状況を悟ったヒースは。
「向こうもやられてしまったみたいですね。さすがは勇者様の娘と言ったところでしょうか。これまでの戦いでかなり消耗しているはずなのに、魔力はまだ半分近く残っている。減っている分増えているのかな? 戦いの中で成長していく。神に選ばれた人間。数十年に一人程度の私にこの状況を打破する力はない。負けを認めて大人しく降参しましょう。そちらの司令官に賛辞を送りたいのですが、よろしければ、取り合ってくれませんかね?」
どうしましょうとジエチルが訊いてくる。
コイツ何が目的だ。
勝ちに拘っているわけでもなければ、アムールやぺスカのように執念めいたものも感じない。その割にはうちのことを相当調べているようだし、なんだか胸騒ぎがしてならない。複製魔法で探知ができるのなら、南西に現れた上限の魔力にも気づいているはず、もし、それが本当に勇者様で、彼らと無関係ではないのなら試合どころではなくなる。
エースとしてチームを引っ張るモモとミーア、気持ちが追いつかない状態で試合に出てくれた双子、損な役回りを引き受けてくれたサトミ、俺の無茶な作戦を信じてくれたアクア、寝る間を惜しんで準備してくれたロイド、皆の頑張りを無駄にしたくない。
ジエチルに無線を渡すようにお願いする。
『いやはや、感服いたしました。さすがは、誰にも心を開かないマッドサイエンティストが惚れ込んだ男と言ったところでしょうか。いずれあなたとも戦ってみたいですね』
「ということは、俺と話すのはこれが初めて?」
『心配せずとも、空間魔法などという稀有な属性を使えるのはあなただけですよ。そして、ここからは私のオリジナル、投影魔法を見せてさしあげましょう』
ヒースは左右の瞳を入れ替え、自分の感情を相手に写す投影魔法をエーテルにかけた。エーテルは頭を押さえ、悶え始める。目の色がなくなり、恐れていたあの状態になった。
*
ジエチルの無線を渡したのは失敗だった。
冷静さを失った彼は魔法ではなく、言葉でエーテルの正気を取り戻そうとした。兄妹愛を感じる優しい言葉も彼女に届くことはなく、魔力の衝撃波で吹き飛ばされたジエチルは、大木に背中を強打して気を失った。
試合が壊れる前に手を打たなくては。
「モモ!」
『はい!』
モモは一度この状態の彼女を見ているので、細かい指示を出す必要はなかった。しかし、彼女の攻撃を見ているのはエーテルも同じ、死角を突くも、闇魔法で防がれてしまう。
不意を突かないと当たらないか。
ヒースは満足そうに高笑いを決め、お先に失礼と自分だけテレポートを使って逃げた。彼の力ではこの状態にさせることは出来ても、従わせることはできないようだ。
ラビ族の目的ははっきりしないままだけど、試合に関係ないことを気にしていても仕方ない。途中退場してくれるのならそれはそれでよし。そんなことより、今はエーテルだ。
「モモをそっちに向かわせるから、ミーアはそれまで持ちこたえてくれる? くれぐれもエーテルを傷つけないようにしろよ。アクアはジエチルを連れて安全なところに避難」
『モモッペを合流させてどうする気っすか?』
「近くにいたほうが連携は取りやすいでしょ? 遠距離からの不意打ちはもう通用しないし、お前の膨大な魔力も底が見え始めている。相手の魔力を吸収する闇属性相手に、真っ向勝負を仕掛けるのはリスクもあるけど、確実性を高めるためにはそれもやむなしかな」
ミーアが俺の考えた作戦に異議を唱える。
『それじゃエーテルを助けることは出来ても、まだ余力のある二人が潰れて試合に負けちゃう。こうなった以上、勝利は絶対条件っすよ、先生。エーテルが責任を感じないためにも』
「それはそうなんだけど……」
自分を戦力の一人と数えていないということは、それだけ限界が近いということ。
ミーアの言うことにも一理あるが、教師としては生徒の身の安全を優先したくなる。勝つには彼女の正気を取り戻す必要があるが。
「けど、肝心のジエチルが気絶しているんじゃ……」
『先生、俺ならまだ行けます。やるべきことを教えてください』
アクアの無線から聞こえてきたのはジエチルの声。あまり無茶はしてほしくないが、妹がこんな状態なのにまた自分だけ気絶するわけにはいかないと妹想いの彼は譲らなかった。
俺は言った。
「真綾が言うには君の魔法には、彼女の魔法を抑え込む力があるってことなんだけど――」
『それって、光魔法がですか?』
「いや、属性って言うよりマナそのものかな。彼女がプラスだとすると、君はマイナス、つまり、対極の因子を持っているんだ。彼女を捕まえて直接マナを送り込むことが出来ればあるいは―――。ただ、これはあくまで仮説であって、上手くいく保証はないよ。それでもやる?」
やらせてください、とジエチルは懇願した。
「ジエチル、もう魔力ほとんど残ってないっしょ? ここはお姉さんにまっかせないさーい」
「妹よりも手のかかる姉は必要としてないぞ。だいたいお前のほうが年下だろうが。強がるなよ、ミーア。お前だって限界のはず」
「私は限界を超えてこそ力を発揮するタイプなんっすよ」
お互い限界でおかしなテンションになりつつあるので、今まで通りこちらで指示を出させてもらうことにした。ジエチルの本来の属性である水魔法に、ミーアの雷属性の攻撃を混ぜ、少ない魔力でも火力が出るようにする。
闇属性は光属性と共通している部分が多いが、相手の魔力を制御できる光魔法に対し、闇魔法は魔力を吸収して回復することが出来る。
闇属性相手に本来こういう戦い方はしないのだが、今回は近づいてしまえば実質勝ちなので、彼女が魔力を吸収している間の隙を狙う。
近づこうとするジエチルに気づいたエーテルは、草の影を針のように伸ばして攻撃してくる。
「ジエチル、そのまま突っ込むっす!」
じっくり攻略するほどの魔力はない。ミーアは最後の力を振り絞り、風魔法で竜巻を起こして彼女の攻撃を無効化し、同時に、砂を巻き上げて視界を悪くする。
ミーアを信じ、後一歩と言うところまで近づくことに成功したジエチルだったが、足元に発生した闇に引きずり込まれる。
闇属性は相手の魔力を吸収し力に変える。デバフを逆に利用したローザのことを咄嗟に思い出し、俺は無線で自分自身に光魔法をかけ、魔力の流れを乱れさせるようにジエチルに指示を与える。闇の支配から逃れたジエチルはエーテルの手を引き力強く抱きしめると、闇に落ちた妹を光に変えた。




