第2話 幼馴染の科学者
「すみません、うちの猫がとんだ失礼を」
急な謝罪にどうしていいのか分からず、俺はその場に立ち尽くしていた。いきなり喧嘩をふっかけてきた猫耳の不良少女と違って、この子はまだ話が通じそうだ。
「私はモモと言います。血の気の多い彼女はミーア。有名な戦闘民族の末裔で、あなたの評判を聞いて腕を試したくなったじゃじゃ猫です」
「状況が呑み込めないんだけど、つまり、君たちは鍵狩りとは関係ないってこと?」
「そういう事件が起きてるというのは知ってますけど、私たちは関係ありません。わざわざ盗まなくても教材として持っているので。まだ使い方までは教わっていませんけど。今日は私たちを指導してくれる先生の使いで来ました。良ければ私たちに付いてきてくれませんか? その方があなたに話があるそうです」
「あっそう……」
なんか嫌な予感がしてたんだよな。
「拒否権はないわけ? 俺も暇じゃないんだけど」
「その場合は土下座すればいいんでしたっけ? それが日本式だとこの前授業で――」
さすがにそこまで俺も鬼ではないので、話だけでも聞きに危険人物に会いに行くことにした。
案内がなければ見つからない山奥にそれはあった。異世界ということもあって勝手に西洋風の建物をイメージしていたのだけど、田舎にありそうな木造建ての学校だった。異世界人に制服を着せたり、かなりの徹底ぶりだ。
敷地は広大でも肝心の建物は小さいので、クラス数の多いマンモス校に通っていた都会生まれの俺からするとあまり懐かしさは感じなかったが、校舎内は俺のよく知るそれに近かった。
二人の案内で職員室まで連れてこられた。マッドサイエンティストと呼ばれ恐れられているその人物は子どものように机に突っ伏し、死んだように眠っていた。人を呼んでおいて自分は寝ているのがコイツらしいというか。
彼女のズボラな性格は生徒にも認知されているようで、有無を言わさず叩き起こされた。
「え なんで瑞希くんがここにいるの?」
「真綾ちゃんが連れて来いって言いましたよね」
呆れたようにモモが言った。
「そうだけど、タイミングってものがあるでしょ!」
化粧もしていないのにと愚痴る彼女の姿は、別人に生まれ変わったんじゃないかと疑いたくなるくらい垢抜けていた。
眼鏡をやめ、暗かった髪は栗色に、本人曰くいつもは胸元まである長い髪にゆるくパーマをあて、メイクも勉強中とのことだ。元から素材はいいので無駄な努力とは思わないけど、垢抜けたその姿はどことなく彼女の妹に似ていて、あまり良い気がしなかった。
「久しぶりね、瑞希くん、会うのは何時ぶりだろう?」
「結菜の葬式以来だから一年ぶりかな」
「もうそんなになるかしら……、時が立つのはあっという間ね、お互い歳を取るわけだわ」
普段から子どもに囲まれていると、自然とそう感じるようになるのだろうか。お互いまだ二十三で人生これからなんだけど。
「国を捨てて何をしているのかと思えば……」
「私もあれからいろいろあったのよ。そして、この子たちと出会った。今はこの子たちの先生として忙しい日々を送ってるってわけ。けれど、私には研究者としての立場もあるから、さすがに一人で切り盛りするには、体力的にも精神的にも限界になってきたんだよね。ここまで言えば大体わかるでしょ?」
「俺にその代わりを務めろと?」
うんうんと真綾は満面の笑みで頷いた。
「やだよ」
「問答無用で断っただと……」
逆に、何で引き受けると思ったんだ。
「お前に協力するメリットがないもん。本来、俺はお前を捕らえなければいけない立場にあるってこと、忘れてもらっちゃ困るんだけど」
「そうしようとしないってことは、私のこと信用してくれていると思っていいのかな?」
敵に回すのが面倒くさいだけなのだが。
国のためだったり、お金のためだったり、異世界に来ている理由は人それぞれだが、俺の場合ほとんどが私情によるものなので、指名手配犯だからと言って彼女の姉と争う理由はない。
「妹のかたき討ちをしたいのであれば、私の下で働くほうが手っ取り早いと思うけど。こっちの情報は私のほうが仕入れやすいし、なんなら、復讐にだって協力してあげられる」
「葬儀で涙一つ流さなかったお前が?」
「あら、悲しみ方は人それぞれなのよ。あなたも私もあの事件で人生を滅茶苦茶にされた人間。気持ちは通じ合えると思うけどな」
通じ合えなかった結果が今にあるのだが、条件的には悪い話ではないから悩みどころだ。
科学者でありながら高い魔力を持ち、父は異世界科学研究センターの教授を務め、自身も鍵の完成に一役買ったほどの秀才。敵に回すと恐ろしいが味方にすると頼もしい存在。
「戦争の準備でもおっぱじめる気?」
「それはこの子たち次第だから何とも言えないな。本人の努力次第で人生の選択肢が広がる。学校ってそういうところでしょ。一つ言えることは、私はこの子たちの味方であって、どちらの味方というわけでもないってこと」
「そうは言っても、教員免許も持ってないしなー……。教育実習として短い期間なら――」
やったーと真綾は両手を上げ少女のように喜んだ。
俺の気が変わる前に学校の案内を二人にお願いし、自分はぶっ倒れるように眠ってしまった。言わずに隠していることもあるのだろうが、ぶっ倒れるくらいの忙しさと言うのは、強ち嘘ではなかったのかもしれない。
*
ここが明日から先生が働く仕事場ですよと案内されるも、気になったのは机の数が少ないくらいで、これと言った特徴もない殺風景な教室だった。
学校と言っても受験があるわけではないので、独自のカリキュラムで授業を進めているようだが、ここでは一つルールが存在していて、魔法を使うのは厳禁、極力科学の力で解決するように日々訓練されているらしい。
魔法を使いこなすようになるには、経験値を稼いでひたすらレベルを上げるしかないが、鍵を扱うようになるには知識と慣れが必要なので、魔法が生活の一部となっている異世界人には理にかなった教育方法と言えるかもしれない。
この子たちの生活を豊かにしてあげたいのか、研究データが欲しいのか分からないが、怪しげな実験をしているわけでもなさそうだし、とりあえず、彼女の言うとおりにやっておけば問題なさそうだ。
授業の進め方についてはおおよそ把握したので、もっとも大事な生徒のことについて学級委員を務めているというモモに訊いてみた。
「生徒は私たちを含め七人ですね」
「思ったより少ないんだね」
「まあ、真綾ちゃんの扱いはこっちでも変わらないというか……。ここも正式に認められたわけではなく、私たちが勝手にやっているようなものなので、まともな人間は近づきもしませんね。社会のならず者のような扱いを受けています」
全寮制というわけではないようだが、真綾を含め全員ここに住んでいるとのことなので、その問題児集団を二人に紹介してもらった。
魔力を持たず親に捨てられた魔族だったり、盗みで生計を立てていた戦争孤児がいたり、ここは学校という名の児童養護施設でもあるようだ。生徒の名前は追々覚えていくとして、情が移らないように気を付けなくては。