第13話 模擬戦3
これで残るは双子とモモだけとなった。双子は仲が良いから一緒に行動しているはず、探知が出来るモモならそこに合流して、作戦を練り直していてもおかしくない。そうなってくると展開が大きく変わってくる。
それを阻止したくても探知の出来ない俺には三人が今どこにいるのか分からない。
敵の数も半分に減ったことだし、モモに的を絞る必要もないかもしれない。とりあえず、真綾の意見を聞いて判断することにした。
『ここでじっとしていても仕方ないしね』
双子はここに来るまで盗みを働いて生きてきたとのことだから隠密活動はお手の物、この林の中から見つけるのは骨が折りそうだ。
長期戦を覚悟する俺だったが、標的である双子は探さずとも向こうからやって来た。
危惧していた通りモモは二人と合流していたようだが、なにやら様子がおかしい。モモは背中に頭から血を流したジエチルを担ぎ、エーテルは身体から魔力が溢れ出ていた。まるで心がそこにないような目。彼女の身にただならぬことが起きているのは明白だった。
もはや模擬戦どころではなくなったな。
モモは敵としてではなく生徒として、俺に助けを求めてきた。
「ジエチルの状態は?」
「気絶しているだけなので心配ありません。それより、エーテルが。突然あんな状態に」
「彼女のマナは今どんな感じ?」
それがとモモは言いづらそうに、
「上下に激しく揺れ動いていて不安定な状態です。先生、エーテルは大丈夫でしょうか?」
それは俺も知りたいところだけど、今はそんなことを考えている場合ではない。パニック状態になっているモモを落ち着かせるためにも、明確な指示を出さなくてはならない。
「とりあえず、エーテルを助けないとね。君の光魔法であれを止めるよ。俺が、エーテルの注意を引き付けている隙に、遠距離から彼女のことを撃ち抜いてくれる?」
「けど、万が一先生に当たったら……」
「大丈夫だから、俺を信じて」
力強い言葉で彼女を鼓舞すると、冷静さを取り戻したのか、はいと気持ちの良い返事が返ってきた。モモに無線のイヤホンを渡して、具体的な指示は真綾に任せることにした。
転移魔法でジエチルを安全な場所まで運び、別人となったエーテルを向かい撃つことに。味方になったモモは頼もしいが、俺のほうはこれまでの戦いで大分魔力を失っている。それでもどうにか出来ると思いたいけど、あの禍々しい黒いオーラは危険な香りでいっぱいだ。
ずっと大人しかったエーテルだが、近づいた瞬間、侵入者を排除するロボットかのように俺を攻撃してきた。
エーテルの魔力はDランクで属性は氷、しかし、この状態の彼女は基本のどの属性とも違う特殊な属性を操り、ミーア並みの火力を出してくる。魔力と同時に溢れ出る物凄い汗、攻撃した後、悲鳴を上げるように痙攣する身体。この状態を保つには彼女にとって何らかのリスクが伴うみたいだ。
この子のためにも早く決着をつけなくては。
そのためにはエーテルの動きを止め、モモが撃てる隙を作らなくてはいけないのだが、黒い色をした彼女の闇魔法がそれを阻む。モモが操る光魔法と対なる属性の闇魔法は、相手の魔力を吸収して自分の力にすることが出来る。全ての魔法は光と闇から派生した属性と言われていて、ポテンシャルは計り知れない。
闇属性はレアでこうして戦うのは初めてだが、力勝負は分が悪そうだ。
テレポートで前後左右に転移を繰り返し、物理攻撃に切り替えて彼女をかき乱すと、業を煮やしたエーテルが大技を仕掛けてきた。生き物かのように木の枝が俺を襲ってくる。影を操って物体の支配下を奪う上級魔法で、かの勇者様が得意としていた魔法だ。
数の力で押し切るつもりのようだが、これだけの数を操作するのは相当の魔力と集中力が必要。テレポートを使わず攻撃を引き付ける。俺が近くにいなければためらうものはなくなる。友達を守るために撃った光の弾丸は見事に命中し、魔力を封じられたエーテルは、身体から禍々しい黒いオーラが消え、その場に倒れこんだ。一瞬ひやりとしたが、気を失っただけのようなのでおんぶして学校に戻ることにした。
駆け寄ったモモに彼女の容態を伝えるも、表情は曇ったまま晴れることはなかった。
「先生、エーテルが使ってたのって闇属性ですよね?」
「そう見えたね……」
「先生は知っていますか? 私の父が『光と闇』二つの属性を持っていたってこと」
「聞いたことはあるけど、それとこれとは関係ないんじゃない」
とか言いつつ、俺も気になっていた。
闇属性を持っている人間は俺の知っている限り勇者様だけ、それでいてあの魔力だ。モモの話では孤児を使って人体実験をしていたという話だけど、この子がそうなら、モモと関係がぎくしゃくしないか心配だ。
*
エーテルのことは一旦モモに任せ、俺は真綾を問いただしに職員室に向かった。この学校の生徒は一様に特別な事情を抱えている。スカウトしてきた彼女が知らないわけがない。
「で、あの子のあれは何なんだ? もちろん教えてくれるんだよな?」
「さあ……?」
さあって。
「私も詳しいことは知らないのよ、彼女が持つもう一つのマナが暴れ出したのは確かだけど、まだきっかけがつかめてないからなー」
「もう一つのマナってなんだよ?」
「ミーアみたいに持って生まれた力じゃなく、無理やりそう作り変えられた被験者。制御できずに本人を苦しめているみたいね」
「誰が、いったい何の目的で?」
「目的は上限に達しき者を作るためでしょうね。ラビ族が関わっているとなると、勇者様が裏で糸を引いていた可能性が高いわね」
怪しげな実験をしていたのがラビ族だったということは双子の証言から分かっているそうだ。彼らは勇者様のことを神のごとく崇めていて、勇者様がぺスカから追放された経緯を考えれば、十分あり得る話だ。
「じゃあ、勇者様がこっちに帰ってきたのって、自分と同じ力を持つ人間を探すため……」
「そう考えるといろいろと辻褄が合うと思わない?」
「モモはこのこと知ってるの?」
ううんと真綾は首を横に振った。
「出来ることなら隠しておきたかったんだけどね」
やんわりとフォローを入れておくように頼まれたが、物事には順序というものがあるので、保健室で寝ているエーテルを訪ねた。
アクアの話では魔力を限界以上に使ったため、身体に負担がかかったとのことだ。明日になれば目を覚ますということなのでまずは一安心。この学校にはけが人を見てくれる保険医もいないのでアクアが付きっ切りで看病していた。
先に意識が戻ったジエチルは心配そうにベッドで寝ているエーテルの顔を眺めていた。どこかの仲の悪い姉妹とは大違いだ。
「先生、すみません。俺、気絶しちゃって」
「もしかして、前もああいうことあったの?」
「前に一度だけ。あの時は血の海でしたけど、あの状態の彼女を止められるなんて、さすが先生ですね。俺には止められなかった。昔も今も辛い目に合うのはいつもあいつ。力のない俺には何も守れないって痛感しました」
ジエチルは責任感の強い男の子だ。自分のことよりもまず妹のことを優先し、今回もモモが負い目を感じていないか心配していた。
「モモの父親が裏で糸を引いてたとしても、モモには関係ないことですから。多分妹も俺と同じことを思ってますよ。妹のことは俺が見てるんで、先生はモモのところに行ってあげてください。他の誰でもない先生が優しい言葉をかければ心情的に楽になると思うので」
俺と入れ替わる形で来たミーアたちに、保健室では静かにするように言いつけて、モモが行きそうな場所を手当たり次第当たり、封鎖されていない屋上で見つけることが出来た。
モモも真綾を問いただしてきたようで、彼女に対して不信感を募らせたようだ。
「先生と真綾ちゃんは本音で語り合える仲ですか?」
「あいつとは長い付き合いだけど、本音で語り合えたことは一度もないかな。あいつは家族にすら心を許さない女だからね」
「私はここに来てよかったと思っているんです。友達が出来たし、先生に出会えた。導いてくれた真綾ちゃんには感謝してもしきれないけど、たまに思うんです。彼女は私が上限に達しき者だから。あの人の娘だからここに連れてきたんじゃないかって。だから、エーテルたちがここにいるのもきっと理由があって、私たちの関係は自分たちで積み上げたものではなく、作られたものなのかなって」
「あいつにどんな思惑があろうと関係ないんじゃない? 君は自分の意志でここにいるわけで。自分に嘘をつかなければそれが君の答えだよ。そのためには自分を強く持つことだね」
少しは先生らしいことが出来るようになってきただろうか。人を励ますのは得意ではない俺には当たり障りのないことしか言えないが、同僚があれなので俺がしっかりしないと。




