第11話 模擬戦1
「先生、見てください。出ました、ハイスコア!」
得意げにゲーム画面を見せてくるアクア。実験の合間にロイドが作ったコンピューターゲームは素人とは思えないくらい良くできていて、ハマる気持ちは分からなくもないが、今は他にやるべきことがあると思うのだが。
「君さ、こんなところで油を売ってて大丈夫なの?」
こっちは対抗戦の準備で忙しいって言うのに。
修行を見てほしいとせがむミーアをなだめ、今は実験室にてロイドと作戦を練っている。ミーアとモモはそれぞれ国の出身者なので、まずは二人からもらった情報の整理から。さすがにミーアのような化け物はいないが、将来国を背負って立つエリート揃いということもあって、一癖も二癖もある連中だった。
都会育ちのアクアもそれが分かっているのだろう。不貞腐れたようにこう言った。
「修行と言ったって何したらいいか分かんないもん……」
「再生魔法は貴重だから高ランクの魔法を使いなせるようになれば欠かせない戦力になるよ。アクアは成績自体も悪くないんだからさ、本番までには十分間に合うと思うけどね」
「けど、私……、実戦での経験がないから」
対抗戦に向けて本格的に生徒たちの南京錠作りを始めた真綾が話に割り込んでくる。
「じゃあ、実戦感覚の模擬戦をしてみる? 瑞希くん対生徒で対戦するの。何か特典があったほうがやる気出るだろうし、そうね、瑞希くんに勝ったらご褒美を出すっていうのでどう? 授業の要望でもなんでもいいわよ」
「それって、私的なことでもいいんですか? 例えば、先生とデートしたいとかでも」
やる気を出してくれるのは嬉しいけど、理由が不純すぎて素直に喜んでいいのかどうか。こっちでは校則どころか法律もろくに整理されていないので、教師と生徒がそういう関係になっても咎められることはないのだが、だからと言って手を出していいわけではない。
モモがそうだったように、二人で遊びに行くことをデートと言って、大人をからかっているだけだと思うけど。
まあ、どのくらいやれるか知っておきたかったし、模擬戦をやること自体は賛成だ。
「じゃあ、瑞希くんが勝ったら、私と瑞希くんがデートするってことで――」
「だったら、お前も一緒に戦えよ?」
俺とデートしたいなんて微塵も思ってないくせに、これ見よがしに面倒事を押し付ける幼馴染に俺は抗議をする。
「本番に向けて私はオペレーターの仕事をロイドくんに叩き込まないといけないからね。まあ、瑞希くんなら一人で十分でしょ」
だから、人のこと買いかぶりすぎなんだって。南京錠を開けられるなら条件は同じだし、ミーアとモモに至っては俺よりも才能があり、今でもかなり苦戦を強いられる相手なんだが。
*
『もしもーし、瑞希くん、聞こえてますかー?』
無線のイヤホンから陽気な声が聞こえてくる。電気が通っていない異世界では画期的なことだが、小学生の時からスマホを持たされていた現代っ子の俺からしたら驚きはない。
上空にはロイドが操縦するドローン。魔力を持たないロイドは戦闘には加われないので、このドローンが実質七人目の代表となる。本番ではそこから映し出される映像を見ながら俺とロイドで作戦を立てて生徒に指示を与える。
魔法では出来ないことを科学の力で補う。うちの一番の強みはそこにあるわけだが、その要となる天才がいまいち頼りにならない。
「もう少し真面目にお願い出来る? お前が言い出したことなんだから少しは責任持てよ」
『最初に狙うのはモモ?』
「モモとアクアの二人だね。他の四チームがどこまでうちの情報を持っているのか分からないから何とも言えないけど、本番でもこの二人は狙われるだろうから用心しないとね」
『おっ、意外とマジな感じ? 瑞希くんってこういうの燃えるタイプだったっけ?』
「模擬戦で手を抜いてどうするんだよ。当然勝つつもりでやるよ、俺は。それより、報酬を用意したの失敗だったんじゃないの? 逃げも隠れもしないあほちんが二人いるんだけど」
本番に向けてチームワークを磨くことも必要だが、目の前にいる馬鹿二人は俺との真っ向勝負を望んでいるらしい。
「先生にリベンジするこの時を待ってたっす! モモッペばっか贔屓して、今度は絶対に私も連れて行ってもらうんっすから」
コイツまだ根に持ってたのかよ。
「その煩わしい尻尾と耳をどうにかしてから言えよ」
「なんだとー!」
ミーアと口喧嘩しているのはサトミ・グレイス。黒髪マッシュの男の子で、顔にある大きな傷は実の父親からつけられたものらしい。生きる目的を与えてくれた真綾に対し、特別な感情を抱いているようだ。そのせいか、ただの幼馴染に過ぎない俺に敵意を持っていて、話しかけても基本無視される。
魔力の高さはBランクでミーアに次ぐ二番目、ミーアは当然マークされるだろうから、彼には必要以上の活躍をしてもらわないと困るのだが。本番で俺の指示を聞いてくれるか心配だ。まあ、それはミーアも同じだけど。
「そっちだって不純な目的に使おうとしているくせに」
ふんとサトミは否定も肯定もしなかった。
『どうするの、瑞希くん。狙いを変える?』
「いや……、狙いは変わらずモモとアクアだね。特にモモは探知があるから無視できないよ。あの子なら隙を見て必ず撃ってくる。やられない程度に二人の相手をしつつ、彼女の初手を防いで位置を把握するのがこの場合の最善かな。そっちの機械で正確な射撃場所を特定できるよな?」
『あら、私を誰だと思っているの?』
本当に頼りになるんだか、ならないんだか。
狙撃を警戒するあまりやられては元も子もない、まずは目の前の敵に集中しなくては。
前回の反省を活かしていないのか、ミーアは火力重視のおみくじショットを連発する。属性も気分によって変える自由気ままさ。相性の良い属性で打ち消せば魔力の消費も少なく済むので見た目の派手さほど脅威は感じない。
気がかりは土の中に潜って姿をくらましたサトミのほうだ。彼については情報が少ない。土属性の魔法を操る接近タイプの剣士みたいだが、ゴリ押し一辺倒のミーアと違って、地形をうまく利用して戦う器用さを見せてくる。
障害物のない開けた場所で戦っているのに、土の中を潜り下から俺との間合いを詰め、魔力の帯びた剣で針地獄のように攻撃してくる。足に魔力を集中させジャンプしてかわすと、空中で身動きが取れないことをいいことに、ミーアが龍の形をした炎を口から吐き出した。テレポートで回避して一旦間合いを取る。
この二人、人としての相性は最悪だが、意外と息のあったコンビプレイをしてくる。
後々のために魔力は取っておきたかったけど、受け身のままでは耐えられそうにない。俺は水属性の上級魔法で天候を晴れから雨に変えた。
こうすれば属性の選択肢を絞ることが出来るし、土が泥になれば行動も制限できる。視界が悪くなるというデメリットはあるけど、それは向こうも同じ条件なので不利にはならない。
「おい、お前のせいだぞ、どうしてくれるんだ」
「何でもかんでも私のせいにするなよな」
「いいから、なんとかしろ」
ミーアはブツブツと文句を言いながら持ち前のセンスで俺の作った雨雲を雷雲に変えた。
『上書き魔法されたの初めてなんじゃない?』
「そんな初体験いらないんだけどな……」
高い魔力を持った人間は相手の魔法を飲み込み、自分の魔法にすることが出来る。これをするには相当のセンスと能力が必要になる。相手と同じ属性の魔法を使えないと出来ないし、さらに魔力の最大値が上回っていないといけない。
しかし、自然の力を操るのは至難の業、威力はあっても技の精度は大したことなく、どうにか丸焦げにならずに済んだが、標的であるモモがなかなか餌にひっかかってくれない。
雨で視界が悪くなっているのはこの一帯だけ、撃ちやすい状況は作ったつもりなんだけど。
『瑞希くん、あれを使ってみたら? 多分、モモは二人を囮にするつもりだから、攻めに転じないと後手後手に回るだけだと思うよ』
「そのようだね」
本部に作ってもらった鍵と南京錠は全て破棄したので、手持ちは少ないのだが、真綾の作った南京錠は独創性に富んだものが多く、選択肢と言う意味では以前よりも増した印象だ。
しかし、これを使うには敵に近づく必要がある。
この二人の性格からして正面から突っ込めば真っ向勝負に応じてくれるとはず、守りを捨てて俺は自分から攻撃を仕掛けた。
ミーアの隙の大きい高火力魔法をかわしてテレポートで彼女の背後を取ることに成功したが、これはさすがに警戒されていたようで、サッカーで鍛えた蹴りもかかんでかわされる。
逆にサトミに背後を取られて一転ピンチに、これは予め予期していたというか、仕掛けを仕込むためのものだったので計画通り、土に強い水の盾で彼を捕まえることに成功し、ベルトに例の仕掛けをセットした。そのままサトミを転移魔法でミーアの頭上に飛ばし、ぶつかった拍子に体勢を崩した彼女にも同じ仕掛けを。
これでこの二人は攻略したも同然。後はモモの居場所を特定するだけ。俺はミーアに引けを取らない火力で芝居を打った。真綾の読み通り、俺が攻撃に転じるその一瞬を狙っていたようで、魔力を封じる光の弾丸が飛んでくる。
鍵狩り襲撃の時は不意をつかれて当たってしまったが、警戒していれば十分対処できる。死角に土の壁を作って光の弾丸を防ぎ、狙撃地点を変えられる前に無線で真綾に居場所を訊いた。
『八時の方向、距離は三百十三ヤードってとこかな』
思いの外、正確な情報に顔をほころばせながら、俺は言われた地点にテレポートで飛んだ。目標の人物は木の上でスナイパーライフルを構えていた。
「見つけたよ、モモッペ」
モモはぷくーと頬を膨らませた。
「モモって呼んでください」




