第10話 将来、国を背負って立つ者たち
真綾に呼び出されて職員室に行くと、見知らぬ異世界人が隣に立っていた。猫のような耳にしっぽ、誰の母親かすぐに分かった。
「初めまして、ミーアの母、リコと言います。うちのじゃじゃ猫がお世話になっています」
南の国を統べるアムール族の長であり、四人いる勇者様の旅の仲間の一人だった人物。アムール族は生まれつき魔力が強い人間が多く、運び屋の中で一番魔力が強かった俺は、この人と比べられて力量を図られていた。どうやら彼女もそのことを知っていたようで、挨拶ついでに模擬戦を申し込まれた。
見た感じ、怒ってはいないようだけど、何か問題でもあったのだろうか。実は、と真綾が事の成り行きを教えてくれる。
「例の鍵狩りの件が問題になっていてね」
「あの件に関してどうこう言われる筋合いはないぞ。被害を被ったのはむしろこっちだし」
真綾と同じお尋ね者となって一か月、これと言って本部に動きがなく、今すぐどうにかなる問題ではないと安心していたのに。
俺自身、あの時ああしてたらと思うこともあるが、あの事件以降モモは明るくなったし、終わり良ければすべて良しと考えないようにしていた。それなのに、今更蒸し返されても困る。
誤解しないでと真綾が怒る俺をなだめる。
「瑞希くんが悪いって言ってるわけじゃなくて、リコ様が問題視しているのはね、これが戦争の引き金にならないかってことなの」
「報復があるかってこと? 今すぐってことはないんじゃないかな。誰か死んだわけでもないし。いずれにせよ、鍵と南京錠は盗まれたままだから、その回収には来るだろうけど。よその国の心配まで大変ですね?」
「我々には関係ないと見て見ぬふりをすれば、共倒れするのがオチですからね」
しっかりとした考えを持ったお人だ。ミーアもこれくらい落ち着きがあればいいんだけど、南の国は今砂漠化が深刻で、よその国に構っている暇などないと思うのだが、この人はこれを異世界全体の問題だと捉えているようだ。
「我々は真綾ちゃんという強力なカードを持っていますが、彼女を信用するかどうかは南の国でもまだ意見が割れているのが現状です。しかし、こうなってしまっては時間の問題。私はこの学校を正規のものにしたいと思っています」
「瑞希くんは知らないと思うけど、この異世界では年一度四つ巴の国別対抗戦が行われていてね、リコ様の計らいで今回私たちもゲストとして参加させてもらうことになったから、瑞希くんにはその準備をしてもらいたいんだよね」
二十歳以下の将来有望なエリートを一堂に集め、自国にチームに分かれ、四国の境界線が交わる場所で国の誇りをかけて争う。
四つの同盟国がどのくらい仲良いか知らないが、エリート思考の人間はプライドが高く、育ちの良さで人を判断しがちだ。底辺にいる俺たちと同じくくりにされてご立腹のはず、極端な試合になるのは目に見えている。
「アムール族と共闘するって線はないんですか?」
それは無理ですねとリコが言った。
「一族の中で最も強いと認められた人間が王座に就くというのがうちのしきたりなので。才能という面で抜きんでている彼女には是が非でも勝たせたくないはずですから。ミーアとの勝負にこだわって試合を捨てるなんて可能性も」
真綾はそのくらいハンデがあったほうが好都合と言うが、戦うのは俺たち教師ではなく、大事な生徒だということを忘れてもらっては困る。
*
「そういうわけで、対抗戦をすることになったから、授業の内容が多少変わるかもだけど、そこらへんは臨機応変にやってくれれば」
ようやく学校らしいイベントが来たっす、とミーアは闘志を燃やしていた。
「ミーアは前回も出たって聞いたけど?」
「先生、人の黒歴史を蒸し返さないでほしいっす」
前回はぺスカの連中に囲まれて敗けたらしい。チームの連携がまったくとれなかったとのことで、今回こそは意気込むミーアだったけど、他の生徒のリアクションは薄かった。
「あのー……、それって強制なんですか? 死者が出ないように配慮するって話だけど、言い換えれば、危険が多いってことですよね」
不安そうに訊いてきたのはアクア・プリースト、金髪碧眼の女の子でみんなのお姉さん的存在。ヒーラーは貴重と真綾にスカウトされたようだが、魔力が必要最低限の値しかなく、本人はおしゃれと恋愛にしか興味がないみたいだ。
休み時間に質問されることはあっても、好きなタイプはなんですかとか、年下と年上どっちか好きですかとか、くだらない質問ばかりだ。子どもながら豊満に育った胸を押し付けて大人をからかってくるので対応に困っている。
「俺も足手まといにしかなんないし」
魔法が使えないロイドがそれに同調する。
「ピンチの時は私が駆けつけるんで問題ないっすよ。皆で勝利を勝ち取りましょう!」
強気な発言をするミーアを無視してアクアが言った。
「先生がいてくれたら心強いんですけど……」
「俺は戦いには加われないけど、オペレーターとして指示はだすつもりだよ。参加人数は七人って決まっていて、魔力のないロイドを戦場に出すわけにはいかないから、それ故に許された救済処置って感じかな。ロイドには七人目の代表としてその手伝いをしてもらうよ」
「まあ、それなら……」
死者が出ては各国同士の関係に亀裂が入る。そうならないためにも各国の代表者が一人ずつ審判として生徒を見張り身の安全を確保する。うちは真綾が出ることになっていて、彼には彼女の代わりを務めてもらうことになる。
彼自身は荷が重いと思っているようだが、真綾は彼の能力をすごく買っていて、自分にも出来ることは彼にも出来ると考えているようだ。いずれ自分の仕事を引き継いでくれる存在だと。
生徒を代表してモモが訊いてくる。
「うちが参加するメリットはあるんですか?」
「勝てば学校として正式に認められるらしいよ。あとは祝勝会を上げるとも言ってたな」
「それって、先生も参加するんですよね?」
「何? 俺だけのけ者にするつもり?」
「へへへ、そういうつもりで言ったんじゃないです。先生のいた世界と違ってここはお酒も結婚も制限のない自由な国なので、この機会に先生にいろいろと教えてもらおうかなって」
ぺスカ族は他種族との交配が許されないほど高貴な存在って聞いた気がするけど。
あの事件以降明るくなったモモだが、足が地についていないというかなんというか。この子がこんな状態で勝てるのだろうか。
いつまでこの子たちの先生でいられるか分からないが、このイベントは運動会や文化祭と言った思い出に残るようなものではなく、将来の選択肢を増やすという意味で大事になる。出来れば勝たせてやりたいが、今のところ不安材料しかなくて光が見えてこない。




