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転移者の教え子  作者: 塩バター
第一章
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第1話 勇者の恩恵

 十五年前、災害に巻き込まれ死んだとされていた男が蘇り、世間を騒然とさせた。彼は種も仕掛けもない魔法を大衆の面前の前で披露し、自分は異世界転移していたのだと証言した。


 世界中の名だたる科学者が彼の手土産を研究し、十三年の歳月を経て異世界の扉を故意にこじ開けることの出来る『鍵』と、奇跡を可能にする道具『南京錠』を作った。


 異世界を救った勇者様の故郷ということもあって、我々地球人は歓迎されるはずだった。しかし、卑劣な事件は起こってしまったのだった。



 森の精霊が住むと言われる古の遺跡で俺は人間の三倍近くある大蛇と格闘していた。小さい頃から爬虫類は苦手で、出来ることなら近づきたくない場所なのだが、直属の上司からの頼みとあっては断れない。


 デカい図体は見掛け倒しで火力も防御力も低く、単体なら恐れるに足らない相手だが、厄介なのは周りでうじゃうじゃする幼蛇の存在だ。一匹一匹が魔力と体力を同時に奪う毒を持っていて、油断していると瞬く間に形勢逆転、ゲームオーバーになりかねない。


 一匹ずつ相手をしていても時間がかかるので、まずは火力を抑えた風属性の範囲攻撃で幼蛇を一掃し、火力の高い火属性の大技で親玉を仕留めた。


 モンスターの討伐が完了したタイミングで、物陰に隠れ戦況を見守っていた上司、武市圭太がお疲れさんと試験管を持って現れた。彼は屍となった大蛇の口をこじ開け、勝利の報酬として毒入りの分泌液を採集した。


「いやー、お前がいると仕事が楽でいいわー」


「お前さ、依頼だけして街に残るんならともかく、一緒についてくるなら少しは手伝えよな。俺はお前の部下であってパシリじゃないんだぞ」


 上司に向かってため口をきいている俺も問題だけど、彼とは同期入隊した腐れ縁で、上司というよりも気のいい兄ちゃんといった感じだ。実際、魔術の才能はあまりなく、社交性や人付き合いの良さで出世したタイプなので、こうして依頼されることも少なくない。


 普段、好き勝手やらせてもらっているので、このくらいのお願いなら不満はないのだが、これはついでで本当の依頼があるはず、いつものように彼が良く通うパブに案内され、わざわざ俺に会いに来た目的を告げられた。


「最近、何か周りでおかしなことなかったか?」


「最近?」


 なんかあったかな……。酒を飲んで考える。


「変な輩に絡まれたとか、そういった類の」


「別にそれは今に限ったことじゃないからな」


 これといって心当たりがなさそうな俺を見て、いやなと武市が事情を説明した。


「最近鍵狩りが横行しててな、なにかと目立つお前なら何か情報を持っているんじゃないかと思い、こうして聞いてみた次第さ」


「まあ、勝手にこっちの世界にやってきて、好き放題しているのは俺たちのほうなんだから、そういう輩が出るのも無理はないだろうな」


「思いの外クールな反応だな……。こっちの住人にとってはガラクタも同然だけど、鍵と南京錠、俺たちにとってあれは言わばパスポート、命の次に大切なものだぜ。今のところ死者は出てないから大事にはなってないが、どちらにしろ、このままにしておけないからな。こうして情報を集めて回っているんだけど、なかなか足がかりがつかめないんだよね」


 協力の要請をされるかと思って身構えたが、まだそういう段階でもないらしい。


「上の連中はなんて言ってるのさ?」


「真綾ちゃんが関わっているんじゃないかって」


 それはないでしょと俺はきっぱり否定した。彼もそんなこと分かりきった上で、俺の反応を見るためにわざと彼女の名前を出したみたいに見えた。


 彼女とはあれっきり会ってないのかと訊かれる。


「会いたくても居場所が分からないんじゃね」


「会いたいとは思っているんだ、意外」


 そういうつもりで言ったわけではないのだけど、必死に否定すればするほど嘘っぽく聞こえるので、ここは肯定も否定もしないでおいた。


「噂ではこっちで学校を作ったって話だけど、戦争でもおっぱじめるつもりかな?」


「あいつの話はもういいよ……。学校と言えば、さっきからずっと気になってたんだけど、そこにいる制服の子はどこの誰よ? なにあれ、お前の趣味?」


 はす向かいの席に座っている女の子のことで、耳下で結んだ編みおろしのツインテール、色白の肌に鮮やかなピンク髪、見た目は派手だが、異世界人だと見た目で分かるほどの特徴はないし、コイツの連れかと思ったのだが、冷静に考えてあんな可愛い子が彼女なわけないか。


 この店は人気の少ないところにあるパブで、怪しげでさびれた店内は居心地が悪く、俺たちみたいな訳ありの人間しか利用しないのだが、管理職で顔の利く彼が知らないとなるとこっちの人間。こっちじゃ十代でも酒は飲めるし、あまり気にしても仕方ないか。


「コスプレ? もしかしたらこっちの文化が好きで、俺たちにアピールしてるのかも?」


「そんなやついるかよ……」


 一年前、観光に来ていた日本人が一人殺されてから、異世界人との関係は悪化。犯人は未だに捕まっておらず、被害者の父親が鍵の開発者で、現実世界と異世界を繋ぐ重要な人物だったことから、計画的なテロだったんじゃないかと噂された。


 魔法という地球にはない圧倒的な力に対抗すべく、我々『運び屋』が生まれた。現実世界には存在しない異世界の資源を密輸し、科学の力は物凄いスピードで発展していった。今では力関係が逆転しつつあり、魔力のない人間にも魔法を使えるようにすること。それが実現すれば数の力でこちらが優位に立てるのだが、思いの外難航しているようだ。


 パブ同様、泊まれる施設は限られてくるので、モンスターが襲ってこないようにしっかり魔法で対策を取って、森林地帯で野宿をする。


 俺たち運び屋はこうやって生活している。現実世界と異世界の境界線をなくすために――。



 この辺りは昨日さんざん探索したので、今朝は早起きして山の頂上にある高難易度ダンジョンの入口を目指すことにした。今月のノルマはすでに達成しており、わざわざ危険なエリアに足を踏み入れる必要はないのだが、鍵狩りが横行すれば辞職者も増えるわけで、その分ノルマも増える。早急かもしれないが、下見がてら行ってみることにした。


 出発して程なく誰かにつけられていることに気づいた。


 しかし、あまり尾行に慣れていないのか、俺のことを見失わないように突然走ったり、俺が後ろを振り返れば歩を止めて視線を逸らしたりと、子どもの遊びに付き合っているみたいで何だか馬鹿馬鹿しくなってきた。


「さっきから俺のことつけてきてるけど、何か用?」


「私の尾行に気づくとは噂通りの男だな」


 別に俺じゃなくても気づけたと思うが。


 木の陰から姿を現したのは制服を着た女の子だった。しかし、昨日パブにいた女の子と違い、明らかに異世界人だと分かる風貌。猫のような耳にしっぽ、灰色がかった茶髪に鋭くとがった八重歯。コスプレしているということは昨日の子の仲間なのかな? それとも、この格好がこっちで流行っているとか。


「俺のこと知っている感じだけど――」


 街に行けば手荒い歓迎が待っているのが常だが、遊び盛りの子どもに絡まれたのはこれが初めてだった。


「空間魔法の使い手、楠瑞希だろ? 世界に五人といないSランク認定の魔力持ち。魔法の力によって国を発展させてきた我々の世界、科学の力によって国を発展させてきたそちら側の世界、どちらが上かはっきりさせましょう」


 彼女は戦いたくてうずうずしているようで。


「どうしたんっすか? 私は準備万端っすよ」


 盗人というよりも戦闘狂に見えるが、武市の言っていた鍵狩りと関係がある人物なのだろうか。争いの絶えないこの世界では孤児が多く、子どもが犯人でもおかしくないけど。


「子どもだと思って甘く見るのも今の内っすよ」


 業を煮やした彼女は手のひらで氷晶を作り、弾丸のように発射させた。


 尾行は素人みたいに下手くそだったが、持っているものは確かだった。使い手の少ない氷属性の魔法を扱うことが出来、容量を考えず乱発するだけの高い魔力を持っている。喧嘩を吹っかけてくるだけのことはある。


 ただ、実戦での経験は少ないのか動きは直線的。森の中ということもあって障害物も多く、かわすことは造作もなかった。防戦一方で一度も攻撃してこない俺を不満に思ったのか、戦闘中だというのに喋りかけてきた。


「私相手に魔力切れを狙うのは賢くないっすよ」


 世界に五人といないと俺を持ち上げていたが、魔力の量だけなら俺と同じかそれ以上、自分もその一人だとアピールしたかっただけのようだ。


 長期戦は俺も望んではいないけど、ポテンシャルの高さだけなら過去一の相手なので、子どもだからと油断せずに慎重に行くことにした。


 彼女には聞いておきたいこともあるし。


「俺たち運び屋から鍵を盗んでいるのって君だろ?」


「知らないことには答えられませんね。あなたの言う鍵ならここにありますけど――」


 そう言って彼女は首にかけた鍵を取り出した。頭の中がクエスチョンマークでいっぱいになるが、聞きたいことは他にもある。


「なら、そのふざけた格好は?」


「自分ではイケてたつもりだったんだけどな、そんな風に言われるとショックっす……」


 そういうつもりで言ったんじゃないが、上手い具合に感情を揺さぶることが出来たので、畳みかけるように彼女の容姿をいじると、案の定、冷静さを失って大技を仕掛けてきた。


 彼女は周りの空気を操りつむじ風を発生させる。強い魔力を込めたその技はかまいたちを彷彿させるかのように大木を切り裂いていく。


 邪魔な障害物を大技で排除しつつ、遠距離から攻撃をしかける合理的な作戦だけど、まだ粗削りなのか自分でも制御できていない。


 基本的に魔法は一人につき一つの属性しか使えない。にもかかわらず、彼女は複数の属性を操り、放出されるパワーも最高レベル。怖さを感じないのは能力にかまけて力押し一辺倒だから、素材はいいのにいろいろと勿体ない子だ。


 大技を繰り出した際に生まれる僅かな隙を俺は見逃さなかった。テレポートで背後に回って彼女の手首を掴み、もう片方の手で肩を押さえつけた。


 バタバタと暴れまわる彼女の小柄とは思えないパワーに悪戦苦闘していると、どこからともなく現れた仲間の奇襲に反応が遅れてしまい、魔法を覆った拳をかわす流れで、押さえつけていた猫耳の少女の拘束を解いてしまった。


 距離をとって仲間の姿を確認する。やはりというべきか、昨日パブにいた女の子だった。ということは、あの時からつけられていたということか。まったく気配を感じなかったので油断していた。


「モモッペ、助かったっす」


 よーし、と猫耳の少女が気合を入れ直した。


「余裕ぶっこいていられるのもここまでっすよ。モモッペと私がタッグを組めば出来ないことはないっす」

 

 この子と同等の力を持っているとなると厄介な相手。どういうタイプかも分からないので、どんな攻撃が来ても対応できるように身構えたが、彼女の初手は仲間の頭の中にすらなかったげんこつだった。


 不意打ちの一発に猫耳の少女は頭を押さえてうずくまる。しかし、怒っていたのは殴られたほうではなく殴ったほうだった。


「何をやっているのかな、君は?」


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