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真実の暴露から二十五日目の朝。
クレイドルを出て戦場となる俺の暮らしていた街のモデルになった地方都市へ足を運んでいた。
「……面影なんざ欠片もありゃしねえ」
街を一望出来る高台から見渡す街は街の体を成していなかった。
あるのは積みあがった瓦礫と待機状態のまま停止している草刈り機の群れだけ。
面影なんて見えはしない。見えはしないのに……。
「何でかな。胸が締め付けられるような懐かしさを覚える」
<それはここがモデルとなった街であるという前提知識があるからでは?>
「風情のないこと言いやがって」
<AIですから>
撮影用のドローンを介してステラが話しかけて来た。
現在、俺はステルス状態で待機しているわけだが……。
「それよか戦闘中にドローンなんぞ呑気に飛ばしてて大丈夫なのか?」
今はドローンもステルスの範囲内に居るが戦闘が始まればそうもいかない。
より戦いが映えるよう気を付けながら俺を撮影し続ける必要がある。
「俺にドローンを守る余裕なんてないぞ」
草刈り機の探知は鋭い。
単独で、ほとんど動いてないから隠し切れているだけ。
戦闘が始まり激しく動き始めればステルスは意味を成さなくなる。
<そこはご安心を。無人兵器ならまだしもこれは純粋に撮影機能しかないドローンですから>
最優先は基本的には人間。次いで兵器。
ただそこはキルスコアによって順序が入れ替わることもあるという。
<尊さんが暴れ始めれば奴らの目は全てあなたに釘付けられるので問題ありません>
精々、戦闘の余波で壊れないよう気を付けるぐらいだとのこと。
それなら良いが……ああ、そろそろだな。
現在の時刻は朝の八時三十二分。そろそろ一時間目が始まるぐらいの時間だ。
「セットアップを頼む」
<了解>
俺と一緒に転移して来た強襲用外骨格“ウールヴヘジン”に乗り込む。
巨大な手足と各所に取り付けられた推進装置が特徴的な五メートルほどの鉄の巨人だ。
胸のあたりにあるくぼみに俺が入ると手足に接続用のデバイスが絡み付く。
「んっ」
神経と直結するからだろう。接続の瞬間、妙な声が漏れた。
……人が居なくて良かった。恥ずかしいからな。
「再度、確認するがこれ使い捨てにして良いんだよな?」
元々、いざって時は乗り捨てるのを前提として開発されたもので自爆装置だって搭載している。
しかしやはりコストというものがあるからな。再利用出来るに越したことはない。
食料品と同じく万能マテリアルを使っているが兵器関連は食料やらよりコストがかかるらしいからな。
<安いものではありませんが最優先は尊さんの命ですから>
「OK。んじゃ遠慮なく使い潰させてもらうぜ」
会話を打ち切り、深呼吸を繰り返しながら時を待つ。
一分、二分、三分……時計が八時四十分を示すと同時に俺は叫ぶ。
「――――チャイム鳴らせ! 授業開始だ!!」
初っ端から全力で噴かせ斜め上にかっ飛ぶ。
凄まじいGに軽く吐血するがこの程度は直ぐに回復するので問題なし。
数秒と経たず街の中心地上空に到達するが敵も既に動き出していた。
飛行型が俺を食い殺さんと四方八方からやって来る――想定通りの動きだ
俺に遅れて着いて来ていた撮影用高速ドローンの姿を確認し、叫ぶ。
「学園都市クレイドルの皆さん! 朝早くから失礼する!!」
出し惜しみはしない。
全ての火器を起動させ只管にばら撒く。正しく四面楚歌。照準をつけるまでもない。
「俺は快翔高校2年A組の鷹城尊だ! 見えるか!? 俺は今、戦っている!!」
事前にシミュレーターで予行演習は行っていた。が、やはり実戦とシミュレーターは違う。
圧倒的物量で襲い来る敵の悍ましさと常に聞こえる無機質な死神の足音に気が狂ってしまいそうだ。
事前に排泄物を吸収する軍事行動用の使い捨てナノマシンを埋め込んでいなければあちこちから垂れ流しになっていただろう。
「誰と? 母さんが! 父さんが! 大人たちが犠牲となる覚悟を決める理由になったクソッタレどもとだ!!」
熱い。身体が焼けそうだ。
ウールヴヘジンのリミッターを解除し只管攻勢に出続けているからだろう。さっきからアラートが鳴り止まない。
「こんな……こんな奴らに……!!」
原稿の内容はもう、頭からぶっ飛んでいた。大まかな流れすらもう思い出せない。
感情のままに言葉を吐き出している。でも、多分、これが正解だ。
「ここがどこだか分かるか!? 俺が仮想現実で暮らしていた街のモデルになったとこさ!
面影なんてありゃしない! クソの山しかねえ! ふざやけがってふざけやがってふざけやがって!!」
戦っている内に自分の理性が焼き切れていくのが分かる。
死の恐怖をも凌駕する激しい怒りが脳を焼き続けている。
「コイツらには何もない!!」
これが人間同士の……いや意思持つ者たちの戦争ならば敵であろうとそこには様々な思いがあったのだろう。
罪悪感。愛国心。恐怖。悲哀。怒り。憎しみ。
ドロドロに煮詰まったそこには共感出来る感情もあれば理解出来ない感情もあったはずだ。
心ある者同士だから苦しい。だが同時に心ある者同士だからこそ生まれる救いもあったんじゃないか?
泥中の中にも希望の花を見つけられたかもしれない。
それは歴史が証明している。人の歴史は争いの歴史だが、同時に過去の過ちを繰り返さないようにもしていた。
でもコイツらは違う。
「何とも思っちゃいねえ! 本当に草を刈るみたいに俺たちを殺そうとしやがる!!」
“そこに悪意はなく、宇宙はただただ強い生物を求めている”とはピルグリムの言だ。
だからこれは自然災害のようなものなのかもしれない。自然災害に怒りをぶつけるのは見当違いと言われればそうかもしれない。
だが自然災害は明確にこちらを殺しに来るような真似はしない。ただ巻き込まれるだけ。種を一つ丸ごと絶やそうなどとはしない。
一方通行なのだ。あまりにも。あちらの感情は伝わって来ない以前にそもそも存在せず。
こちらは行き場のない負の感情だけが時間を重ねるごとに蓄積していき敗北すれば全てが零に還る。
「こんなものに俺たちは“在ったはずの未来”を奪われたのか!?」
ウールヴヘジンが耐久限界を超えた。
素早く自爆シーケンスを起動し、自動操縦で地上に突っ込ませる。
脱出した俺を喰らおうとする飛行型に取り付き首根っこを引っ掴んで体勢を変えさせると同時に爆発が巻き起こる。
飛行型を盾にしたお陰でこちらは無傷だ。
「ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな!!」
第二段階目のロックを外したことで二本になった剣翼を用いて急降下。
地面すれすれまで突っ込み滑るように方向を変えて追って来ていた飛行型を地面に叩き付ける。
「認められるかそんな理不尽! 許せるわけがねえ!!」
こんな奴らに俺たちの生を、大人たちの愛を否定されるのは我慢ならない。
「負けてたまるか! テメェらなんぞによォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
◆
何の前触れもなく学校のチャイムが鳴り響いた。
現実から逃げるように寝ていた者。起きてはいたが虚無感から何をするでもなくぼんやり天井を眺めていた者。
それぞれの朝を過ごしていた子供らは突然のことに呆気に取られた。
比較的早く我に返った子供は事態の説明をステラに求めようとするが、それよりも早く次の展開が訪れた。
スマホ、テレビ、パソコン、身近にあったそれらが突如として起動し映像を垂れ流し始めたのだ。
『学園都市クレイドルの皆さん! 朝早くから失礼する!!』
SFに出て来そうな黒いボディスーツを纏い、ロボットのようなものに乗り込む? 嵌め込まれた?
多くの子供らにとっては見知らぬ鷹城尊と名乗った少年の登場に誰もが呆気に取られていた。
理解が追い付かず最初は意味が分からなかった。
しかし剥き出しの感情そのままに言葉を吐き出す彼を見ている内に気付けば誰もが画面に釘付けになっていた。
こちらに語り掛けているのか、独り言なのか、それさえも定かではない。
それでも、ああそれでも紡がれる言葉を無視出来る者は居なかった。
「……あぁ、あぁ……く、悔しいなぁ……悔しいよぉ」
あんなものに愛すべき日常を奪われたこと?
あんなもののために大好きな両親が残酷な選択をしなければいけなかったこと?
絶望の中で動けず膝を折っている自分? あんな風に戦えないこと? 或いはその全てか。
悔しさに涙を流す子供が居た。
「……やめてくれ」
何も出来ない自分の弱さを見せ付けられるから?
必死に戦っているのに状況はまるで変わらずどんどん傷付いていく姿を見せ付けられること?
痛苦に顔を歪める子供が居た。
「……がんばれ、がんばれ」
絶望的な状況でも尚、気炎を吐き続ける尊にか細い声援を送る子供が居た。
「鷹……お前……」
同窓の友の奮闘を呆然と見つめる子供が居た。
ポジティブな感情、ネガティブな感情。ベクトルはそれぞれ違うだろう。
それでも共通していることがあるとすればただ一つ。
今日、この日、クレイドルに生きる子供らの胸に“鷹城尊”という存在が強く焼き付いたのは揺るぎない事実だ。
「……鷹城さん」
「……鷹城くん」
そしてこの二人もまた祈るようにテレビの画面を見つめていた。
計画は既に知らされていた。陰ながら助力もしていた。
しかしいざ本番がやって来ると、当事者である尊以上に彼らは緊張していた。
「すごいな、彼は、本当に……すごい」
ほんの少しでも気を抜けば無惨に殺される。
そんな絶体絶命の窮地においても尚、その心は折れず瞳は未来だけを睨み続けている。
狭間九郎の尊に対する第一印象は「何だコイツ?」だった。
その想いを聞いた後も、正直心のどこかで土壇場になれば怯むのではと疑っていた。
共感はしたしそれなりに好意的に見ていたが、最後の一線で信じ切れずに居た。
九郎を責めることは出来ない。それだけ目の前にある現実は過酷なものだったのだから。
だがそんな冷たい最後の境界線はあっさりと吹き飛んでしまった。
画面越しでも伝わるその熱に狭間九郎の目は完全に焼かれていた。
「……君に、謝りたい」
もう一度、話がしたいと心の底から思う。
謝りたい、謝って今度は自分からお願いしたい。どうか君の力にならせて欲しいと。
(これが、英雄と呼ばれる人種なのかもしれませんね)
軽薄なようでいて誠実。
ドライなようでウェット。
何も考えていないようで思慮深い。
粗野なようでいて詩的。
理想を語ったその口でシビアな現実を口にする。
大なり小なり相反する要素を抱え心を軋ませながらも矛盾を内包するのが人間というものだ。
しかし尊は人よりも極々自然にそれを成立させているというのが七條彩菜の尊に対する人物評だ。
行動を共にする内に導き出したものでそう的外れではないだろう。
今もそう。画面越しでも伝わる煮え滾る嚇怒と憎悪。どちらもネガティブな感情だ。
なのに尊から発せられるそれはいっそ清々しさを覚えるほど。
人間が持つ明と暗、どちらを表に出しても他者を惹き付けてしまうのが英雄と呼ばれる人種なのかもしれない。
(……眩しい、でもそれ以上に悲しい人)
軽薄で思慮の足らないちゃらんぽらんのままで居られるのなら喜んでそうしていただろう。
状況が彼に英雄としての道を選ばせたのだ。
アヤナにはそれがとても悲しいことのように思えた。
(私も、本気で覚悟を決める時が来たのかもしれません)
九郎と同じようにサポートはしていても最後の一線で踏み込めずに居た。
こちらは恐怖と自らへの不信ゆえだ。しかしことここに至って七條彩菜は覚悟を決め始めていた。
多少なりとも日常生活を共にしたからこそ知る只人としての鷹城尊。
お世辞にも立派な人間とは言えないけれど好ましさを感じたことは嘘じゃない。
しょうがないなと、ついつい世話を焼いてしまいたくなる。
(鷹城さんが何の気兼ねもなくちょっと駄目な人間で居られる日常へ帰れるように)
支えたいと、心の底から思った。
<……ここらが限界か>
画面の向こうで尊が呟く。
全身傷だらけ血塗れで酷く痛々しいが、その目に宿る炎に翳りは見えない。
限界だというのも状況を冷静に判断した結果のこと。
<コロニーを潰すどころか近付くことさえ出来ねえとはな。いや参った参った>
襲い来る草刈り機をいなしながら苦笑するその姿は修羅場に居るとは思えない。
<よォ、この戦いを見てさ。少しでも俺に共感してくれるって人が居たらさ。手ぇ貸してくれないか?
俺一人じゃどう考えても無理だ。俺一人じゃ何も出来ない。
地球から連中を駆逐するどころか故郷のモデルになった街一つを解放することもな>
でも、一人じゃないなら。力を貸してくれるならきっと出来ると尊は言い切った。
<ま、根拠はないんだがな。でも良いだろ? 頼りにさせてくれよ、皆の力をさ>
そこまで言って尊は叫ぶ。
<よーし、撤退だステラ! サポートを頼む!!
負けた負けた! 今日は負け! 連コはなし! 家帰ってクソして寝るわ!!>
それはあまりにも清々しい敗走だった。