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 昨夜は結局、明け方近くまで騒いでしまい殆ど眠れなかったが予想通り気力はバチクソ充実していた。

 そんな俺を見てピルグリムはフッ、と笑い今日のメニューを告げる。


「今日は私ではなく別の敵を相手をしてもらう」

「ほう?」


 あ、ひょっとしてアレか。

 昨日、少し飴を与えるとか言ってたもんな。

 自分の実力を実感出来るようなのとやらせてくれるのか。


「察したようだな。ステラ、頼む」

<かしこまりました>


 空間が歪み訓練場の中央に現れたのは、


「……コイツは」


 機械のような生物のような何とも言えない質感の異形。草刈り機だった。

 軽自動車ほどのサイズで一番近い見た目としては神話の……そう、アルラウネだったか? アレに似てる

 ただ蜘蛛の下半身から生えてる上半身は人ではなく才槌のように後頭部が出っ張った化け物なんだが。


「雑兵タイプの小型草刈り機だ」

<残骸を改修したものをリモートで動かすので性能は通常のそれよりも少しばかり劣りますが仮想敵としては十分でしょう>

「なるほどなるほど」


 コイツ相手に有利に立ち回れるなら成長も実感出来るわな。


「まずは単体からだ。準備は良いかね?」

「いつでも」

「ステラ」


 了解、とステラが呟くや小型草刈り機は一目散に襲い掛かって来た。

 チェーンソーにも似た生物的な質感の回転刃を潜り抜けるように回避し、柔らかそうな腹部に肘を叩き込む。

 軽く仰け反ったがコイツに痛覚はないので喰らいながらも普通に反撃してきた。


(油断すればやられる……が、戦えてる)


 俺の攻撃は当たってるし、相手の攻撃は防げるし躱せる。

 いっぱいいっぱいでひいひい言いながら対処しなきゃいけないピルグリムよりかは戦いになってる。


「チャンバラしようぜ!!」


 光輪を手に引っ掛け剣翼を固定し真正面から斬りかかる。

 奴の振るう回転刃と接触し火花が散った。

 足を止めてのチャンバラ。一歩も引かず切り結べている。


(……楽しいな)


 ただ調子には乗れない。草刈り機の強みは数の暴力と機械的な連携だからな。

 一匹相手に戦えてるからって浮かれ過ぎてちゃお話にもならん。


(さっさと終わらせるか)


 剣翼に力を過剰に注ぎ込み刀身を伸ばして斬り上げる。

 真っ二つになった小型が左右に分かれて機能を停止させた。


「ステラ、コイツは何体確保してある?」

<今倒されたものを含めて十五体ですね>

「少ないな」


 こっちでコントロール出来るということは兵力として運用するのかと思ってたが、


「当然そのような運用も旧人類は試したよ。が、駄目だった」

「駄目だった?」

「上位の草刈り機から発せられる信号であっさりと奪い返された」

「あぁ……そりゃ使えねえわ」


 十五体も確保してあるのはむしろ多いぐらいだな。

 サンプル兼練習台にってことだと思うが、多分シミュレーターとかもあるだろうしな。

 今回実機を使ったのはリアルに近い状態で俺に成長を実感させるためだ。


「まあ良いや。それなら残る十四機を全部出してくれ」

「いきなりかね?」

「成長は実感出来た。お楽しみはここまでだ。後は検証に使う」


 連中の本領である数の暴力。文字通りの一糸乱れぬ統率を味わいたい。

 本番に向けてそろそろ立ち回りを詰めていくべきだしな。


<了解しました。ですが一つ訂正を。十四ではなく十五です>


 言葉と同時に倒したはずの草刈り機がくっついた。

 そういや自己修復機能があったっけ。鹵獲した機体からはオミットしてると思ってたわ。


<練習台のために一々確保するのも面倒ですからね>

「治した方が早いか」


 続いて新たに十四体の草刈り機が出現。

 ……正直、気圧されてる。

 死ぬことはないがコイツらに重傷を負わされてもピルグリムはクレイドルの技術で治療はしてくれないだろう。


「準備は?」

「始めてくれ」


 それから三時間、検証に時間を費やした。

 そして改めて理解させられた。数の力というものを。

 単体では余裕を持って対処出来たが複数体を相手取ると途端に厄介極まる敵へと変わった。

 雑兵タイプは数を揃えて運用するのを前提にデザインされているからだろう。

 資料でもそのことについて触れられてはいたが、やっぱり直に体験してみないとな。


「心は折れていないようだ」

「ったりめえだろ。それよか相談に乗って欲しいんだが」

「構わないとも」


 本番での立ち回りの形。その雛型が何となく出来上がった。

 直接的な助力は出来ないが助言ぐらいはセーフラインらしいのでピルグリムにそれを伝えブラッシュアップを手伝ってもらう。

 俺の立ち回りの方向性自体は間違っていないが、まだまだ粗はあるらしく彼は丁寧にそれを指摘してくれた。


「時に尊。君が考えるリミットは?」

「あと二週間ぐらいかな」


 真実の暴露から一ヵ月以内。そこらが俺の設定したラインだ。

 そこまでに奮起の火種を仕込むことが出来れば流れを作れるんじゃないかなって。

 確証はない。人の心が絡む問題だからこればっかりはな。

 ピルグリムもそれを理解しているので俺の考えるリミットについては触れないのだろう。


「なら明日からはロックを一段解除し、本番で扱うための各種装備を用いた立ち回りの練習を始めようか」

「……ああそうか。武器とかも当然、あるよな」


 仮想現実を維持しつつも色々研究・開発もしてたらしいからな。


「必要な装備品は既に見繕っておいた。ステラ」

<尊さんのスマホにデータを送っておきましたので後ほど、御確認を>

「あいよ」

「それじゃあ今日は解散。身体を休めつつ思索に励むと良い」

「ざーっす」


 施設を後にする。

 帰宅すると良い匂いがもう部屋の中に漂っていた。

 ステラが連絡を入れてくれていたんだろうな。


「おかえりなさい」

「ただいま。飯は……」

「お風呂の後ですね? 既にお風呂は沸いていますからゆっくり汗を流してください」


 着替えを受け取り風呂場へ。

 やっぱ自分家の風呂のが落ち着くわ。


「あ゛ー……」


 かけ湯をして湯船に身を沈めれば抗い難い快感が全身を駆け巡った。

 これこれ、身体を動かした後の風呂ほど気持ち良いもんはないやね。


「ま~さかーりか~ついだき~んたろ~♪」


 鼻歌まで出てしまったところで湯船に浮かべていた桶が揺れる。中に入ってるスマホだろう。

 未来技術だけあってどっぷり水に浸しても問題はないんだが気分的にな。

 どれどれ相手は……九郎か。まあそうよね。今俺のスマホに連絡入れるのなんて九郎かアヤナちゃんぐらいだ。

 ステラ? あれはまどろっこしいことせずいきなりホログラム出すから。

 それはさておき何用じゃろ? スマホを宙に浮かべテレビ電話に切り替える。


「はいもしもし俺ですけど~」

<……お風呂の最中だった?>

「おう。まあでも気にすんねい。同性だしな」


 見られて恥ずかしい身体はしてない。


<男の身体を好き好んで見る趣味はないんだけどね>

「そう言われると逆に見せ付けたくなるな」


 立ち上がり俺の俺を見せ付ける。


<デッ……!? いやいきなり何グロ画像見せ付けてくれるんだよ!!?>

「その反応が見たかった。どうだね俺のマキシマムザ尊君は。あ、この君は暴君の君だからそこ間違えないでね」

<どうでも良いわ……クッソ、しばらく悪い夢を見そうだ>


 昨夜で大分打ち解けたからか口が悪いな。よきよき。


「んで、どしたん?」


 再度湯船に浸かり問う。

 わざわざ連絡入れるぐらいだから何か用があるのだろう。


<ああうん、実は都市内の学生のメンタルの傾向について調べててね>

「ほう?」

<ステラに大雑把だけど軽症、中等症、重症に分類してもらったんだけど>


 表情が苦い。良い話ではなさそうだな。

 いや話題からしてそんな気はしてたけど。正直聞きたくないが立場的に聞かなきゃいけんのが辛いところだ。


<君も大体予想してると思うけど軽症に分類されるのは殆ど――というか君だけだ>


 九郎やアヤナちゃんもステラからすれば中等症の分類らしい。


<二割弱が中等症で残りは重症なわけだけど……問題は重症の中でも更に酷い子たちだ>

「……自殺か?」

<“まだ”そこまではいってない。けど自傷行為に走ってる子は多い。重症者の半分以上はそうだ>


 自傷、というと手首切ったり何だりを思い浮かべるがここでの自傷は壁を殴り付けたりとかも入ってるんだろう。

 やり場のない感情を吐き出すためものに当たって怪我をするとか不思議なことではない。


<ただ自傷してる子たちの中でも酷いのは……>

「時間経過で自殺に走る可能性が高い、か」

<……ステラは大丈夫だと判断してたみたいだけど僕はそうなんじゃないかと思ってる>

「俺は九郎の見方を支持するよ」


 ステラは実に人間臭いAIだがアレは意図してそう振舞っている節がある。

 親しみを持たせ易くするためだと思う。どうも個性というのが見えないんだよな。

 どれだけ人間臭く想えても結局はAIなのだ。

 そしてステラ自身もそこを理解しているから超生徒会なんてものを設立しようと決めたんだろう。

 大体のことは何とかなるし人間の感情が絡む問題でも大体は分析と学習でクリア出来る。

 だが不合理を貫き0と1の枠から逸脱してしまうことが多々あるのが人間だからなあ。


<……プレッシャーをかけるようで言いたくはなかったんだけど>

「いや良い。よく知らせてくれた」


 気持ちが上向きになる何かがなければ沈んで行き極端に選択肢に辿り着く。

 それを知っているのと知らないのでは俺の気持ちの入り様も違うからな。

 二週間と言ったが予定変更。無茶をしてでも十日で仕上げてもらう。

 二週間をリミットと告げた際のリアクションからしてそれぐらいの短縮はギリ許容範囲だと思う。

 ピルグリムにゃ苦労をかけるが……何時かの未来で俺たちが勝利を掴みとる瞬間を見せてやるから勘弁して欲しい。


<……君が居てくれて本当に良かった>

「何だい急に?」

<正直、一人なら……七條さんと二人だったとしても僕らはきっと現実を受け止め切れない>

「……」

<崖っぷちであろうとも何とか踏み堪えられているのは鷹城くんのお陰だ君が勇気をくれるから……>

「よしてくれ。俺だって二人にゃ十分、助けてもらってる」


 生徒たちのメンタル面についての分析とか正にそれだ。

 俺もいずれはチェックしたかもだが今の段階ではタスクがいっぱいいっぱいだからな。

 ステラあたりが危険信号を出さないならギリギリまで目を向けなかっただろう。


「持ちつ持たれつさ。ってかある程度状況が落ち着けば俺が全力で二人に世話かけちゃうだろうし」

<はは、でもそれは良いことだ。君が頼りにならない状況は差し当ってヤバい案件がないってことだからね>


 話をしていて気付いた。

 下手をすれば自殺しかねないほどのどん底に居る今の状態。

 これって、


(……そうか、挫折を経験させたかったのか)


 今の今まで見落としていたがそう考えると現状にも理解が及ぶ。

 これまで信じていたものが殆ど嘘だった。これは最大級の衝撃だ。心折れても不思議じゃない。

 だからこそ、そこから立ち直れれば心は更に強くなる。

 数年は安全圏を維持出来るから存分に凹むことが出来る。

 その間に立ち直ってくれればという目論み。

 ただこれは子供らが助け合い支え合うことを前提とした策だ。

 ここまで酷い挫折。一人で立ち上がれるのは一握りの人間だけだろう。


(……確実性のない博打だ。でも、信じてくれたんだな)


 俺たちならきっと助け合い、支え合って立ち上がってくれると。

 そして今俺は二人に助けられ、そして自惚れでなければ二人を支えている。

 この輪がもっともっと広がるのを大人たちは信じてくれていた。


(――――やる気が漲って来るじゃねえの)


 もう十分、燃えてるが更に薪をくべられた気分だ。


<鷹城くん?>

「いや何、メラメラ燃えて来ただけさ」

<参考までに聞きたいんだけどさ>

「うん?」

<どうしたらポジティブに重圧を受け止められるのかな>

「単に開き直ってるだけだよ」


 だってさー、現状を見てみろよ。

 無理だの無茶だの無謀だのそんな言葉がひゅんひゅん画面を飛び交ってるような状態だぜ?

 ここまで来るともう凹むよりも呆れるわ。ネガティブな感情も枯れ果てるレベルだよ。

 したらもう、やるだけやるしかないだろ。ダラダラ現状を続けて緩やかなバッドエンドに向かうぐらいならさ。


「まあでも強いてアドバイスするんなら」

<なら?>

「九郎とかアヤナちゃんは真面目が過ぎるぐらいだから自分基準で不真面目過ぎないか? ぐらいに構えとけば良いと思うよ」


 自分ひとりが頑張ったところで根本的な解決は望めない。それは厳然たる事実だ。

 だったら出来る事だけやってそれで何か悪いことになっても知らぬ存ぜぬ役所に聞いてくださいで流すぐらいが丁度良い。


<僕らがその役所の立場になるんじゃない?>

「だったらお役所仕事だ。うちの課じゃないですってパス回し敢行だな」

<シュート打てず延々ボール回すだけじゃない?>

「業務時間外まで粘れば俺たちの勝ちってわけだ」

<何と戦ってるんだよ……でもまあ、気負い過ぎるなってのは分かったよ。いや言われなくても分かってはいたけどさ>


 だろうな。


<でも自分じゃない他の誰かに……それも信頼出来る人から言われるとやっぱり違うね>


 また責任を押し付けているみたいで申し訳ないけど、とバツの悪そうな顔をする。

 そういうとこ。そういうとこよ。


「やれやれ、まだ固いみたいだ。もういっぺん俺のマキシマムザ尊君見とく?」

<不信任決議出すぞ>


 あらやだマジトーン。

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[良い点] 確実性のない博打だ。でも、信じてくれたんだな [一言] エモすぎる
[良い点] そりゃ女誑し系の適正の中には実践()に関するものも有ったし、良いサイズしてるか。
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