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俺こと鷹城尊は割と調子に乗り易い性格である。
保育園の頃からそうだったな。クラスの誰より先に逆上がり出来た時とかイキりまくったもんだ。
あっは~ん? こんなん楽勝ですけど~? みたいな。
小学校でも跳び箱の八段が跳べた時、縄跳びで二重跳び、三重跳びをクリアした時と折に触れて調子こいて来た。
そんな俺だが、
「まるで強くなった気がしねえ……」
ピルグリムとの訓練を開始して一週間ちょっと経過したが俺は未だイキれずに居た。
まったく成長していないわけではないと思う。立ち回りは良くなってると褒められてるしな。
俺自身、咄嗟の判断がドンドン冴えてるのは実感してるし。
ただダメージを与えるどころか触れることすら出来ないというのは中々に堪える。
一つの文明を灰塵にしちまうようなおっとろしい化け物とやり合い続けて来た英雄が相手だ。
比べることすらおこがましいとは頭で分かっていても……凹むわ、普通に。
「いや実際君は大したものだと思うぞ」
「フォローが虚しいよ。だってあんた汗の一つもかいてないじゃん」
早朝から半日ぶっ続けで訓練するハードな日と前日の成果を確認しつつ思考の整理をするため軽くで切り上げる日。
それを交互で繰り返してて今日はハードな日で殆ど休憩もなしに今の今までやり合ってたんだがピルグリムはケロっとしている。
俺を見ろ、びっちゃびちゃだぞ。もう汗なのかそれ以外の何かなのかわかんないぐらいだ。
「年季が違うさ。しかし……ふむ、ここらで少し飴を与えるべきか」
「それ俺の前で言うの?」
「君は平時以外は物分かりが良い子だからな。とりあえず今日は終わりだ。汗を流して帰りなさい」
「うぃー……あざーっす」
ゾンビのような足取りで訓練施設備え付けのシャワールームへ。
通常のシャワーのようにも出来るが疲れている時は、
「これだよなぁ」
個室の天井が閉ざされ四方八方からミストが噴き出す。
汗を流すってより車を洗浄してるみたいであんまり好きくないんだが今は身体を動かすのも億劫だ。
五分ほどで洗浄は終了。さっぱりはしたがやっぱり味気ない。
「ただいマダガスカル~最後の戦い~」
「おかえりなさい。直ぐに食事を温めますので」
「すまんねえ」
転移装置で自宅に直帰するとエプロン姿のアヤナちゃんが出迎えてくれた。
ピルグリムと会った翌日から鍛錬で大変だろうと俺の身の回りの世話をしてくれているのだ。
いやまあステラが居れば衣食住は問題ないんだけどな。
未だ立ち直れず日常生活もままならない子供らのサポートしてるのアイツだし。
アヤナちゃんは来るべき扇動の日に向けての準備もしてくれてるから負担ではないかと確認を取ったんだが、
『動いていると気も紛れるので』
とのこと。気持ちも分かるので俺もそれ以上は何も言えんかった。
「あ、とりあえず演説の草稿が出来上がりましたので余裕のある時に御確認を」
「それなら今見せてもらおうかな」
「分かりました」
リビングに行きアヤナちゃんお手製の原稿を拝見させてもらう。
おうおうおう、これはまた良い具合に人心を擽れそうな感じじゃないの。
「内容的には問題はないと思いますが、その通りにする必要はありません」
「うん?」
「計算づくの言葉より生の感情から吐き出された言葉の方が強く響くこともあるので」
原稿はあくまで流れを参考にする程度でも良いとのこと。
「もしくは思いつかない場合に使う保険という感じで」
「了解」
戦いながら演説する余裕があるかはまだ分からんしな。
事前に俺が録音する場合、アヤナちゃんが声を当てる場合にも使えるし無駄にはなるまい。
「おぉ、今日も美味そうだぁ」
アホほど身体を動かしてることを考慮してくれているのだろう。
アヤナちゃんの作ってくれる飯は現場作業員の人たちが食べるようなカロリー爆弾メニューになっている。
今日はトンテキと唐揚げがメインか。
……アヤナちゃんも一緒に食べてるんだけどこの子はその、女の子的に大丈夫なのだろうか?
いや余計なお世話か。いっぱい食べる女の子って素敵じゃんね。
「ステラ」
<何でしょう?>
「他の生徒たちはどんな感じだ?」
<大半は未だメンタルやられてヒッキー決め込んでます>
「……」
<全体から見れば少数ではあるものの自分なりに現状を受け止めようとしている方々も居ます>
ただ飲み込むのに四苦八苦してるとのこと。
<尊さんや七條さんのように働けるかと言われれば>
「難しいか」
<はい。ですがこの後、御会いして頂く方はもう少しと言った感じなので顔合わせは無駄にはならないでしょう>
そう、この後もまだ予定が詰まっているのだ。
朝から晩までしごかれ続けて疲労困憊の俺を気遣うこともなくな。
……ふと思ったが現状、飴と鞭だな。飴がアヤナちゃんでステラが鞭。
「狭間九郎、だっけか? お前が目をつけてる人材」
<はい。超生徒会における庶務・雑務を務める人間としての適正で彼以上は居ないでしょう」
会長、副会長と来て次が庶務雑務ってどうなんだろうな。
決して庶務を軽んじるつもりはないが普通そこは書記とか会計から埋めてかない?
「いざという時しか頼りにならない男、いざという時、役に立たない女に続いて狭間くんは何なんだ?」
<中間管理職です>
「なるほどなあ」
「え」
アヤナちゃんはポカんとしてるが俺はクラスに同じ適正の奴居たからな。
<SSRの中間管理職です。これはもう、酷使無双待ったなし>
「最低だなお前」
ただ必要な人材であることは確かだ。
アヤナちゃんも中間管理職的な立場と言えなくもないが、それでもナンバー2だからな。
どうしたって上位者としての決定が増えてしまう。細かいところまで調整する役は必要だ。
「それはそうと夜分に押し掛けるのはどうなんだ?」
この後つっても飯食って直ぐというわけではない。日付が変わる少し前を予定しているのだ。
アヤナちゃんの時点でもう無礼働いてるから今更感はあるけど、気になるものは気になる。
<ああそこについては御心配なく。狭間さんの日課に合わせているだけですから>
「日課?」
<ええ。真実を暴露した翌々日からでしょうか。気を紛らわせるためなのか夜間の外出を始めたのです>
現状、家を出た際に設定されているターミナルは母校のもの。
母校周辺の地理を把握するため歩き回っているのかもしれないとはステラの言だ。
<その後、もう少しで日付が変わるというところで特定のコンビニに寄るのがパターンになっています>
「じゃあそこのコンビニで待ち伏せるわけね」
<そうなりますね>
そういや俺も地理の把握とかしてねえな。
ステラがナビってくれるから必要ないと言えばそうかもしれんが、気持ち的には落ち着かない。
「んじゃ飯食って少し休憩したら俺も時間までテキトーに都市をぶらつかせてもらううわ」
「お供致します」
<了解です。ナビは私にお任せを>
そういうことになった。
食事を終え、腹がこなれるまで休憩をしてアヤナちゃんと共に俺の学校のターミナルへ。
「ちなみに俺っとこの学校とアヤナちゃんとこの学校って結構距離あるの?」
<ええ。皆さんが通っていた学校は都市の東西南北の学区に再配置されて尊さんは西、七條さんは東で正反対ですので>
「そもそも都市はどれほどの規模なのですか?」
<東京都より少し大きいぐらいですね>
アヤナちゃんは理解出来たようだが俺は東京都の面積とか知らねえんだよなあ。
……まあでも広いのは分かった。東京都を百万人で使ってると考えたら贅沢なもんだ。
<丁度良い機会ですしこれを配布しておきましょう。スマホを御覧ください>
言われた通りスマホを確認すると生徒手帳アプリなるものがインストールされていた。
<ターミナルを含む交通機関等の公共設備の利用や生活必需品の購入などは原則無料になっています。
ただあまり生活様式を変えるのも戸惑いがあるでしょう? なのでそのアプリを使用して頂きます>
ああ、キャッシュレス決済みたいな?
確かに店入ってそのまま商品持ち出すよりレジ行ってスマホ翳す方が気持ち的には落ち着くな。
「ステラ、原則無料というのは? 有料のものもあるのですか?」
<娯楽、嗜好品の類まで無制限に解禁してしまえばそれらに溺れる方も出て来るでしょう>
だから有料にってか。
具体的なラインはどこまでか分からんが衣食関連でも一定の品質以上のものはって感じかな?
例えば普通の牛肉は無料だけど高級ランクのは、みたいな。
「稼ぐ方法は……定期的に一定額を支給するのと働きによる給料って感じか?」
<はい。何もしなくても一万円、月に支給されます。お小遣いみたいなものですね>
通貨は円なんだ。
や、日本で暮らしてるって認識だったからその方がありがたいけどさ。
「給金というのはどのようにして稼げばよろしいので?」
<都市、ひいては人類の未来のために貢献していると判断された場合、その都度支給される形ですね>
その判定はステラが行うわけか。
<明確な役職に就けば固定給も出ます。ちなみに現状、尊さんの稼ぎは都市随一ですね>
「そりゃどうも……ってこの額、マジかお前!?」
アプリを起ち上げ何となく残高を確認したらすげえ金額が振り込まれていた。
「……現状、クレイドルで一番貢献しているから当然でしょうね」
アヤナちゃんにも振り込まれているようだが常識的な額だ。
いやそれでも高校生が持つような金額じゃねえけど俺のに比べたら普通である。
<浪費したい。しかしそんな暇がない。そのような顔をしていますね?>
「人の心を読むな」
<尊さんが分かり易いだけですよ。まあある程度、状況が安定すれば無能を愉しめるでしょうしそれまでの我慢です>
無能を楽しむってひどない?
いや確かにいざって時以外は駄目って言われてるけどさぁ。
<アプリには他にも色々と機能がありますのでお暇な時にでも確認してください>
「おう。とりあえず今は都市の散策を優先させてもらうわ」
学校を出て街に繰り出す。
近未来的な街並みはやっぱり慣れない。けど、それも今だけなんだろうな。
いずれはこの光景にも馴染んでいく。それは在りし日の日常が色褪せていくことでもあって……。
やめやめ、折角女の子と一緒に街歩きしてるんだ。ネガティブは封印しとこう。
「店員も居るのですね。まあロボットですが」
「如何にもってか子供の落書きみてえな“かんたんロボット”だな。都市の技術ならもっとリアルなの作れるんじゃねえの?」
<可能かどうかと言われれば可能ですが、皆さんの認識を改める意味でも分かり易いデザインの方が良いと判断しました>
……そうか。そうだな。人間はもう子供たちだけだもんな。
「お、コンビニあるやんけ。アヤナちゃん、デザートにアイスでも食べようぜ。俺ちゃん奢るよ」
「いえ、私もお金はありますし」
<ああ、嗜好品は有料と言いましたが全部が全部そうではありませんよ>
「そうなの?」
<お菓子やジュースなどは月に一定金額までは無料という形を取っていますので>
あとは外食も別途でファミレス等は一定金額まで無料だとのこと。
あんまり締め付けすぎるのもってことか。
色々考えてるんだなあ。いやはや、AIとは言え頭が上がらねえわ。
「あぁ、商品は俺らに馴染みのないものじゃないんだな」
<まったく知らないメーカーのお菓子を出されても困るでしょう?>
「うん。未来のよく分からんお菓子とかあってもどうすりゃ良いか分からんし」
まあ未来つっても食についてはそこまで進化はしてないんだろう。
いや完全栄養食とかそういうのはあるかもしれんが味はな。
ってかこれライセンスどうなってんだろ……権利者も権利を守る機関も死んでるし良いのかな?
「あ、見てください。地方限定のアイスもあります」
<今はもう地域ごとに色を出す必要もありませんからね>
「ちなみにこれ廃棄とかどうなってんの? まだロクに人も出歩いてないのにあれこれ揃えてんのは勿体ないと思うが」
<消費期限を見れば分かるようにそうそう劣化はしませんので>
「……そうか、未来技術はそういうとこで使われてるんだ」
<仮に期限を超過しても問題はありません。虚数空間から抽出した元素を用いた万能マテリアルを加工して作った物ですし>
虚数っちゅーのはクレイドルが浮かんでるとこだっけか。
そのマテリアル? とやらを作るのと加工にかかるランニングコスト以外は口ぶり的に殆どタダ同然なのかな?
興味はあるが多分、聞いても理解出来ないんだろうな。
今の説明も正確ではないが分かり易さ重視の簡略化した説明っぽいし。
「ってかそんな技術あっても押されてたのか人類……」
<百万人程度を賄うならば十分というだけですし何より旧人類が黄昏に入る頃、ものになった技術なので>
それに加えて今居る場所が虚数空間の中というのも関係してるとか。
難しい理屈はよう分からんのでとりあえず一旦話を打ち切る。
「しかしそうか。地域限定のものあるんなら迷うな」
馴染みのヤツにしようかとも思ったが珍しいのがあると聞けば心が揺れる。
いやもう面倒だ。気になるのは全部買おう。どうせ金は腐るほどあるんだ。
「ちょ!? そんなに食べられるんですか!?」
「正直、飯の後だからそんな余裕はない」
「じゃあ大人しく次の機会に」
「しかし俺には裏技がある」
ロックを解除し剣翼を出現させる。邪魔にならないようサイズは小さめでな。
「コイツの強化や修復には俺の身体を巡る力が消費されるわけだ」
全体的に万遍なく消費される感じだが、ピルグリムとの特訓のお陰だろう。
消費するエネルギーを指定出来るようになったのだ。
「カロリーのみを注ぎ込んで強化、自壊させて修復を繰り返せば常に空腹で居られるんだよ」
「……身体に悪そうなんですが」
「大丈夫だろ。何だかんだ超人の肉体だしな」
というわけで欲望の限りにカゴへ商品をぶち込む。
そんな俺を見てアヤナちゃんもちょっと触発されたのだろう。三つ、アイスを選んでいた。
「へえ、じゃあアヤナちゃんとこの学校って女子高だったんだ」
「はい。あまり男性の方と接する機会もなく正直、鷹城さんとやっていくのはそういう面でも不安でした」
「でもいざ接したらそう身構えるもんじゃないと分かったでしょ?」
「はい。まあ鷹城さんが親しみやすいタイプだからというのもあるでしょうが」
アイスを食べながら無人の都市を歩く俺たち。
人の居ない夜の街ってのは風情があるな。
ロボットも店に入らなきゃ待機状態のままで殆ど置物みたいなもんだし。
「ところであの、聞いて良いものかずっと迷っていたのですが」
「うん? 何々? 何でも聞いてよ」
「――――学生の身分で十三万円もの借金を作ったのは何故ですか?」
「……」
「分かり易くすん……ってなりましたね」
「いやだって自分のダメさを露呈するようなもんだし」
<今更では?>
だまらっしゃい。
でもまあ、良い機会かもな。会長副会長でコンビとしてやってくんだ。
平時の俺が使えねえ奴だってことを理解してもらおう。
何か、ずっと頼りになる奴っぽく見られてて正直、気まずいのよね。
「欲しい服あるじゃん?」
「はい」
「買うじゃん?」
「はい」
「月のお小遣い全部吹っ飛ぶじゃん?」
「はい」
「ちょっとしたら面白そうなゲームが発売されてるのを知って欲しくなるじゃん?」
「……?」
「欲しいから借金するじゃん?」
「……」
「そんな感じで繰り返してたら気付けば借金の総額が十三万円になってました」
いやマジびびったわ。え、俺そんなに借りてた? ってなった。なりました。
返済計画立ててる時に気づいたんだがドッと汗が噴き出したよね。
もうその日からネットで日雇いバイト検索して応募しまくったわ。
「一人一人に借りてた額はそこまででもなかったんだが」
塵も積もれば山となるという言葉を実感したよね。
<少額を積み重ねて十万円の大台を超えられるだけの人数に借りられたことがもうおかしいでしょう>
「い、いや俺から金を無心……したこともあったけど殆どは……」
<女性側からの提案でしょう?>
そう、そうなのだ。
俺から金を無心したのは全部、仲の良い男友達だけなんだよ。
「何か知らんけど俺が一人、屋上やら空き教室でカタログ眺めて物欲に焦がれてるとこに女の子が現れるんだよ」
それ欲しいの? うん、でも金欠でさぁ。みたいなやり取りして気付いたら幾らか借りてたんだよ。
誓って言うが催促したわけじゃないぞ。欲しい欲しいで際限なく買うとかしてたら自制心ぶっ壊れて日常生活送れんくなるわ。
欲しいものが次々に出て来てあそこまで重なったのもあの時が初めてだったし。
<でも喜んで受け取ってたでしょ? キラキラした顔でお礼するもんだから女の子たち、皆どこか満足げでしたよ>
「あのさぁ、俺が女の子から搾取してるみたいな言い方ヤメテくれない?」
<みたいではなくそのものでは? 超性能AIは訝しんだ>
こ、コイツ……!
「……」
あぁ!? アヤナちゃんのジト目が痛い!!
「い、いやその……俺もさ、マジで反省してるんだよあの時のことは……」
「はぁ。大丈夫ですよ。ちょっと呆れましたが、それでも鷹城さんは反省しているようですし」
アヤナちゃんはふっと微笑んだ。
「それに、駄目なところばかりではないことはよく知っていますので」
何やこの子女神か!?
「あ、アヤナちゃん!!」
「きゃ!? も、もう」
感極まり抱き着く俺だがアヤナちゃんは仕方なさそうに笑って受け入れてくれた。
感じる、感じるぜえ、母性を……!! ああもう俺の相方最高過ぎひん?
<本当に反省してるのかコイツ?>