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『……よくよく考えれば人前に出られるような状態ではありませんので』
少し待っていてくださいとのこと。
なら身支度を整えたらステラに言って俺の家まで来てくれと告げ俺は帰宅した。
うん、よくよく考えたら俺も部屋着のジャージだしね。
アヤナちゃんのダボシャツ、ショーパンと大差ないっつーね。
家に帰ると俺は即座に風呂場に駆けこんだ。
真実の暴露があった日は泥のように眠りたくてシャワー浴びたが昨日一昨日はな。飯も食ってねえし。
「ふぃー……スッキリした」
風呂場を出て気付く。
「何これ?」
<超生徒会の制服ですね。サイズは問題ないはずです>
「俺のスマホ勝手に使ってんのはもう良いけど……風呂場にまで来るなや」
脱衣所の脇にキレイに折り畳まれた下着と制服。
別に私服で良いじゃんねと思ったがステラの無言の圧に負け渋々手に取る。
(マジコスプレみてえなんだよな)
黒を基調に真紅のラインが入ったコスプレみてえな制服。
ステラが着ているものの男子版って感じだな。
飾緒っつーの? 何か飾りも着いてるし着心地悪そうだなと思ったのだが……。
「お?」
袖を通すと意外や意外。驚くほど着心地が良い。
まるで動きを阻害しないし、えぇ何これぇ?
<立場が立場ですからね。緊急時を想定して戦闘服としての機能も備えています。
動きを阻害しないことは当然としてある程度のダメージなら自己修復しますし汚れも問題なし>
清潔な状態を保つ機能があり汚れが蓄積したら勝手に綺麗になるのだとか。
それ以外にも様々な支援機能があるとのこと。
「ほへー、未来技術すっごい」
見た目はアレだが実用性は抜群やん。
<特におススメの機能は私のASMRですね>
「消せ」
口ってか性格が微妙に悪いけど駄弁る相手としてはまあまあだと思うけどな。
「さて、茶の用意でも……いや俺茶の用意とかしたことないわ」
客が来るのだから相応のもてなしを。
そう思ったけどよくよく考えたらそんなん一回もやったことねえわ。
「Hey! ステラ!!」
<……まあ、出来ますけど>
「じゃー任せた」
ソファでだらだらすること三十分ぐらいか。
「準備が整ったようなので招きます」というステラの言葉に頷くとリビングにアヤナちゃんが現れた。
俺と同じように超生徒会の制服を支給されたようでこっちはステラと同じ制服を着ている。
しかし戦力差は圧倒的だ。でっけえな、いやでっけえな。
「えっと、お邪魔致します?」
「あ、はい」
いきなりリビングにポンと放り出されたらそりゃポカンなるわ。
座るよう促すと彼女は行儀良く腰を下ろした。
そのタイミングでステラが茶と菓子を出してくれたのでとりあえずそれをパクつくことに。
……いかん、変に腹に入れたせいで逆に空腹感が増したわ。
「ステラから鷹城さんが生徒会長に選ばれた理由を資料つきで説明して頂きました」
「資料?」
「……あの日の混乱の中、鷹城さんがどのように振舞っていたかの映像です」
プライバシーもクソもあったもんじゃねえな。
完全監視社会じゃないの。いや今回は事情が事情だからで基本的にはそんなことはないのかもだが。
「頼りになるであろうことは理解しました。ただ立ち向かう問題の規模を考えると」
「不足だよな。というか俺自身、そう思う」
いざという時、頼りになるって言われても自覚ねえもん。
「どこまでやれるのかというのが不透明な現状で鷹城さんを信頼し切ることは出来ません」
「そりゃそうさ。俺はアヤナちゃんがしっかりしてると思うから頼りにしてるんだもん」
ここで尊しゃんに全幅の信を置きましゅー♪ とか言われたら逆に困る。
不安で不安でしょうがないわ。どうしてくれるの。
「ですがご両親の献身に価値があったのだと証明したいという鷹城さんのお言葉には賛同できます」
「つまり、しばらく様子を見つつやってこうってことかな?」
「はい。それでよろしいのなら」
「勿論さ。信頼関係ってのは時間をかけて築いていくもんだからな」
「……そう仰る割には私を評価し過ぎているような気もしますが」
「そこはほら、信じてるのは俺のダメ人間としての嗅覚だから」
おどけたように告げるとアヤナちゃんは少しだけ表情を柔らかくした。
「早速ですが鷹城さんはこれからどのように動くおつもりなのですか? 腹案があると聞きましたが」
「腹案ってほど立派なもんではないが」
改めて状況を整理しよう。俺が提案すると彼女はコクリと頷いた。
「真実を知った影響で俺らも含めて今は皆、完全にネガティブをキメて沈み込んでる」
「……はい」
「再起の可能性がないとは言わない。時間をかければ立ち上がれるだろう。既に火種は仕込まれてるからな」
「……大人たちの、愛」
「ああ。現に俺は完全に脱却してないとは言えある程度は動けてるからな」
俺だけが特別なわけじゃない。全員が全員、とは確約出来ないが。
今はまだ余裕がないだけで落ち着いたら大人を恨むのも出て来るだろうしな。
そういう子らには再起の火種には……いや、なるか? 憎悪もまた火種だ。
過酷な運命に翻弄されて訳の分からん連中に殺される。
そんなの認められるかと反骨心が顔を出すこともあるだろう。
「だが先々のことを考えるなら」
「なるべく早く行動に移すべき、ですね?」
「その通り。安全圏に居られる猶予を再起のためだけに使い潰すのは悪手だ」
なるべく早く立ち直って来る戦いに向け備えを始めるべきだ。
どれだけ早く動けるかが災厄に勝てるかどうかの分水嶺になるだろう。
「だから再起の火種を追加する」
「具体的には?」
「戦う姿を見せ付けるんだよ」
アヤナちゃんの表情が強張ったので直ぐに補足を入れる。
「やるのは俺だ。アヤナちゃんは後方支援をしてくれたら良い」
「ッ……で、ですがそれは」
「孤軍奮闘。その方が“映える”だろ?」
生徒会長就任の理由付けにもなる。
俺の目論見が上手くいって孤軍奮闘する姿が再起の火種になったのなら序盤はやり易くなるはずだ。
「んでそのためにも聞きたいことがあるんだが……ステラ」
<はい。何でしょう>
「今、俺たちはどこに居る? 地球はどうなってる?」
言葉は足りないがこれだけで俺が知りたいことは察してくれるだろう。
<まず現在地。学園都市クレイドルは虚数空間に潜航することで災厄の手を逃れています>
禁忌の技術を用いた障壁がなければ一瞬で全てが無に還るとのこと。
……深海に居る潜水艦みたいな認識で良いのかな?
<地球ですが全土が草刈り機に占領されているような状態ですね。
人間が居なくなったことで休眠状態にありますが姿を見せれば動き出すでしょう。
とは言え少数での襲撃ならば全域の草刈り機が起動することはなく動き出すのも近隣のものだけでしょう>
ほう、好都合じゃんね。
<話している間に草刈り機の生態についてまとめておいたのでこちらをどうぞ>
空間が歪み新品のスマホが出現したんですけど……。
「ちょっと待て。お前俺のスマホ返さないつもり?」
<存外、居心地が良くて……そちらの方が性能的には上ですから遠慮なく受け取ってください>
「こ、コイツ……!」
……まあええわ。どれどれ。
「ふむ」
草刈り機の数は膨大だが減らせないわけじゃなさそうだな。
一定数を下回ると球根――コロニーから再生産されるからそれを壊せば良いわけね。
ただミサイルとかをぶち込もうとするとコロニーが閉じてしまう、と。
外皮は硬くミサイル程度じゃ駄目。破壊するなら生身で近付き内部からか。
それでも内部にもアホほど数が居るし……ふむふむ。
「コロニーって増えないのか?」
<一定数を超えたところで投下されることはなくなりましたね>
「それは人類滅ぼすにゃ十分な数だと判断したのか……」
<ピルグリムの情報によるとですが>
そう前置きし災厄についての説明をしてくれた。
災厄は種族によって違うが大まかな傾向は似通っているのだという。
一つ目の災厄は物量による圧殺でどんなのが送り込まれるかはまちまちだが無限ということはないらしい。
大体はコロニーのような生産装置を破壊し現存する敵を駆逐すれば一つ目の災厄はクリア出来るとのこと。
「ちなみにこれ、例えばの話なんだがコロニーを一つだけ残して……」
<災厄を先延ばしにする? そういったことを試した事例もあったようですが>
……ダメだったのか。
じゃあこれについては考えないでおこう。
「ああ、一応生産限界もあるのか」
<はい。一番攻防が激しかった地域では生産出来なくなったと思われるコロニーが自壊した例があります>
「まあでもこれは駄目だな。耐久戦なんて数に余裕がある方がすることだし」
一番良いのは俺がコロニーをぶっ潰すところを見せるとこだが、これはまあ無理だな。
新人類つってもそこまで簡単にやれるとは思えん。
ああいや、皆の協力を促す方向性ならむしろ苦戦してる方が良いな。
俺一人じゃ無理だけど皆が手伝ってくれるなら。今は無理でも何時か立ち上がり共に戦ってくれると信じてる。
みたいな演説内容にすれば……うん、細かい部分はアヤナちゃんに任せるか。
(大枠は俺が考えて意見を聞いていけそうなら細部を詰めてもらうってのが良いな)
俺が本当に頼りになるなら、だが。
「……ドラマ性も欲しいな」
嫌な言い方をするがこれは扇動だ。
意図してドラマ性を含ませるのは扇動の常套手段だろう。
孤軍奮闘ってのもドラマはあるがもう少し……あ。
<おや、何か思いつきましたか?>
「ちょっと聞きたいんだが俺たちが暮らしてた街ってアレ、完全にオリジナルなのか? それとも」
<モデルがありますね。完全に同一というわけではありませんが平和だった時代の日本の記録を下に作り上げました>
ステラが軽く手を振ると机の上に二枚の画像が投影された。
「あ、これ」
<左が七條さんの暮らしていた街のオリジナル。右が尊さんの暮らしていた街のオリジナルです>
へえ、アヤナちゃんとこは海沿いの街だったんだな。
ともあれ、モデルがあるというなら都合が良い。
「鷹城さんは何を思いついたのですか?」
「アヤナちゃんも察してると思うが俺が戦う姿を見せ付けながら演説ぶちかまそうと考えてるわけ」
「発奮を促すためにですね」
「そう。その中にちょっとした“夢”を混ぜ込んでやろうと思ったのよ」
「夢、ですか?」
俺たちが日常だと思っていた風景はステラの手で作り上げられた昔日の幻想だった。
リアルには存在せず、仮想現実が終わったことで偽りの形さえも崩れてしまった。
「だから取り戻すんだよ」
オリジナルの街は草刈り機どものせいで最早、見る影もないのだろう。
ステラも平和だった時代のって言ってたしな。
「幻の故郷を現実で復興する。それを戦う動機の一つとして掲げる」
もう、俺たちの中にしか存在しない光景。
俺たちが死ねばそこで夢幻と消え果てる。
大切な人たちとの思い出が詰まったそれが泡のように消えて良いのか? 俺はイヤだね。
モデルとなった土地で俺たちの思い出の中にある故郷を再興させる。
そんなことに意味があるのかって? あるさ。
「大人たちへの手向けであり俺たち自身のためでもある。災厄に勝利し未来を掴んだのならそこから再出発するんだよ」
愛すべき日常の続きをそこから始めるのだ。そう思うとやる気も出て来るだろう?
<なるほど。そうとなると>
「ああ、リベンジは日本の奪還から始めるつもりだ」
第一の災厄である草刈り機どもとの戦い。長期戦になるだろう。
となると拠点が必要だ。日本を奪還しそこを拠点にいずれは世界中から草刈り機どもを駆逐する。
「仮想現実は日本をモデルにしてたし馴染み深いから悪くないと思うんだがどうだ?」
<支持します。発奮材料に出来るかどうかは演説の出来次第ですが当面の指針が定まったのは喜ぶべきことです>
「アヤナちゃんは何かあるかい?」
「演説はどのような形で行うつもりなのですか?」
あー……それな。
「生の迫力、熱を十全に伝えるのであれば戦いながら鷹城さんが演説を打つのが良いと思いますが」
「そんな余裕があるかって話ね」
「はい。現状、我々が草刈り機とどの程度戦えるのかすら不透明ですし」
こればっかりは検証してみないと分からない。
本番前にテキトーな場所に俺を送り込んでもらってどんなもんか試してみるつもりだ。
「いけそうなら戦いながらやる。無理そうなら事前に収録した音声をリアルタイムの映像に合わせて流すか」
「私が鷹城さんから伝え聞いた体で映像に合わせて語り掛けるというのもありですね」
「まあそこはおいおい考えてこう。とりあえず細かいとこはアヤナちゃんに任せるよ」
「分かりました。ステラと相談しながら詰めていきますね」
「頼む」
とりあえずこれが俺の腹案だ。
直ぐに実行出来るわけじゃないし、この話は一旦切り上げて直近のタスクをこなしておくべきだろう。
「ステラ、目下俺たちがやることはあるか?」
<もう一人スカウトして欲しい方が居るのですが……ちょっと、今は無理そうなので一旦置いておきましょう>
「なら戦闘訓練だな。ロックとやらを解除した状態で俺がどの程度動けるのか試したい」
<了解致しました。ですが戦闘訓練を行うのならその前に――――おや?>
ぐぅ、と俺の腹が盛大に鳴いた。
「……悪い、その前に飯食わせてくれ」
<分かりました>
「アヤナちゃんもどうだい? つってもインスタントぐらいしかお出し出来ねえが」
母さんが買い置きしてた食材とかはあるけど俺、料理出来ねえしな。
精々、米を炊くぐらい……男子だからね、ちかたないじゃんね。
「あの、そういうことでしたら私が何かお作りしましょうか?」
「え、良いの!?」
「はい。そう大したものは作れませんが年相応には家事も出来ると自負していますので」
謙虚な物言いだが基本的に頼りになると太鼓判を押された女だ。
嫌でも期待値は上がっちゃうよね。
「じゃあお願い! やった! 女の子の手料理だ!!」
「ふふ、では台所をお借りしますね」
「あ、エプロンとか要るよね? 台所に母さんのかかってるから使っちゃって」
「ありがとうございます」
ふふ、楽しみだぁ。
<しかし>
「うん?」
<あなたが提示したプランは確かに有効ですが、よく躊躇なく一人で戦うことを決断出来ましたね>
「そりゃなあ」
不利な中でも抗う姿を見せ付けるのが目的なら別に俺一人でなくても良い。
あっちはアホほど数が居るんだ。十人ぐらい連れてっても問題はないはずだ。
安全を考えるならそっちの方が良いに決まってる。
でも現状で戦える奴、俺しか居ないんだもん。
「俺は他人に頼るのが大好きだよ? でも寄りかかって一緒に沈みたいわけじゃない」
怠惰の結果、俺だけが沈むなら自業自得だ。
しかしそれに他人を巻き込むのはね。気が咎める。
<安心して寄りかかれる相手にしか寄りかからない。もしくは問題ない程度に済ませる、と>
「じゃなきゃ気持ち良く甘えられないじゃんね」
<なるほど。そういうスタンスも影響しているのでしょうね>
「いざという時以外はってやつ? 正直、俺は未だ胡散臭く思ってるがね」
ってか真面目な話、一旦やめない? 疲れるんだけど。
「飯が出来るまでの間、何かゲームしようぜ。トランプとかさ」
<AIに勝負を挑みますか>
「挑まねえよ。わざとらしくない程度に俺を勝たせて気分良くなるよう接待してくれって言ってるんだ」
<堂々とリクエストすることですか? まあ別に構いませんが>」
それから飯が出来上がるまで俺はステラとゲームに興じるのであった。
「御待たせ致しました。不出来なものではありますが」
「おぉ……おぉ! 不出来なんて謙遜! めっちゃ美味そうじゃんね!!」
ほっかほかの白飯にごぼうのお味噌汁。ポテサラ、出汁巻き。
メインは鶏の照り焼き。ちょいと添えられた漬物は既製品だろうが他は全部手作りだろう。
これはこれは、食欲をそそる献立じゃないの。
「食べて良い!?」
「ええ、どうぞ」
「いただきます!!」
「ふふ」
二人で手を合わせ食事を始める。
見た目の期待を裏切らない味に俺のテンションは急上昇。とどまることを知らない。
「美味しい! 美味しいよアヤナちゃん!!」
「ありがとうございます」
「駄目駄目、これもう完全に胃袋掴まれちゃったわ。毎日でも食べたいぐらい!!」
<ホント隙あらば口説きますねあなた>
口説いてねえよ、純粋な感想だよ。
だからアヤナちゃんも恥ずかしそうにする必要はないのよ?
「ごちそうさまでした」
「お粗末様です」
「あ、手伝うよ」
「いえ鷹城さんはゆっくり休んでいてください」
すまんねえ。
テレビを見ながら食休み……ふと気になったんだがこのテレビ、どうなってんだ?
<アーカイブにあるものを流すかこちらで作成したものを放映しています>
「過去のものはともかく番組も作れるのかよ……」
<専用のAIにデータを学習させ必要なキャストを作成し脚本に則って進行させているだけですから>
「マジで未来すげえな……」
正確には過去の技術なんだろうが俺らからするとな。
二十一世紀前半の認識で生きてたんだもん。
そうこうしていると食器を洗い終えたアヤナちゃんが戻って来た。
「んじゃ早速訓練に……の前に何かあるんだったか?」
<はい。尊さんに御会いしたいという方が居まして>
「俺に?」
<いずれは姿を見せるつもりでしたが現状の尊さんを見るに問題はないと判断されたようです>
「???」
<御二人とも、準備はよろしいですか?>
「よく分かりませんが……会っても良いと判断されたのは鷹城さんだけなのでは?」
<尊さんと一緒になら問題ありません。それに副会長たるあなたも存在は認知しておくべきですから>
「「?」」
首を傾げつつも、とりあえず準備は出来てると答える。
するとまたしても景色がぐにゃって訓練場と思われる無機質でだだっ広い空間に移動させられた。
ふと俺たち以外の気配を感じて振り向くと、
「「え」」
ペンギンが居た。小学校高学年ぐらいの大きさの軍服みたいなのを着たペンギンだ。
「はじめましてになるのだろうね。私は君たちがピルグリムと呼ぶ者だ」
「うっそだろ!?」
宇宙人っつーとタコがグレイぐらいしか想像できない貧弱な想像力なので
ピルグリムって響きが何となく某コウテイペンギンのキャラに似てるからペンギンにしました。