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俺は『いざという時しか頼りにならない男』らしい  作者: 鶏唐


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 体育祭に参加した者らが思い思いに楽しんでいる一方、それ以外の者はどうしているか。

 精神的に余裕のない者は見ていても辛いし苦しいだけなのでそもそも放送にはノータッチ。

 なので放送を見ている子らに少しスポットを当ててみよう。


「……楽しそうだな」


 クッションを抱えテレビを見ている少女は尊の奮戦を見て心に熱いものを感じ、その勢いのままに協力を申し出たことがある。

 しかし一度冷静になって考えろという言葉通りに考えた結果、怖くなって結局申し出を取り下げてしまったという経緯があった。

 それからずっとモヤモヤを抱えたままで居た。

 辛くても怖くても一歩踏み出さないと何も変わらないと思う自分。

 明かり一つない暗闇の中、落ちれば終わりのか細い道を歩くのは馬鹿だと思う自分。

 相反する感情によるジレンマに苛まれ続けていた彼女だが、


「何で、笑えるのかな」


 またしても心境の変化を迎えていた。

 画面の向こうで必死にフライパンを振るっている子供たち。

 自分と同じ境遇の彼らはとても楽しそうだ。

 辛くないわけがない。怖くないわけがない。同じ境遇だからこそ分かる。

 なのに自分は膝を抱えていて彼らは笑っている。


「……何で、なんて決まってるよね」


 自嘲気味に呟く。


「一歩、踏み出したからじゃん」


 尊に賛同するということは明かり一つない暗闇の中、落ちれば終わりのか細い道を歩くのと同義だ。

 それは揺るぎない事実で尊自身もそう考えているだろう。

 だが、今彼らが浮かべている笑顔はそれを理解していて尚、一歩踏み出したから。

 この先どうなるかは分からないがまたああして笑えるようになったのは怖がりながらも進むことを選んだ勇気への対価だ。


「私も、まだ間に合うかな?」


 そんな決意を固め始める者が居る一方、放送を苦々しく見つめている少年も居た。

 放送を見ているあたり余裕があるのはそうだが、その余裕の理由は別の感情の方が大きかったからだ。


「何でお前ら、許せるんだよ」


 彼は大人を恨んでいた。

 過酷を運命強いた大人たちへの怒りが残酷な現実に対する絶望よりも大きかったから余裕が生まれたのだ。


「ふざけんじゃねえってのは分かるよ」


 災厄なんて訳の分からないものに中指をおっ立ててやりたい気持ちはある。

 しかし、誰よりも前に居る男。クレイドルの指導者になった尊は愛を叫んだ。

 その一点がどうしても理解出来ず、だからこそ彼は協力を申し出られずにいた。

 きっと、輪を乱してしまうから。

 大人は憎いが同じ境遇の……兄弟姉妹とも呼べる彼らを嫌っているわけではないのだ。


「茶番だろ。何もかも」


 無念の表情と共に消えていった教師の顔が脳裏に浮かぶ。

 謝るぐらいなら最初からするな。それが彼の平時からのスタンスだ。

 だからこそ罪悪感を抱きながら偽りの平和を取り繕っていた大人たちに対する嫌悪感が大きい。


「……理解出来ねえ、理解出来ねえけど」


 このまま腐ってることにも耐えられない。


「……」


 少しの沈黙の後、彼はステラを呼んだ。


<何でしょう?>

「一度、鷹城尊と話せないかな」


 ほう、と目を細めるステラを他所に少年は続ける。


「忙しいのは分かってる。俺なんかに時間を使う暇があるなら明確な味方に使った方が有益だってことも。

それでも……一度、話してみたいんだ。今抱えてる色んなことについて聞いて欲しいし、聞きたい」


 だから頼む、と少年は駄目元で頭を下げるが……。


<了解しました。都合の良い日程を教えて頂けますか?>

「え、いや……」

<何か?>

「な、何かってそんな……簡単に……」

<尊さんなら聞くまでもなくあなたの要請を受けてくれますよ>


 何せ、と含みを持たせてステラは笑う。


<わざわざ自分を憎んでいる者のところに赴いて刺された挙句、メンタルケアをするような人ですし>

「はぁ!?」

<だから真摯に足掻き続けているあなたを無碍にすることは決してありません。まあ今直ぐにとはいきませんが>


 ラスボスやってる最中ですしとステラがテレビの画面を見やる。


「……そうだな。じゃあ、落ち着いたら頼むよ。俺は何時でも良いからさ」

<伝えておきましょう>


 さて今しがた話題に上がった刺した少女こと安西美悠もまた放送を見ていた。

 放送を見ながら、


「みこときゅん、みこときゅん、みこときゅん……んんッ!!」


 励んでいた(婉曲な表現)。

 ミノムシルックでもぞもぞする美悠。何故こんなことになってしまったのか。

 語りたくはないがここで止めても消化不良なので一から説明するとしよう。

 が、その前に大前提について語るべきだろう。


 ――――安西美悠はメンヘラ気質の少女だ。


 この前提なしにこれからのことについては語れないので胃もたれするかもしれないが飲み込んで欲しい。

 あの夜、尊が去ってしばらくは好意どころかこれでもかと怒っていた。

 二時間ほどか。散々物に当たり散らして疲れたところでお腹が鳴った。

 これまではロクに感じていなかった空腹を思い出したのだ。


『……ごはん、たべよ』


 真実の暴露からまともな食事をしていなかったが、この空腹は流石に無視出来ない。

 しっかりしたものを作ってひとりぼっちの食卓についた。


『ッ』


 久方ぶりの温かい食事。家族が居たはずのテーブルには自分ひとりだけ。

 涙が止まらなかった。食べながら泣いて、食べ終わっても泣いて、シャワーを浴びながら泣いて。

 止め処なく溢れるそれを拭うこともなく疲れて眠ってしまうので泣き濡らした。

 そして翌朝。ネガティブな感情が消えたわけではないものの、これまでよりも随分と心が軽くなっていた。

 メンヘラ気質と言えどそれはそれ。善悪が分からないわけではない。


『とんでもないことしちゃった……』


 八つ当たりで人を刺すなんて普通に犯罪だ。秒でパクられる。

 ブチ切れてあの場で殴り倒されてもしょうのない行い。

 美悠は頭を抱えた。やべえマジどうしよう、と。


『彼は気に病む必要はないって言ってたけど』


 はいそうですかと受け入れられるような図太さがあるならメンヘラになどなりはしない。

 気にし過ぎるがゆえにメンタルが病むのだ。

 他人から見ればどうでも良いようなこと、記憶にも残らないようなこと。

 それでも本人にとっては看過出来ない失態。それを何度も何度も脳内でリフレインしてしまいメンタルがドンドン病んでいく。

 美悠はそんな自傷行為染みた悪循環を自ら作り上げてしまう。

 だから今回も幾度も幾度も思い出してしまった。だがこれまでとは決定的に違う点も。


『……でも、カッコ良かったな』


 尊のスパダリムーブである。

 失態をリフレインする度に付随するその後のやり取りも思い返してしまうのだ。

 尊的には刺されたことは本当にどうでも良いことだった。散々責められたこともそう。

 次の日にはもうスコーンと頭の中から抜けてゲーセンで日がな一日レゲーに励んでいたぐらいだ。

 何なら昔のゲーム特有の理不尽な難易度によって蓄積されたイライラの方が後を引いている。三日は愚痴るレベルだ。


 当人からすればどうでも良いこと。しかし美悠にとっては劇物レベルのクリティカル対応だった。

 失態をリフレインする度に己に対する失望や嫌悪を募らせていくなら、だ。

 スパダリムーブを反芻することで好意を募らせていくのも自然な流れだろう。

 メンヘラゆえの異存癖と相まって気付けば美悠はすっかり尊に心を奪われてしまっていた。


「うぅ……うぅ、お芝居だって分かってるけどそんな女と……あぁ、あぁああああ!! 脳が壊れちゃうよぉおおお!!」


 その結果がこれである。

 なら何故、協力を申し出ないのか。それとこれとは別なのか? 否、同じだ。

 美悠は尊への好意“だけ”で宗旨替えをした。

 人間生きてりゃ考えなんて幾らでも変わるという尊の言葉通りだ。

 ただ好きになってしまったがゆえに尊を刺したという事実が美悠の中でより忌まわしいものとなり動けないのだ。

 自縄自縛……めんどくせえなこの女。


 とまあこのように放送を見ている子供らのスタンスは多種多様。

 良い方にも悪い方にも転がり得る状態と言えよう。

 さて視点を健全な汗を流す子供らに戻すとしよう。

 障害物競走と幾つかの種目を終え、今は昼休みに入っていた。

 会場近辺には大量の屋台が並んでおり選手たちは思い思いに食を楽しんでいる。

 尊たち超生徒会もそう。生徒会用のテントの下で山ほど買い込んだ屋台の品を食べながら雑談に興じていた。


「今のところ優勢なのは赤だね」

「いやだが分からないぞ狭間くん。確かにポイントはリードしているがそれだってそこまで大きな差ではない」

「……それに加えて午前最後の競技では白組にエンジンが入って来た感もある」

「勝負はこれから、ということですね」


 そう締めくくったアヤナの横では尊がタコ焼きをざーっと口の中に流し込んでいた。

 かつてはこんな食べ方不可能だったが超人となった今なら何の躊躇いもないということだろう。

 ……やっすいな超人。


「午後は応援合戦からだが、これは私たちには関係ないな」

「純粋に楽しんで見られますね」

「まー、やっても良かったんだけど数的になあ」


 ビジュアル的には特級のアヤナとアンジュが居るので何ら問題はない。

 衆目を魅了することが本職のアイドルならともかくビジュアルが良くても素人の二人では圧倒的な数には勝てない。

 パフォーマンスとして見ごたえがあるのは紅白の方になるだろう。


「……尊、そんなに食べてリレーは大丈夫か? 俺たちにはハンデがあるんだぞ?」


 午後のプログラムにはリレーがあり生徒会組も参加することになっている。

 ただのリレーではなく超人規格のリレー。距離はフルマラソンのそれだ。

 しかも生徒会組は重りとしてバトル漫画の修行か? ってぐらいの重さの着ぐるみで走ることになっている。

 にも関わらずアンカーを務める尊は暴飲暴食。心配になるのも当然だろう。


「へーきへーき。いざとなりゃカロリー消費して身体をフラットな状態に戻せるしな~」

「……君のあれ、身体に悪そうなんだよなあ」


 恋人の手作り弁当をパクつきながら九郎がぼやく。


「というか尊さん。最近ますます食事量増えてませんか?」

「キラキラした顔で沢山食べてくれるのが嬉しくてあまり気にしていなかったが」

「今は水泳選手かな? ってぐらい食べてますよね」

「第三段階までロック外した影響だろうな」


 解禁した後はロックをしていても旧人類の範疇ではあるが肉体性能が上澄みのレベルにまで向上した。

 代謝などもかなり活発になっているせいで兎に角お腹が空いてしまうのだ。

 と、尊が説明すると女子二人は渋い顔で黙り込んだ。


「「……」」

「まあ女の子的には気にしちゃうよねえ。僕らはどうでも良いけど」

「男からすりゃいっぱい食えるってのは良いこと尽くめだが女の子はなあ」


 太る心配はない。頭でそう分かっていても気にしてしまうのが女子というもの。

 これ以上この話題を続けるのはアレだなと尊と九郎は目くばせをし話題の転換を図った。


「最近の尊くんと言えば僕も気になることがあるんだけど」

「おいおいおい、男なら浮気の範疇に入らないとかそういう鬼畜思考?」

「馬鹿が」


 吐き捨てるような九郎のツッコミ。

 段々と遠慮がなくなって来てるなあと思いつつ尊が続きを促す。


「いや何か君最近、突然びくっ! って身体を震わせてない? 急にキョロキョロしだすし」

「……そう言えばそうだな。何やら突然、軽く挙動不審に……なってる」

「言われてみればそうだな」

「尊さん?」


 串焼きに噛り付いたまま固まる尊。


「それが俺にもよく分からんのだわ。マジで急にぞぞぞ、って何かこう寒気がするの」

「……何か嫌な予感を覚えておられるので?」


 霊的な素養を開花させた者は個人差はあるものの第六感が鋭敏になる。

 現在、クレイドルの中で最も先を行っている尊が感じる嫌な予感ともなれば気にもなるだろう。


「いやそういうシリアスな感じ……ではないと思う。うん。そういうのなら神経が焦げ付くようなこう、もっとピリリ感があるし」


 具体的なことは伏せるが尊が寒気を感じている際は丁度A氏が励み、達している時なのだが……因果関係は不明である。

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― 新着の感想 ―
[一言] A氏もきっと霊的な力が強く発露するタイプなのでしょう。 いやしかし、A氏のお話は非常に好物でありました。 またお願いしたい所存。
[良い点] 更新ありがとうございます [気になる点] 流石SSR女誑し、息をする様に引っ掛けてくるな(笑)
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