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「おぉ……こりゃすげえ」
「何もない空間が遥か先まで続いてるってかなり圧倒される光景だね」
「……不安になる」
発表から三日後。
俺と九郎、シズちゃんの男三人組は体育祭でやる障害物競走の予定地へと来ていた。
遮蔽物どころか景色も存在しない文字通り真っ白な空間。
都市にそんなところがあるのかって? ない。体育祭のために創り出したのだ。
俺たちが仮初の生活で暮らしていた自宅が別空間に隔離されていることは以前、触れたと思う。それの応用だ。
元々位相のズレた異なる空間を利用する技術は存在してた。しかし虚数空間に潜航したことで思わぬ副産物があったのだ。
どうも虚数空間に在ることでゲームでいう地形効果みたいな恩恵があるみたいで地球で行うより随分と楽に技術を使えるらしい。
<さて、まずは第一競技の障害物競走のステージですが……どのようなものを設置します?>
「古のコメディアンがテレビ番組でやってたアトラクションの百倍ぐらいキツイのでええやろ」
「幾ら何でもテキトー過ぎだろ。池に草刈り機でも放つのかよ」
「……古の何とやらは分からんが素人の俺たちが参考にするなら自然とそういうバラエティ番組とかになるんじゃ」
シズちゃんのフォローに九郎も言葉を詰まらせる。
ちなみに俺はそこまで深く考えてたわけじゃない。単に俺が見たいから提案しただけだ。
<百倍が適正難易度かどうかはさておき……ふむふむ、そういうアレですか>
ステラが俺の口にした番組を確認しているのだろう。何やら一人ぶつぶつ呟いている。
<悪の首領ホークを倒すため紅白軍が競って城を攻めるとかそういう感じですかね?>
「ホークって俺のこと?」
妨害側に回るという発想はなかったな。でも普通にありだ。
丁度、四天王もおるしな。
「僕らのこと? 四天王とかやられるための存在じゃん」
「……とりあえず最初の四天王にはなりたくないな」
ただ迎え撃つならどっちにとっても難易度高くしないとな。
じゃなきゃ面白くない。遊びみたいなもんだが遊びは全力でやってこそだ。
「でも立場的にはシズちゃんだよね。第一関門のボス」
「……凹む」
難所を超えて辿り着いた砦に陣取るシズちゃん。
殺傷能力を抑えたドローン兵器とかを指揮して紅白軍を迎え撃つのだ。
ギミックを使ってダメージを与え撃破する感じな。ちゃんとHPゲージも表示する。
「僕は三番手、かな?」
「ポスト的にはそうね」
二番手がアンジュちゃんになるなら第二関門は毛色を変えてみるのもよさそうだ。
「具体的には?」
「第一関門は王道ゴリッゴリのアスレチックで肉体面をハードに。
第二関門は一転として美的感覚や繊細さが求められるような障害にするのよ」
アンジュちゃんのキャラ的にピッタリだろう。
加えてそういうジャンルなら女の子も活躍し易いと思うのよね。
「ゴリッゴリのアスレチックはやっぱり男のが目立つだろうしね。それじゃ不平等だ」
超人規格になっても、意識の問題があるからな。
しばらくの間は男のが有利だと思う。楽しむことを目的にするなら男ばっか活躍させるわけにもいかん。
「……美的感覚を求められる障害ってどういう感じなんだ?」
「そうだな。御伽噺に出てきそうな鏡の迷宮があるとしよう」
「「ふむふむ」」
「必死こいてようやく抜けたと思ったらボスが待ち構えてるんだがコイツがまた鬼つええ!」
見た目は包帯で顔を覆ったお姫様みたいな格好の奴な。
外見とは裏腹に鬼強いそいつにはどう足掻いても勝てない。
となるとこれは戦いでクリアするものではないという考えに行き着くわけだ。
よく見りゃお姫様は泣いてるみたいだぞ? これはどういうことか。
「意中の男にこっ酷く振られて世を儚み命を絶ったみたいな設定を付与しとく」
「何となく読めて来た。クリア条件をメイクの出来栄えとかにするんだね?」
「そーゆーこと。包帯の下には可もなく不可もないぐらいの顔でコイツを立派なドレスに見合うよう化粧を施すのよ」
判定は俺。俺の股間にギューン! 来たらクリアね。
「……よく思いつくなそんな障害」
「へへ、よせやい照れる。まあそんな感じで女の子が活躍し易い障害を設置するわけだ」
ここらはアヤナちゃんとアンジュちゃんの意見も聞くべきだな。
男の俺が考えるよりも色々と案が出ると思う。
「三番手の僕はどんな感じ?」
「可もなく不可もなく。何なら一、二よりも簡単な感じで」
後から振り返って印象に残らないぐらいの薄い味付けで良い。
あんまり濃いのばっかだと胃もたれしちまうからな。
「あと次がラストステージだから休ませる意味でもな」
「他のプログラムもあるし五つ目はくどいか」
「うん。何度も言うが楽しいのが一番だからな」
「しかし四が最後ってことは七條さんがやられて君が登場する感じ?」
「ああ。ボス戦をクリアすると敗北演出が始まる」
激闘の末に敗れるアヤナちゃん。
「『お、愚かな人間どもめ……何故、ドン・ホークのお心を分かってくれないのですか!?』」
嘆き悲しみ、ステージの後ろにあったポッドに近付く。
アヤナちゃんがポッドに縋りつくと同時にこれまで見えなかったポッドの中身が露わになる。
何とそこには機械に繋がれ眠る俺の姿が!
「『ド、ドン……あ、あなた……助けて……!』と」
アヤナちゃんはそう懇願し、息絶える。
瞬間、眠り続けていた俺の目が開かれポッドが砕け散った!
「アヤナ、オマエヲ傷付ケルノハ誰ダ!!」
ゴロゴロ―! ピカー! ドーン!! 雷のエフェクトと共に怒りも露わに紅白軍の前に立ちはだかる俺!
さあ、ラスボス戦の始まりだ! 君たちは悪しき機械人類の親玉ドン・ホークを倒せるか!?
「待て次回!」
「火星に帰れ」
「……え、俺たちは機械人類って設定だったのか?」
シズちゃんはともかく九郎、お前……。
「最初に古のコメディアンを話題にした時も思ったけどネタ元完全に理解してるじゃねえか」
俺らの現代認識から見ても三十年とか四十年前の話だぞ。
よく通じるわ。ビックリだよ。
「いや父が二次元三次元問わず古い作品が好きで小さい頃からDVDとかでよく一緒に観てたから」
「え、お前んとこも? 俺っとこもそうなんだよね」
<ああ、御二人の父君は共に娯楽作品の発掘・選定等が職務でしたからね。まあ仕事が同じでも面識はなかったようですが>
「「そうなの!?」」
初耳だ……。
表向きは普通のリーマンだったけど本当の仕事はそんな感じだったんだな。
それなら表向きの職業も映像関係とかに……ああそれだと仕事が不規則そうだから駄目か。
子供と接する時間が自然と作れるよう可もなく不可もないリーマンチョイスだったのね。
<話を聞くに仕事が趣味になったのでしょう。それで気に入ったものを我が子と>
「俺の親父と九郎んとこの親父さんって趣味が合ったんだな」
「だねえ。もし面識があれば友達になってたかもね」
そんな俺たちが今友人やってるってのも数奇な縁だ。
<まあそれはさておき大体の絵図は分かりました。アスレチック部分だけでも軽く作ってみましょう>
「テストプレイもしとくか。俺はともかく九郎は一般基準を測る上で役に立つだろうし」
「僕は先行スタートを切ってるからね。それなりに参考にはなると思う」
<では>
瞬間、空間にノイズが走り周囲の風景が作り変えられていく。
術式によって固定化した位相のずれた空間は感覚的には電脳のそれに近しいらしい。
だから建設に時間を要することもなくその場の思いつきであれこれ弄れるのだとか。
<こんなものでしょうか? 誘導致しますので日影さんは所定の位置に>
「……了解」
五分ほどして準備が終わったことを伝えられた。
それから間を置かずぷわぁーん! という音が鳴り響く。スタートということだろう。
最初は高く聳え立つ断崖を上ることになるのだが、
「これ飛行能力持ちには障害でも何でもねえな」
「尊くんだけの特権でもないだろうしそこらは縛るべきだろうね」
「だな」
えっちらおっちら言いながら僅かな突起を頼りに断崖を上っていく。
そうして三割ほどまで上っただろうか?
「「うぉ!?」」
上から岩が降り注ぐ。
未だ抜け切らぬ常人思考で殺す気か? と思ったが超人規格だとこれぐらいが丁度良いのか。
俺は剣翼で九郎は巨腕で岩を切り裂き、弾いていく。
「あ、ティンと来た」
言うや九郎は巨腕で壁をぶっ叩き穴を穿った。
……なるほど、掘り進めるつもりか。良いね。卑怯だとは思わない。
空を飛ぶよりかは手間もかかるしこれはセーフだろう。
九郎はトンネルで抜けるようだが、俺は通常ルートを進もう。
「じゃ、向こうで」
「うん、また」
クライミング再開。
手にした突起が脆く落ちかかったりしつつ丁寧に丁寧に登っていく。
そうして半分ほどまで辿り着いた頃、
「何事!?」
下で爆音。
「うわぁああああああああああああああああ……」
九郎の悲鳴が聞こえ、直ぐに遠ざかっていった。
こーれーはー……ステラとしてもこういうやり方は織り込み済みだったのか。
だから罠を仕掛けたと。多分、慎重に掘らないと爆弾で外に吹き飛ばされるんだこれ。
「……良かった。ショートカットを目論まなくて」
その後も堅実に登頂を続けようやく頂上。
しかし前、何もねえぞ。これからどこに――――
「おひょ?」
足元が崩れ地上へ真っ逆さま。
咄嗟に壁面に剣翼を突き刺してブレーキをかける。
「あ、そういう?」
よくよく目を凝らせば結構下にロープが見える。
落ちながらアレを掴んで止まり、ロープを伝って向こうにって感じか。
「なるほどなるほど」
壁面を蹴って跳躍し自由落下に身を任せる。
……よし、どんぴしゃ。丁度ロープの真上を取れたのでロープの上に着地。
しなったロープでトランポリンのように跳ねつつ前へ進む。
「おー、池はここで持ってくんのか。いや当然か。次は駄目だしその次も軽めだし」
荒れ狂う水面とそこに設置された足場。
何か天気も悪いし視覚的なインパクトは抜群だな。
このまま進んでも良いが……九郎を待つか。岸辺に座り込み待つことしばし。
「はぁ……はぁ……や、やっと追い付いた……」
「おつ。だが休んでいる暇はないぞ九郎デルマン」
「誰だよ九郎デルマン――うぉ、すっげえ荒れ具合」
「な? 冬のベーリング海かっつーね」
そして観察してて気付いたんだが鮫的なクリーチャーも居るっぽいな。
荒れ狂う水面から飛び出してんだよヒレが。
ここも飛べれば楽……いや待て。飛行禁止って思い込んでたがどうなんだ?
ショートカットしようとした九郎が罠に引っ掛かったあたり空飛んだ場合も罠がありそうだな。
自身の推測を九郎に話すと、ありそうだと嫌な顔をした。
「禁止なら最初からそう言ってるだろうしね」
「だろ? よし、ここでは飛行能力解禁してみるわ」
剣翼を出現させ浮かび上がる。
スタート地点では何もない、か。やはり池に出てからだな。いや池っつーより最早海だけど。
「!?」
水面から十メートルぐらいの高さで突っ切ろうとしたその瞬間だ。
分厚い雲をぶち抜いて無数の弾丸が飛来した。
貫通力ではなく衝撃を与えることに重きを置いた弾。留まっていればひとたまりもねえ。
「ちぃっ、執拗に逃げ道を塞いできやがる……!!」
そして気付く。これは自分だけではなく仲間への妨害も兼ねているのだと。
飛び回ることでばら撒かれる銃弾。足場を跳ねて進む仲間たちにも脅威だろう。
「尊くん!!」
「うぇ!?」
鮫が対空ミサイルの如く水面から放たれた。咄嗟に回避するが、
「上からも!!」
空中より飛来した二の矢が直撃。墜落する。
何とか近くの足場に着地しスタート地点まで戻る。
「……やっべえなこれ。冷静に考えると結構楽しいぞ」
マジでゲームやってるみてえだ。
視覚的なインパクトはあるけど命の安全は保障されてるからな。
「言われてみれば……トラップは腹立ったけど他人が引っ掛かってるのを見る分には面白いし」
「ステラはこっちの要望をしっかり汲んでくれたみたいだな」
少数でテストプレイみたいな形だからちょっと気付くのに遅れたな。
皆でわちゃわちゃしながら攻略するのは絶対楽しいぞ。
「ねえ尊くん。折角だしここからはお互い仮想敵ってことでどうだい?」
「妨害アリか。良いね、採用」
俺がそう答えるや九郎は即座に飛び出した。スタートダッシュ決めやがったアイツ!
慌てて追いかける俺。自前で遠距離攻撃の手段はないし何か……むっ!?
「やるじゃん!!」
妨害が出て来るのはある程度、進んでからだ。
つまり先行する九郎が真っ先に妨害に遭遇するわけだがそれを利用しやがった。
水面から飛来する鮫やら亀やらを殴り付けて後方の俺にぶつけて来やがった!
剣翼でそいつらを三枚に卸しながら追従……ああそうだ、俺も利用してやろう。
屈みこみ足にぐっと力を入れ水面と並行になるよう跳躍。
「うげ!?」
狙い通り。飛行だけじゃなくこういうショートカットにも妨害が入った。
飛んで進んだ際に仲間への妨害も兼ねているとか思ったが普通に敵への妨害にも使えるよな。
さっきまでは競う相手って認識がなかったから抜けてたわ。
あわてふためく九郎に向けダンスをプレゼント。おや顔真っ赤。喜んではくれなかったらしい。ぴえんだぜ。
「こ、この!!」
「お、普通にやる気か!?」
ジャンプでこちらに飛び移りながら振り下ろされた巨腕。
だが遅い。別の足場に飛び乗り回避してやる。
「ベーリング海峡(仮称)の藻屑にしてやる!!」
「上等だァ! やってみろァ!!」




