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俺は『いざという時しか頼りにならない男』らしい  作者: 鶏唐


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 手の甲にキスなんてまるで姫君に立てる騎士の誓いのようだ。

 男の俺がやるよりよっぽどサマになっていてキュンするのは事実だが……乙女に浸るわけにもいかない。

 え、何なん? どういうことなん? そしてアヤナちゃんがヤンキーみたいになってるのはひょっとして俺に好意を……?

 ああでも男女のそれではないかなあ。出会ってからずっと俺の世話してたから愛着みたいなんはあると思う。

 でも乙女の恋心を擽るようなことはやってねえ。母さん並に俺のだらけきった姿を見てる異性だからなアヤナちゃん。

 いやそこは他人なんだし頑張って取り繕えよと思われるかもだが色々忙しかったしぃ?

 私生活でも気ぃ張ってたら疲れるわ。今もようやくひと段落したんだからゆっくり――――


<現実逃避はそこまでにしましょう尊さん>

「いやだって飲み込めねえよこの現状。何でこんなことになってんだ」


 俺が戦う姿を見て心に火が点いたとかなら、まあ分かる。

 実際そういう心理を利用した計画なわけだしな。


「私の全部をあげる? そうはならんやろ」

<なっとるやろがい>

「意味わかんねーんだよ。君、頭大丈夫か?」


 言って気付いたがド失礼な物言いだ。

 しかし久我ちゃんは気分を害した様子もなく跪いたまま俺を見上げ真っ直ぐな瞳で語り始めた。


「あの日、私は星を見つけたのです」

<→もしかして私?>

「あなたの戦う姿に魂が揺さぶられました」


 おぉぅ……ステラの小ボケをスルー。


「支離滅裂とはいかずともまとまりがない言葉の数々。

しかしそこには嘘偽りのない熱があった。剥き出しの感情。魂の叫び。

誰に言われずとも頭では分かっていた。戦いは避けられぬと。過酷な道を歩くことになると。

だが受け止めるにはあまりに重過ぎて……喪失の痛みと悲しみに浸り目を逸らしていた私にとって……ッ」


 潤んだ瞳が怖い。


「あなたの姿がどれほど輝いて見えたか。ただ“強い”だけの人間ならばきっとこうも胸を打たれはしなかった。

あなたもまた私と同じ皆と同じ喪失の痛みと悲しみに傷付いた弱い人間。

心にも身体にも傷は刻まれ。傷口からは血を流し続けているのに……それでも歩き出した。

皆が後に続くことを信じて。後に続く私たちが少しでも歩き易いようにとに歯を食い縛り最初の一歩を踏み出してくれた。

痛みも悲しみも否定せず切り捨てず。乗り越えられなくたって良いのだと。弱さを抱えたままでも良いのだと」


 …………何だろう。こんなこと言うと失礼かもだけどさ。

 今、俺怪文書を音読されてるような気分だ。薄っぺらい言葉なら「ふーん?」で聞き流せるけどさ。

 久我ちゃんの紡ぐ言葉にはこの上ない熱があった。正直、俺今軽く引いてる。

 敬語じゃなくなってるのがマジ感あるよね。怖い。


「勿論、あなたがそこまで考えて戦っていたわけではないことも分かる。

ただただ必死に戦うあなたにそんなメッセージを込める意図はなかっただろう。

だが私にはそう見えたのだ。そしてあなたも否定はしないのだろう?」


 まあ、うん。


「痛いなら痛いままで良い。悲しいなら悲しいままで良い。弱さを捨てる必要もない。その通りだと思うよ」


 無理に強くなろうとしたってどこかで破綻するのは目に見えてるもの。

 じゃあそいつを抱えたままどうするかって話だろう。その場で蹲って泣き続けるのか。泣きながらでも歩き出すのか。

 何もかもに絶望して僅かな望みさえないというなら仕方ない。


「でも願う何かがあるのなら見苦しくてもとりあえず歩き出した方が良いだろう。少なくとも損はしない」


 俺がそう答えると久我ちゃんは瞳を潤ませたまま笑顔を浮かべた。

 青い空のような穏やかな水面のような透き通った笑顔だ。ドキっとするけど果たしてこれはトキメキか恐怖か。


「そんなあなたが私には何よりも輝いて見えたのだ」

「だから全部を捧げますって? おたくね、俺を神格化し過ぎだよ。俺はそう大した人間じゃない」


 どんなフィルターを通せばそうなるのか。

 俺としても妙な幻想を抱かれたまま部下になられたら困るっつーか。


「おたくが自分の全てを差し出しても良いと思ったあの戦いだがね。あれは計算づくだ」

「ああ、分かっているとも。先々を見据えて少しでも勝率を上げるため奮起の火種を仕込みたかったとかそんな感じだろう?」


 感情を利用した扇動染みたやり方だと分かっているなら何故……。


「更に言うなら協力を申し出た際に返信された一度冷静になってというのも善意ではなく計算と見た」

「ああそうだ。俺が欲しい人材を選別するためのな」

「――――だからどうしたと言うのか」


 うぉ……何か逆に俺がおかしなこと言ってるみたいじゃんね。

 美形ってずるいわ。堂々としてるだけで何か迫力あるんだもん。


「一から十まで計算づくともなれば話は別だが違うだろう?

あなたが巡らせた勝利のための冷たい計算式。その根底にあるものは何だ?

0と1では括り切れない“感情”じゃないか。何故勝ちたいのか。それはあの戦いであなたが叫んだことが全てだろう。

私はその思いに共感したからこそ私自身の願いを成就するためにも私の全てを差し出しそうと決意したのだ」


 やばい。何がやばいって熱がやばい。

 ここはサウナか? ってぐらい立ち込めてるよ熱が。久我ちゃんはもう人間スチームだよ。


「私はあなた自身が負い目を……いや負い目という表現は正確ではないか。

確固たる意思の下に巡らせた計算だからな。

ならばそう、他者からの評価点にはならないと考えている暗い部分。そう表現しよう。

その暗い部分を含めてあなたに惹かれたのだ。言っただろう? あなたは星だと」


 す、スター……そういやそんなことを言ってたような?

 わっと浴びせられる言葉の洪水に押し流され続けてたから忘れてたよ……。


「真昼に輝く星もそれはそれで乙なものだが星が一番美しく見えるのはやはり夜だろう?

あなたが持つ暗い部分は輝きを覆い隠すものではなくより強く輝きを見せるための夜なのだ。

少なくとも私にとってはそう見えた。あなたの美点は輝きを失わぬ永劫の星だ。

これから先、戦いの中で絶望的な状況に陥ることも多々あるだろう。

しかし私はあなたが居てくれるなら分厚い絶望の雲の向こうでもあなたという星が輝き続けていることを信じられる」


 もう、もうおなかいっぱいだよぅ。たべられないよぅ。

 想いが重過ぎて俺もう胸焼けどころか破裂しそうなんだけど。

 少しでも、少しでも軽くしないと……。


「しかしねえ、君は女の子なのだから軽率に全てを捧げるなどと言うのは良くないよ」

「ん……それはまあ、その……御尤もな指摘だと思う……うん」


 少し恥ずかしそうに視線を彷徨わせる久我ちゃん。

 瞬間、俺の背筋を得体の知れない何かが駆け抜けた。

 まずい、よくは分からないが何故かそう思った。


「全てを捧げると言ったのに、これを誤魔化すのは不実行だな。うん」


 意を決したように顔を上げた久我ちゃんが再度、俺の手を取り口づけを落とした。


「――――あなたに恋をした」


 ふぁーwww


「あ゛?」

<……そう来ますか、女誑しめ>


 失礼だな、冤罪だよ。


「……吊り橋効果というやつでは? 尊さんの何を知っているわけでもないのに」


 ぴゃっ、とっても冷たい声色!

 でもアヤナちゃんのその嫉妬もさぁ。似たようなもんじゃない?

 どう考えても久我ちゃんの熱気にあてられてるだけでしょ。

 とか冷静にツッコミを入れる度胸は俺にはなかった。


「大事なことは知っているよ」

「……ほう?」

「戦場で愛がために叫ぶその姿が鷹城尊という人間の本質だろう」


 久我ちゃんの目がすっと細められる。


「むしろ、あの戦いを見た私に何を知っているわけでもないなどという言葉が出て来る君こそ何も分かっていないのでは?」


 煽り返しぃwww


「細かなことは確かに分からない。しかし知らねばならない深い部分は十分に伝わったと思うのだがね」

「ぐっ」


 言葉に詰まるアヤナちゃん。その目は心底悔し気だ。


「あ、あー……気持ちは嬉しいが買い被り過ぎだ。ぶっちゃけ俺は基本、駄目人間だぞ」


 いざって時以外はウンコ製造機だと思ってくれて良い。


<……散々懐疑的な目を向けてたくせにそれを使いますか。都合の良い男ですね>


 黙れ!!


「今だって身の回り世話、ぜーんぶアヤナちゃん任せでここ来る前も漫画読んでゲラゲラ笑ってたんすよ?」

「ふむ……それが?」


 え、いやそれがって……。


「長所だけの人間など居はしないよ。私もそう。話を聞いてむしろ親しみさえ感じたな。

幸いにして私は人より能力に恵まれている。あなたの短所を補うことに不足はないし、負担もさしてないだろう。

大体、勝利のために冷酷な計算式を走らせられるという点に比べればだらしのなさなど可愛いものなのでは?」


 た、確かに……。


「そしてその黒い部分は既に受け止めているのだから何の障害があらんや」


 う゛。


「ああいや、私の容姿に不満があれば別か……そ、その……どうだろう?」

「え? いや普通に美人さんだと思うけど」

「そ、そうか。うん、それは良かった」


 やめてよ急な乙女ヅラ。

 イケメンじゃない可愛い笑顔とか見せられたらキュンしちゃうじゃないの。


「よし! この話は一旦棚上げだ! 切り捨てるには普通に惜し過ぎるけど現状じゃどうすりゃ良いかわっかんねえ!!」

<堂々と情けないことを>

「……分かりました」

「同じく。困らせたいわけじゃないからな」

<えぇ!? 良いんですか!? ……負担を感じさせず女に我慢させるこの手管……やはり、この男は……>


 お前もう黙ってろ!!


「やる気は十分伝わった。ああ、久我ちゃん君の力を貸してくれ」

「擦り切れるまで存分に。それとどうか名前で呼んで頂きたい」

「じゃ、じゃあアンジュちゃんって呼ぶわ」

「私も尊さんと呼ばせて頂くが構わないだろうか?」

「う、うん」


 軌道修正軌道修正。


「あ、あー……それでだ。君に超生徒会における治安維持部門の長を務めてもらう」

「それは……例のアプリによる適正、かな?」

「ああ。ステラは君に目をつけていたらしい。俺も納得してるがどうだろう?」

「そういうことであれば謹んで拝命させて頂こう」

「ありがたい。ステラ~」

<制服と風紀委員長の腕章を用意しておきます>


 よしよし。


「アンジュちゃん、時間はまだ大丈夫かい?」

「勿論。あっても融通を利かせよう」

「なら知識の共有と今後の予定に、さっき九郎……ああ、超生徒会のナンバー3と話し合ったことも共有しておこう」


 こっちはアヤナちゃんにもまだ話してないからな。丁度良い。

 アンジュちゃんと後ろに控えていたアヤナちゃんをパイプ椅子に座らせ情報の共有を始める。


「体育祭……良い案かと」

「部活動ですか。私も頭からすっぽり抜けていましたが使えそうですね。狭間さんの考えはよろしいと思いますよ」


 ちなみにだがアヤナちゃんが同じ生徒会の仲間なのに九郎を苗字呼びしてるのは九郎からの要請だ。


『紗枝はやきもちやきだからね。何もないって言っても他の女の子が名前呼びしてるとかちょっと』


 とのことで九郎自身も七條さん呼びのままだ。

 彼女持ちも大変だなとからかったら「そこが可愛いところなのさ」と惚気られた。ちくしょう……。


「んでアンジュちゃんだがしばらくは俺らのサポート……いやアヤナちゃんと九郎の手伝いだな」


 俺はただの決裁マシーンぐらいにしかならんだろうからな。


「妥当な判断だ。本来の職務である治安維持の必要が出るのはまだ先だろうし」

「そーゆーこと」


 悪さするにも余裕が必要だからな。

 食い詰めた結果、犯罪に走るなんて事例も多々あるが俺らの場合そこは心配要らん。

 衣食住が完備されてるだけに困窮の末の犯罪は起こらない。

 というか普通の悪さ自体はそこまで心配しなくても良いだろう。

 注視すべきは将来を悲観して自棄を起こした末の悪行だ。

 だがそれも現段階では自棄を起こすほどの元気もないだろうしそこまで気にしなくて良い。

 そういうのに目を配り始めるのは……ある程度、生活が安定してからだな。学校が再開して半年ぐらいが目途じゃないかな。


「かと言って余裕のある内に風紀委員を組織しようにも今の状況じゃ人も集まらんしなあ」

「……現状で動ける者は少数ですからね」


 世知辛いこった。


「風紀委員の人選についてだが後でステラに確認してくれ。どうせ他にもめぼしいのはリストアップしてんだろ?」

<それはもう。超生徒会の一角を担う組織ですからね。下っ端であろうと下手な人間は入れられませんから>

「ステラ、リストの確認もそうだが私用のカリキュラムも頼む」

<了解です。始めるのは明日からとしてロックはもう解除しておきますか?>

「頼む。ああだが、ここではまずいか。尊さん。グラウンドを使っても良いか?」

「良いよ」


 俺も興味があったので三人で校庭に。

 ステラがロックを解除するとアンジュちゃんの左腕に変化が現れ始めた。

 まず有機と無機の中間みたいな質感の突起が複数肩口から突き出した。

 そして肩から指先に向け突起と同じ質感の何かに覆われていく。


「あれは……砲身、か?」

「多分、そうでしょうね」


 肩のアレは排熱機構か何かか?


「ふむ」


 特別驚いた様子もなくアンジュちゃんは砲身を空に向け、


「Fire」


 淡々と唱えた。

 瞬間、各所の機構が展開され砲身から赤黒い光の奔流が放たれる。


「やだ……何あれカッコ良い……」


 口に両手を当て感動に身を震わせる。

 そんな俺を見て女子二人は怪訝な顔で首を傾げていた。


「私も人のことは言えませんが悪者みたいであまり……」

「うん。尊さんの光の翼の方が素敵だと思う」


 分かってない。分かってない。

 いや確かに清純派で売ってる尊くん的には剣翼も悪くはないよ? でも尊くんは男の子なの。

 男の子はダークな感じに憧れるんだよ。禍々しさ=カッコ良さの方程式が成立しちゃってるの。


「「???」

「男の世界だからなあ……まあ良いや。とりあえずこれでやるべきことは終わったかな?」


 二人が頷いたので俺は提案を口にする。


「じゃ、腹減ったし三人で飯にしよーぜ」

<先ほどまで修羅場ってた女二人と食卓を囲むとか正気ですか?>

「そこは心配要りませんよステラ」

「私とて尊さんを困らせたいわけではないからな。弁えるさ」


 その言葉を受けステラはわなわなと震えだした。


<こ、この男に都合が良い流れ……何と恐ろしい……>


 コイツ、誰かから俺のネガキャンを依頼されてんの?

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新ありがとうございます [気になる点] 指導者に盲信的な国家憲兵のとかヤバくない? [一言] SR女誑しは伊達ではないな(笑)
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