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「何が嬉しいかってよ~連載中だと思ってた漫画が実は完結してたってのが嬉しいよな」
戦いから一週間。俺は思う存分怠惰を貪っていた。
今は自室のベッドに寝ころび菓子を摘まみながらタブレットで漫画を読んでいる。
俺からすれば連載作品だが、現実の時間軸的には昔の完結作品。過去の名作だ。
週刊誌っぽく小出しにしてたがこれこの通り。俺の権限なら全部読み放題だ。
うん? 権限ないと無理なのかって? そこはまあ、はい。
「あの作品が完結するまでは死ねない」とか偶に言うだろ? 俺らの状況だと洒落にならんからな。
基本的にはこれまで通り小出しにしていくというのがステラの方針だ。
だが俺は生徒会長でありその手の懸念とは無縁だろうと特別に閲覧の権限が与えられたのだ。
「生徒会長に就任出来て幸せですわ~」
<やっすい御方ですねえ>
「ほっとけ」
人生のコスパ良くて何よりじゃろがい。
何ならタブレットの性能にも感動して幸福指数上げてんぞ。
思考操作可能だから指汚れる菓子食べながらでもページまくる度に一々気にしなくて良いんだもん。
「ところで今んとこどれぐらいの人間が再度、協力を申し出てる?」
<現段階では三百人強といったところですね>
「その子らの様子は?」
<安定しています。これからのことを考えてプレッシャーを感じたりもしていますが乗り越えようという気概が感じられます>
「結構結構」
<何か特別に言葉でもかけてあげたらどうです?>
「政治家かよ」
<政治家でしょう。それでどうなんです? 原稿ならアヤナさんと九郎さんが幾らでも考えてくれますよ>
「しない」
効果的だろうというのは分かるがね。
そういうことをやりまくると支持が集まり過ぎる。
<良いことでしょう>
「馬鹿。内部不和を招いてどうする」
何時か言ったが指導者なんてのは叩かれて当然の立場にある。
俺も情勢の悪化で叩かれたりする時もあるだろう。
だが強烈な支持者が居れば俺を叩こうとする奴らを叩こうとする。
「俺ほど禍根を残さないサンドバッグはねえのにな」
断言しよう。叩きはしても辞任を求める声や自分が超生徒会長になるとかはまずない。
人類に逃げ場なし。災厄との戦いは俺たちが滅びるか全てを退けるまで絶対に終わらない。
そんな状況で指導者とか貧乏くじが過ぎる。
貧乏くじを引きたがる志の高い人間はそもそもサンドバッグを叩かず普通にこっち側に協力を示すだろう。
『もぅマヂ無理。。 辞任しょ。。』
とか俺が言い出せばバッシングは止み擁護の声が流れ出すだろう。
つまり俺というサンドバッグに悪口雑言をぶつけはしても直接的な手出しはあり得ないってことだ。
だが俺の支持者が俺を非難する声をあげる連中を叩き出せば話は変わって来る。
<ふむ……では適時、失点を見せていくと?>
「それはそれで平時の運営を滞りなく行う上でよろしくないからなあ」
平時とは言っても戦時。
あくまで比較的落ち着いた時間ってだけだ。そしてその落ち着いた時間にする準備が大切なわけよ。
「そこらのバランスが上手く調整出来るなら良いんだが、まあ無理だわな」
だから流れに任せる。
過剰に支持を意識せずにニュートラルにやるぐらいが多分、丁度良い。
<面倒なものですね、政治家というのは>
「その面倒な地位を押し付けたのお前だけどな」
<うふふ、そうでしたっけ?>
「こ、こ奴め……!」
<それはそうと九郎さんからお話があるようですが家に招いてもよろしいでしょうか?>
「おぉ、もう訓練終わる時間帯かね。良き良き、ついでに茶と菓子も用意してやれい」
それから十分ぐらいで九郎はやって来た。
訓練帰りでシャワーを浴びているからかほこほこしてる。
「やあ、お休み中に悪いね」
「良いよ~。んで何だい?」
「ああ、実はクラブ活動について話があってね」
「……クラブ活動?」
ザ・帰宅部の俺には縁のない世界だ。
「学校間での生徒同士の交流はこれから必要不可欠だ」
「うむ。だから今度やる体育祭を含めて色々全体でのイベントを考えてるが……ああそういう?」
「うん。部活動を交流のツールにしてはどうかと思ってね」
「悪くないと思う。が、ちょっと気になる点も」
人数とかがそうだな。
サッカーや野球は問題なく人が集まるがマイナー系の部活だとな。
手間を考えるなら一定以上の人口が見込めない部活は……。
「承知の上さ。だからいっそ部活を学校単位ではなく学区単位とかに出来ないかなって」
都市における学園の分布だが東西南北均等に配置されているからこその提案だな。
「なるほど。それならマイナー系でも人数を確保出来そうだし」
「大会とかがなくても学区内限定だけど他校との交流も出来るだろ?」
「良いね。許可するよ。ステラ~書類用意して~」
<少々お待ちを……はい、出来ました。画面をぴっとしてください>
電子書類に親指ぺたり。これで許可は下りた。
発表するのはまだ先のことだろうが、先に許可出して権限与えとけば楽だからな。
「しかしふむ……部活か。これは使えるかもしれんな」
「何か思いついたのかい?」
「超人規格の部活を作るのはどうかと思ってな」
「部活という自由参加、楽しみ易い形での訓練も兼ねてってことだね。でも具体的にどんな?」
「うむ、まあ色々あるがまずはパルクールだな」
これは外せない。
「一週間前。さる事情で俺は街を疾走する楽しさを知ってな……」
「ああ、全裸で街中を走り回ったという気が狂ったとしか思えない行状だね」
ただ走るだけでも楽しかった。
これがちょっとやそっとじゃ疲れない超人規格の体力と身体能力で立体的な動きまで加わればどうだ?
めちゃ楽しそうじゃん。
「旧人類規格のスペックだと一歩間違えば大怪我にも繋がるし二の足を踏むが」
「第一段階のロックを外しただけでも信じられないぐらい身体能力が向上するからねえ」
「脱衣も出来れば更に爽快感が増すんだが」
「服を着ろ原始人」
ぴえん……。
「あとは将来的に扱うであろう装備品を用いた部活もアリだな」
「装備品?」
「SFに出て来るようなビームソード的な? あんなのも武装として存在するわけよ」
最低出力で超人同士がやり合うなら竹刀ぐらいの危険度になるだろう。
「普通の武道よりも行動制限の幅をなくして立体的な広いフィールドでチャンバラとか男の子的にどうよ?」
「……楽しそうだね」
「だろ? 後はパルクールとも似た感じになるがエアグライドの部活とかも楽しそうだ」
「エアグライド?」
「俺は自力で空飛べるから使わなかったけど誰も彼もが持ってるわけじゃないだろ?」
空中戦に対応出来るのが一握りってのは普通にマズイ。
だから当然空中戦を行える汎用的な装備も存在してる。
「ザックリ説明すると文字通り空中を滑るインラインスケートみたいなもんだな」
靴底で空気の面を捉えてとか何かそういう感じだった気がする。
「空飛べる身から言わせてもらうと空中で自由自在にってのは本当に楽しいぞ」
「……ちょっと興味出て来たな。掛け持ちで、いけるか?」
ちな九郎は写真部所属だったらしい。
エアグライドであちこち飛び回りながら写真撮るのとかも面白そうだよな。
「ステラ、クラブ活動に使えそうな装備品をリストアップして後で僕に送っといて」
「俺は手伝わなくてええんか?」
「お休み中だろ? 良いアイデアを貰ったしそこから先は僕の仕事さ」
頼りになるなあこのスーパー中間管理職。
「お、もう帰るんか? もうちょっとしたらアヤナちゃんも訓練終えて帰って来るだろうし一緒に飯でもどうよ?」
「ごめん。紗枝と先約があるから。待ち合わせの時間までは仕事もしておきたいからね」
「彼女持ちはええのう……じゃ、また」
「うん、また」
意気揚々と部屋を出て行った。
……最初の頃とは見違えたな。活力に溢れてる。
<む>
「どうした?」
<ああいえ、実は尊さんに面会を希望している方が居まして……>
「俺に?」
それ自体はともかく自分の一存で却下せず話題に挙げたってことは、
「ひょっとしてお前が目ぇつけてる才能持ち?」
<はい。超生徒会直属の風紀委員の長を務めてもらおうと考えています>
風紀、つまり治安維持ってことは……。
「SSRのポリさんとかそういう?」
<SSRの国家憲兵です>
「超物騒!?」
国家憲兵なんてワード日常会話で使ったことねえよ!!
「ってか地味に気になってたんだがレアリティってどんな基準なわけ?」
<そうですね。先ほどまで居られた九郎さんを例に説明しましょうか>
中間管理職か……これもひでえよなあ。
<Nが小さい会社で十全に中間管理職をやれる程度の才能。
Rが中小企業の上澄み。SRが大企業。SSRが国家規模の組織という感じです。
とは言え以前も言いましたがあくまで才能。現段階でその能力があるというわけではありませんがね>
才能を磨き抜けばその境地に至るのだという。
「……じゃあ何かい、俺は傾城傾国レベルの女をこます才能があると?」
<尊さんは恐ろしい男ですね>
ますます胡散臭えなあ……。
だが理解した。その面会希望の何某さんの場合はあれか。
国家憲兵の時点で国家規模だからレアリティは役職ってところか。
なるほど。確かに風紀委員長としては打ってつけだな。
「しかし……例のアプリでそんなん見せられた時のことを想像すると同情しか沸かねえなあ」
<大丈夫です。尊さんというザ・底辺も居られますし>
「殺されてえのかテメェ」
ったくこのポンコツAIは……。
「そいつの軽いプロフを頼む」
面会はする。するがその前に大まかにで良いから人柄やらを知っておきたい。
俺が要請するとステラは分かりましたと頷き、説明を始める。
<久我安寿。所属はアガタ女学院。学年は三年生。身長179cm、体重……>
「そういう乙女の秘密は暴露しないであげて?」
<そうですか? 成績は優秀で性格も良好>
社交的で同級生、先輩、後輩問わず人望を集めていて同校における生徒会長でもあったのだとか。
はえー、すっごい。
<女子高という閉鎖的な環境もありますが振る舞いにどこか男性的な雰囲気があるからでしょうね。
王子様的な感じで別の意味でも人気がありました。とは言え本人は困っていたようですが>
いやその情報要る? 要らないよね?
妙な先入観を与えるだけじゃんね。
<ちなみに容姿はこんな感じ>
空中に画像が投影される。
「あらやだカッコ良い」
金髪のサラサラショートに藍色の瞳。
顔立ちは切れ味鋭くなるほど確かに王子様って感じだ。身体つきはスレンダーですらっと伸びた脚がまた……。
俺の中の乙女が刺激される王子様系女子だ。少なくとも俺よりイケメンだ。
俺と久我ちゃんの写真並べてどっちが良いって言われたら九割は持ってかれる。
<その一割に男のプライドを感じますね>
「ほっとけ。ってか何で下ズボンなの?」
隣に居る女の子は普通にブレザーの下はスカートなのだが久我ちゃんはパンツルックだ。
<女子だからスカートを穿かなければいけないというのは多様性を軽んじてるとかそういう意識高い系の校風だからですね>
「なるほどねえ」
アヤナちゃんや九郎んとこの様子を聞くに学校も均一って感じじゃないみたいだしな。
それぞれの校風を掲げてるのか。うちは実に普通だったからちょっと憧れる。
「確かに俺もイベントとかではなく日常でスカートを穿いてみたいと思ったことはあるしな」
<あるんですか?>
「うん。それで街中を駆け回りたいなって」
<……この間もそうですが見せ付けたい願望がおありで?>
「いやどうだろ? 偶に何もかもを解放したくなる時って誰にでもあるじゃんね?」
あとジェンダー的なアレでもないぞ。普通に女の子大好きだからな。
「とりあえず良い子だってのは分かった。何で面会したいのか知らんが受けない理由はないな」
治安維持のための人員、これはかなり重要だからな。
単に恐怖と暴力で締め付けるだけなら人間は要らない。
良心の呵責などが顔を出すこともない機械に任せた方が効率的だからな。
しかし、それでは先細りする。だからこそステラも人間を起用したのだろう。
久我ちゃんは秩序を守るよう強制されているという意識を感じさせず、ストレスなく秩序に従わせられる人材なのだと思う。
「違うか?」
<その通りです。尊さんも仰るようにただ締め付けるだけなら無能にも出来ますからね>
この手の人材は丁重に扱わねばなるまい。
「都合の良い日時を教えてくれればそちらに合わせると伝えてくれ」
<分かりました。……返答が来ました。今から会いたいとのことです>
「今から!?」
面会希望つってもそんな即座にだとは思っていなかった。
今回のもまずはお伺いをってとこだろうと……。
「ただいま戻りました……どうかしましたか?」
部屋の扉が開かれ湯上りほこほこなアヤナちゃんが現れた。
訓練が始まっても身の回りの世話してくれてるの……マジ頭上がらんわ。
「ああいや超生徒会の風紀委員長にと目をつけている子が面会を希望して来てね」
「それは……会うべきだと思いますが」
安定しているからだろう。先ほど俺らが話し合っていたことを言わずとも理解したらしい。
「うん、ただ今直ぐにとは思ってなかったから驚いてね。とりあえずアヤナちゃんも同席してくれるかい?」
「はい。副会長なので当然の判断だと思います。直ぐに着替えますので少々お待ちを」
「ああ。俺も着替えんとな。流石にだらけきった甚兵衛姿はまずい」
<待ち合わせ場所はどうしますか?>
「超生徒会専用のオフィスがあるんだろ? そこで……ああでも俺もまだ足を運んでねえからな」
向こうもいきなりそんなとこに通されたらビックリするかもだ。
落ち着いて話すなら……。
「俺の学校の生徒会室使わせてもらおうか。それなら向こうもそこまで緊張せんだろう」
自分で言うのも何だがうちの学校の生徒会室めっちゃしょぼいしな。
急いで支度を済ませ、アヤナちゃんと共に学校へ転移した。
アヤナちゃんがお茶を用意する傍ら、やっすいパイプ椅子に座って待っていると……。
<来ましたね>
ノックの音が聞こえた。
「入ってくれ」
入室の許可を出す。
「失礼します」
うぉ、声までカッコ良い。男装の麗人って感じの声質だ。
ってか存在感がパネェ。何かキラキラしてるように見える。
アヤナちゃんも「まあ」って口元に手を当て驚いている。
「はじめまして久我ちゃん。俺は鷹城尊。こっちは七條彩菜。超生徒会の副会長だ」
自己紹介をして右手を差し出す。
久我ちゃんは何故かぴくりと肩を震わせ固まった。
え、今のやり取りのどっかに地雷あった? と俺が内心焦っていると、
「名を認識して頂けてることまことに嬉しく思います」
お、おう。
「先だっての孤独な戦い。その御姿に感銘を受け、今ようやく私は己が進むべき道を定められました」
「「!?」」
久我ちゃんは突然、跪き俺の手を取った。
仰々しい芝居じみた仕草なのにそれがやけに様になっているものだから俺の中の乙女がキュンした。
こりゃモテるわ。女子高にこんなん居たらそりゃモテます。何なら共学でも。
「――――私のすべてをあなたに捧げたく」
俺の手の甲に口づけが落とされた。
「――――はあ゛?」
うぉ、すっげえドスの利いた声。
思わず振り向くとアヤナちゃんがすっげえ顔をしていた。
(え、何これ? 何がどうなってんの?)




