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思う存分恥知らずの全裸疾走をキメた後は清々しい気持ちで解散と相成った。
別れ際、
『……俺らも、直ぐには無理かもだけど必ず……そっち、行くからさ』
と実に嬉しい言葉を貰った俺は意気揚々と帰宅。
玄関に転移した時点でもう家中に良い匂いが漂っていてテンション爆アガリだ。
「ただいマリーアントワネット~最後の十三日間~」
「おかえりなさい。準備は出来ていますので手洗いを済ませて来てくださいね」
「はーい」
外から帰ったら手洗いうがい。
やってて思ったが完全に環境整備されてるっぽいクレイドルで必要なんだろうか?
まあ良いか。こんなもんは習慣だしな。
「……良いことがあったんですね」
「ん」
リビングに行くとアヤナちゃんが微笑ましそうにそう言ってくれた。
深堀りはせず「さ、食事にしましょう」と言ってくれる気遣いが嬉しい。
(全然タイプは違うけど、ちょっと母さん思い出すな)
良いことがまた一つ増えた。
「食べ合わせも何もありませんが」
カツ丼と牛丼が隣に並び大皿に唐揚げやら生姜焼きやらだもんな。
まとまりがないにもほどがある。申し訳なさそうにするアヤナちゃんだがそもそもリクったのは俺だし、
「良い良い。そんなの気にするような繊細な性質でもないし」
年頃男子がそんなん気にするかっつーね。
欲望のままに食い散らかす準備は出来てる……というわけでいただきます!
両手を合わせてまずはカツ丼に手をつける。
「ふ、ふわふわ……卵ふわふわ……」
カツもうめえ! 卵とつゆで衣がしんなりとしてるけど出来たてだからな。
サックリ感もちゃんと残ってて実に美味。
半分ほど食べたところで河岸を移す。味が染みて更にしなしなになったのも好きだからだ。
「こ、この味は!?」
牛丼に手をつけたところで驚愕が俺を襲う。
「ステラから鷹城さんがよく足を運んでいたお店の味を教えて頂きました」
チェーンの牛丼屋も好きだ。呑気に学生やれてた頃は放課後とかちょいちょい行ってた。
でも俺の最推しの牛丼は近所の商店街にある定食屋の牛丼だった。
甘さとピリ辛が両立しててバリバリニンニクが利いた食べれば食べるほどエネルギーゲージが貯まっていくようなガッツリ系。
店主のおっつぁん曰く、
『学生の頃に俺の舌と心が欲していたのを作った』
とのこと。
……多分、あの人はNPC的な存在じゃなくてガチの大人だったんだろう。
だからこの都市ではもう食べられないと思ってたんだがな。
「アヤナちゃんは当然としてステラ、お前の評価も鰻登りだぞ」
<牛丼一つでそこまで上がる評価とは……まあありがたく頂いておきますが>
箸が止まらずあっという間に平らげてしまった。
特盛ぐらいの量だったんだが……。
「これ、マジで腹膨れねえな」
っていうか食べれば食べるほど逆に腹が減ってくんだが?
<空腹を誤魔化す成分が切れ始めているからでしょうね>
「おぉ……ここまでとは予想外。ってかこれ大丈夫なん?」
燃費という面で少しばかり心配になって来た。
戦ってる最中もだし、戦いが終わった後も。
<そこは問題ありません。今回は特殊なケースですから>
曰く、俺らは死に瀕すると生存のため貯蔵されていたエネルギーが吐き出されるらしい。
それ自体は他の動物もそうだが俺らの場合は効率が段違いだし、その効果もかなりのものだとか。
<死地を脱するために吐き出されたエネルギーによって一時的に全ての能力が向上するのです>
「背水バフみたいなもんか」
<ええ。尊さんの場合はギリギリまでそれを行って八割近くの貯蔵エネルギーを消費し治療をしましたから>
「え、マジ俺そんなやばかったん?」
<はい。治療の前に報告だとか言い出した時は馬鹿かな? と思いました>
「言えや!!」
いやマジに死ぬってんなら有無を言わさずポッドぶち込まれてただろうから余裕はあったんだろうけどさあ!
<まあそれは置いといて>
「置くなよ! 結構重要なことじゃろがい!!」
<尊さんの場合は単独で尚且つ撤退にも制限がありましたからね>
……そうだな。
本格的な戦いに突入すれば単独で行動するなんてまずないと思う。
個の性能を高めたからって集団で運用しない理由がないもの。
重篤な負傷があれば他がカバーに入って後方で治療を行うだろうしな。
<他にも即座にエネルギーに転換出来るアンプルや余裕があるなら携帯食などもありますので>
「ちょっと待って。そういうの聞いてないんだけど?」
<ピルグリムの提言です。成功率を上げるために追い詰めておけ、と>
「す、スパルタペンギンめ……!!」
だが実際に俺は帰還出来たので何も言えない。
もしかしたら知らされていても問題なかったかもしれんが、もう全部終わった後だからな。
もやもやを吹き飛ばすように大皿の生姜焼きをまとめて流し込み白飯をかっこむ。
「おいちい」
<そうやって直ぐに気分を変えられるところも長所だと思いますよ>
素直に褒められてる気がしねえなぁ。
「……作り過ぎではないかと思いましたがステラの進言を聞いておいて正解でしたね」
「苦労をかけるねえ」
「いえ。これぐらいどうということはありません。ステラの補助もありましたし」
良妻になるような子ってアヤナちゃんみたいな子なんやろなあ。
「ところで鷹城さん。これからどのように動く予定なので?」
「ん? んー、そうねえ。とりあえず二週間はお休みするつもり」
「二週間……ああ、腹を決めた人間の第一陣がそれぐらいで出揃うと」
「多分ね」
熱に浮かされた状態から脱して冷静に考えた上で協力を申し出るなら多分、それぐらいだろう。
「その後は体育祭だな」
「た、体育祭?」
キョトンとするアヤナちゃん。
まあいきなり場違いな単語出たからそうなるわな。
「動くと決めた奴らは全員、第一段階のロックが外れるだろ?
俺の場合は喫緊の課題があったからスパルタなやり方超人規格に合わせてったがアヤナちゃんらはそうする必要はない」
と、そこまで語ったら得心がいったらしい。
「いきなり戦いのためにと言われても意識が追い付かない。
だから私たち学生にとって身近なイベントを通してというわけですね」
そういうことだ。
ちょっとワクワクするだろ? 超人スペックでやる漫画みたいな体育祭とかさ。
「んでそれが終わったら学校の再開や超生徒会の役員集めや各校の代表者選びとか色々あるが……」
こればっかりはその時々の状況によってだからな。
学校再開するなら最低でもその学校の生徒の半分ぐらいは登校出来ないと。
今直ぐに戦うのは無理でも学校に出て授業を受けるぐらいなら。
そう思ってくれる生徒がどれだけ増えるかによって俺も随時、修正を入れてくつもりだ。
「学校を再開するんですか?」
「ああ。ステラや大人たちもそのつもりだっただろうしな」
じゃなきゃ“学園”都市や超“生徒会”なんて言葉は出て来ない。
戦うための教育に使うフォーマットとして学校が適格だと考えたから学校があるのだろう。
<その通りです。やる気のある方は別途カリキュラムを組む予定ですがそれ以外。
現実の消化に手間取っている子供たちには学校生活を通してメンタルのケア。
体育の授業などを使って尊さんが言うところの超人規格への適応などを行う予定でした。
とは言えあくまで予定。予想以上に早く立ち直り音頭を取れる方が出て超生徒会の設立がスムーズに進みましたからね>
俺の裁可を得てからにするつもりだったとのこと。
「良いんじゃね? 俺より人生経験ある大人が組んだ計画なんだ。そのやり方で合ってるだろ」
俺自身もそう思うし、学校を使って別途で考えてることもあるしな。
……ここらは今はまだ言わなくて良いだろう。
<分かりました。ではそのように準備を進めて参ります。七條さんと狭間さんにも御力を借りることがあるでしょう>
「微力を尽くします。それとステラ、私も名前で呼んでくださって構いませんよ? その、これから一緒にやっていくわけですし」
<そうですか? ではアヤナさんと。ああ、狭間さんのところでも似たようなやり取りがありました>
「じゃアヤナちゃん。俺のことも名前で呼んでよ。相方みたいなもんなんだしさ」
「そ、そうですか? ではその……み、尊さんと」
「うん! 改めてよろしくゥ!!」
メンチカツを口に放り込み……ふと気付く。
「……」
「ど、どうかしましたか?」
「いや……俺、猫舌だったんだよね。でも全然平気だなって」
今はロックかけ直してるが素の状態でも常識的な範囲で影響は出てるらしい。
だって前は出来立てのメンチカツとか噛り付いたら絶対はふはふしてたもん。
熱いもの食べてはふはふするのも醍醐味だと思ってるから行動を改めはしなかったけど……超人規格ってそういうとこも?
「いやまあ確かに超人が猫舌ではふはふしてる絵ヅラはアレですが……」
「うん、言いたいことは分かる。何か超人ってワードが安っぽくなるよな」
でも良いや。便利だし。
「にしてもうめえ、全部うめえ! 女の子の手料理ってだけでも嬉しいのに味まで良いとかもうね」
無敵じゃんね。
「ふふ、尊さんは毎回毎回美味しいと言ってくださるのでこちらとしても作り甲斐があります」
<こういう些細なことを積み重ねて……女誑しめ>
馬鹿スターが何か言ってるけど無視だ無視。
他人の美点に穿った見方をするのはどうかと思うね。
つかコイツの人格設定した奴、何考えてたんだろ。
いや毒があるのは楽しくもあるけどもっと無難な感じにも出来ただろうに……性癖か?
「そーいやアヤナちゃんの方はお友達とか……どうなん?」
相談出来る大人が居ない以上、頼れる友人に話をというのは当然の流れだからな。
以前から気になっていたが中々切り出し辛い話題だったがもう大丈夫だろう。
「当初は私も余裕がなかったので無視していましたが尊さんと行動を共にし始めてからはポツポツと。
今日は特に多かったですね。やはり彼女たちにとっても尊さんの御姿は衝撃的だったのでしょう」
料理を作っている最中もひっきりなしにメッセージが届いていたとのこと。
ちなみに読み上げと返信はステラに任せていたらしい。
「……私のことは話していなかったので少々対応に困りました」
あぁ、アヤナちゃんは知ってたもんねえ。
ただ何時までも黙ってるわけにはいかないし折を見て話すべきだろう。
正式な発表で知るよりアヤナちゃんの口から聞いた方がお友達も受け入れやすいと思う。
「そのつもりです。ちなみに尊さんは?」
「俺? 今っとこ何時メンの三人だけだね」
基本的に誰かに寄りかかってたのが俺だからな。
そんな俺が感情剥き出しでバチバチやってたんだ。反応に困るだろう。
これから連絡先知ってる奴らから色々来るとは思うが……まあ、何とかなるっしょ。
「多分今は俺と親しかった三人にあれこれ連絡行ってるんじゃねえかな」
んで三人も今は俺を休ませてやりたいからとこっちには何も言ってないってとこか。
少々罪悪感はあるが甘えさせてもらおう。いやマジでのんびりしたいんだ俺は。
「ええ、今日まで本当によく働いていましたしゆっくりしてください。今度は私たちの番ですから」
明日から訓練も始めるとのことだ。
「ステラ、アヤナちゃんと九郎はどうするの?」
<こちらが用意したカリキュラムですね。ピルグリムが直接、指導する段階ではありませんので>
「そうか。ああ、そういやピルグリムはどうしてんの?」
<今はアジやらサンマを網で焼きながら一人、祝杯を上げていますね>
見た目ペンギンが七輪で魚焼いてる光景とかシュールが過ぎるだろ。
<彼にとっても尊さんの奮闘は喜ばしいものだったのでしょう。弟子みたいなものですしね>
「師匠か……まあそうだな。今度、改めて礼を言わんと」
ピルグリムが居なきゃ理想のスケジュールは組めなかった。
こちらの要求を飲んで仕上げてくれたピルグリムにゃ頭が上がらんわ。
「尊さん」
「うん?」
「改めて本当にお疲れ様でした。ゆっくり英気を養ってください」
「ん、ありがと」
あぁ、今夜は久しぶりに気持ち良く眠れそうだ。




