10
『君が完成したとしても“最強”になることはないだろう』
ある日の訓練の後、地上に打ち上げられた魚のようにピクってるとピルグリムはそんなことを言った。
男と生まれたからには誰しもが望む最強の道らしいがあの時の俺が何よりも欲していたのは水分だった。
『仮にクレイドルの生徒全員に教練を施し限界値まで鍛えた場合の君の序列は七位とかその辺だろう』
羽根で器用にペットボトルを手にし俺の口に流し込むピルグリム。
何も言わなくても施しをくれるとか気遣いの男よのう。
『一流の上澄みにはなれても超一流への壁は超えられない。素養だけで言えば君より上の者も居るからね』
『お、お、お……ウマイ、スポドリ、オイチイ……』
もっともっとと強請る俺に更にスポドリを流し込みつつピルグリムは続けた。
『しかしそれは単純にどちらの駒が強いかを競わせた場合の話だ。
相手を打ち倒すだけでは届かない勝利。己が生きる、他を生かす“戦場”の話となれば評価は変わる』
彼は笑い、告げた。
『――――君はこと“生存”に関しては他の追随を許さないだろう』
それはピルグリムなりの激励だったのかもしれない。
生徒たちの心に焼き付くだけの時間、戦い続けても生きて帰還出来るだろうという。
気休めだろうと何だろうとピルグリムの言葉が支えになったのは確かだった。
正直な話をするとだ。最初の内は怒りでブイブイ言わせてた尊くんだけどさあ。
予定時間の半分を過ぎたあたりぐらいでやばない? って内心で冷や汗ドバドバだったの。
最後に負けるにしてもだ。どれぐらいの時間、奮闘する姿を見せられるかは重要である。
じゃなきゃ見る者の心に響かずよう分からん奴がよう分からんことしてるだけだからな。
そうはならんようにと必死こいて戦ってたがやっぱ物量半端ないって!
何だよアイツら。個としての性能が極めて高い俺ですらこれなんだぞ?
数は揃えられても単体性能では滅茶苦茶劣る旧人類の絶望が偲ばれるよね。
襲い来るネガティブをピルグリムパイセンの言葉で殴り殺しながら戦えなかったら俺も……。
「サンキューピルグリム。この恩は必ず返す」
何時か俺たちが勝利した暁には皆で漁に出て美味い魚を大量に奉納するからさ。
クレイドル内の転移施設に帰還するや俺は壁に背中を預けそのまま座り込んだ。
<ミッション達成おめでとうと言いたいところですがまずは治療を……>
「いや待て。その前に報告だ」
襤褸雑巾になっちゃいるがくたばるほどではない。
その前に聞くべきことを聞いておかなければ安心してベッドですやることも出来ん。
<……ミッション達成と言ったようにあなたの目的は果たされたと言って良いでしょう>
つまり子供らの胸を打つ戦いを見せられたということだろう。
<数万件。協力を申し出るメッセージがステラお客様センターに寄せられています>
「なら」
<ええ、しっかり対応しておきました>
成功すればそういう事態になることも織り込み済みだ。
だから俺はその際の対応も言い含めていた。
<焦って決める必要はない。一度、落ち着いてじっくり考えてから決めてくれ。
落ち着いて考えてそれでも力を貸してくれる意思があるなら歓迎する。
落ち着いて考えた結果、ちょっとと思うなら今はそれでも良い。
残酷なことを言うが戦いは避けられない。クレイドルの守りが消えれば誰も彼もが戦火を巻き込まれる。
だが直ぐじゃない。時間はある。その間、自分なりの戦う理由を焦らず探すと良い。
――――それが超生徒会長鷹城尊の意思であるとしっかり返信しておきました>
結構。
<しかし本当によろしいのですか? 熱に浮かされたままそれを固定化してしまうことも……>
「出来るだろう」
世の中には幾らでもある……いや、あったはずだ。
自分の意思で決断したように思えてその実、誰かに誘導されたことなんてな。
現に俺も扇動染みたやり方をしているしな。
「立ち止まれば熱が醒めて踏み出すことを逡巡するだろうさ」
<なら>
「だがその逡巡を自らの意思で踏み越えられるなら、始まりが扇動だったとしても強い芯が出来ると思うんだ」
大人たちが勝利のために愛が必要だと判断したように。
俺もまた自らの意思で一歩踏み出す勇気こそが長い目で見れば力になると思ったのだ。
だから火を点けた上で一旦、水をぶっかける。
じゃあお前が頑張った意味ないじゃんって? あるさ。
最低限、これからについて意識させられたなら十分。
<……理想論ですね。全員が全員、そう強く在れるとも>
「分かってる。ゴタゴタしてたせいで言葉足らずだったな。俺だって全員に芯を持たせるなんて無理だとは思ってるよ」
最終的に結構な数をこっちで流れ作って動かすことになるだろうとも。
だからこれはある種の選別だ。特別、戦力として期待出来そうな奴らのな。
<単なる青臭いお考えではないと理解しました。謝罪致します>
「いや良い。さっきも言ったが俺も言葉足らずだった」
そこらの話をしたのは数日前だったからな。
決行前であれこれ立て込んでる時だったからコミュニケーションが不十分だった。
「知りたいことも知れたし頼むわ」
<はい>
俺が促すと無人のストレッチャーがドリフト気味にやって来て眼前で停止。
ロボアームで上に乗せられそのまま医務室まで爆速で走り出す。
到着するとメディカルマシーンっつー何か液体が満ちたポッドにシュートされた。
SFらしく中で息も出来るので溺れることはないので安心だ。
<センシティブバブル発動>
「お、おぉ?」
何か知らんが股間に泡が集まってくぞ?
訳分からん事態に首を傾げていると医務室の扉が開かれた。
「鷹城くん!」
「たか……こ、これは失礼致しました」
<ご安心を。このステラ、皆様の健全な成長のためなら骨身を惜しみません>
お前にゃ身も骨もねえだろ。
<センシティブバブルがあるのでお見苦しいシーンは訪れないと断言しましょう>
そういうあれ?
<ちなみに屋外ではセンシティブライトが照射されます>
謎の光的な?
「どうして僕の時にそれをしてくれなかったんだ……」
<あなたは同性でしょう>
「何だよ九郎。俺のありがたいマキシマムザ尊君がよからぬものみたいじゃないか」
「コイツら……」
まあそれはさておくとしてだ。
「見舞いかい? ありがとさん。お陰でぴんぴんしてらぁ」
表面的な傷は一部を除いてもう塞がってるしな。
ただ内部に関してはあちこち痛んでるからもう二時間~三時間ぐらい必要とのことだが。
「いや僕らなんて」
「本当にお疲れ様です。その雄姿はきっと皆の心を打ったと思います」
「うっへへ、そう持ち上げるなよ~」
「……あんな戦いを繰り広げた後だとは思えないほど何時もの鷹城くんだなぁ」
「いやだって? 緊急性のある案件は一先ず片付いたわけだし? ようやっと俺も一休み出来るってゆーかー?」
仕事がなくなるわけじゃない。
落ち着いた上で俺に協力を示してくれる第一陣の面々が出そろったあたりでやりたいこともあるしな。
それでも今直ぐに動かないといけない案件は無事クリアできたのだ。そりゃ気も緩む。
「まあでも労ってくれるっつーんなら……お願いがあるんだけど良いかい?」
「何でも言ってください!」
「僕に出来ることなら喜んで!」
おぉぅ? ちょっと勢い凄いね君ら。
「んじゃアヤナちゃん。今日の晩御飯は尊くんの好物だけでよろ!」
「それは……構いませんが鷹城さんの好物とは? 何を出しても美味しい美味しいと食べてくれるのでピンと来ないのですが」
「アヤナちゃんが料理上手だからねえ」
しかしそうか、言ってなかったか。
「肉系全般好きね。あと丼物。辛いのも好き」
ガツガツいきたいお年頃なのだ。
「なるほど。傾向は分かりましたが何を作りましょう?
お肉や丼、辛いもので私が思いつくものを全部というのは流石に食べられないでしょうし」
確かにそうだ。
いや剣翼使えば空腹状態は作り出せるけどしんどいし正直しばらく省エネモードで居たいっつーか。
<大丈夫だと思いますよ>
「ステラ?」
「戦いによる疲労と負傷、今も治療でかなりエネルギーを消耗していますので」
「マジ? 俺そんな消耗してんの?」
<はい。薬液の中に空腹を誤魔化す成分が入っているので自覚はないと思いますが>
後々酷い空腹に見舞われるらしい。
食べても食べてもしばらくはまるで腹が満たされることはないだろうとのこと。
「……でしたら来たばかりですが私は家に戻って準備をしておきますね」
「すまんねえ」
「気にしないでください。鷹城さんの御力になれるなら私にとっても喜ばしいことですから」
あらやだキュン。あたしの好感度を上げてどうするつもりなのかしら?
部屋を出て行くアヤナちゃんの背に俺は密かに胸をトキめかせていた。
「えーっと、じゃあ僕は?」
「遊ぶのに付き合って★」
こんだけ頑張ったんだからさー! 一週間ぐらいは遊んでも良いと思うのよね!?
しばらく身体動かしたくないからインドア系で発散するつもりだが一人だと寂しいじゃんね。
「つーわけで泊まり込みでよろ」
対戦ゲームとかCPUだけじゃ物足りないもん。
対戦あるのはやっぱ対人じゃないとね。
「あはは、お安い御用さ。ただし接待プレイはしないよ」
「勿論。ガチにやらんと面白くねえからな」
<私に接待要求した男の言葉か?>
それはともかくだ。
「俺のことより彼女さんと一度話した方が良いんでねえの?」
紗枝ちゃんだっけ?
凹んでてロクに話も出来ないような状態だったらしいが今なら多少は話せるだろ。
「……そうだね。けど何を話せば良いのか」
「素直な気持ちをぶつければ良いんじゃね?」
ずっと心配してること。今も変わらず好きだということ。
今日まで何をしていたのか。これからどうするつもりなのか。
「取り留めがなくたって良い。今九郎が感じてること思ってることを伝えるだけでも無駄にはならねえと思うぜ」
「……うん」
「じゃ、駆け足だ。ほらダッシュ!」
「はは、じゃあまた」
「おう」
良いなあ。彼女良いなあ。俺もなー。可愛い彼女欲しいなー。
<しょうがないですね。私を恋人と思ってくださって結構ですよ>
「身も骨もない女と何をすれば良いと言うのか」
<でもAIと人間の恋って何か純愛感出て……尊さん、ご友人からメッセージが届いております>
「おん?」
話を聞いてみるとボブ、キム、クロードの何時メンが俺のスマホに連絡を入れたらしい。
……ダチが知らんとこであんなことしてりゃ、そら話を聞きたくなるよな。
気ぃ遣って俺もこれまで連絡取ってなかったが良い機会だ。
「安否確認だよな? 俺は大丈夫だってのと三時間後に学校で会おうってお前の口から伝えてくれや」
<分かりました>
電話より顔合わせた方がお互い、スッキリするだろう。
アヤナちゃんにはちょっと帰宅が遅れるって言っとかないとな。
「じゃ転送よろ」
治療を終えターミナルで学校まで送ってもらう。
教室に行くと既に三人は揃っていたが、浮かない顔だ。
「よォ」
「……お、おう」
「……身体、大丈夫なん?」
「……最後滅茶苦茶ボロボロだったけど」
「そこは未来の技術よ。二時間でこれこの通り」
「「「脱ぐな脱ぐな」」」
チッ。
「まあでも無事で良かった。なあ?」
「ああ」
「そうだね」
そこで三人の言葉が途切れた。
言いたいことがあるのは分かっているから俺は待つことにした。
促されて出した言葉ではなく、自分の意思で吐き出さないとモヤモヤは晴れないだろうから。
そうして十分ぐらい沈黙が続いたか。三人は意を決したように頷き合い、言った。
「「「悪かった!!」」」
「何がよ」
「お前が一人、頑張ってるなんて思いもしなかったんだ」
「……自分のことで精一杯だった」
「あの日もそうだよ。しんどいのにそれを押し殺してさ。俺らのためっしょ?」
「鷹がずっと一人で気ぃ張ってたのに……」
「友達なのに、気付いてあげられなかった」
「本当に、ごめん」
言うまでもないが三人は何も悪いことなんかしちゃいない。
自分のことで精一杯? 俺一人が気ぃ張ってた?
当然だ。あんな真実をぶっちゃけられて冷静で居られるかよ。気ぃ張ってたのは俺がそうしたかったからそうしただけ。
でもそんなこと言っても罪悪感は晴れないだろう。
だって俺が逆の立場なら同じように不甲斐なさを感じていたから。
なら今、かける言葉があるとすれば……。
「じゃ、ちょっと付き合ってくれよ」
「「「!?」」」
俺はおもむろに服と下着を脱ぎ捨て全裸になった。
「お、おま……おま……!?」
「き、気が狂ったかテメェー!!」
「何汚いもん見せ付けてんだ!? 殺すぞ!!」
「ガッハッハ!!」
全裸のまま窓際に向かう。
「白昼堂々。全裸で街を駆けまわるとか超楽しそうじゃんね」
いずれは街にも人が出歩き始めるだろうが今はまだ無人だ。
そう、つまりこれはチャンスなんだよ。今を逃せば楽しめないアクティビティ。
「でも一人じゃな」
「「「お前……」」」
「悪いと思ってんだろ? だったら付き合えや。それでチャラにしてやる」
しばらくポカンとしていた三人だがやがて肩の力が抜け、笑い出した。
「……しゃーねーな!!」
「っとにどうしようもないよねこの変態は」
「こんなのと友達やってるとか俺ら人間出来過ぎだろ」
「何を常識人ぶってるのかしら。あんたたちだって興味があるのはお見通しよ。何年の付き合いだと思ってんの」
何かする時は小坊の頃から四人ずっと一緒だったんだ。
「「「……まあ、多少は」」」
言いつつ奴らも全裸になった。
丁寧に服を畳み机に置いて準備は完了。
顔を見合わせ、頷く。
「「「「イヤッホォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」」」」
そして俺たちは肌色の疾風になった。




