1
ファフナー大好きマンだけど
子供たちが青春してるとこをもっと見たかったのが心残りな私の欲望を吐き出すための作品です。
その日は朝から何かがおかしかった。
目覚まし時計を蹴り飛ばして爆睡かます馬鹿息子を情け容赦なくシバくはずの母親が大人しかったり。
いや大人しいどころかベッドの脇に腰掛け、物憂げに自分の寝顔を見つめてるんだ。
「……おはよう。何よ、自分で起きられるんじゃないの」
嬉しそうに、それでいて寂しそうに母は言った。
何と返せば良いか分からず誤魔化すように飯、とそれだけを告げた。
「はいはい。用意しとくから顔洗いに行きなさいな」
拭いきれない違和感――いや不安。
食卓についてもそれは変わらなかった。
「……よく食うな」
朝飯をかっこむ俺を見て呆れ気味に、それでもどこか喜ばし気に父は言った。
「ほれ、やるよ」
差し出されたのは朝食のメインディッシュである厚切りベーコン。
何時もは大皿の唐揚げの最後の一つを何が何でも確保しようとする食い意地の張った父。
何度殴り合ったか。何度母に揃って叱り飛ばされたか。
ざわつく胸を押さえながら朝食を終え、着替えと歯磨きを済ませる。
弁当を受け取るべくリビングに戻ると、何時もならもうとっくに出てる父がソファに座って新聞を読んでいた。
そんな父にコーヒーを渡した後で母は弁当を渡してくれた。
「……親父、仕事は?」
「今日は有休だ。偶には身体を休めんとな」
「そ、そっか」
言いようのない不安を誤魔化すように「いってくらぁ!」と声を張り上げる。
「「いってらっしゃい」」
俺を送り出すその言葉が、これまでのどんなものより優しくて……不安は更に募った。
学校も様子がおかしかった。
生徒たちは俺と同じように消化不良のモヤモヤを抱えているようで先生たちは何時も通りのはずなのに何かが違った。
授業は何時も通り進んだ。昼食の弁当は俺の好物だけが敷き詰められていた。
五時間目が終わり、六時間目。今日はどの学年もロングホームルームで授業はない。
「さて。休憩がてら少し雑談をしようか」
一通り事務的な話を終えたところで先生がそう切り出した。
普段は真面目で担当授業でも寄り道は一切しない先生だけに皆が軽く、驚いた。
先生も自覚しているのだろう。「偶にはそういう気分になる」と笑った。
「“頑張れば必ず報われる”――教師としてはそう背中を押してあげたいが残念ながら人にはどうしたって向き不向きがある」
悲しい話だが才能のあるなしは本当に大きいと先生は言う。
しかし、俺たちはもう高校生だ。そんなことぐらい分かっている。
努力だけでは乗り越えられない壁があることぐらい知っている。
「理解した上でそれでもと喰らい付くのならそれはそれで自分の道だろう。
しかしだ。か細い道を行くのだとしても自分の適性、才能を閉ざす必要はないんだよ。
例えばそう。文才に欠けているがどうしても小説家になりたいという子が居たとしよう。
その子の才能が投資なら存分に活かすべきだ。だってそうだろう? 生きていくにはお金はどうしたって必要になるんだから」
プロでも筆一本で食っていける人間は一握りなのだから。
「才能は武器だ。例えその道に進むつもりがなくても役に立つことを覚えていて欲しい」
というわけで、と先生は少し悪戯に笑い自身の端末を操作した。
するとクラス全員の端末にメールが届く。中を開けるとアプリが一つ、添付されていた。
「その人の適性を調べられるアプリだ。まあちょっとしたジョークアプリだが余興には丁度良いだろう?」
皆、試しにやってみてくれと促される。
まあ話の種にはなるかと各々、アプリを起ち上げ質問に答えていく。
「うっは、俺格闘家に向いてるらしいぞ!」
「マジかよ文芸部」
「中間管理職……嬉しくないわね」
「ってかこれ、横のアルファベット何?」
「ああ、それはレアリティだ。N、R、SR、SSRとかソーシャルゲームでもあるだろ?」
「嘘でしょ私、SRの兵士なんですけど……あと用務員」
導き出された結果を話のタネに盛り上がっているが俺はまったく以って笑えなかった。
何なら不快ですらある。学校支給の端末でなければその場で画面にグーパンかましてたところだ。
「みこっつぁんはど……うぇ!? マジかこれ」
「え、何々? うわ」
親しい友人たちが俺の画面を覗き込み笑いを堪えるように震えだす。
それを見て他のクラスメイトたちも近寄って来て同じようなリアクションに。
そりゃそうだ。だってこんなのがずらっと並んでるんだから。
【SSR:ホスト】
【SSR:セクシー男優】
【SSR:色男】
【SSR:チャラ男さん】
【SSR:ヒモ】
【SSR:女の寄生虫】
【SSR:竿役】
【SSR:種馬ライダー】
【SSR:ダメンズ製造機】
【SSR:ハーレムの主】
【SSR:女殺し】
【SSR:ベッドヤクザ】
【SSR:女を幸せだと思いこませたまま天寿を全うさせられる男】
……こういうのって普通は一つか二つ、多くても三つとかなんじゃねえの?
とかそういうツッコミは置いておくとして、だ。
「殺されてえのかテメェ!?」
ただの悪口じゃんね! しかも謂れのない!!
何だよ“女を幸せだと思いこませたまま天寿を全うさせられる男”って。これ才能か? 適正か?
何が腹立つって十六年生きて来たけど交際経験ゼロなんだよ俺。そんな俺によくもまあ……!
「まま、落ち着きなさいよ尊」
「でもちょっと分かるかも。鷹とは小学生の時からの付き合いだけど男子がやらかした時も一番最初に許されてた気がする」
「あ、それ分かる! コイツだと何か最終的にしょうがないわねえみたいな感じになってるのちょっとずるくね? って思ってた」
幼馴染のボブ、キム、クロード――通称ボッキロードトリオがそんなことを言い出す。
ちなみにそこに俺を加えると尊きボッキロードというグループ名になる。
誰が言い出したか知らないがクソみてえなユニっと名つけやがってからに……。
「……思い返せばあたし、鷹城くんにお金貸すのあんま抵抗なかった気がする。しょうがないわねえって感じで」
「え、あんたも貸してたの?」
「私も貸したことある」
「アホみたいな理由で金欠になってた時、見かねて貸したわ」
「私の友達も確か鷹城くんに」
「ちゃんと返してはもらったけど貸した女子が大体、抵抗なく貸してるあたり……」
「……これ案外、当たってるんですかね」
「というか何でコイツだけこんなずらっと並んでるんだよ」
す、好き勝手抜かしやがって!!
「あーあ、あーあ! なくなりました! やる気なくなりました! あーあ、先生のせいです!!」
「鷹城くん駄々っ子みたい」
「あ、あははは……いやすまん鷹城。まあでもほら、これジョーク……うん?」
先生も流石に気が咎めたのか。
顔を引き攣らせながら俺の下にやって来たのだが画面を見て何やら首を傾げている。
「もう一つあるみたい……だ……」
画面をスクロールすると、
【LR:いざという時しか頼りにならない男】
というテキストが。
「――――」
何やらすんごい顔をしている先生をよそにクラスメートたちは口々に俺を慰めてくれる。
「こーれーはー、落としてから上げる的な?」
「良かったじゃん尊。最後に良いのが来たみたいだし」
「いやこれ上げられてるのかしら? 言い換えるならいざという時以外は頼りにならないってことだし」
「でもこれまでのに比べたら良くね?」
「……まあ、前までのも受け取り方によっては女性を幸せに出来る才能であると言えなくも」
「ないでしょ」
いや慰めてないな。
「ふ、ふふ……はは、あっはははははははは!!」
先生が突然、笑い始める。
さっきの顔は笑いを堪えてた顔……ってコト!?
「SSR級が複数というだけでも驚きだが最後の最後で……ックク」
「最低なんだこの先生! 生徒を深く傷つけたという自覚がない!!」
「はは、いやすまんすまん」
……はあ。腹立つけどまあ、ネタにして皆が笑ってくれたから我慢するかぁ。
畜生、誰だよこのアプリ作った奴。名誉棄損で訴えられねえかな。
「ちなみにこの中で将来なりたい夢と適正が合致してた子は居るかい?」
それから診断結果を下に雑談が続き、結局チャイムが鳴るまでお喋りに興じていた。
そして帰りのHRが始まったのだが……。
「……」
先生は何故か、何も言わない。
教壇に手を置き目を細めながら噛み締めるように俺たちを見ている。
「……駄目だな」
「せ、先生?」
「最後も何時も通りにと思ったんだが、無理だ」
ぽろぽろと先生の目から涙がこぼれ始めた。
「皆ともっと一緒に居たかった。守ってやりたかった。……めいっぱいの祝福と共にこの学校から送り出してやりたかった」
何を言っているのかまるで意味が分からない。
だけどその言葉に込められた熱を前に俺たちは何も言えずにいた。
「――――どうか、どうか大人たちを許さないでくれ」
その言葉と同時に先生が“消えた”。文字通り。始めから存在していなかったかのように。
突然の事態に誰もが呆気に取られていたが、いち早く俺は気付いた。
「空が、赤い?」
時刻は四時前。季節的にも日暮れにはまだ時間がある。
だが窓の外に見える空は赤かった。それも夕焼けの色ではなく血のような赤黒い空。
明らかな異変。五感が研ぎ澄まされていくのを感じた。
「何、何なの……何が起きて……」
「ゆ、夢でも見てるのか?」
どよめき。うちの教室だけじゃない。
耳を澄ませばあちこちの教室から同じような声が聞こえて来る。
「痛ッ!? な、何よこれ……」
そんな声を耳が拾った。
校門の方に視線を向けると一人の女生徒が校門付近で尻もちをついていた。
彼女は直ぐに立ち上がり、校門を潜り外に出ようとする。
何となく、分かってしまう。家に帰りたい――……いや、家族の姿を確認したいのだ。
しかし、
「何で、何で、何で、何で!?」
見えない壁に弾かれるようにしてまた尻もちをついてしまう。
その光景を見ていたのは俺だけではない。いよいよ混乱がピークに達しようとしているのが肌で分かった。
だが、制御不能の混乱が巻き起こることはなかった。
<――――全校生徒の皆さん、体育館に集合してください>
教室のスピーカーから女の声が聞こえた。知らない声だ。
その声を聴いた途端、疑問はそのままに不思議と気持ちが落ち着いた。
<全ての真実を語る時が来ました。その胸に抱く疑問に答えを出したいのであれば速やかに体育館へ>
クラスメイトたちと顔を見合わせる。
真実。それは今俺たちが最も欲しているもの。
しかし同時にそれは後戻りの出来ない場所に向かって歩き出さなければいけないような……。
何もかもが変わってしまうような不安を皆が感じていたのだ。
誰も言葉を発さない。だから俺が音頭を取ることにした。
「行こう。多分、知らなきゃいけないことだ」
ファーストペンギンよろしく教室を出ると躊躇いがちに皆もその後に続いた。
俺たちの姿を見た他のクラスの生徒たちも同じように教室を出た。
道中、職員室の前を通ったが……中には誰も居なかった。
道中、スマホを起動してみたが駄目。使い物にならない。
胸焦がす不安に苛まれながらも体育館に到着。
このドアを開ければきっともう、二度と戻れない。深呼吸と共に開け放つ。
「……誰も居ない」
「た、鷹……ど、どうするよ?」
「とりあえず整列だ。学年、クラスごとに並んで座ろう。集会の時と一緒だよ」
皆を並ばせていると次々に生徒がやって来た。
三年の生徒会長も来たのだが憔悴し切った様子でとても場を仕切れそうにはないので三年も俺が並ばせた。
<他の学園と比較してもっとも早く場が整いましたね>
あの声だ。姿は見えない。
<いざという時にしか頼りにならない男の面目躍如といったところですか>
誰だ、どこに居る? 俺の問いに呼応するように壇上にそいつは現れた。
……SF映画とかで見たことがある。ホログラム?
見慣れない、アニメやゲームに出て来そうなセーラー風のコスプレ染みた制服を身に纏う少女に当然、見覚えはない。
<私はこの学園都市“クレイドル”の統括AI。導きの星“ステラ”と申します。どうぞよしなに>
AI? いやそれ以前に学園、都市? つくば?
何を言っているんだこの女は。
俺たちの高校がある街は田舎ってほどでもないが都会と呼ぶには物足りない地方の一都市だ。
学校の数だって小・中、高含めてもそんなにない。とても学園都市などと言える規模ではない。
<代表してあなたと対話しましょうか。鷹城尊さん。お前何言ってんだ? という顔をしていますね>
俺!? いやまあ、流れで仕切ってたから不思議でもないんだが……。
突然の指名に軽く動揺しつつ、肯定し先ほどの疑問をぶつける。
<質問に質問を返すようで申し訳なく思いますが、確認させてください>
「ああ」
<田舎というほどでもないが都会と呼ぶには物足りないと仰るあなたが認識するこの街の所在地は?>
え?
<この学校がある住所は?>
…………答え、られない。
この街は日本のどこにある? この学校の住所は?
<ああ、生徒手帳を確認するのですね。動揺しつつも行動が早い>
生徒手帳を取り出す。何も、書いていない。白紙のメモ帳だった。
学生証もそう。俺の名前と顔写真、学籍番号ぐらいしか載っていない。
そしてまた別の疑問にぶつかる。
(外国人、多くないか?)
自分は日本人でここは日本だと認識している。
外国人に対しても特別、偏見があるわけではない。
でも多過ぎる。国際交流が盛んな学校ならまだ分かる。
いやそれでも多い。クラスの半分が外国人なんだぞ? 俺のクラスだけじゃない。他のクラスも学年もそう。
どっと汗が噴き出す。当たり前に踏みしめていた地面がいきなり消えてしまったかのような不安。
そしてそれは俺から他の生徒にも伝播していった。
駄目だと直ぐに気持ちを切り替えた。動揺を踏み殺して平静を装い、問う。
「なるほどね。ああ、理解したよ。俺たちが置かれている現状はな。ただ“そうなった”理由が分からない」
してません。しかしステラはこちらの意を酌んでくれるはず。
「現状ぐらいは俺も説明出来るが俺より君の口から語るべきだろう? だってそれが君の仕事なんだから」
俺がそう促すとステラは意味深に笑い、頷いてくれた。
<仰る通りです。果たすべき職責を取られてしまえば私の面子が立ちません。お気遣いに感謝致します>
恭しく一礼。意図を酌むどころか自分を下げ俺を上位に置くというフォローまでしてくれた。
多分、あちらには無理矢理こちらの精神を沈静化する手段がある。
しかしそれは乱用するべきではない。乱用し過ぎれば信を欠く、からだと思う。
だが何もしなければ更なる混乱で場は滅茶苦茶になる。
でも一人、こんな状況でも堂々としている奴が前に居てくれたら一先ず爆発は避けられる。
その役目を担うべく俺はハッタリをかましたのだ。
<まずあなたたちが認識しているこれまでの全ては“二つ”を除き虚構です>
最初から思っていたがキツイ言葉だ。
こっちの意図に乗っかるぐらいだから心の機微が分からないサイコというわけではないだろう。
なのにこんな状況で心に刺さる言葉を敢えて使うのは何故か。
悪意ではない。それは間違いないだろう。だが悪意でないなら……予想が当たっているなら悪意のがまだマシだ。
<一つは自らの意思。何に嘆き、何に喜び、何に怒り、何に哀しみ、何に楽しさを感じたのか。その心はあなただけのもの>
恋人や友人。その人を好きになり、好きになってくれたことは嘘じゃない。
自らの意思で選択し、行動した結果築かれた人間関係は真実であると。
<そしてもう一つはあなた方を庇護し続けた大人たちの“愛情”>
朝の光景がフラッシュバックした。
<子供たちに未来を遺そうと文字通り魂が擦り切れるまで滅びゆく世界に抗い続けた彼らの献身>
唇を噛んで、涙を堪える。泣いちゃ、駄目だから。
今ここで俺が泣くわけにはいかないから。
<――――その愛情はどんな輝きにも負けぬ真実です>
優しい口調。しかし、それはどこまでも残酷に日常の“終わり”を告げていた。