第2章 ③
「正確にいうと浦部楽は半分が人間、もう半分は神霊と言ったところだ」
シンは艶々しく息を吐き、続ける。
呆気にとられている悠人と康太を気にする素振りもない。
「奇妙な境遇は出生に起因する。浦部楽の母親は鈴といった。鈴は政界の御曹司と出会い、間に子を身籠った。ただ御曹司には妻子があったのだ。まだ無名だった御曹司だが、隠し子となれば旗色が悪い。御曹司は子は諦めるように言ったが、鈴は従わなかった。初めての子だったからだ。鈴は御曹司に隠れて子を産む決意をした。しかし不貞が表沙汰になることを恐れた御曹司がそれに気づき、産む直前で鈴を殺したのだ」
「殺したって、お腹の中には子どもが……」
康太が呆然とした表情で、漏れ出るように呟く。
その反応になるのは当然だ。なんせそのお腹の子というのは浦部楽なのだから。
シンは一瞥だけして、すぐに続ける。
「意識が遠のく中で子を産めなかった鈴は未練にとり憑かれた。未練は現世への執着となり、執着は鈴を現世をさまよう怨霊へと変えた。そして怨霊として甦った後に浦部楽を産み、残された意識で祖父母らに預けたのだ。人間の腹で育ち、怨霊の子として産まれた浦部楽はどちらともいえる存在というわけだ」
悠人は頭の中で、彼女を思い浮かべる。
人間じゃない。
そんな風には思えなかった。この話が聞いた後でも、何も変わらない。
彼女はただ生きたがっている普通の人間だ。
「母親は今どうしているんだ?」
「怨霊は除霊するか祀られるかじゃ。鈴はまだ現世をさまよっておるが、自我を無くし、ただ現世に執着する化け物になっておる。しかも浦部楽を産み落としたが故に、不完全な状態じゃ。今は浦部楽を殺し、完全な状態になろうとしておる。自分で生かしておいて殺すとは、実に面倒じゃな」
「じゃあ彼女が死にたがってるのは……」
悠人の言葉にシンはこくりとうなずく。
「あぁ、鈴の怨霊が死ねと命じている。浦部楽はその一部であるから逆らえない」
全身の毛がゾワッと逆立った。
彼女の事象を軽く考えていたわけではない。ただ予想だにしない仇敵にたじろいだ。
「鈴は怨霊として完全な状態になって、ワシの座を狙っておる。祀られたら神になれるからな。いわばこれは神の縄張り争いのようなものじゃな」
「つまりシンにとっても浦部さんに死なれて、完全な状態になられたら困る、というわけか」
「そうじゃ。理解できたか?」
悠人はしばらくシンを睨みつけた後、口を開く。
「今の話を信じる根拠はあるのか?」
「今の説明では不足か?」
「そうじゃない。ただ神だの怨霊だの、おとぎ話みたいですぐに呑み込めないだけだ」
「確かにな。有耶無耶になったけど、そもそもシンがこの神社の神様なのかも怪しいぜ」
康太が同調すると、シンはタガが外れたように笑う。猫の姿のまま、縁側を転げ回る姿を見ると、ますます猫にしか見えない。
「神である証明か。それは確かに難しいな。畑の作物をすべて枯らしてみせようか?」
何が可笑しいのか、さっぱり分からない。神様の鉄板ジョークなのだろうか。
できるかどうかはともかく、作物を枯らされたら洒落にならない。
「冗談じゃよ」
ようやく落ち着いたシンは笑いすぎたのか涙を拭くと、康太の方に鋭い目を向ける。
「宮司の倅。供えてある饅頭を勝手に取るな。あれはワシのじゃ」
康太がギョッとする。どうやら心当たりがあるようだ。
「それから掃除中に箒でエアギターをするな。キモい。あとバスケの練習中に球を本殿の柱に当てて傷を付けただろ。早く宮司に報告しろ。気になってたまらんわ。それから……」
「分かった!認める!ごめんなさい!」
康太は両手をシンの前に突き出して、降参の意を示す。
すべて本当らしい。
「何してんだ。お前……」
悠人は康太に軽蔑の目を向けつつも、シンの方に向き直る。
「それで彼女の話の信憑性はどうなんだ?」
「本人か親族に聞いてみたらよかろう。辻褄は合うはずじゃ」
シンは軽やかな口調でそう言った。