第2章 ②
「そろそろ落ち着いたか?」
茶トラの猫が尻尾を遊ばせながら尋ねてきた。
野良の猫とは思えないほど姿勢がよく、厳かな雰囲気で佇んでいる。
悠人と康太は畳の上で、自然と正座をして向かい合った。
「とりあえず猫が喋ることには慣れましたけど」
「猫じゃないわ、バカたれが!」
猫は牙をむき出しにして激しく威嚇するが、その仕草まで猫そのものだ。
「じゃあ何ですか」
悠人は眉を顰めて尋ねる。猫はよくぞ聞いてくれたと言わんばかりにさらに背筋を伸ばす。
「ワシはこの神社に祀られとる神じゃ」
そう言うと目を細めて、笑みを浮かべた。
「か、神?」
「おい、神様と言え。あるいはシンでも構わん」
「急にそんな親近感は湧かないんだけど」
そう言いつつも、猫を神様と呼ぶことには抵抗があった。悠人も康太もシンと呼ぶことにした。
「それにしても宮司の倅はともかく、なぜそこの冴えない小童にもワシの言葉が分かるんじゃ?」
シンは興味深そうに悠人を見つめる。
「なんでって言われても……」
悠人は頭を悩ませるが、思い当たる節がない。
今までそんな力を発揮したことは一度もなかった。
「普通は言葉が聞こえないのか?」
康太が興味津々に尋ねる。
「当り前じゃ。ただの人間ごときには何も聞こえない」
「ボクはただの人間だよ。むしろ左耳が聞こえないくらいだし」
「逆にそれで神様との波長があったとか?」
「耳ってそんなラジオみたいな性能なの?」
康太の言うことは分からなくもないが、そんな手近な理由なのだろうか。それにただの人間であることには変わりない。
「まぁなんにせよ」
シンが仕切りなおすように、咳払いをする。
「ワシの声が聞こえたお陰で、小童は浦部楽を助けられたわけだ」
「浦部さん?」
康太は困惑しているのか、正座の足を崩して、大げさにリアクションする。康太には彼女のことを話していないのだから無理もない。
一方、悠人はシンを睨みつけて、固唾を呑んだ。
やはりこの猫は彼女の希死念慮について関わっている。
自殺未遂をする直前に現れて鳴く行為は偶然ではない。
そう考えると目の前の猫が、恐ろしい化物の様に見えてくる。
「お前の目的はなんだ? 彼女を殺すことか?」
「違う違う。今言っただろう。ワシも浦部楽を助けたいのだよ」
「助けるだと?」
「おい、悠人。何の話だ?」
ここまで聞いていた康太が割って入ってくる。
「浦部楽は死ぬことを望み、自殺未遂を繰り返している。ワシが鳴いて知らせることで、この小童が助けているのだよ」
シンは自慢げにそう言うが、悠人にはまったく受け入れられない。
「彼女は死ぬことを望んでいない」
低く抑えて凄んだ声を出す。しかし悠人の声に、シンはまったく動じる様子はない。
「浦部楽から聞いたのか?」
「あぁ」
「何も知らないんだな。話してやってもいいが、小童どもに理解できるかどうか……」
「いいから早く知っていることを全て話せ」
悠人の言葉に返事するように、シンは一度まばたきをゆっくりとして、冷静に切り出した。
「浦部楽は人間ではない」