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第2章 ①

 新聞配達のバイトは荷下ろしから始まる。印刷所から到着した新聞をトラックの荷台から下ろし、新聞販売店の中まで運ぶ。それから折り込み用にセットされたチラシを、新聞の中に折り込んでいく作業がある。機械で行なうところもあるようだが、小さな販売所なのでそんなものはない。一部ずつ手作業で折り込む必要がある。その後配達エリアごとに仕分けして、ようやく配達に向かう。配達時間に間に合わせるために、これらの作業はスタッフ総出で行うのだが、悠人は2日連続でこの作業に参加できなかった。

 1度目は電車に飛び込んだ彼女に付き添うため。2度目の今日も自殺未遂を行なった彼女を家まで送り届けなければならなかった。彼女の意識ははっきりしていたものの、いつ希死観念に襲われるかわからない。

 時間に間に合わなかったとしても、その分の給料が引かれるだけなので問題ではない。

 悠人が中学生ということもあって、店長は勤務時間には寛容だった。配達時間に間に合えば良い。

 販売店に着くと自転車に乗り込み、自分の配達エリアに向かう。悠人は伊舟周辺だった。

 配達する数はそれほど多くないが、一軒一軒の距離が遠いため、時間がかかる。平均にして2時間くらいだ。

 時給は900円だから日当に直すと1800円。朝夕でやれば3600円だ。金額は心もとないが、中学生でも働ける先があるだけありがたい。

 それから販売店に戻り、締めの作業を行なって業務終了となる。

 いつもであればこのまま帰るのだが、今日は寄り道したい場所があった。

 悠人は歩いて目的の場所に向かう。鳥居をくぐり、本殿を通り過ぎて、授与所のさらに奥に進むと一軒家がある。そして庭でドリブルをしている康太を見つける。

「部活は終わったのか?」

「おう。ついさっきな」

 悠人が問いかけると、康太はドリブルを中断した。

「ちょっとパソコン借りるぞ」

「またかよ。自分の家のを使え」

「あれは母さんのだからな。使ってるのバレたら殺される」

 悠人は縁側から部屋に入ると、康太のパソコンを広げる。

「何か調べものか?」

「あぁ、といっても望み薄だけどな」

 彼女の希死観念が本当のことなら、インターネットでは到底解決できないだろう。

 案の定、『脅迫観念』というワードにはたどり着いたが、それ以上のものは見つからなかった。

 それからも自殺について調べていく。どうやら手で首を絞めることによって死ぬのはほぼ不可能らしい。徐々に意識がなくなり拘束する手が緩んでいくということだ。

 道具を使わなければならない。それどころか道具を使っても生き延びるケースが多いらしい。

 彼女の様子を見る限りは、意識が遠のいていたものの、拘束する力は強くなっていたような気がした。

 あれは確かに本人の意思ではなさそうだ。

 だとしたら、いったい誰が? なんのために?

「浦部さんに告白する方法?」

「違う!」

 悠人が真剣に考えていると、康太が水を差してくる。

「彼女については何も聞かないって言ってただろ」

「それは事故の話。恋バナは聞く」

 康太はふんぞり返って言う。

 それはともかく。結局調べてわかることはなさそうだ。

 他に気になることといえば、あの茶トラの猫か。

 いや、まさかあの猫がこの件に関わっているはずがない。さすがに考えすぎだ。悠人は自分の推測に半笑いする。

「それで今日のデートはどうだったんだ?」

「だからデートじゃないって」

「お前のことだから、何も話せてないだろ」

「ほっとけ」

 康太と下らないやり取りを繰り広げていると、1匹の猫が藪の中から出てきて、縁側に座る。

 驚くべきことに例の茶トラ猫だ。やはり野良だったのか。タイミングがいい。悠人は猫を見つめる。

 猫は伸びをしたり、あくびをしたりとくつろいでいる。どこにでもいる普通の猫のようにみえる。

 そして茶トラ猫は悠人と目線を合わせた。

「ようやく見つけだぞ。小僧」

 どこからか声がする。悠人と康太は顔を見合わせる。この場には2人しかいない。

「悠人、なんか言ったか?」

「いや、何も……」

 2人同時に幻聴か?

 だとしてもあまりにもはっきり聞こえすぎている。信じたくはない。

 だが、もしかして……。

「こっちだ、小僧ども」

 2人同時に声がするほうに目を向ける。

 茶トラ猫がにやりと口角をあげる。

「ね、猫が喋った~!」

 康太が飛び跳ねながら驚く。悠人も驚きのあまり開いた口がふさがらなかった。後ずさりして距離を取る。どこからどう見ても何でもない猫だ。

 当事者の猫はやれやれ、といった風に毛づくろいを始めていた。

 

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