第1章 ③
最寄り駅から数分足を動かして、錆びた校門をくぐる。
富貴中学校は3つの学区から生徒が通っている。しかし全校生徒は100人にも満たない。1学年が1クラスで構成された小さな学校だ。
以前は悠人の地域にも中学校があったらしいが、現在は廃校になり、合併されてしまった。少子化と人口流出の二重苦だ。
康太の神社が開催する祭りに力を入れて観光資源にしようとしているようだが、あまり上手くいっていない。
「大した御利益がないからな、ウチ」
康太は自虐めいた声で話す。
「跡取りがそれ言ったらダメだろ」
「古臭いからさ。今風の御利益にした方がいいと思うんだよな」
「例えば?」
「……参拝するとバズります、みたいな」
「アホだろ、お前」
そんな軽口を叩きながら、靴を履き替えて、教室に向かう。
康太とは小学校からの付き合いだが、クラスの半数以上は別の小学校だったため面識がない。
ゴールデンウィークが終わり、5月中旬になった今でも関わりがほとんどない。
そんな教室に入るといくつかの視線が向けられる。
とはいえ康太の口止めもあったからか、目を向けてくるのはごく一部だし、からかって話しかけてくる人はいない。悠人は胸をなでおろす。
そして教室の後方には彼女がいた。思わず目を見開く。予想外だった。
てっきり今日は休むものだと勝手に決めつけていた。しかし何事もなかったかのように、席に着いている。
そして悠人が教室に入ってくるのを見つけると、立ち上がり声をかけてきた。
「あの、助けてくれてありがとう」
「えっ」
「昨日は動揺して言いそびれちゃったから」
「あぁ、気にしないでよ」
悠人は伏し目がちに返事をする。避けているみたいで嫌だったが、彼女の目を見ることができなかった。好意からというよりも、畏怖に近い。
自席に座って逃れようかと思ったが、そういえば入り口正面の角席だった。
悠人が席に着き、二人の間に沈黙が流れる。
「……浦部さんは怪我しなかった?」
気詰まりな雰囲気を察してか、康太が声を発する。
「うん。おかげさまで」
彼女は遠慮がちに笑みが浮かべた。
「そっか、よかった。何か困ったことがあったら言いなよ」
「ありがと。それじゃあ」
彼女はそう言うと、自分の席に戻っていった。
「おい、彼女と話したことあるのか?」
悠人は机を指で小刻みに叩きながら、尋ねる。
「え? たまにな。挨拶くらいだけど」
「ふぅん」
「大丈夫だよ。応援してるから」
康太はニヤニヤしながら戯けたように肩を組んでくる。それを思い切り払いのける。
「そんなんじゃねえよ」
「たしかに浦部さんって目立たないけど可愛いからな。気持ちは分かるぜ」
「だからそんなんじゃないって」
下らない言い争いをしている間に、始業のチャイムがなる。教室の騒めきが小さくなり、今日も退屈な1日がはじまった。