第1章 ①
目が覚めて体を起こすと、壁紙の大きな傷が目につく。
母親が激昂して、皿を投げつけたときのものだ。夕飯の生姜焼きが冷めていたことが原因だった。
いつ帰ってくるか分からない母親のために準備をしておいたのだが、それが失敗だった。夜遅くに部屋まで怒鳴り込んできて、頭上を掠めて皿が飛んできた。直撃するかと思った。当てるつもりだったと思う。
それからは母親と一緒に食事をするようにしている。心地良いものではないが、その場で怒られるだけだ。すぐに対処すれば大事にはならない。後から当たり散らされるよりはマシだった。
その傷を見るたびに、つまり毎日そのことを思い出す。ベッドの位置を変えても、別の傷が見えるようになるだけだ。いつしか部屋の至る所にある傷の数々で、母親の対処法を学び思い出すようになっていた。
悠人はそれらを一瞥すると、クローゼットを開けて制服に着替える。
それからキッチンに向かい、卵と野菜を炒めるとその半分を、昨日の残ったおかずと共に弁当に詰める。
残りの半分は盛り付けてテーブルの上置き、ラップをかけておく。
時計を見ると、7時半になろうとしていた。
悠人は急いで弁当をカバンに入れる。30分に1本の電車を逃すと確実に遅刻になる。
玄関に向かうと母親が寝っ転がっていた。昨日は帰宅しなかった。久しぶり気負いせずに食事ができた。朝方に帰ってきたのだろう。酒の匂いがした。起こすとかえって機嫌を損ねる恐れがある。
悠人は忍び足で母親をまたいで、静かに家を出た。