第3章 ②
駅を降りて歩き始めたのは、彼女の家とは正反対の道だった。
新聞の配達エリアでもないから、普段来ることもないところだ。
駅の出口だというのに、あるのは自動販売機と公衆電話だけ。家はまばらにあるだけで、お店も何もなさそうだ。
デートというにはあまりにも質素だ。いや、そもそもが違う。デートじゃないだろ。
悠人は頭の中で何度も否定する。どうにか真意を聞き出そうとするが、いつもより機嫌が良くみえる彼女を引き留めるのは躊躇われる。悠人は黙って彼女について行くしかなかった。
しばらく砂利道を歩いてたどり着いたのは、小さな山のふもとだった。
山道は一見けもの道のようだが、石が埋め込まれていて申し訳程度に舗装がされている。
どうやら上まで登れるようだった。
「もしかして山登り?」
「そう、行こ」
一人分しかない道幅を、彼女が先導して歩いていく。
地面を踏みしめるたびに、落ちている木の葉が音を鳴らす。ふと上を見ると重なる葉の隙間からこぼれ日が降り注いでいた。明朝の淡黄色に似た陽光が彼女に当たるたびに、まるでスポットライトを浴びているかのような錯覚に陥った。
彼女か神霊というのが、実感できた気がする。
ふもとから見た限り、それほど高い山ではなさそうだ。小高い丘ぐらいだろう。案の定、数分ほど登ると少し開けた場所に出た。数メートル四方の中腹には丸太を組んで作った木製の柵があって、木々の隙間からは伊舟の景色が一望できた。
悠人は思わず目を見開く。
高い建物があるわけではない。ただ家がまばらにあって、遠くには神社も見える。あとは畑があるくらいだ。
しかしその展望は悠然としていて、いつまでも見ていられるような風雅さがあった。普段過ごしている場所でも、印象が随分と変わる。
「いいところでしょ?」
彼女は無邪気な笑顔でそう言った。
「うん。そうだね」
「夜に来ると星も綺麗なんだよ」
悠人は静かに感嘆した。伊舟は田舎だから明かりが少なく、星がよく見える。しかしここに来ればさらに良く見えるだろう。
「私の一番好きな場所。最近は来れてなかったんだ。一人で出歩けないからね」
彼女は柵に寄りかかって景色を眺め、陶酔のため息を吐く。
悠人が彼女のもとに行こうとすると、視界の端に大きめの石が見えた。ふと足元を見ると、それはただ石ではなく、小さな地蔵だった。
どうしてこんなところに。悠人がしゃがみ込んだ瞬間だった。
『にゃあ』
シンの声だ。
悠人は考えるよりも先に動いていた。すぐさま彼女のもとへ駆ける。
不味い。油断していた。
見ると彼女は虚ろな目をしながら、柵の外へ身を投げ出していた。
悠人は柵に激突しながら、彼女の身体に飛びつく。
「ぐっ!」
なんとか間に合った。上半身を柵の外に出た状態で、抱き抱えた状態になる。悠人は歯を食いしばりながら、力を込めて、彼女を引き上げる。
柵に強打した腹部が痛む。
柵の内側に彼女を連れ戻すと、態勢を崩して彼女を抱えたまま尻餅をつく。
すぐに彼女が眠りから覚めたように目を開く。飛び降りた時とは違い、目には光を宿していて、意識がしっかりとしているようだった。
悠人の焦った顔と、自分の体勢で状況を察したのか、目を右往左往させながら動揺している。
これまでの茫然自失の状態とは少し違う。恐怖とも違う。悲痛そうな表情を浮かべた。
「また私…声が…」
「あぁ、間に合ってよかった。痛っ……」
彼女の頭部が腹部に当たってまた痛んだ。
「だ、大丈夫?」
「大丈夫だよ。これくらい。そっちはケガはない?」
「うん。ごめん、なさい……」
彼女は気落ちしたようにそう言うと、悠人から離れて立ち上がる。
それから「ありがと」と申し訳なさそうに呟いた。




