プロローグ
『好き』に理由などない。あるのは言い訳だけだ。
下らない言い訳を重ねて、彼女に近づこうとするのは臆病だろうか。後ろ指を指されるだろうか。いつか不安定になって崩れてしまわないか。
考えている間に、電車の到着を予告するアラームが鳴る。
耳障りな警告音だ。
駅のホームで久保悠人は苛立っていた。
駅は嫌いだ。俯き歩く癖のせいで、肩が当たる度に頭を下げる必要がある。
財政難に追い込まれている辺境の鉄道会社にダイヤを増やす余裕はない。
結果的に1時間に2本しかない電車に、溜まった学生達が一斉に乗り込む。
駅のホームで20分弱。何度視線を彼女に向けただろう。
列の最前列で並ぶ彼女を間に1人挟んで真横から眺めた。
悠人は一目惚れという言葉を信じてはいなかった。そんな純粋な理由などないはずだ。
故に自分の不可解な行動に嫌気が差した。
枕木を軋ませながら、30分振りの電車が駅に入ってくる。
遠くで猫がにゃあ、と鳴く。
顔を上げると線路の向こう側に草木に紛れた茶トラがいた。
次の瞬間。視界の端から彼女が消える。
彼女の身体が力なく、線路に放り出された。まるで眠りにつき、制御を失ったかのようだった。
電車の警笛が鳴ると同時に、悠人は飛び出していた。
飛び込んだ勢いのまま、宙に浮く彼女を抱き抱えて電車を横切る。
そしてホーム反対側の草木に身を投げ込んだ。彼女の身体を庇って受け身を取る。
痛みはなかった。すべてがスローモーションだった。
電車がゆっくり停まる。
不意に彼女が目を開く。
目が合って、反射的に逸らしてしまう。
彼女の瞳を見ることができなかった。
悠人はまだ言い訳を探していた。