9 理由
「お邪魔します」
「邪魔するわね。あ、夏希じゃない。久しぶりね」
「紅葉さん!お久しぶりです!」
2人をリビングに連れてくるや否や、挨拶と同時に夏希が姉さんに突撃していた。
猫と比喩される事もある夏希だけど、姉さんの前じゃまんま犬である。
「え………え、ええっ?!」
それを男2人で眺めていると、キッチンからこの上なく動揺と驚愕を込めた声が聞こえてきた。
声の主は言うまでもなく宇佐である。どんな反応をするか見たかったから誰が来るかは伝えてなかったけど、まぁやっぱ驚くわな。
「な、なんでここに生徒会長と志々伎さんが……?!」
だってこの2人、有名だしなぁ。
姉の大上紅葉は志岐高校の生徒会長を務めており、いわく歴代でも類を見ない優秀さなんだとか。色々と学校の改善やらに尽力したとかなんとか。
「あら、宇佐冬華さんだったわね。初めまして、かしら。大上紅葉よ、よろしくね」
「は、はいっ!よろしくお願いします」
「アキ、アンタこんな可愛い子連れ込んで……お母さんに怒られてしまえ」
「いや色々あんだよ。あとで説明するから許してくれ」
「あ、あの……大上くんとはどういう関係――え、大上?」
自分で言ってて気付いたのか、言葉の途中で目を丸くする宇佐に答えを告げる。
「そ、姉」
「愚弟が失礼な事してない?何かあったら遠慮なく言ってね?」
「え、ええぇえっ?!」
いやぁ、バレないもんだよな。別に苗字をお互い隠してるワケでもないのに、イメージが繋がらないとかで誰も姉弟だとは思わないらしい。
バレない方が都合が良いし、あまり学校では関わらないようにしてるのも理由のひとつからも知れないけど。
「あははっ、本当に気付かれないんだね。やっばり秋斗と紅葉さんじゃ仕方ないのかな」
「どういう意味だ春人?」
「そのままさ」
そしてもう1人、夏希と同じく腐れ縁の幼馴染……志々伎春人。同じクラスの学年のボス、完璧超人の腹黒くんである。
「え、し、志々伎さん?!……お、大上さん。志々伎さんまで知り合いなんですか……?」
「まぁな。夏希と似たようなもんだ。腐れ縁の長い付き合いってやつ」
「いつも学校では仲悪そうでしたけど……」
「そう見えてたなら安心だ」
春人も姉さんと同じく、仲良くしてたら色々と周りが面倒になりそうだから隠してた。
本当は一切話さないのがベストなんだけど、何かと春人が絡んでくるから『仲が悪い』と思わせる会話をしてる。いや割と普段もあんな会話してるか。
「はぁ……歴代一と言われてる生徒会長が姉で、学校史上最も優秀な生徒と言われてる志々伎さんが幼馴染で、不可侵の女帝も幼馴染……なのに学校一の嫌われ者って」
「落ちこぼれで悪かったな、ほっとけ。てかちょっと待って。何その呼ばれ方?」
「え?知らないんですか?生徒会長と志々伎さんと根古屋さんって周りからそう言われてますよ」
「……不可侵の女帝は?」
「根古屋さんです」
「おい夏希―、いや、不可侵の女帝様―!」
「ちょ、なんで知ってんの?!あーもうせっかく秋斗にはバレてなかったのにー!あ、宇佐さんか!もーっ!」
「え、あ、ごめんなさい」
思わず即座に夏希を呼ぶと、顔を赤くして俺に飛びかかってきた。それをいなしながら言葉を続ける。
「ちょ、お戯れはお辞めください、不可侵の女帝様!俺、気安く触れる立場ではないので!」
「ぬぁあっ!やめろぉお!」
さらに速度を上げて俺を拘束しようとする夏希の手をいなしたり捌いたりしながらからかってると、姉さんの呆れたような声が響く。
「やめなさい、おバカ達。無駄に俊敏に動かないの」
「す、すごい動きでしたね」
「それをじゃれるのに使うあたり、身体能力の無駄遣いだけどね」
宇佐と春人も追随してきた。なんとも微妙な空気になり、そっと俺と夏希は手を下ろす。
そこでやっと落ち着いた雰囲気になると、ふと春人が口を開く。
「そうそう、電話の時も思ったけど、梅雨は呼んでないのかい?」
「んん?あぁ、呼んでないけど。巻き込むのも可哀想だろ。嫌われ者といじめられっ子のとこに呼ぶとかよ」
「……後で絶対怒られると思うよ?」
「え、マジ?うぁー、どうすっかなぁ」
正直この状況って分類するなら面倒事に入ると思うんだよな、主に俺のせいで。だからあまり巻き込みたくはなかったんだけど。
「は?アンタ呼んでないの?最低ね。今すぐ呼びなさい」
「え、そんな言う?いや、可哀想じゃない?」
「それ本人に言ってみなさい。絶対怒られるから」
呆れきった様子の姉さんに悩む気も反論する気も失せ、春人へと視線を向ける。
その視線の意味に気付いた春人は、しかし首を横に振った。
「自分で呼びなよ。秋斗の家に呼ぶんだから」
「だからこそ兄が呼んだ方が安心するだろ。男の一人暮らしなんだぞ」
「うるさいそこのおバカ達。秋斗、アンタがやりなさい」
「へい……」
姉さんに追い出され、渋々廊下へと出る。スマホを操作しながら玄関へと向かい、驚くほど即座に電話に出た梅雨に言う。
「なぁ、今から俺んちで飯食うか?」
『え、えぇええっ!ど、どうしたのアキくん?!ぜ、絶対行くっ!えへへ』
可愛い妹分の返事は正直予想していたので、そのまま靴を履いて外へと出た。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「あの、大上さん、外に出て行きませんでした?」
バタンと扉が閉まる音に思わず生徒会長に問いかけると、キッチンを覗き込むような素振りを見せながら答えてくれる。
「あぁ、迎えに行ったんでしょ。そこの春人もそうだけど、アキも梅雨には甘いからね」
「紅葉さん、僕はそんな事はないですよ?兄として厳しく接してます」
「はいはい、別に照れなくていいじゃない。良いお兄ちゃんしてると思うわよ」
「そ……そう、ですかね……」
不本意そうに言葉を返す志々伎さんでしたが、あっさりと言い包められてます。
不可侵の女帝や媚びない猫だなんて呼ばれてる根古屋さんまで子犬のように慕ってますし……さすが歴代最高と高山先生が言い切る生徒会長だけの事はありますね。
実際、対面していてもオーラみたいなものがある気がしますし。なんなんですかね、ハロー効果なのか本当にすごいのか。いえ、すごい人なのは間違いないでしょうけど。
それにしてもまさか学校一の嫌われ者のお姉さんとは。世の中分からないもんです。
「それにしても美味しそうな匂いね。宇佐さんが作ったのかしら?」
「あ、はい。材料の問題で3人前ですけど、皆んなで食べれるよう大皿で出すつもりです」
「ありがとね、楽しみだわ。春人、アンタは何買ってきたの?」
「和食を作ってるって聞いたので、味が強すぎないような肉料理や揚げ物ですね。あと夏希も居るって聞いてたんで少し多めに」
「おー、やるなぁ春人!グッジョブ」
「あの、根古屋さんってそんなに食べるんですか?大上さんも大食いと言ってましたけど」
「食べるわよ?アキも男子の中では食べる方だけど、それよりも食べるもの」
よく食べる男子よりも大食い……そ、それはなかなかですね。何でそんなに食べてこのスタイルを維持できるんですか。……胸?胸にいくんですか。
「ちょ、宇佐さんなんであたしの胸を睨んでんの……?」
「あぁ、気持ちは分かるわ。宇佐さん、その予想は正解よ」
「もぎたいです……」
「な、何でっ?!怖っ!」
「私もたまに思うわ」
「も、紅葉さんまで?!」
学校ではクールな根古屋さんの初めて見る慌てる姿を眺めるよりも、ビクッと震えた時に揺れる胸ばかり視線がいってしまいます……待って、これ凶器の域では?
「ま、まぁまぁ。僕がすごく居づらいんでその話は今度にしませんか?」
そんな私と生徒会長を宥めるのは志々伎さんです。あまり関わりはなかったですけど、イメージ通り空気を調整する立ち回りが上手な人ですね。
「まぁそうね。それより聞きたい事があったのよ」
あっさりと根古屋さんから視線を切り、生徒会長はそう言いながら私に視線を向けます。聞きたい事って、私にですか?
「アキとどう知り合ったのかなって。珍しいから驚いたのよ」
大上さんと、ですか。姉から見ても珍しいと言うあたり、大上さんの人間関係の希薄さが伺えますね。ウケます。
「簡単に言えば、私が困ってるところを助けてくれました。そのまま成り行きで看病をしてもらって、家の都合であまり帰りたくない私をしばらく泊めてくださる形になってます」
極力まとめて説明すると、生徒会長と志々伎さんが目を丸くして固まってしまいました。
ど、どういう反応なんでしょう。説明が分かりにくかったんですかね。
「う、嘘。あのアキが?」
「……驚いたね。少し聞いてはいたけど、まさか本当に大した理由もなく……?」
このお二人が驚く姿って、地味にレアですね。と、明後日の方向に思考が飛ぶくらいには私も内心驚きました。
そんなに珍しい事なんですか。というか逆に言えば大上さん、どれだけ普段は冷たい人なんですか。いえ、確かに意地悪さやデリカシーの無さは私でも分かりますけど。
「いえ、料理を作る条件ではあります。ただ……フォローしたい訳ではないですけど、結構優しいところもあると思いますよ?」
実の姉と幼馴染にこうも優しさを疑われるような反応をされてはさすがに可哀想になり、一応フォローの言葉を添えてしまいます。
それを聞いて、お二人は否定をしてくるでもなく、優しく微笑みました。
「ふふ、分かってるわよ。アキは根が人に甘いからね」
「そうですね。分かりづらいし、素直じゃないですけどね」
あれ?冷たい人だと思ってる訳じゃなかったんですね。お二人は手の掛かる子供を見てるように、微笑みながらも仕方ないなとばかりに肩をすくめています。
そこでしばらく黙っていた根古屋さんがいつもの雰囲気――子犬モード解除――で私も見据えながら口を開きました。
「あー……多分、宇佐さんが何かしら秋斗に貸しを作ってたんだと思う」
「え?」
かし?貸し借りの貸し、ですかね?料理の事……ではないですよね。助けてもらう前の話ですし。
そんなはずはない、はずですけど。今までほとんど話した事もない上に、まともに話し始めてからは助けられてばかりですし。
ですが、生徒会長と志々伎さんは得心がいったように「あぁ」と呟いてます。
「なるほど、それなら説明がつくね。それ本人から聞いたのかい?」
「いや秋斗は成り行きでとしか言ってなかった。けどよ、どう考えてもおかしいだろー?」
「そうだね。宇佐さんは心当たりはあるのかい?」
「いえ、全くです。先日初めて話して、その後は伝えたようにお世話になってばかりですし」
「まぁ気付かない内になんかあったのかもねー。秋斗ってもらった恩は忘れないし」
「その可能性が高そうだね。よく覚えてるなって僕も感心するほどのだからね」
「いえ、それはあり得ないと思うんですけど……」
首を傾げる私を置いて、志々伎さんと根古屋さんは納得したように頷いてます。
そこでじっと生徒会長が私を見ている事に気付きました。
「あの……生徒会長、どうかしましたか?」
「……いいえ、なんでもないわ。あ、それより私は紅葉で良いわよ?私も冬華ちゃんって呼ぶから」
「で、では紅葉さんと……」
「えぇ、よろしくね冬華ちゃん」
大人びた綺麗な微笑みに、同性なのに頬が熱くなりそうです。
え、なんなんですかこの人。かっこよすぎませんか?それとも、これがカリスマ性って言うんですか。お姉様って呼んで良いですか?
「で、出た。人たらし姉弟」
「本当にね。秋斗みたいに関わりの制限がない分、紅葉さんは余計にタチが悪い」
何か根古屋さんと志々伎さんが話していますが小声すぎて聞こえませんね。聞いてみようかな、と思ったタイミングで玄関から音が聞こえてきました。
それと同時に話し声も聞こえてきます。
「ただいま。梅雨回収してきたぞ」
「回収されましたっ!ってあれれっ?!ちょっとアキくん!他にも人いるのぉっ?!」
「居るぞ。言ってなかったっけ?」
「むー!聞いてないよぅ!あーもう……わたしの緊張を返してよ」
「いや何故に。てかお前全然緊張してなかったじゃん。すんごい上機嫌だったろ」
玄関から聞こえる声に、志々伎さんが「また言葉足らずな誘い方でもしたのかな」と言ってますが、何の事でしょう。
「わーっ、夏希姉!久しぶりっ!」
「おー梅雨、相変わらず元気そうだなー」
入ってくるや否や、根古屋さんに飛びつく少女。
少し色素の薄い茶髪寄りの黒髪、可愛らしい顔立ちと小柄ながらも整ったスタイル。話した事はないですけど知ってる人です。
優秀な兄を持ち、比較されながらも明るく素直な性格で学校中から好感を持たれている一年生。
有名で人気なだけではなく、兄とまではいかずとも群を抜いた優秀さも持ち合わせていると噂で、学年が違う私でもよく耳にした名前。
「梅雨、とりあえず初めて会う人に挨拶しとけ」
「あ、ごめんアキくん。えっと、はじめまして!志々伎梅雨です!」
この子が志々伎梅雨さん、ですか。実物を見ても、本当に可愛らしいですね。
それにしても、こんな子まで知り合いなんですか。いえ、志々伎さんと友人の時点で想像はつかなくもないですが……随分と仲良しのようですし驚きました。
改めて見ると、何なんですかこの豪華メンバーは。
「宇佐冬華です。こちらこそよろしくお願いします」
「あのぉ……冬華さん、って呼んでいいですか?」
「もちろんです」
「やったぁ!」
含みのない素直な笑顔につい私まで頬が緩んでいると、梅雨さんがぐいっと顔を寄せて大きな目を細めてじっと見つめてきました。
突然の事に目を丸くしていると、今度は何故かゆっくりと後退り始めて、ぽそりと呟きました。
「え、か、可愛い。可愛すぎる……!ほ、本当に人間なんですか?」
「人間です」
いきなりすごいことを聞かれたんで真顔で返してしまいました。結構変わった子なんですかね。
「声まで綺麗だぁ……あっ!アキくんっ!冬華さんは危険だよ!近付いちゃダメ!こんなの絶対惚れちゃうよ!」
「何言ってんのお前?」
「分かんないの?!可愛すぎるもん!近くに居たら男なんてポックリだよ!」
「それだと死んでない?つか宇佐ならしばらくここに泊まるし、それでいくと俺ポックリ逝っちゃうんだけど」
「え、えぇええっ!?」
ポーズ付きで驚いて固まる梅雨さんを尻目に、大上さんと志々伎さん、根古屋さんはせっせと料理をテーブルに広げてます。
あ、大上さんも追加で買ってきたんですね。梅雨さんの分ですかね。
梅雨さんも固まってますし、私も料理を出しますか。煮物は温め直して、その間に冷菜をテーブルに出しておきましょう。
「アキー、コップ借りるわよー」
「おー」
紅葉さんは気付けばコップに飲み物注いでますし……い、いつの間に。
人数もいる上に手際が良いので、あっという間にテーブルに料理が並び終わりました。特に志々伎さんに至っては音も立てずに素早く取り皿を置いて回ってます。どこかで執事とかしてました?
「うわぁ〜!美味しそうっ!」
「ちゃっかり座って待ってんじゃねえ」
「えへっ!ごめんアキくん!」
いつの間にか復活してさらりと大上さんの横を陣取った梅雨さんの可愛らしい笑顔。こ、これは確かに志々伎さんも大上さんも甘くなっても仕方ないですね。私なら頭撫でちゃいますよ!
「ぃよーっし!んじゃ食うかー!」
「色々あってなんだか豪華だね。秋斗、小皿足りるかな?」
「あー、一応さっき紙皿買ってきた。いりそうなら勝手にとってくれ」
「私使うわ。全種類食べたい。アキ、紙皿持ってきなさい」
「はい、紅葉姉!そう言うと思ってもう持ってきてまぁす!」
わいわいと話しながら全員が座り、テーブルを囲む。
賑やかな食卓。温かいご飯。笑顔と笑い声。
――最後にこんな食事をしたのはいつだったかな
(あ、私ってもうそんな事も思い出せないんですね)
私って薄情なのかな、と内心で何かを振り切るように嘯いてみるも、体は正直で目頭が熱くなる。
それに気付いて、とにかく一旦離れようと立ち上がりーー皆さんの視線が私に向けられている事にやっと気付いて、
「……っ」
慌てて顔を伏せてしまいました。
(だ、ダメです。せっかくの楽しそうな雰囲気を壊しては……っ!)
そう強く自分を戒めても、目から溢れそうになる涙は消えてなくなってはくれません。
内心慌てながらも自己嫌悪に陥りそうで、拭ってしまえば泣いてしまったことを認めるようで身動きも取れず、ぐるぐると思考がまとまってくれない。
「おら、今回は早いだろ?」
目の前にジュースが入ったコップと、ティッシュの箱が少し音を立てて置かれました。
「……………」
空回りした頭が噛み合うまでしばし時間がかかって、それからぼうっと見ていたティッシュに顔を伏せたまま手を伸ばし、
「鼻かむならそっとやれよ?食事の席なんだからな」
デリカシーの欠片もない発言に思わず握ったティッシュを握りつぶして。
でも何故かおかしくなっちゃって、頬が少し緩んだことを自覚しながら言われたようにそっと鼻とーーついでに目をさっと拭き取ります。
「――…………?」
それからそっと顔を起こすと、悪戯っぽい笑顔の大上さんがニヤニヤと得意気に笑ってました。なんだこれ腹立つ。
そこでふと以前ティッシュを出すのが信じられないくらい遅いと言った事を今更に思い出して。
やっと彼のドヤ顔と先程の発言の意味が分かり、頭に「いやこれが普通ですから」「根に持ってたんですか、粘着質ですね」「子供みたいで可愛い」「何ですかその顔。デリカシー貸してあげましょうか?」などのーー変なのも紛れてたのは今は気にしない。しないったらしないーー言葉が浮かぶも、口から言葉として出てはくれず。
出来た事は、しまりのない情けない笑顔を見せるだけで。
「………ん」
それでも、彼は人相が悪さの一番の要素であろう鋭い目を少しすぼめて、ふわりと優しげに微笑んでくれて。
どこか姉の紅葉さんに似た、それでいて彼女ほど完璧じゃないそれが彼の不器用さを表してるみたいで。
落ち着いてきたはずの思考が、何故かまた落ち着かなくなった気がして。
(………?)
内心で首を傾げる私に構わず、彼は先程の笑顔が幻だったかのように悪戯っぽい笑みに変えました。
「よし、宇佐。適当にはじめの挨拶いっとけ」
「えっ、えぇ?そんないきなり……」
「適当で良いんだよ。一言でもいいぞ」
もう……無茶振りかと思えば、意外とハードルは下げてくれるんですか。まぁ一言くらいなら、と思った時に、全員がどこか柔らかい表情で私を待つように見ているのに気付きました。
それを前に、先程までの失態や情けない笑顔を見られた恥ずかしさより、不思議と温かさが先に感じて。
(……あぁ。なんて、優しい人達)
挨拶という形で、この輪に入ることを、この暖かい食卓に混じる事を許してもらえた気がした。
あぁもう。
またも目頭が熱くなりそうだったので、それを振り切るようにガバッとコップを持って立ち上がり、そのままの勢いで言葉を放ちます。
「いきなりなのに集まってくださりありがとうございます!料理、頑張って作ったんで食べてみてくださいっ、かかかんぱいっ」
「「「「かかかんぱいっ!」」」」」
途中で気恥ずかしくなって噛んでしまった乾杯を、打ち合わせでもしたように揃って同じように返されてしまい、頬が熱くなってしまいます。
「〜〜っ!」
つい頬を膨らませると、食卓から笑い声やごめーんなんて軽い謝罪が返ってきて。それが腹立たしいやら気恥ずかしいやらで顔を背ければ、笑い声が大きくなって。
「……ふふっ、あははっ」
結局私もつられて、笑っちゃって。
笑いすぎたせいで、涙が一粒溢れちゃいました。