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61 根古屋夏希

 良い両親に恵まれ、あたし自身が欲が少ない事も相まって、小さい頃から欲しいと思うものは手に入ってきたように思う。

 反面、手に入らないものへの諦めも早く、未練を引きずる事も少なかった。

 秋斗と会う前に欲しがっていた『友達』も、割とすぐに諦めて1人で過ごしていたくらいだ。


 そのせいかな。いつしか手に入る範囲のものを欲して、そうでなければ手も伸ばさなくなった。

 でもそれはきっと、身に余る程にあたしは多くのものを手に入れる事が出来たから。


 でも。

 ふと時折考える。

 与えられたものではなく、自らが心の底から渇望して手を伸ばし、その末に手に入れたモノはどれほど大切で、愛しく、心を震わせるのだろうか。


 でもその思考の航海は、いつも目的地に辿り着くことなく大海で彷徨ってばかり。

 そしていつも決まって、こう思うのだ。


――あたしが欲しいものって、なんだろう




「ねぇ夏希、文化祭は何すると思う?」

「んー?さーなぁ。あたしは楽なのがいーけど。冬華はー?」

「夏希も結構めんどくさがりだよね……私は、そうだね、展示とか」

「あはははっ、それも楽なやつじゃん!」


 秋斗を通した友達だった冬華も、今じゃ2人で遊びに行く方が多いくらいに仲良くなった。

 いつの間にか冬華も、秋斗だけに向けていたタメ語をあたしにも使うようになるくらいには、親密になれてるんだろう。

 ぶっちゃけ、あたしも姉貴分や妹分を除いた一番の女友達といえば冬華の名前を出す。


「だって、飲食系とかしたら夏希がつまみ食いしすぎそうだし」

「おっ、その手があったかー。よし、たこ焼き屋でもしよーよ」

「あぁ、言わなければ良かった……」


 そう言いつつも仕方なさそうに笑う冬華は、女のあたしから見ても卑怯なくらいかわいい。それでいて将来はとびきりの美人になるであろう綺麗さも内包してるから手に負えない。


 そして何より、とても良い人だ。

 彼女の見た目の綺麗さは、内から滲み出てきたと言われても納得してしまう程に。


 それに比べて、あたしは卑怯だ。


 秋斗が拾った彼女に仲良くなろうと話しかけたのは、利用できると思ったから。


 父親との件以降、誰であろうと距離を置くようになった秋斗が、唐突に冬華を助けた。

 気まぐれにしては強く、恋慕にしては弱いそれは、長い付き合いのあたしから見れば『貸し借り』による義務感だとすぐに分かった。


 それでも彼女との関わりが秋斗に何かしらの影響を与えるんじゃないかと考えて、あたしは春人を巻き込んで積極的に2人の関わりを強くしようと介入したワケだ。


 それは、冬華自身ではなく『秋斗がそこまでする程の貸しを作った子』としか見ていないという事に他ならない。

 なんとも彼女に失礼なキッカケだ。こうして仲が深まるにつれて罪悪感も増えていく。


「……ま、余計な事しないよーにあんまり関わらないようにするからさー」


 ついてでた言葉は、はたして模擬店の事か、それとも冬華の事か。


 自分でも曖昧だ。更に言えば、そもそもあたしは冬華に対してどうしたいんだろうか。


 あたしの罪悪感を吐き出して、謝罪を語尾に、許しを得たいのか。

 けど、今更そんな都合の良い話があるのか。それは相手に自分の自己満足を押し付けてるだけではないのか。


 それとも何も言わず、距離をとりたいのか。

 けど、何も言わず距離を置かれた彼女は何を思うのか。それは、何の解決にもならないのではないか。


――あたしは、どうしたいんだろう。


 いや。彼女と仲良くなりたい、はず。


 先にも言ったように、彼女はとても良い人だ。

 話していて心地よく、相手への気遣いを絶やさない反面、マイペースや負けず嫌いといった自己を見せる。それが人間らしい面白味ともとれるし、少なくともあたしは好ましい。


 では何故迷う?

 まさか、秋斗と仲良くしている冬華への嫉妬?

 

 んー……そうなのかも知れない。


 だって秋斗との関係こそ、秋斗とどうなりたいかという答えこそが。

 何よりも、分からないのだから。


「ダメ、逃さない」

「っ……」

「たこ焼き屋をやるなら、私と一緒にしっかり働いてもらうから」

「い、いのかー?後悔するかも知んないぞー?」


 逸れた思考のせいで返事が詰まる。

 いや、違う。一瞬、あたしとの関係をその言葉に仮託したのかと期待したんだ。

 ありゃま、浅ましいなぁ。んー……度し難い。あたしってこんなに愚かだったのか。


「する訳ないよ。バカ」


 うん、本当にバカだと思う。バカで、浅ましく、愚かだ。


 でも。


「後悔なんてする訳ないよ。たこ焼き屋も、夏希と仲良くするのも」


 彼女は、そんな愚かなあたしを、きっと逃してはくれない。


「な…んだ、それー?口説いてんのかー?」

「うん、そう。あたしは欲しがりの、我儘だから」


 あぁ……すごいなぁ、羨ましいよ。


 彼女は、卑屈さの欠片も見せず、我儘であると言葉にする。

 周りからの意見や批判。日本人の美徳であるとされる譲り合い。

 彼女はそれらを是としながらも、自らの意思を貫くのだと。


 それは、きっととても心の強いことだ。

 それは、あたしにはないものなんだろう。


「だから、夏希は変な事考えなくて良いの。私の我儘だから」


 続いて出た言葉は、果たして模擬店の事か。それともあたしの事か。


 愚かなあたしの願望なのかも知れない。浅ましいあたしの欲望なのかも知れない。

 けれど、きっとそうではない。

 だって、他でもない冬華の言葉だから。


「……そっ、か。ありがとね」

「うん。これから大変だろうけど、よろしくね」


 なぜなら、あの春人ですら舌を巻き、あの秋斗ですら白旗を掲げた。

 そんな彼女に、あたしの愚かさが見抜かれないはずがないのだから。


「大変、かー。秋斗なんかはサボりそーだなー」

「うぅん、大丈夫、逃がさないから。あ、それとね?あたし、近い内に秋斗に告白するね」


 うん、やっぱりそうだった。

 彼女はずっと、二つの意味で話してくれていた。


「でね?それより先に答えが出ないのは嫌だろうから、見つかったら教えてね?」


 うん、やっぱりすごい。


 あたしが秋斗へ告げた「今の関係で良い」「いつか参戦するかも」なんて言葉。

 恋愛初心者の秋斗は分からなかったようだし、あたしを慕う梅雨あたりは「秋斗へ時間の猶予を与えた」とでも捉えそうだ。


 でも本当は、あたしがどうしたいか分からなかっただけ。

 それを、冬華だけは見抜いている。


(ほんと、敵わないなぁ……秋斗もこんな気持ちで白旗を振ったんかなー)


 思考の航海で彷徨ってばかりいるのは、結局のところ目的地の2つを絞れないから。


 今の関係が良いのか、恋人になりたいのか。


 今の関係は、与えられたもの。

 もちろん、あたしが手を伸ばさなかったなんて思わないけど、きっかけは秋斗がくれたものだし、深まった原因も秋斗だ。


 恋人になるには、あたしが欲して手を伸ばさないといけない。

 伸ばした末に、彼が手をとってくれるかは分からない。もしかしたら、この上ない幸せである今を失うかも知れない。


 きっととってくれる可能性は誰よりも高いのは分かってる。これは自惚れではないと確信してる。

 反面、あたしの手をとる彼の手に込められた想いが恋愛なのかと言えば……少なくとも今は、きっと違う。

 積み上げてきた信頼、幼馴染としての絆、悪友への友情、過去の告白を有耶無耶にした事による義務感。


 それは、あたしが欲しいものなんだろうか。

 それに、秋斗にそんな気持ちで恋人を作らせていいのか。

 

 先日、梅雨も告白したらしい。

 けど梅雨も返事は待つ事に決めた。

 もしかしたら、梅雨も同じことを思ったのかな。秋斗に、ちゃんと好きになった人と付き合って欲しいって思ったのかな。


「うん……分かった」


 またも思考に沈もうとするあたしの視界に、冬華の優しげな笑顔はひどく印象に残った。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「はぁー?コスプレ喫茶ぁ?」


 その日の帰り道、秋斗と春人とで慣れた道を歩く。冬華は用事があるらしい。

 そんな中であがったタイムリーな未公開情報は、やはりというべきか春人からのもの。


「うん、近日中に出し物を決めるって高山先生が言ってたろう?それでクラスメイトが話していたけど、聞いてる感じだとコスプレ喫茶になるだろうね」


 あたし達でグループを作ったとはいえ、春人の人気ぶりと頼られ方は相変わらずだ。

 それ故に色々と情報が集まる。つまり、春人が言うならそうなんだろう。


「……ふむ、春人と夏希と冬華、おまけに根津もいるしな。ルックスでごり押せるだろうって判断か?まぁ稼げそうではあるわな」

「まぁ正解、かな。結果的にそうだけど秋斗ほど実利思考じゃなくて、どちらかと言えばコスプレしてるところを見たいから、って感じだったよ」

「あー、なるほどなぁ」


 納得しつつも嫌そうな顔の秋斗。多分自分がコスプレしたくないんだろうなー。

 そう分かりつつも、あたしはつい口角をつりあげる。


「何なにー?秋斗はあたしのコスプレ見たいのかー?何着て欲しいよ?そこまで言うならしゃーないから希望通りにしてやるよー」

「あれ、おかしいな。何も言ってないのに話が進んでる」

「ナース?メイド?スチュワーデス?うわーやらしー」

「助けてくれ春人。不参加の会話で変態のレッテル貼られる」

「あははっ、秋斗ってそういうとこあるもんね」

「あれ?俺はいつからここが敵地じゃないと錯覚してた?」


 うーん、これだから困るんだよなー。

 この3人でいると、驚くほどに居心地が良い。


 男女のそれではなくとも、他とは比較しようとすら思えない程に、この関係は心地よく、揺らぐ事なく、完成されている。


(そう、完成されてるんだよなー……今更別の感情が入り込む隙間がないくらいに)


 あたしと秋斗が恋人同士になれば、春人は喜び、そして祝福してくれる。

 これは頭に「きっと」とか「多分」なんてつける必要なんてない。つけるとすれば、「絶対に」だ。

 

 反面、3人には至極小さい、しかしゼロではない揺らぎが生まれると思う。


 それは他の誰だろうと気付かない程に小さく朧気かも知れない。けど、他ならぬあたし達だからこそ気付く揺らぎでもある。

そしてそれは同時に、あたし達だからこそ取り返しのつかない揺らぎだ。


 きっと、あたしと秋斗は春人に申し訳なさを覚える。

 そして、春人はどこか遠慮するようになる。

 それでも3人とも今までの関係の形が最良と理解してるからこそ、それを表に出さない。

 

 けれど、その隠された揺らぎを、あたし達はあたし達だからこそ気付き合い、そして相手を想うからこそ心に留める。

 その留めたものも、あたし達だからこそ気付き合って……これがループになり、いつしか誰もが見える程の揺らぎになり、あたし達の完成された関係は変わってしまうだろう。


「つーかさ、秋斗は何すんだよー?秋斗はあれか?海賊とか?」

「安易に悪役を押し付けんな。眼帯に片手がフックとか作業しづらいだろ」

「問題はそこなのかい?というか僕には聞いてくれないのかな?」

「「春人はどうせ王子だろ」」

「あはは……うん、みんなにもそう言われた……」


 だからといって、あたし達の距離が遠ざかるとは限らない。

 あたしと秋斗が恋人同士だろうと、春人は別の形を模索して、変わらない距離感を保てる立ち位置を探し出してくれるかも知れない。春人ならやりかねないとも思う。

 そうなれば、今の『幼馴染同士』から『別の新たな3人の関係』に変化するだけとも言える。


 しかしそれは、やはり『与えられたもの』ではないのか?

 秋斗がキッカケから与えてくれたこの関係を、あたしがかき混ぜ、春人が新たな形を与えてくれる。

 それは、結局2人から与えられたものではないだろうか。


――そもそも、与えられたものではダメなのか?


 不意に脳裏に浮かんだ言葉に、一瞬体が硬直した。


「……じゃあアレだな。春人が王子なら、夏希が冒険者とか」

「あはは、ファンタジー風かい?面白いかも知れないね。じゃあ秋斗はマフィアとかかな」

「マフィアってファンタジーなのか?いや確かにそれ系の話にはよく出るけどよ。……てか俺悪役なのは変わらないのな…」


 硬直したせいで、笑い飛ばし損ねてしまった。

 いや……そうでなくても、自然に笑えただろうか。


 王子は、国を司り、見渡し、守る者だ。

 あたし達の関係を、その超人じみた能力を惜しまず注ぎ込んで時に見守り、時に喝をいれ、時に盾となった春人に相応しい。


 マフィアは、裏から牛耳り、時に表では出来ない方法で守る者だ。

 春人ではとれない手段や出来ない事を、見えない所や最前線で行使し続けてきた。

 そして時に褒めれた事ではない方法であろうと、時に身を犠牲にしようとも、火の粉が自分以外に及ばないように守ってきてくれた秋斗に相応しい。


 じゃあ、冒険者って?

 きっと、好き勝手に気まぐれに、その日暮らしで自分のことを考えてる者だ。

 与えられた関係に満足して、口だけは達者で、調子に乗って問題を起こしてしまえば国の秩序を乱してしまう。

 

 あぁ、さすが秋斗と春人だ。

よく分かってるなぁ。

 我欲でこの関係を崩しかねないあたしに、ピッタリな配役だ。


「あ、はは。冒険者ってどんな服装だよー?種類ありすぎるだろー」

「ふふっ、秋斗の事だからビキニアーマーとか言うんだろう?」

「うわー結局やらしーじゃんかー!」

「おぉっとマジか油断した。おいまだ生きてたのかそれ、そろそろ風評被害で訴えていい?」

「あはははっ、僕と夏希が組んで勝てると思ってるのかい?黒いカラスも白だと言わせてみせるよ」

「おい待てこの王子独裁だぞ!」


 あ、やばい。

 空気を軽くしようとしてくれてる。

 あたしが凹んでんの、バレちゃってるなぁ。うん、ダメだダメだ、切り替えないと。


 だってそうでしょ?今更図星つかれたからって凹むなんて卑怯だし、何よりそこで図星を避けるような生ぬるい関係じゃないって、誰よりもあたしが分かってるでしょ。


 それなのに。


「じゃあ何だよー?踊り子みたいな動いたら見えそうなやつかー?」

「なるほど、秋斗はムッツリ派か。良い趣味してるね」

「マジで覚えとけよお前ら。……てか別に服装なんて何でもいいけどさ、こう切り開く感じが夏希っぽいだろ?」


 それ、なのに。


「うん、そうだね。そう言えば僕らの関係も夏希がいなかったらどうなってた事やら」

「ほんとになぁ。男のくせに女子に引っ張ってもらって情けなくないのか春人」

「はいはいブーメランだね。いやまぁその通りだけどね、与えてもらってばかりで情けないよ。いい加減梅雨に怒られそうだ」

「だっさ。……と言いたいけど、俺もなんだよなぁ。おい夏希、梅雨には内緒にしといてくんない?」

「うわぁ、秋斗それ一番ださいやつだよ」

「ぐっ、やばい反論できない……い、今のは忘れてくれ、頼む」


 与えたのは、あたしだなんて。

 そんなことを、今言うなんて。


 ほんと、こいつら、ほんっと、ずるい。


「……あ、たし、なんか、したっけー?」

「はぁ?おいおい俺らの情けなさを言葉にしろってか……おい春人、これ夏希怒ってるやつじゃないか?」

「うん、間違いないね。怒りを鎮める為にも懺悔がてら白状しないと梅雨に報告されそうだ」

「それはヤバいな……でもなぁ、夏希も分かってんだろ?」


 何、それ。2人して下手くそな演技しちゃってさ。

 分かんないよ。分かんないから、ずっと悩んでんじゃん。


 でも今は待って。声震えてる。ちょっと泣きそう。

 そう思ってるのに。ずるいこいつらは、当たり前みたいな顔で喋りだす。


「距離ばっかとって逃げようとする俺に、自分の交友関係を捨ててまで横にいて繋ぎ止めてくれたろ」


「僕が全体ばかり見て、全体の和を求めるあまり身動きがとれなくなる時もだね。誰も動けなくなった時、最初に行動するのは夏希だったよ」


「あぁ、分かるわそれ。投げやりになったりした時とかさぁ、喝を入れてくれて、結果フタ開けてみりゃ守られてたとかな。あれ、俺ちょっとダサすぎない?」


「終業式なんかは最たる例だよね……秋斗は参っちゃうし、僕は秋斗に文句は言うけど何も出来てなかった。結局、夏希だけが行動してたよね。参ったな、僕もダサいな」


 バカ。ダサいのは、あたしなのになー。

 ほんと、腹立つくらい優しいな。

 やっぱり我慢出来ずに泣いてるあたしを、見ないようにしちゃってさ。

 落ち込むあたしに、すぐ気づいて、こうして励ましてくれてさ。


「けどまぁ?夏希ってたまに考えすぎる事あるよな」

「そうだね。優しいからだろうけど、ドツボにはまってる時あるね」

「あとあれだ、夏希はやりすぎな時あるしなぁ。俺みたいなストッパーは必要だろ。つまり俺も少しは役立ってる」

「待て秋斗、ストッパーは確実に僕だろう?秋斗はむしろ問題ばかり起こすしストッパーの対極じゃないか」

「はぁあ?お前最近大人しくしてたからって良い子ヅラしやがって。中学ん時に夏希にセクハラしようとしたって噂の教師を追いやったろ!まだ未遂だったのに悪魔かよお前は」

「事が起きてからじゃ遅いだろう?それに高校で虫川先生を実際に退職に追いやって、おまけに屯田先生を謹慎処分にさせた秋斗に言われたくないね」

「いや屯田のトドメさしたの夏希だからな!?」


 あーもう、バカばっかり。

 いっつも周りから頼りにされてる春人も、いざって時は周りを助ける秋斗も、普段はこんなバカ2人。


 それを誰よりも知ってるのは、間違いなく、あたし。


 うん、そうだよね。何を悩んでたんだろ。

 何を欲しがってたのかなんて、あの時から分かりきってた事じゃんか。

 どうしたいかなんて、選択肢に惑わされただけで、あの時から決めてたじゃんか。


 そうだよ。

 秋斗が苦しんでたあの時、あたしは手を伸ばしてたんだ。手伝うって、言ったんだ。


 傷ついても飄々としてるけど心の中で泣く秋斗に、傷ついてほしくなくて、ちゃんと泣いてほしくて、その為に頑張るって手を伸ばした。

 秋斗の為に惜しみなく自分の能力を駆使して、教えて、高め合う春人にも負けないように、あたしも強くなると頑張った。


 その伸ばした手は、頑張りは、あたしが欲したから。

 心の底から求めて、欲して、手を伸ばした。

 そしてその手を、とってもらえた。


 そうだよ。何で忘れてたかな。

 あたしは、手に入れていた。

 何よりも求めていたものを、ちゃんと、すでに。


「っ、ちょっと待てよ秋斗―?それあたしのせいにしよーとしてんだろー?」

「いやその通りでしかないだろ?!体育館で全校生徒教師の前で放送とか悪魔かお前は!」

「あはははっ!あれは笑ったなぁ。実は一番過激なのって夏希だよね」

「おいおーい、何こんな麗しい美少女捕まえて過激とか言ってくれてんだー?よーし梅雨に電話しよーっと」

「待て、話せば分かる。だから手に持ったスマホを戻せ、そっとだ」

「秋斗それ昨日みた映画のやつかい?それ言った人撃たれてたよね」


 うん、もう大丈夫。


「あ、もしもし梅雨?ちょっと聞いてよー、あんたの兄貴と秋斗、情けなくてさー」

「ほら撃たれた」

「あぁぁあやりやがったぁ!おい春人、ストッパーってもう俺ら2人で良くない?1人じゃ無理だろこれ」

「あはは、言えてるね」


 先のことなんて分からない。

 けど、少なくとも今は、この関係をとことん謳歌してやるんだ。


 幸い、冬華だろうと梅雨だろうと、秋斗を任せられるしね。


「だからさー、梅雨あんたもし秋斗の恋人になったら苦労するよー。頑張んなー?」

『うん、知ってるっ!その時は夏希姉に相談するから心配ないよっ!』

「あはははっ!秋斗、言われてるよ?」

「いや相談相手に春人が入ってないことから推して知るべし」


 あたしが欲しかったものはもうここにある。

 だって欲しいと伸ばした手は、離さず今も掴んでるから。





『お兄ちゃんよりも夏希姉だよ!だってアキくんの事一番よく分かってるの、夏希姉だもん!』

「そ、うかもなー。伊達に世話焼いてないからなー?」



 だから、いいんだ。

 だから、わたしは。

 かつて一度、『告白』という伸ばした手があった事なんて。


 もう、思い出しちゃいけないんだ。


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