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56 幼馴染達との語らい

「あー……そんな事もあったよなー」

「「軽いっ?!」」


 夏休みも残りわずかとなった今日。

 先日の母さんによる会話から、恋愛という感情にも目を向ける事となったワケだ。


 いやはや、自分でも驚いた。

 何がって、色々と。


 正直言って、マジでトラウマだったんだなぁ、っていう驚きが最初。

 だって自覚する間もなかったんだよ。周りは寄りつかないし、数少ない幼馴染とかは『好き』じゃなく『大切』だと言って聞かないし。

 

 けど、ずっと寄り添い続けてくれた夏希の終業式の演説で。絶え間なく注がれる冬華の優しさで。

 そのまま自覚がない内に治ったらしい。


 ただそれは見るヤツから見れば分かるもんらしくて。

 最初に気付いた春人と夏希が姉さんや梅雨に伝えて確認したらしく、それが母さんにも伝わって先日のお話しに繋がるんだとか。


 まぁ、うん、なんだ。嬉し恥ずかしとは言ったもんだなと。


 いやだってさ、あれからせめて俺も大切にしたいと思って来たのに、実はずっと大切にされて守られてたなんてさだぁ。

 情けないと素直に思うじゃん。でも、それ以上に、目も逸らせないくらいに、嬉しさがあったのな事実で。


 で、やっと目を向けれるようになった感情――恋愛感情を探るように掘り返そうとして。

 やらなきゃいけない事に気付いた。


 夏希だ。


 いつぞやの日、告白され、それを離れない覚悟へと変換した夏希。

 しかしあぁは言われたものの、こうなれば何より先に向き合うべきは間違いなく彼女のあの日の言葉だろう。


(………というか…)


 正直に言う。やばい。やばすぎる。

 今でも鮮烈に思い出せる、重くも響く言葉。

 あの日こそ恐怖に目を逸らしたものの、いざ今になって向き合えば顔に熱が集まる。


 おまけにそれ以降も決して薄くない密度で共に過ごしてきたワケで。

 思い出という彼女との関係性の積み重ねはどうしようもなく増えているし、それでも褪せない告白の言葉がより際立つというもの。


 なんつーか、その、恥ずかしいワケだ。主に情けなさで。

 こんな感情を前に、逃げ続けてきた自分に羞恥がやばいんだよ。やばすぎるんすよ。


 そんなワケで謝罪をしようと呼んだところ、夏希は「良い機会だ」とか言って春人も呼びつけた。

 そして告白の返事をしたいと告げた俺への返事が、まぁ先程のセリフでして。


「え、忘れてた?!」

「はー?んなワケねーだろー?でもほら、なんか堅苦しい感じだからつい」

「つい、て」


 ケラケラと笑う夏希は、こんな場においてもやはり空気を壊す。

 それは悪い意味ではなく、あの日の沈黙に縛られる俺達を導いたように、良い意味でだ。


 言動こそ昔の俺に似たままだが、やはり本質は変わらず、場の空気や感情に聡い、底抜けに優しい彼女のままだ。


「でも夏希……こう言ってはなんだけど、あの日の君の熱意は僕でも圧倒された程だ。その返事がそれって……いや、そもそも僕が居るべきじゃないだろう?」

「なーにが僕でも圧倒されただ、良い風に言ってさー。石像みたいに固まってたくせに偉そーによー」

「ぐっ……それは言わないで欲しいな」


 能力では追髄すら許さない春人も、夏希の不意に見せる強さにはいまだに敵わない。

 それを思い知らされるように春人が縮こまるという光景に、肩に入っていた力が抜けた。


「まぁそこは俺も何も言えないけどよ。ただ、その、やっぱ返事はしないとだろ?」

「はぁ……ったく。変なとこ律儀だよなー秋斗は。まぁそこんとこも好きだけどー」

「ぅぐっ……」


 ストレートな言葉に詰まる。

 気恥ずかしさに後退るも、見れば夏希は悪戯っぽい笑顔で揶揄うように見ていた。

 あぁ、うん。分かってたけど春人のこと言えないわ。俺も夏希には勝てる気しねぇもん。


「ま、確かに区切りくらいにゃなりそーだし、ちゃんと答えるっての」

「お、おう」


 ニヤニヤを引っ込め、真面目な雰囲気を滲ませる夏希に思わず背筋が伸びる。

 横で「だからなんで僕はここに?」とばかりに視線がうろつく春人は無視。てか助ける余裕があるとでも?耐えろ春人。


「まずは聞くぞー?秋斗ぉ、お前今更あたしと付き合いとか思うのかー?」

「………いや、それ聞く?」


 実質告白の追求じゃん。てかそれを答えようとしてるワケじゃん。


「あーいや、そんな先に進む意味合いとかじゃなくてなー。あのさ……今更じゃん?」

「「ん?」」


 い、今更?ちょっと待って分かんない。助けて春人。あ、お前もダメ?だよね、分かんないよね?

 情けない面並べる男2人に、夏希はいつぞやのように笑ってみせる。


「だーからー、わざわざ恋人なんて関係に『落とす』必要あるのかってことー」

「お、おう?」

「いやさ、あたしだって秋斗と付き合いたかったよ?世界で一番好きだし、守られたらいまだにきゅんきゅんするし、たまに抱きつくのもそこらへんを発散する意味合いもあるしー?」

「っぐ……ぅ……」


 な、なんだこれ。心臓やっべ。壊れそう。


「あとはまぁ、幼馴染じゃなくて恋人同士になれば肉体的な関わりも後ろめたくなく出来るしー。そこらへんはメリットだとは思うよ?」


 そう言ってそっと豊満な胸に手を添える夏希。あ、待って。そろそろ鼻血とか出るかも。


「けーどー。いざそうなった時にさ、思ったワケ。わざわざ不安定な関係にする必要あるのかなーって」

「……ふ、不安定?」

「そー。だってさ、付き合うって事は別れるとか、嫌われたくないないなーとかがついて回るイメージあるじゃんかー」


 まぁ、そうだな。詳しくは知らないけど、一般的にはそういうもんだって事くらいさ分かる。


「そんな関係に『落とす』のが、なんかもったいないなーと思って。だってさ、仮にお互い誰か別の人と結婚までしたとてしても……きっと、あたし達の関係は切れない」


 軽い口調から、ふと鋭さすら感じそうなくらい真剣な声音に変わる。

 浮かべるは、いつもの猫らしい悪戯なものではなく、ひどく優しげな微笑み。


「ずっと一生仲良くやっていける。先なんて分からないけど、不思議と確信してるの。そしてそれが、秋斗もそうだって信じてるの。あ、春人もね」


 懐かしい口調と共に紡がれた言葉は、どれだけ頑張ってきた俺や春人を、やはり軽々と飛び越える眩しさ。


「……ね?秋斗はそう思ってくれてる?」


 まいった。

 長い付き合いで何度も思い知らされ、浮かんできた言葉を、やはり今日も思い浮かべた。


「……それこそ今更だろ」

「えへへ。うん、だね」


 柔らかい微笑みを前に、俺も春人も、降参とばかりに肩をすくめたのだった。






「で、それじゃあ告白についちゃあ、恋人云々の意味合いの返事はいらないって事でいいのか?」

「んー、そーだなー。とりあえずはいいよ、それで」

「とりあえず?」


 仕切り直しとばかりに菓子をつまむと、夏希さ菓子を放り投げて口でキャッチしながら頷く。行儀悪いざますよ?


「なんだい夏希、やっぱり好きな気持ちはあるのかい?」


 揶揄うように周りには見せないニヤニヤしたツラで夏希を見る春人に、夏希は手を伸ばして菓子をつまみ、それを手首のスナップだけで投げた。見事に春人の口にシュート。


「ごほっ?!の、喉にっ!?」

「バカな事言うからだろー?春人のばーか」


 悪戯が成功したとばかりに楽しげに笑う夏希は、次いで俺をちらりと見てから続ける。


「あるも何も、今でも世界で一番大好きだっての。さっきも言ったじゃん」

「うぐ……!」


 あの、夏希さん?まだその手の耐性がゼロなんでやめてくんない?

 ヤロー達とボール追いかけて、女子達は全員春人狙いの小学生。

 そこから父親の件があって、今まで蓋して隠してた傷と感情。


 それを傷が消えたからと蓋を開けたところで、その間に勝手に育ってるはずもなく。

 早い話がマジで恥ずい。受け流せすら出来る気がしない。


「でもさー、秋斗が今こんなんじゃん」

「……あぁ、なるほどね」


 心臓を握り締めるように俯いてると、勝手に納得している2人。え、待って、さらっと置いてかないで。分かんない分かんない。


「だから、秋斗がこの先、色々折り合いをつけた上であたしと付き合いたいって言うなら……そん時はそん時、かなー」

「……そうかい。相変わらず、夏希はすごいね」

「当たり前だろー?なめんなよー?」


 ……まぁ、言いたい事は分かったかな、

 確かに自分の感情に振り回されてる俺に答えられても、別の意味合いが混じるーー純粋な恋愛感情で応えれていないーー可能性はあるか。自分でも否定しきれる気がしないしな。


 言葉にはしてないけど、先程までの言葉と繋げると……一生一緒に居るどこかで、そういう関係になりたいなら言ってこいと。

 でも今は聞く気はない、って事かね。


「……仮に、だけど。俺が誰かと付き合って、そのまま結婚とかしてしまったら?」

「言ったろー?それでも一緒に居れるってさー」

「……だったな。愚問だったか」

「マジ愚問」


 そう言って笑う夏希には、本当頭が上がらない。

 正直、呼んどいてなんだけど答えは曖昧だった。というか応える気ではいたけど、その感情か本当に夏希と同じ熱量や種類なのか分からなかった、てとこか。


 別に付き合うのに必ずしも同じ熱量じゃなくても良いんだろう。けど、夏希相手にそれは失礼だと感じていた。

 ……あ、もしかしてここらへんも含めて将来の話にしてくれたのか?

 おいおい、とんでもないな。もしそうならいよいよ頭が上げられなくなるぞ。


 なんせすでに、きっとあの時と同じくなんとも言えない雰囲気になったはずのこの部屋は、またしても夏希によってこうして和やかな雰囲気なんだから。


「あ、でーもー」


 内心で感服する俺に、夏希が不意に悪戯っ子の笑みを見せる。あ、嫌な予感が。


「ちょ、夏希落ち着」

「それはそれで楽しむのは辞めなーい!」


 止める間もなく、避ける隙もなく。

 するりと猫のように俺の懐に潜りこみ、夏希はぎゅうと俺を抱きしめた。


「な、ちょ、お、は」

「あはははっ、秋斗めっちゃテンパるじゃん!あはははっ!」


 憎たらしいほどに楽しげに笑う夏希の整った顔は、首を少し傾ければ簡単に唇が触れ合うほどに近い。

 柑橘系の良い匂いも、柔らかな温もりも……あと凶悪なまでの膨らみも、すべてをこれでもかと俺に押し付けてくる。

 何よりこいつが卑怯なのが、引き剥がそうにもあまりに幸せそうな笑顔と、赤く染まった耳のせいで掴んだ肩に力が入らない事だろう。


「……て、照れるくらいならすんな」

「はー?秋斗がそれ言うかー?てか割と今までこんな体勢とかもあったろー?」

「そ、そりゃお前……仕方ないだろ」

「そーだねー。で、秋斗がそんなだから、あたしも……ちょ、ちょっと照れただけだしー」


 ぅぐ……何その目を逸らしながら照れた感じ。

 余計照れるだろうが。何なの、俺をころしたいの?しぬよ?心臓破裂で。


「……僕は何を見せられてるんだい?」


 俺と夏希の攻防――というか一方的な夏希の蹂躙――の隅で、春人が天井を見上げてぼやいていた。いや助けろや。




「はー、楽しかったー」

「………しぬ」

「あはは。一応言っとくけど、ふしだらな関係にはならないようにね」

「アホかお前何言ってんだなるワケあるかぁ!」

「えー、あたしは別にいーよ?」

「てめ夏希ふざけんなまだ揶揄う気かそのニヤニヤやめろぉ!」


 色々と限界を迎えつつある俺に、2人はそりゃもう良い笑顔。歪めたい、この笑顔。


 そんな中、ふと春人が立ち上がって口を開く。


「で、話は一区切りかな?」

「だなー。一応あの場にいた春人も呼んで、あたし達の先を話したかったし」

「結局あの時と一緒で夏希が引っ張るだけで終わったけどな」

「あはははっ。男子2人ぃ、情けないぞー?」

「「くっ……」」


 いやほんとにね。


「と、とにかく……じゃあ、もういいかな」

「「あん?」」


 今度は俺と夏希が首を傾げた。

 それに「気付いてなかったのか?」とばかりにニヤリとドヤ顔を見せて俺たちをイラつかせつつ、春人は音もなく扉へと向かいーーバッと勢いよく開けた。


「「「「きゃあっ?!」」」」

「「は?」」


 そこから雪崩れ込む4人の姿に、俺と夏希は目を丸くする。


「は……?ふ、冬華と梅雨に、静……あと根津」

「ちょ、なんでわたしはついでなん?!」


 よく見知った姿に、根津の抗議なんて当然耳に入るワケもなく。なんでって?それ聞く?

 チラリと夏希を見れば、俺と同じ結論に至ったらしく、じわじわと顔を赤く染めていく。


「ぅえ……?はぇ……?」

「ちょ、夏希がやばいぞ……え、いつから……?」

「あはは、イチャついてる時くらいだと思うよ。なんだ、テンパってる秋斗はともかく、夏希まで気付かなかったのかい?……あぁ、夏希も緊張してたのか」


 からかうように、小馬鹿にするように笑う春人さん、マジ性格悪い。

 でもそれどころじゃない。え、何この羞恥プレイ。

 夏希もだろうけど、俺も同等のダメージだからね?


「……秋斗、夏希。体だけの関係は不純です」

「〜〜〜っっ!」

「いってぇ?!ちょ、やめ、落ち、つけ!」


 ぼそりと吐き捨てられた、冷たい視線の冬華のセリフ。

 夏希は爆発音でもしそうなくらい一気に顔を真っ赤にして、それを発散すべく俺の肩を殴った。お前自分の腕力把握してる?

 思わず冷静になって抗議しようとするも、夏希はそれどころじゃないらしく。


「っ、にゃああああああっ!!」

「うぉお危なっ!ちょ、待て、落ち着け夏希!マジで猫みたいになってんぞ!」

「うるしゃいバーカ!春人もバーカ!バーカバーカ!」


 地味に噛みながら頭を抱えて暴れ周り、ついでに振り回される肘を回避するが、止めた甲斐もなく夏希はそのまま部屋から脱走。

 びっくりした猫を思わせる素早い逃走に止める間もなく、扉の前で倒れ込む4人を軽々と跳躍して走り去っていった。お行儀悪い、とか言う間もなかった。


 そして当然残されるのは、親友と女子4人。

 サイテー、と聞こえてきそうな冷たい視線が俺に、いや春人にも突き刺さってる。


「……お、おい。春人、どうしてくれるんだ。夏希逃げたら弁解しようもないぞこれ」

「……ふっ、僕にもこうなるなんて計算外だよ。まさか僕が読み違えるなんてね」

「手ぇ震えてんぞ。何昔みたいな傲慢キャラになってんだ」


 思わず現実逃避がてら軽口を叩くも、一向に視線の温度は下がらない。

 むしろそろそろ気温にも影響しそうなくらい下がる冷たい視線に、無意識の内に口から漏れる。


「「夏希、助けて」」


 どうやら俺達3人には、夏希の存在は欠かせないらしい。

 奇しくも春人と被った言葉は、しかし無情にも冷たい視線の前に弾かれたのだった。



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