表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/65

54 幼馴染と1人の少女 中

「……で、何?」


 屋上手前の扉の前。

 電球もないので少し薄暗く、誰も来ないからか埃の溜まった床の上で、真っ直ぐに立つ志々伎を壁に寄りかかりながら見据える。

 志々伎は短い問いに、言葉を探すようにしばらく黙ってから、はぁと溜息混じりに口を開いた。


「……その怪我、どうやら転けたと言ってるらしいけど……それ、ケンカによるものだろう?」

「いや、家で姉さんと遊んでたらコケた」

「また昨日も転けたのかい?傷が増えてる。分からないと思ったのかい?」

「………」


 腹立つくらい鋭いなぁこいつ。仲良くもない、むしろ敵対心を持つ相手を、よくもまぁそこまで見てるもんだわ。

 濁す言葉も見つけられず沈黙してしまう。それを肯定と捉えたようで、志々伎は眉尻を下げた。らしくもない表情だ。


「……君が、そんな顔にされる……しかも昨日までは勝つことを諦めたような顔。おまけに連日続いてる」


 唐突に言葉を並べ始める志々伎に眉を寄せる。

 けど、迷ってるような、申し訳なさそうな表情のせいで、止める言葉は喉に詰まった。


「君の交友関係は広いけど、君相手にそんな顔をさせるような相手はいない。上級生でも同じだ。ましてや、一度負けたくらいで諦めるほど素直なヤツじゃない」

「……何が言いたいんだよ?」

「…………その怪我、もしかしてだけど……家族によるもの、かい?」


 この上なく言い辛そうに、志々伎は告げる。

 これにはマジで驚いた。すげぇヤツだとは重々承知してたけど、よく分かったもんだ。


「違ってたなら土下座でもするつもりだったけど……そう、なんだね」

「……それを聞いて、何がしたいんだよ?」


 素直に感服してしまったからか、俺の言葉は先程までの棘は抜けていた。

 純粋な疑問を投げかける俺に、志々伎は少し安堵したような、それでいて居た堪れなさそうな顔を浮かべる。


「その……まずは、ごめん。こんな失礼な話を」

「いーから。間違ってないワケだしな」

「……そう、か。君はやはりすごいな。彼らが慕ってるのも分かる」


 彼ら……あぁ、男友達連中か。


「慕ってるかはともかく、質問に答えろっての」

「あぁ、すまない。その、だな……どうするつもりなのかと思って」

「どうって……」

「おそらくは父親、かな。警察に、連絡するのかい?」


 あー、なるほど。肉親相手に法による罰を与えるのか、って事か。

 確かにその手もあったが、思いつきもしなかったわ。いや、する気がなかっただけか。


「いや、しない」

「そう、か……けど、そうなると、その…」

「父さんは俺が成敗するからな」

「……は?」


 心配そうな表情から驚愕で目と口を丸くする志々伎。

 こいつ、今日は随分と百面相だな。いつもは爽やかな顔しかしないくせに。

 こんな話の途中だけど、ちょっと笑えた。


「せ、せいばぁい?」

「なんか頭悪くなってないかお前……?いやさ、簡単な話だろ。暴力でマウントとるなら、暴力を取り上げちまえば元通り。だから今日から俺は鍛える」


 すでに昨日の夜から筋トレも始めたしな。朝起きたら筋肉痛やばかった。てか今もヤバいけど。

 それにしてもいつまで固まってんだこいつ?

写真撮って女子達に見せてやりたいくらい間抜け面だけど。いや、それでもレアだとか言って食いつきそうか。


「……ぷっ、あは、あははははっ!」

「お、おお?」

「君というヤツはっ、あはははっ、とんでもないバカだね」


 え、何?罵倒を挟みながら爆笑してるんだけど、怖っ。てかいつまで笑ってんだ。

 

「あー……お腹痛い。やってくれるね、筋肉痛になったらどうするんだ」

「いや知るか。いっそネジ切れてしまえ」

「それだと困るのは君だろう。訓練の相手の腹筋が訓練前に切れてたら話にならない」

「だから知るか………んん?なんか変な言葉混じってなかった?訓練相手?」


 志々伎はいつもの爽やかさに悪戯げな色を混ぜて笑う。器用な笑い方するなこいつ。


「これでも格闘技は小さい頃から習っていてね。君のバカげた瞬発力や体力には驚かされるけど、技術込みでは負けるとは思わないよ」

「いや、そうじゃなくて……え、なんで?」

「別になんだっていいだろう。気まぐれとでも思ったらいい」


 気まぐれどころかご乱心のレベルだろ。

 どうした優等生、いきなりケンカ相手買ってでて。


「君だってこのタイミングで格闘技を習い始めるのはまずいんじゃないかい?通うにも親にはバレるだろうし、そうすれば君の父親がどう出るかなんて予想はつくだろう」

「まぁ……止められる上に余計キレるわな」

「だろう?そして父親を止める為に鍛えるのは良いけど、体格差は無視出来ない。であれば、格闘技という技術は必要じゃないかな?」


 まぁ格闘技ってまさにその為にあるというか、体格で負けてても相手を制する為のもんとか聞くし。

 うん、全くもってこいつの言う通りではある。


「……いいのか?」


 なんだよこいつ。良いヤツじゃねーか。いつもの傲慢さどこ行ったよ。


「構わないさ。いつも張り合ってくる君をボコボコに出来る良い機会だしね」


 いややっぱ性格悪いわ。傲慢じゃなくなったと思ったら腹黒になってるわ。


「張り合ってるつもりはねーよ。周りが勝手にそんな雰囲気にしてるだけだろ」

「分かってるさ。僕は楽しんでるけどね。はっきり言って、僕と張り合える同年代なんて君くらいしかいないからね」

「はっきり言うなぁ……」

「事実だよ。傲慢に聞こえるかも知らないけど、実際そうなんだから仕方ないだろう」

「……どっちにしろ買い被りだろ、勝った事ないし」

「負けてもない、だろう?」


 こいつあー言えばこー言うなぁ。

 けど何でかね、こいつの傲慢さがなんだか面白いもんに見えてちまったわ。


「実際、君がいなければ僕は君の立場も兼ねてたはずだよ。男友達に慕われ、女子達からは好意の目で見られていただろう」

「いやいや無理だって。女子に群がれる時点であいつらすげぇ悔しそうにしてたし」

「………ふん、まぁ証明しようがないけどね」

「逃げたな?まぁいいや、じゃあ中学から証明してみてくれ」


 無理なのは理解したんかな。こいつ、理解力や推理力はえげつないけど、悪意についてはそうでもないのか?

 まぁチヤホヤされてるし接する機会も少ないだろうしなぁ。


「……中学?どういう意味だい?」

「んん?あー、気にすんな。それよか、遠慮なく頼らせてもらう」

「あ、あぁ。構わないよ」


 少し腑に落ちない感じの志々伎を無視して、予定を決める。

 基本放課後に相手してもらう事になった。志々伎の習い事がない日に、夕暮れまで。


「……ありがとな」

「気にする必要はないさ。僕も君をしばき回して楽しむからね」

「マジで性格悪いな!?」

「あははっ。それよりちゃんと体調管理をしなよ?母親が詳しくて、食事やら寝る時間まで決めてもらってる。僕も詳しくは理解できてないけど、大事だという事は身をもって知ってるからね」


 あー、なんかそんな話は聞くわな。スポーツ選手とかがやってるイメージ。


「じゃあそれ、あたしが手伝う、よ?」

「「っ?!」」


 唐突に沸いた第三者の声に、俺と志々伎が揃って肩を跳ね上げた。


「わ、ご、ごめんね。びっくりさせるつもりも、邪魔する気もなかったけど、その……」

「え……ね、根古屋?」

「根古屋さん?どうしてここに?」


 驚く俺と、目を細めて問う志々伎。

 内容が内容だけに警戒してくれてるんだろうけど、根古屋はそんなヤツじゃないのは知ってるから、肩に手を乗せて志々伎を宥める。


「ご、ごめんね。どうしても気になって、つい……」

「いや、別にいいけどよ。てかよく俺とこいつにバレずについて来れたなぁ」

「えへへ……あのね、足音とか呼吸を2人に合わせて、そーっとね」

「そんなはにかみ笑顔で言う内容じゃねーわ。この隠れハイスペックめ」


 余談だけど、一緒に遊ぶようになった根古屋は凄まじく器用だった。

 何をやらせてもすぐに対応して人並み以上にこなす。

 身体能力も低くないけど、それ以上に運動神経とか器用さがヤバかった。俺も球技じゃすでに負け越してる。くそぅ。


「で、手伝うってどういうことかな?」

「あー、そうだった。てか話全部聞いちまった?」

「えと……うん、ごめんね。2人がケンカしちゃうのかと思ったから……でも、あんな話聞いちゃって……ごめんなさ、っひ、えぐっ」

「ちょちょちょ!ちがっ、泣くなって!怒ってねーかぶっ?!」


 あれえぇえええ?!いきなり抱きしめられたんだけど?!


「うぅ……だって、っひう……えぐっ、大上くん、っ……辛いでしょ…」


 慌てふためく内心が、するりと落ち着いた。

 いや、落ち着いたってより、何かがストンと剥がれて、ぐらつく感情が止まっただけか。


「………!」


 正面に立つ志々伎が目を丸くしていた。

 その姿も、どこかぼやけてる。なんだ?目ぇおかしくなったか?


「い、いから、離れろって」


 あれ、声が震える。喉が詰まって上手く声出ない。

 とか思うと同時に、頬に温い何かが伝う。

 左手で拭うと、水滴。


「あぁ……」


 そっか。泣いてんのか、俺。


「っ……」


 それが伝わったのか、離れるように言った根古屋はさらに強く抱きしめてきた。


 空気に触れて冷たくなる涙に反して、根古屋の熱を分け与えられるかのように体は温かい。

 不思議な感覚に慣れないまま立ち尽くしてると、今度は喉が勝手に震え始めた。

 その震えに合わせるように、口からは勝手に嗚咽が漏れる。


「ぅぁ……」


 何で、今更。何で、今なのか。

 分からないけど、俺はその場で、声をあげて泣いた。





「えー!なんでこいつ呼んでんだよ秋斗―!」

「いーじゃんか、こいつがいればお前らでも俺に勝てるかもだろー?」

「はぁー?根古屋がいれば勝てるし!てか球技ならフツーに勝てるし!」

「ぅうっせー!てか毎回そう言って球技ばっかじゃねーか!」

「ははは……その、ごめんね。邪魔なら、その」

「お前もうっせー!早く来い!てかもう俺が行く!」


 昼休憩毎回お馴染みのサッカーに無理矢理志々伎を連行した。

 ぶーぶー言う友達を勢いで黙らせてボールを蹴って強制的に始めると、つられるように動き始める友人達。ふっ、ちょろいな。


 チーム分けもしないまま始めちまったけど、俺に根古屋が立ち塞がり、目についた男友達にパスを出し、それを別の友達がカットして、そいつを俺が追いかけて。


「って速ぁっ!?秋斗今日本気じゃん!」

「いつも負けてやると思うなよー?!」

「うわわっ、パス!」

「……え」


 苦し紛れに出したパスは、志々伎へと渡った。


「おらおら志々伎ぃ!俺から逃げれると思うなよ!」

「うわマジで本気だ秋斗のやつ!おい志々伎、何突っ立ってんだー!」

「おい志々伎、パスパス!こっち!」

「え、あ、うん」

「っしゃナイスパス!よし根古屋パス!そのままいけ!」


 いつの間にかあっさりと志々伎を受け入れる単純な友達ども。そゆとこ好き。


 気付けばチーム分けも流れの内にいつの間にかされており、結局仕切り直しなんて野暮な事もなく予鈴が鳴るまで駆け回っていた。

 ちなみに志々伎と根古屋擁するチームの圧勝。勝てるかこんなもん。そこは分かれろよ。



 こうして仲良くなった女の子に加えて、傲慢だった男の子も混じるようになっていった。


 勢い任せのサッカーの後も微妙な距離感はあったんだけど、志々伎につられて女子達が応援や観戦に来るようになってからは、皆して手のひらくるり。そゆとこ好き。

 いつの間にかクラス全体が仲良しな雰囲気になっていった。


 それなのになぜか冷めやまない俺と志々伎の対決。

 以前と違うのは、男女対抗の旗印みたいな雰囲気だったのが、クラス全体が見守る恒例行事みたいになってる事か。

 おまけに言えば、志々伎が以前よりも楽しそうに勝負を仕掛けてくるもんだから、なんとなく俺も以前よりも本気で打ち込むようになったくらい。

 まぁそれでも勝てはしなかったけど。


 それと並行して、放課後の訓練と称した志々伎の俺をボコボコにする会。

 いや、マジで格闘技ってすげーのね。怪我防止に手の甲側がモッコモコの手袋つけてるんだけど、必要かなって思うくらい当たらない。

 かわされ、受け流され、手痛い反撃。手のひらの上で転がされるってのはこの事かと痛感しながらその技を盗み、教えられる日々。


 そのあとは根古屋によるおやつタイム。

 おやつって言うと語弊があるか。卵や肉とちょっとした白米。

 何やら筋トレ後すぐに食うのが良いとかで、訓練の終わりにする筋トレ後に食わせてもらっていた。


 その甲斐あってか、ちょっと体がでかくなった気がする。

 体も動きやすくなり、志々伎いわく「受け流すのもしんどくなってきた」くらいには力もついているらしい。

 色々と調べては簡単な説明と共にサポートしてくれる根古屋にも頭が上がらん。


 気付けば、俺と志々伎と根古屋はいつも一緒に居るようになった。


 進級しても同じクラスだったこともあり、もはや俺の男友達や志々伎の女友達も呆れたように俺達の仲をからかうようにすらなり、「超人トリオ」なんて変なグループ名までつけられもした。


 志々伎からは次第に傲慢さは消え、代わりになにかと俺と行動しては競うようになった。

 根古屋は仕方なさそうに苦笑いを浮かべつつも、ちゃっかり俺達と変わらぬ結果を残しては驚かせてくれた。弱気なとこもだんだんなくなっている。


 そんな日々を過ごして、そして小学6年。最高学年も終盤の冬。


 俺は、父さんに勝利した。



 しかし、そこには俺が求めていた光景は、なかった。


 


「う、うぁあ……ば、化け物が…!」

「……あ、アキ、あんた……」

「…………」


 優しい顔を取り戻したかった父さんは、怯えた顔で息子ではないナニカを見るような目を向ける。

 強気で勝気だった姉さんは、困惑を浮かべて近づこうとせずに、拒絶するかのように、後退りする。

 穏やかな目で見守ってくれていた母さんは、その目を閉じてただただ何かに耐えるように、あるいは拒絶するように俯く。



 間違えた。

 


 もう取り返しのつかない今になって、不意に思い知った。

 俺は、どうしようもなく間違えたのだと。


 視線を下せば、赤く濡れた両手が見えた。

 どうしても守りたくて鍛え続けた数年。


 その先にある今が、これ。


 守りたかったものを掴むべく伸ばした手は、赤く染まり……何も掴めはしなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ