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53 幼馴染ともう1人の少女 前

「いいか秋斗、女の子は守るもんだ」

「うん!あれ、でもそれってお姉ちゃんも?」

「そうだ。お姉ちゃんも実は女の子だからな」

「そっかぁ。でもお姉ちゃんなら守らなくてもだいじょうぶそうだよ?」

「そうだな……でも一応ほら、な?」

「……父と弟よ、あとで覚えておけ」

「あ、ああ秋斗っ!可愛い女の子であるお姉ちゃんをちゃんと守れるようになれよ!」

「う、うんっ!かわいい女の子のお姉ちゃんを守れるように僕がんばるよ!」


 色々と教えてくれる尊敬する父。

 優しい笑顔で見守る母。

 たまに怖いけど頼りになる姉。

 

 子供が無条件に親に向ける信頼と安心感を、父と母、それに姉も受け止めて、応えるように愛情を注いでくれた。


 家族が好きだった。

 子供ながらに、この家族を守れるような男になりたいと思った。




「大上、まぁた満点かよ」

「どや」


 小学生になって小さい頃の記憶が曖昧になりつつある今になっても、家族を守れる男になるっていう意志だけはぼやける事はなかった。

 まだまだ自分がガキなのは分かってるけど、せめて同年代では負けなしにならないとって思ってるし、実際ほぼ実行できてると思う。


「お前らの勝負、いつ終わるんだよ」

「あぁ……あいつなぁ」

「おっ、噂をすればだな」


 ほぼ、というのは、1人いまだに勝ちきれてない男子がいるから。

 テストや体力テストでは同点を叩き合い、いつの間にか周りが盛り上がって勝負扱いにされている。まぁ球技では惨敗なんだけど。


「やぁ大上くん。無事満点はとれたかい?」

「はいはい、とれましたっての。どうせお前もだろ、志々伎」


 志々伎春人。明らかに小学生とは思えない言動や能力に加えて、目を惹く容姿も相まって神童扱いされてる同級生。

 

「そりゃそうさ。まぁせいぜい僕に負けないよう頑張ってね」

「すでに球技ではボコボコにされてんだけど」

「球技は個人評価はないから話は別さ。僕の気も晴れないしね」


 あくまで俺と個々の対戦に拘り、かつ鼻持ちならない天狗な一面もある志々伎は、女子からの人気は高いけど男子からは敬遠されがちだ。

 しかしその男子も実際に怪物スペックの志々伎に真正面から文句は言えずーーというか言っても返り討ちにされてるーー結果、俺が矢面に立たされた形だったりする。


 それでも志々伎なりに対抗意識を持ってくれたのか、こうして個人成績が出るイベントごとに声をかけに来るようになった。

 ちなみに今日は抜き打ち小テスト。こんなちっさい勝負にまで目くじら立てるなっての。


 爽やかな笑顔で立ち去る志々伎を、女子達が迎える。

 マジで小学生に見えないな、どこのハーレム主人公だよあいつ。


「ぐぐぐ……!いつも女子に囲まれやがってぇ!大上、あんなやつに絶対負けんなよ!」

「お、おぉう、頑張るわ」


 血涙でも流しそうな目で詰め寄る友人に応じつつ、給食の最後の一口を頬張る。

 余った休憩時間はだいたい校庭で友人達と遊ぶんだけど、今日はサッカーをするらしい。

 うん、一番苦手な球技だね。むしろそれが分かってて、俺をいじれるからと連日サッカーだ。覚えとけ。


「っあー!どこ蹴ってんだよ大上―!」

「るっせー!だからドッジボールにしよっつったろーが!」

「ゆーてお前こないだドッジボールでも変なとこぶん投げてたじゃん!」

「そうでしたね!ごめん!」


 言いつつ蹴りたい方向から60度ほど逸れたボールを追いかける。

 くそ、何でまっすぐ飛ばないかなぁ。てかなんでボールを足で動かすんだよ、むずすぎるだろ。


「〜〜〜〜〜〜っ!」

「あん?」


 やっとボールを見つけた先で、何やら怒鳴り声みたいなのが聞こえる。

 気になって声の方に向かうと、男子達が数人で女子を囲んでいた。


「この根暗女!じめじめするからどっか行けよ」

「そうだぜー。ここは昨日ケンちゃんが見つけた秘密基地なんだからよ」


 おい学校内に秘密基地作るなよケンちゃん。

 ケンちゃん達は上級生だな、なんか見た事ある。で、囲まれてる女子はもっと知ってる。


「ご、ごめ……」


 同級生、おまけに同じクラスの根古屋だ。

 いつも1人で本読んでる大人しい子。

 クラスの女子のほとんどが志々伎ハーレム構成員なのに、一度たりとも志々伎に話しかけに行かない珍しい子でもある。


「聞こえないなー?早くどっか行けよ!ぶっ飛ばすぞ!」


 それにしてもこれはダメだろ。よってたかってさぁ。


「よー根古屋。こんなとこにいたのか」

「……あぁ?なんだお前?」


 とりあえず割って入る。ケンちゃんらしき男子が睨んでくるけど、今は後回し。


「えっ、えっ……え?大上くん……?」

「おー。ちょっと用があってさー。てかなんか餌とりあう猿山みたいにやかましいなここ」

「んだと?!つーか無視すんなクソガキ!」


 煽ったり後回しにしたのがいけなかったらしく、ケンちゃんが殴りかかってきた。

 え、うそん。短気にも程があるでしょ。


「っがっ?!」

「ちょ、びっくりしたぁ」


 どうにか返り討ちに出来ましたわ。

 大振りの右の拳を左手で払いつつ右手でカウンター。さすがにこんなテレフォンパンチはもらいませんて。いきなりすぎてびっくりはしたけども。


「うわよっわ。偉そうにしてたけど女の子相手じゃないと勝てないだけかよ……ほれ、他のやつらもカモンカモン」

「あー!こ、こいつ大上だよケンちゃん!」

「マジか!じゃあ、あ、あの女の弟?!」

「に、逃げろっ!」


「あ、姉の被害者でしたか……おーい!女子相手に1人で話しかけれもしない先輩方―!いつでも相手するけど、弱い者イジメしてる内は俺には勝てないぞー?」

「くっそ、チョーシ乗んなバーカ!」

「根暗女なんか相手にしてらんねーよ!次はお前だからな、覚えてろー!」


 ケンちゃんを置いて逃げる取り巻き。遅れて慌ただしく無言で逃げるケンちゃん。捨て台詞はまさにテンプレ。

 うーん、小学生にして仕上がってんなぁ。


 まぁ煽るだけ煽ったし、これでケンカ売るなら俺に来るだろ、多分。……後で姉さんにアイツらの事話してみよっかな。黒い笑みを浮かべる姉さんが頭に過ぎった。


「あ、あの、えっと……あり、がとう…」

「んん?あぁ、気にすんなって」


 忘れかけてた根古屋のお礼をもらう。

 てかサッカーの途中だったわ。やべ、そろそろあいつら怒ってるかも、早く戻らないと。


「じゃ、俺戻るわ!」

「えっ、あの、用事って……?」

「え?」


 ……あー、用があるとか適当な事言ったっけ。あわよくばそろっと根古屋を救出できないかなっていう嘘だったんだけど。

 いや待てよ?


「あー、よし。一緒にサッカーしよーや」

「……え?えぇえええ?」

「抜け出したまま無視してたからさー、あいつら怒ってるかもだし。女子連れてったら許してくれるかも」


 あいつらいつも女子に囲まれてる志々伎に嫉妬してたし、多分喜ぶだろ。

 そしたら怒られずに済むかも。やっべ天才。でも最低。


「あ、あたしが………?」

「あ、もちろん嫌なら良いけど」

「………い、いい、の?」

「お、マジ?そりゃ良いに決まってるだろー?よっしゃ行こー!」

「わわっ、お、大上くん、手……!」


 根古屋を引っ張って連れ帰ったところ、何ナンパしてんだと怒られ、ナンパでボール持ったまま待たせやがってと怒られた。あれ、予想外ですわ。

 おまけに根古屋は予想外にもサッカーめちゃくちゃ上手で、最初は良いとこ見せようとしてた男子達もいつの間にか真剣勝負になってた。根古屋、色々と予想外だわ。


 そんな感じで男子ばっかの友達に女子が1人加わったり、少し天狗な同級生と競ったりしながら学校生活を満喫していた。



 そんなある日、学校が終わって家に帰ったら珍しく父さんの車がすでに車庫にあった。

 もう帰ったんだ、と珍しく思いつつも大して気にせず家に入る。


「キャアッ!やめて!やめてよ!」

「うるせぇ!」


 思考が、止まった。

 そう自覚できるくらい頭も体も固まってしまったけど、聞こえてきた大きな声が聞き覚えがあるものだと気付いてからは早かった。

 靴を放るように脱ぎ捨て、走った勢いそのままに扉を勢いよく開ける。


 そこにはぐったりと倒れて動かない母さんと、先に帰っていたであろう姉さんの髪を掴むーー父さんがいた。


「な、何してるんだよ!女は守るもんだって言ってたろ?!」

「――ちっ、うるせぇんだよ!」


 思わず出た言葉に、しかし父さんは無情にも口荒く切って捨てる。

 そして姉さんの髪を放してそのままこちらに近寄り、躊躇いも前置きもなく俺を蹴り飛ばした。


「っげぇ……!」


 どうにも他人事のように蹴られた腹を抑えながら、状況を理解する。

 あんまり驚くとかえって冷静になるんだな、なんてどうでも良いことを頭の片隅で考えすらしていた。


 だから、まさか立ち上がって父さんに反撃した時は自分でも驚いた。不思議と体が動いたのだ。

 でも、普通に負けた。


 父さんは別に格闘技経験者とかケンカ慣れしてるワケじゃない。むしろ大人しい方だと思う。

 けど、大人と子供の差ってのは残酷だった。


「くそ、くそが!千秋が優秀だからってお前もそうだと思ったのかよ?!俺のことをバカにするなよ!見ろ、俺には勝てないんだ!なめるなよ!」


 いつも優しくて、晩御飯の時なんかはたくさん話をしているはずの父さんなのに、何言ってるのか全然分からなかった。

 ただガキながらに、父さんは俺や母さん達より優位に立ちたいんだなという事だけは分かった。



 それから父さんは自室に戻り、泣きじゃくる姉さんが母さんを必死に起こそうとしていた。

 しばらくして母さんが目を覚まし、沈痛な表情でフラフラと立ち上がり、晩御飯を作り始める。


 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で姉さんが母さんにしがみついていたけど、母さんはごめんと繰り返しながら結局そのまま晩御飯を作り続けた。

 そしていつものように4人分の食事がテーブルに並び、いつもとは違う暗い雰囲気で晩御飯の時間になり……そして父さんは結局現れなかった。

 

 それをずっと、ただひたすらに俺は無言で見ていた。



「お、大上くん、どうしたの?その顔……?」

「んん?あぁ、気にすんな」


 次の日の学校。

 姉さんは休んだけど、俺は登校した。


 姉さんは信じられないものを見たような表情だったけど、なんだろーな。なんとなく登校することにした。多分、何に対してかは分からないけど意地になってるんだと思う。

 顔が腫れており、ひきつった感覚はある。

 それを最近引っ込み思案が少しなくなってきた根古屋に心配されたけど、答える気にはなれない。


 結局心配してくれる友人達を全て受け流し、そのまま学校が終わって帰るまでほとんど口を開かなかった。

 なんとなく教室の雰囲気が悪くなった事には気付いたけど、どうにもする気になれなかったんだ。

 ただいつもとは少し違う志々伎の視線がずっと刺さってるのは不思議ではあったけど。 


「ただいま」


 習慣のせいで口を出た挨拶は、しかし母さんの悲鳴で掻き消された。

 慌てて走ると、リビングでは母さんを叩く父さんが居た。


「っやめろ!」


 勝てる勝てないとか、昨日ボコボコにされた事も考えず、反射的に飛び出していた。

 しかし当然っちゃ当然、惨敗した。


 父さんは満足したのかまた自室へと戻っていく。

 それを倒れたまま視線だけで追いかけて、どれほど時間が経ったか分からないくらい倒れたまま天井を見ていた。


「……ごめん、ごめんね、秋斗」


 ふと母さんから聞こえてきた声に体を起こした俺は、そこでやっと母さんがまた晩御飯を作ってることに気付いた。


「……それ、父さんの分もあるの?」

「……あるわよ。当たり前じゃない」


 当たり前。

 そう、母さんが作ってくれた美味い飯を4人家族全員で食べるのが当たり前だった。


 仕事から帰った父さんに今日の学校の話なんかをしながら、我が姉ながらハイスペックな姉さんの自慢なんかを聞いたりして、母さんがそれを笑って見てる。


 俺が分不相応にも、でも子供ながら真剣に、守りたいと思った、当たり前。

 でもそれは、あまりにも唐突に、昨日、壊れた。


「……父さん、なんであんなに怒ってんの?」

「……多分、お母さんがお仕事に戻ったから、かな?」


 母さんは最近昼に仕事を始めるようになった。

 なんか前の職場にパートでとか言ってたけど、意味はよく分かってない。

 ただ、そこが父さんと同じ職場って事だけは理解できていた。


「父さん、母さんに嫉妬したってこと?」

「……そう、なのかしらね。それにしても秋斗、子供なのに鋭い観察するわねぇ」

「今時の子供なめちゃダメだよ母さん」

「ご、ごめんなさい」


 なぜかこんなタイミングで母さんから一本とれた。

 普段口論じゃ無敵の母さんは、我が家のトップみたいなポジションなのに。


 でもまぁ、何となく分かった。そして、俺がどうするべきかも。


「……ようするに、暴力ならマウントとれるって言いたいワケだ」

「ごめんね……本当は優しい人なのよ?ただちょっと色々重なって限界を超えちゃっただけ」

「母さん、優しいよね。離婚するかと思った。シンケンは母さんがとれるだろうし、内容的にイシャリョウってのも出そうじゃん」

「ちょっと待って嘘よね今時の子供怖すぎじゃないかしら私本当なめてたごめんなさい」


 早口に慌てる母さんは、しかしちょっと声に元気が出た気がした。驚きでそれどころじゃなくなっただけかもだけど。


 当たり前の、家族とのちょっとした会話。

 多分、母さんは当たり前を壊したくなくて、こうして変わらず晩御飯を作ってるんだと思う。

 当たり前を、演じてるんだろうと思う。


 でもそれは、きっと身を削る。

 そしていつか致命的なものまで削り落としてしまう気がして、俺は拳を握り込んだ。


 それなら、俺がやれる事はひとつ。


 家族を守れる男になる。

 もしかしたらそんな思いとは矛盾するかもしれないけど、でもきっとその先にはまた当たり前の光景が繋がってると信じて。


 父さんがマウントとってる暴力を取り上げる。

 つまりーー俺が父さんより強くなればいい。


 暴力で狂ったなら、その暴力を取り上げる。

 そうすればきっと、また元通りになるはず。





「……今日は、昨日みたいな負け犬の目じゃないんだね」

「あん?なんだいきなり」


 学校に着くやいなや、珍しくテストもないのに話しかけてきた志々伎。

 いつものどこか見下したような目ではなく、真っ直ぐに見据えて俺を探るようなそれに、しかし今日は相手にする気分にはなれない。


「別に何でもないよ」

「あっそ。ならどっか行けよ」

「そうだね………いや、すまないが少し時間をくれないかい?」

「あ?」


 予想外にも食い下がられ、思わず目を向ける。

 とても同じ人間とは思えない程整った顔は、いつもの滲む傲慢さはなく、むしろ本人も自分の行動が予想外だったかのように少し動揺してるようにも見えた。


 その姿に、そしてしばし睨んでも結局撤回しそうにない志々伎に、俺は溜息混じりに「分かった」と頷く。

 その口を出た了承に、自分でも意外に思いながら。


 そして昼休憩。

 友達の誘いを蹴り、屋上に繋がる施錠された扉の前に向かわんと教室を出る。

 その際、群がる女子達の誘いを蹴る志々伎が見えた。いやホントおモテになられて。


 ふと背中に視線が刺さってる気がしたけど、振り返っても特に見当たらない。気のせいだと思い廊下に出る。

 

 背後で椅子が動いて席を立つ音には、気付かなかった。



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