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49 先生のお礼2

「泊まるって……ダメでしょさすがに」

「今更よ、すでに貴方の家に泊まった事があるじゃない」


 いやそういう問題じゃないよね?分かって言ってるでしょ。

 え、待ってオフの日の先生ってこんなに奔放なの?その高性能で自由にされたら身がもたないです。


「それにこれはお礼なの。お礼を頑なに拒絶するのはあまりマナーが良いとは言えないのよ?」

「いやだからそういう話じゃ……」

「それとも、私みたいな可愛げのない女の家に泊まるのは嫌かしら……?」

「ぐっ……はぁ……俺今日一日で何回言い負かされりゃ気が済むんだよ…」


 こんなんどう返したら良いか分からん。言葉に詰まるってのはこの事か。

 これだけ好き勝手言い包められるのも久しぶりな気がする……改めて高山先生だけは敵に回さないようにしようと決めたわ。

 

「あのね?そもそも教師を手玉にとってきた今までがおかしいのよ?本当に口が達者なんだから」

「いーや、思い知りましたよ。志岐高の怠惰教師はともかく、ちゃんとした教師には勝てないみたいっすわ」

「怠惰……う、うぅん、否定したいのだけれど……ね」


 まぁいかに弁が立つ先生でもあの教師陣のフォローは厳しいだろう。

 むしろ一番の被害者と言える先生がフォローをする姿勢を見せる事に驚いたわ。すげぇなこの人。

 

「先生こそお礼もらった方がいいんじゃないすか?他の先生達から」

「何言ってるの。組織の下っ端なんてそんなものよ」

「いや下っ端ってよりエースでしょうに。まぁ先生が良いなら良いんすけどね」


 目に余る教師がいれば多分姉さんが黙ってないだろうし。


「では大上くん、晩御飯は私が作るから」

「おぉ、そりゃ楽しみ………んん?」


 あれ、なんか忘れてるような……なんだっけ。まぁいいか。


 教師相手とは言え、年上美人の飯なんてそうそう食えるもんじゃないしなぁ。

 なんて呑気な事を考えていた俺は邪魔をしないようキッチンから離れて座っていた。

 これが失敗だとすぐに知ることになる。




「……ど、どうぞ」

「あー………はい!美味そっすね!いただきます!」


 目の前には全体的に黒い料理が並んでいた。

 肉系ばかりの茶色というワケではない。黒い料理だ。

 数拍言葉に詰まってしまったが、勢いよく手を合わせてから箸を持つ。

 表情筋に力を入れて笑顔を作り、元気よく挨拶。言うまでもなく空元気、もしくは虚勢だ。


「……うん、苦いっす!」

「うっ……ごめんなさい、最近練習を始めたのだけれど、まだ上手く作れなくて」


 さっき思い出せなかったけど、以前先生が料理が苦手みたいな話をしたんだったな。

 危機感を覚えたのか練習を始めたらしいが、あまり順調とは言えそうにない。


「まぁ先生ならすぐ上手くなりますって。また機会がありゃ食べさせてください」

「っ……もう。貴方は本当に………ええ、次は美味しいと言わせてみせるわ」


 眉尻を下げて微笑む先生に、口の中でガリガリ音がするのを聞きながら頷く。

 まぁ俺も最初はよく焦がしたしなぁ。この味と食感も懐かしい。


「ゔっ……苦いわ」

「あははっ、先生、ケチャップとか濃い味の調味料ぶっかけたらいくらか食べやすいっすよ」

「……そうね、試してみるわ」


 よく俺も使った方法を伝えると、先生はすぐに冷蔵庫へと向かう。

 なんとなしにそれを眺めていると、冷蔵庫にそれなりの数の酒が入ってるのが見えた。


「……確かにちょっとはマシになるわね」

「俺もよくやりましたよ。ところで先生、酒って結構飲むんすか?」


 ケチャップが足りなかったのか足している先生に聞くと、少し困ったような表情を浮かべた。


「いえ、そういうわけではないの。ただ自炊を始めた事を友人に伝えたら、それなら晩酌もしてみたらと言われてね。とりあえず買ってみたの」

「あーなるほど。確かに居酒屋行くよか節約にはなりますしね」


 飲食店で酒を頼むとどうしても割高だから、よく酒を飲む人からすれば自宅で飲む方がコスパが良い。

 そういう意味で友人とやらは伝えたんだろうし、飲まない人が無理に飲むって意味じゃないと思う。

 どうやら先生は自炊の相談の流れで聞いたせいか、晩酌も自炊の練習の一環とでも思ってそうだけど。


「まぁ買ったんなら飲んだら良いんじゃないすか?なんなら俺がツマミ作りますし」

「……そうね。正直飲むタイミングが分からなかったけれど、明日も休みだし丁度良いのかも知れないわね」


 あ、明日休みなんすね。どうせ家で仕事してそうな気もするけど。

 悩んだ末に先生は再び冷蔵庫に向かい、いくつかあるチューハイをひとつ手にして戻ってきた。


「……いえ、待って。なんだか同い年くらいの相手をしてる気分だから忘れてだけれど、生徒の前で飲むのはどうなのかしら?」

「いや別に良いんじゃないすか?大学なんかは先生と飲むこともあるって聞きますし」

「貴方は高校生でしょう……まぁ大上くんなら変な心配もいらないわよね。申し訳ないけれど、お言葉に甘えさせてもらうわ」

「あ、せっかくなんで注ぎますよ」


 カシュ、と小気味良い音を立ててからグラスに注ごうとする先生を止めてお酌をする。


「あ、ありがとう……あの、貴方本当に高校生なのかしら?」

「当たり前でしょ。昔親が飲んでてよくやってたんすよ」


 父親が、とは言わなかったが、ある程度事情を知ってる先生は察してくれたのか「そう」とだけ呟いて口を閉じた。

 それにしても、酒を飲む姿は普段の先生からすればどうも違和感がある。

 それでも似合ってるないワケじゃないのは顔面偏差値のせいなのか。美人ってせこいな。


「じゃ、じゃあ頂くわね」

「先生のっすけどね。どぞどぞ」


 何故か緊張してるようにも見える先生に軽く促しながら食事を再開する。俺もケチャップもらおっと。

 これまた懐かしい味わいになり、文字通り苦い思い出に浸ってると、先生からカンッと小さくない音が聞こえてきた。


「っはぁ……、なんだか変な苦味みたいなのがあるわね…」

「アルコールが入ってるからじゃないすか?……って、もしかして初めて飲むんすか?」

「そうよ、なかなか機会がなかったのよ……」

「意外っすね、似合いそうなのに……んん?ちょ、一気飲みしたんすか?」


 酒を持つ姿も絵になるから思いもしなかった初飲みの先生の手には、先程の音の発生源である綺麗に空になったグラスが握られていた。

 

「ええ……晩酌の一杯目は一気飲みが流儀と聞いたもの」

「その友人だけっすよ!」


 初って事は自分の酒の飲める量も把握してないって事だ。

 そんな人が度数が低いとはいえ一気飲みは危険すぎる。

 幸い急性アルコール中毒の心配はなさそうだけど、一応先生に一言断ってからグラスに水を注いで手渡した。


「先生、又聞きの知識で申し訳ないんすけど、水も飲みましょ。酒と同量飲むと良いらしいっすよ」

「そうなのね、ありがとう……ふふっ、本当に高校生らしくないわね貴方は…」


 そう言って水を受け取るも、先生は口をつけずにテーブルに置いた。

 そして立ち上がり、冷蔵庫から次のチューハイを持ってくる。


「あの、先生……ちょっと酒は時間置いて、まず水飲みません?」

「大丈夫よ、心配いらないわ」


 確かに口調はしっかりしている。顔も微かに赤いが、真っ赤というワケではない。

 本人も言ってるし大丈夫なのかな?俺も昔親父に聞いた話や、仕事相手との雑談でかじった知識しかないからよく分からんし。

 なんて考えてると聞こえてる、カンッと涼やかな、しかし嫌な予感がする音。


「っはぁ……お酒って美味しいのね」

「ちょぉおおい!?なんでまた一気飲みしてんすか?!」

「だって他にお酒の飲み方を知らないんだもの」

「そりゃ初めて酒を飲んだのがさっきの一気飲みですしね!でもその前に何年普通の飲み物飲んだきたんだアンタ!」


 顔もほんのりとした赤みはさしてないし、口調もしっかりしたまま。けどこれはーー


「……お、怒ったの?」

「ぐ……い、いえ、怒ってはないんすけどね?」

「うふふ、優しいのね。さて次は……これにしようかしら。あ、貴方も飲む?」

「すいませんやっぱ怒ってもいいですか?!一回止まれ酔っ払いぃ!」


 パッと見で変わってないだけで、めちゃくちゃ酔ってるわこれ!


「っ、はぁ……」

「ってまた一気飲み?!三連続一気?!止まれっつってんだろ酔っ払いいや待てこれ強いのか弱いのか分かんねぇなこれ!」

「ふぅ……美味しぃ…」


 思わず早口になる俺に構わず、先生はご満悦。

 その喋り方と舌なめずりやめてもらえません?無駄にエロいから。


「ちょ、先生!次は水を飲みましょ?ね?」

「やぁーだぁ。お酒の方が美味しいんだものぉ」

「うーわめんどくさっ!」

「っ、はぁ……」

「四本目ぇ?!いつの間に?!あ、2本まとめて持ってきてたのか、小癪な!って言ってる間に冷蔵庫行くなぁ!」


 やべぇ止めらねぇよこの人!お願い、いつもの先生に戻ってぇ!


「ぁん……もうビールしかないわ」

「あ!それ苦くて不味いからここまでにしときましょ?!水の方が美味いっすよ!」

「でも苦いのも経験すべきよね。ビールに合った料理を知る為には飲んでみるべきだと思うの」

「今その探究心いらねぇ!先に黒焦げを脱した後で良いじゃぁあん!」

「っ、はぁ……」

「いや早っ!即決即断はシラフん時だけにして!あと冷蔵庫の前で飲むな!風呂上がりの牛乳じゃねぇんだぞ!」

「……ぅえ、にがぁい。でも、ちゃぁんと飲んだわよ…?」

「だから無駄にエロいのやめろ酔っ払いぃ!」


 舌ペロって出して涙目の先生。

 普段ならドキドキでもしそうな姿だけどね。今はイライラしかしないの。


「ってまた次の出そうとすんな!いや待って何本買ったの?!試しにとりあえず買ったにしては多すぎない?!」

「んー……ストロング?これを飲めば強くなれるのかしら?」

「いや弱くなるから!意識とか威厳とか色々弱くなるからぁ!」

「もう、声が大きいわよ?いくらマンションとはいえ隣の方に迷惑になるかも知れないから静かにしてちょうだい。それにお客様なんだから大人しく座ってなさい、あまり動き回るのはかえって失礼にあたる事もあるのよ?」

「なんで酔っ払いのくせに弁が立つんだよ!そこも弱くなっとけよ!」


 何この厄介な酔い方?!何上戸なの?!あ、一気上戸?


「次はぁ……」

「っ、すんません!後で怒られても良いんでちょっと触ります!」


 もう無理矢理止めるしかねぇ!てか最初からこうしときゃ良かった!

 先生の手を掴み、冷蔵庫を閉める。いっそ冷蔵庫の扉に鍵でもあれば良いのに……!


「っぁん……もう、強引なんだからぁ」


 エロおおおい!マジでやめてくんないすか?こっちも色々辛いんすよ。


「でも、大上くんになら触られても嫌じゃないわね……ねぇ、もっと触れてみたい?」


 エロおおおい!いつもの初心な先生が恋しいよぉ。


「冗談よ、貴方はそんな事しないものね。失礼な事言ったわ、ごめんなさい」


 お、おぉ?少しは落ち着いてくれたか。


「ふふ……でもぉ、私はどうかしらね?」

「エロおおおい!」


 あ、ついに口に出ちゃった。

 そんな俺の慟哭にも似た叫びに構わず、先生はそっと手を伸ばして俺の両頬に添える。


「え、ちょ」

「かわいい反応……ふふっ」


 朱のさした整った顔。潤んだ瞳の上目遣い。赤い舌でチロリと舌なめずり。普段からは想像出来ない濃厚な色香と、それ故のギャップ。


 本能的に脳内で警鐘を鳴らしている。

 これは、まずい。


 思わず身を強張らせる俺に、するりと滑り込むように身を寄せた。

 ほのかに熱を持つ体温、鼻をかすめる蠱惑的な香り、凶悪的な柔らかさ。

 今日が俺の命日なのか、社会的に。


「………すぅ」


 だが俺の覚悟はあっさりと無駄に終わった。

 唐突に力が抜けてもたれかかってくる体重と共に、穏やかな寝息が胸元に埋まった顔から聞こえてくる。


「すぅ……すぅ……」

「………………」


 うん。なんというか、何と言えば良いのか。

 まぁあれだ、恩師の新たな一面を知れたと言えば良いのかな。


 律儀にお礼をすると聞かずに言い包める話術と奔放さ。料理が苦手で仕上がりはこんがり黒い。そして酒は全て一気飲みするし話は聞かないしエロテロリスト化待ったなし。


 とりあえずひとつ聞きたい。

 お礼って、一体何なんだろうな。





 翌朝。


「大上くん、私……もう一生男性の前でお酒飲まないわ」

「あ、覚えてるタイプなんすね。ドンマイでーす」


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