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48 先生のお礼

「おぉ」

「あら」


 8月上旬。蝉の鳴き声を聞きながら入道雲を見上げる、まさに夏本番といった中。

 暑いし汗かくし外なんて出る気もなかったが、色々あって逃げ出して、涼しさを求めて近くのスーパーに逃げ込んだところ、涼しげな格好の美人教師に会った。


「ちわっす、高山先生」

「こんにちは、大上くん。買い出しかしら?」

「いえ、ちょっと家に居づらくて逃げてきただけっす」


 ノースリーブにロングスカートといったシンプルながらスタイルの良さが分かる服装の先生は、暑さで茹ったせいかそのまま理由を吐き出した俺に怪訝そうな顔を見せる。


「自分の家なのに?」

「あー、いやまぁ……大した事ないんで気にしないでください。先生は買い出しっすか?」

「………。そうよ、家の食料がなくなりそうになってね」


 話を流すと少し不服そうな表情を見せながらも乗ってくれ、手に持つカゴを床に置いた。

 見ると、調味料や肉、野菜などが詰まってる。結構重そうだし、話が続くようなら持ち続けるのは確かに辛いだろう。


「あ、ヒマなんで手伝いましょっか。荷物持ちしますよ」

「え?いいわよそんな。せっかくの休みなのだから楽しみなさい」

「まぁそう言わず。帰るのめんどくさいんすけど何も買わずにうろつくの気まずいんすよ。助けると思って持たせてください」

「……もう、相変わらずズルいわね」


 呆れと諦めが混じった笑みを見せる先生に口先だけで謝りながらカゴを拾う。

 ズシリとのしかかるそこそこの重量感。もしや意外と先生力持ち?

 

「あとは何買うんすか?」

「そうね、あとは米くらいかしら」

「……結構な量っすね」


 調味料ボトルが複数ある時点で割とバカにならない重さだというのに。

 その上米もあるなら女性かるするとかなり重たいんじゃないか?


「そうだけれど、何回も来るのは非効率じゃない。まとめて買いたかったのよ」

「なるほどっすね。まぁ気持ちは分かります」


 微妙に聞きたいところからズレていたが、掘り返しはしない。

 きっと問題なく持てるんだろう、やっぱ力持ち説あるなこれ。


 それからそう時間もかからず買い物を終えて、買い物袋に詰め直す。

 袋2つ分と米5キロとなり、それを見た先生は数秒ほど固まった。


「……あー。先生、家まで運ぶの手伝っていいすか?」

「えっ……いや、悪いわよ」

「いやヒマ潰しさせてくれたら助かるんすけど。あとこれ1人はさすがにしんどいでしょ」

「………だ、だけど」


 見るからに困った雰囲気なのに。なんか懸念でもあるのか……あ、そゆこと。


「大丈夫っすよ、家まで邪魔する気はないっす」

「え……?あ、別にそこを気にしてる訳じゃないわ。いえ、普通は気にするべきなんでしょうけれどね」


 女性の家に野朗が来るのが心配かと思いきや、先生は可笑しそうに笑って否定した。

 確かに普通は心配すべきだろうに、それを許すくらいには信用してもらえてるらしい。

 となると、単純に俺の時間を奪うことを気にしてるってことか。


「んじゃ問題ないっすね」

「あ、ちょっと!……もう、本当にズルいわ」


 ぼやく先生を無視して荷物を持って店の外へ向かう。

 外に出ると蒸し暑い空気がまとわりつき、日差しも相まって目を細めてしまう。


「もう、そんな顔するくらいなら持たせないわよ?」

「いや暑いからっすよ、嫌とかじゃなくて。分かって言ってるでしょ」

「ふふ、どうかしらね」


 後ろで指を絡めて少し覗き込むようにこちらを見上げる先生。

 アホほどかわいいから辞めて欲しい。分かってやってないんだろうなぁ。


「そーいや近くでしたっけ」

「そうよ。その節はお世話になりました」

「いやいやとんでもないっす。先生こそあの日は悲惨でしたしね」


 体調が良くなさそうなのに雨に打たれ、台風のせいで帰れなくなって生徒の部屋に泊まる。

 高山先生からすれば悲惨の一言だろう。


 その日の帰り道に高山先生の家が近所だと知ったんだったな。

 そりゃスーパーで会う事もあるか。今まで会った事なかったけど。


「そうでもないわよ?不謹慎だけれど、意外と楽しかったわ」


 ところが先生からの言葉は予想外なものだった。

 それでも小さく微笑みを浮かべながら言う姿は嘘を言ってるようには見えない。


「え……?まぁなら良かったっすけど」

「ふふ、意外だったかしら?」

「まぁ……そっすね。どう見ても散々だったですし」


 あんな日を楽しめるとは思えないし。次の日もバタバタしてたし。

 そんなことを考えてると先生が俺に微笑む。


「そうかしら。大切な生徒と接する良い機会だったわよ?」

「……はぁ。よく俺にズルいとか言えたっすね…」

「うふふっ、たまにはやり返さないといけないじゃない?」


 口元に手を添えて少し悪戯っぽく笑う高山先生は、私服ということもあってかいつもより幼く見えた。

 てかそも見た目が若く見えるからスーツ着てないだけで随分下に見えるようになるし、少し年上の先輩を相手にしてる気分だ。


「はぁ、かわいいのも大概にしてくださいよ」

「かっ……ちょっと大上くん、最近私の事先生と思ってないでしょ?」

「いやンな事ないすけどー?」

「こっちを見て言いなさい!」


 相変わらず美人なのに耐性のない先生は頬を少し染めており、どうも気軽な雰囲気のせいか軽口を叩いてしまう。

 教師相手に軽口を叩く日が来るとはなぁ。

 先生もオフのせいか乗ってくれて、冗談混じりの会話をしながら2人で歩いた。




「どうぞ。ごめんなさいね、最後まで運んでもらっちゃって」

「いや良いっすよ。てかお邪魔して良いんすか?」

「構わないわよ。暑い中運んでくれたんだもの、お茶くらい飲んで行きなさい」


 俺が住んでるアパートよりそれなりにお高めな雰囲気のマンションの一室。

 白を貴重にした色合いで統一された部屋は、女の子らしくはないけど先生らしい清潔感と大人っぽさが垣間見える。


 そんな部屋に成り行きで入ってしまったワケだが、そこらかしこから良い匂いがするから微妙に落ち着かない。というかソワソワする。

 

「緑茶で良かったかしら?」

「え、あ、はい。すんません」


 返事に詰まると首を傾げられた。いかん、集中だ。何に集中するかは知らんが。

 出されたお茶を一口飲み、バレないように細く深呼吸しておく。よし、ちょっと落ち着いてきた。


「私も飲もうかしらね」

「………え?」


 いやいや何で横に座るんすか先生?俺わざわざソファ空けて床に座ってるじゃないすか。


「ふぅ……ところで大上くん?」

「え……は、はい」

「その、以前言ったお礼なんだけれど……」


 少し言いにくそうに、もしくは恥ずかしがるように呟きながら、先生は上目遣いで横にいる俺を見上げる。

 あ、やば、またソワソワしてきちゃった。


「えぁ、やっ、その、別にいらないっつったでしょ?」

「……欲しくないの?」


 どこか弱々しさを感じる顔で言いつつ、しなだれかかるように体を寄せ、しかしギリギリで触れ合わない距離で止まる。

 それでも体温を感じれそうな近さに、頬が熱を持つのが分かった。


「あ、あの……」

「………ふふっ」


 完全に言葉に詰まった俺に、先生は先程までの表情から一転、悪戯っぽく笑った。


「っ、やりやがったっすね!?」

「ふふ、あはははっ。ごめんなさい、なんか緊張してる貴方が珍しいものだからつい、ね」


 くそ……バレてたのか。それにしても笑いすぎだろ先生。

 

「ふふっ、でもお礼はちゃんとしたいのだけれどね」

「はぁ……いやもう今のでお腹いっぱいっす」


 こうも手玉にとられると悔しさよりと諦めが勝ってしまう。

 やっぱ高山先生相手じゃ分が悪いらしい。最強教師なんて呼び名は伊達じゃないか。


「そんな事言わないで。あ、家から逃げてきた理由を聞いてもいいかしら?」

「え、なんでいきなりそんな話に?」

「もしかしなら力になれるかも知れないじゃない。お礼になるかなって」


 あー……うーむ、なるほど。

 確かに対処に困ってるのは確かか。春人に相談しても嬉しそうに笑って濁されてばっかだし。

 でもなぁ、教師相手に言う事でもないような……むしろ普通に怒られる気がする。


「いや、大した事じゃないすよ。気にしないでください」


 うん、やっぱ辞めとこ。

 実際マジで大した話でもないし、変に広める方がややこしくなる気がする。


「……ふぅん。私じゃやっぱり頼りないのね」

「え?」

「教師として当然とは言え、私なりに大上くんとは信頼関係を築けてこれたと思っていたのだけれど……私だけだったようね」

「や、あの……」

「私の力不足なのだから仕方ないわよね……でも、やっぱり寂しいものね」


 はぁと溜息と共に俯き、黙り込む先生。

 いや、それはちょっと卑怯なんじゃないですかね?


「や、そんな事ないですって。正直言って人生遡っても一番信頼してる先生っすよ」

「嬉しいわ。……でも、相談のひとつもしてもらえない程度だからまだまだよね……」

「いやいや、色々と迷惑かけちゃってますし。こんな個人的でくだらない話までするのはなってだけっすよ」

「迷惑をかけられるのが教師だもの。それに私はお礼までしたいくらいに貴方にはお世話になったというのに、くだらないという話もしてもらえないなんて……情けないわね」


 ぐぁああああ!くっそ、どう言っても切り返されるぅうう!さすが現代文の教師か、言葉の上で勝てる気がしねぇ!


「……マジでズルくないすか?」

「あら。情けなさで落ち込む私に追い討ちかしら?そうね、私にはそれくらいが相応しいのも知れないわね」

「ギブ!ギブアップ!すんませんでした俺が悪かったです相談させてもらってもよろしいでしょうか?!」

「ふふっ、良かったわ。力になれるよう頑張るわね」


 顔を上げた先生の顔は憎たらしいほどの笑顔。

 やっぱわざとかよ、押してダメなら引いてみろ、ってヤツだよな。


 まぁ恩師として信頼されていることを自覚しているからこそ出来る技だし、俺の信頼が伝わってる証拠だと思って喜んでおこう。

 でないと腹立っちゃいそうだもん。いや、悔しい、か。完封負けだし。


「……なんか今日はえらいはっちゃけてませんか?」

「そうかしら?オフの時なんてこんなものよ?」


 結構良い性格してるんすね、先生。

 学校じゃピシッと決めてる分、ギャップの差に翻弄されてる気がする。


「で、どうして休みの日に自宅から逃げるなんて事になるのかしら?」

「はぁ……いや、マジで大した話じゃないんすけどね?」


 そう前置きして、ここ一週間程の事を打ち明けていく。


 発端は静のナンパを撃退した事だろう。

 その翌日、昼前にチャイムが鳴ったと思いきや、現れたのは静だった。

 それから部屋に入り込み、結局一日中居座っていた。

 別に何をするでもなく、雑談やトランプをしたり、時には各々で過ごしたくらいには特筆することなく過ごした。


 問題は夜だ。

 そろそろ帰れと告げたところ、泊まると言い出したのだ。

 正気を疑ったが、お泊まりセットと言ってキャリーバッグを見せつけて本気具合を示された。

 知ったことかと追い出そうとした。が、冬華は良いのに自分だけダメなのかと言い始め、横にいた冬華が白旗を振ったのだ。


 いわく、居候としては断りにくいらしい。

 自分の部屋に泊めるからダメかと聞かれ、いい加減面倒になった俺も折れた。


 それがいけなかった。


 何故か翌日、梅雨まで参戦してきたのだ。

 梅雨が言うには、静に自慢されたらしい。悔しくてなって自分も泊まりに来たとの事。

 それたけならまだしも、梅雨と静は先に帰った方が負けといった雰囲気になったらしく、なんと今日この日まで連泊してる。


 ね?意味わからなくない?

 春人に梅雨を持ち帰るようクレームの電話を入れたのは言うまでもない。笑顔で流されたのも言うまでもないのだろうが。

 そのクレーム電話から伝わったのか、たまに夏希も来るようになったし。面白そーじゃん、とか笑っていた。笑えねぇよ。


 野朗の一人暮らしの部屋から複数の女性の声が一日中聞こえるとか外聞最悪だろ。

 いや俺はいい。けどアイツらが不味い。もし漏れた時にどんな叩かれ方するか分かったもんじゃない。


 そして仕事の時間こそ邪魔はしないものの、他の時間は梅雨を筆頭にウザい程絡んでくるのも鬱陶しい。

 たまに会った時だけならまだしても、家でのんびりしたい時まで絡まれたらさすがにウザい。

 意外だったのは冬華も参加してきたことか。あいつまで悪ノリするとは思わなかった。

 

 いっそのことずっと仕事をしてるテイにしようとしたが、夏希によってバレた。

 長い付き合いの上に仕事でも関わりがあるから、俺の仕事量も見抜かれていたってワケ。


 そんなワケでいい加減に静かな空間を求めて外に逃げ出したのが冒頭になる。

 自分には無縁だと思っていたリア充なんて単語が過ぎるも、これはどっちかっつーと嫌がらせ、または便利な宿屋扱いだ。

 自分の領域に何日も居座られて絡まれてみろ、相手が誰であれ鬱陶しいから。


「……――ってなワケです」


 一通り説明を終えるーー冬華の居候だけはバレないよう伏せたーーと、先生はジトっとした湿度高めの視線を寄越してくださった。


「……随分とモテるのね?」

「いやそういうんじゃないでしょ。便利な遊び場扱いされてるだけっすよ。俺からしたら緩やかな占拠ですって」

「全員かわいい子ばかりじゃない。私でも知ってるくらい学校で有名な子ばかりだもの」

「だから心配もあるんすよね。悪い方に有名な俺んとこを使うのはリスクがあるって言っても理解してくれないんすよ」

「……単純に貴方と一緒に居たいのではないの?」

「あっはは、ありえないっすよ。仮にそうだとしても限度があるし、ここまできたら嫌がらせのつもりと考えた方が自然っす」


 先生という立場からすれば不純異性交遊を疑うのも当然だろうけど。

 だから伏せておきたかったけど、先生なら大丈夫だろうという点と、本当にそういった心配はない事からこうして渋々ながらも話したワケで。


「……そうね、確かにやましい事になっていれば私に言うはずがないものね」

「ですです。まぁその内春人あたりが梅雨の回収に来ると思いますけど」


 俺が無理矢理追い出せないのは梅雨が原因だし。妹分の涙目でお願いされると弱い。そしてそれに便乗する静、となる。

 しかし梅雨さえ帰れば静もさっさと無理矢理にでも追い出せるってワケだ。てか最初からそうしときゃ良かった……


「……鈍い」

「え、何がっすか?」

「何でもないわ。それにしても、どういう意図かは別にしても慕われてるのは確かよね」

「そう、なんすかね……」

「でないと男の一人暮らしの部屋に泊まったりしないわよ。ずっと1人でいた去年よりも周りに人が増えたみたいで嬉しいわ」


 そう面と向かって言われると照れ臭いから辞めて欲しいんすけど。その慈を感じさせる微笑みも辞めてくれせんかね。心臓に良くない。

 

「それに、そういう内容なら力になれるもの。お礼が出来そうで良かったわ」

「お、マジすか?教師パワーであいつらを追っ払っーー」

「今日、泊まっていいわよ」

「ーーてぇええ?!」

「あら、予想外だったかしら」


 予想外すぎだろ!てか予想できるかこんなもん!

 悪戯っぽく笑う先生は、もはや小悪魔なんて生ぬるいものには見えなかった。


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