46 節目と転機
「やぁっと一学期が終わったな……なんか無駄に忙しかった気がするわ」
「そーだなー。それも秋斗がらしくもなく積極的だったせいでなー?」
「いや夏希が言うかぁ?まさかお前があんな事するなんて思いもしなかったわ」
黙って話聞き流すだけのはずの終業式で、好き勝手に暴れ倒した志岐高校の人気者ども。
しかも俺まで思い切り巻き込むタチの悪さ。
好き勝手言いたい事ばっか言ってくれた姉と親友。
小っ恥ずかしくもーーまぁ、不覚にも響く事を言ってくれた悪友。
終業式という学期として節目のタイミングが、俺個人にとっても節目になった。
もしかしたら物語だったら感動的な感じになってたのかも知れない。
――実際は春人や冬華のせいで色々台無しだった気もするし、割と感動とは程遠い騒々しい感じになった気もするけど。感動ってよりてんやわんやだったわ。
まぁ言ってしまえば割といつも通りだったワケだが、そんな中で夏希の言動だけは意外だった。
多分、姉さんや春人でさえ心底驚いたはずだ。
昔の大人しかった頃の夏希を垣間見た。
俺の為にずっと、人を遠ざけてきた。
憎まれ口や揶揄い合ってばかりの俺達なのにーーらしくもない。
「う、うるせー、言うなっての」
「……ありがとう、でいいのか?」
「聞くかフツー?自分で考えろ……と言いたいけどな、違うだろー?」
そう言ってニヤリと笑い、デコピンをしてくる。
その額を押さえつつ夏希の笑顔を見て、気付けば俺も笑っていた。
悪友の意を汲み、言い直す。
「……らしくない事して槍でも降らす気かよ?」
「ハッ、そうなりゃ秋斗の脳天に束ねて串刺しにしてやるよ」
「ちなみにそれ天災になんの?人災になんの?」
「命の心配より先にそっちかよ。どーでも良いだろそんなもん」
結局何も変わらないんだよな、俺達は。
アホな事だろうと助け合いだろうと、軽口混じえてやっていくんだろう。
「仲良しだね、相変わらず」
「「どうだろうな」」
「あはは、見せつけないでくれないかな。ただでさえ暑いのに」
「良い度胸だなテメェ」
「おい春人、後で覚えとけよー?」
本当に色々覚えとけよこいつは。
けど。こんな俺とずっと一緒に居てくれたのは夏希とコイツくらいだ。
夏希も春人も信頼してるが、何かを相談するのは春人に頼む事が多いくらいだ。
「それよりも秋斗、これからは学校でも話せるね。そうだ、修学旅行は同じ班になろうよ」
「まぁ良いけど……待て。一応聞くけど、お前まさかそれ目当てであんな事したとか言わねえよな?」
「あはは、人生最後の修学旅行なんだよ?僕は楽しむ為に手間は惜しまないよ」
「え、ちょ、はぁあ?!お前マジでそんなもん狙いだったの?!自己中極まりすぎだろ!」
「それ秋斗に言われたくないな。あ、それに体育祭で敵のチームになるのも目的だよ?」
「いや大差ないからな!そこで同じチームと言わないあたりお前らしいけども!んじゃ代わりに俺が学校休む日の分のノート見せろ!」
ニコニコと楽しそうに笑う春人だが、楽しいのも事実なんだろう。
俺と、ではなく俺で楽しんでる部分も大いにあるが。
「それなら私のノートを見せてあげますよ。毎日」
「んん?マジか冬華、助かるわ。……え、毎日?」
「気にしないでください。どっちにしろノートはとる訳ですしね」
「あーうん、それはありがとな。毎日って何?テスト前で俺が休んだ日の分だけで良いんだけど」
人気者からイジメられっ子になって、また人気者になったと思いきや嫌われ者なんかに関わり始めたスクールカーストジェットコースターガールな冬華。
高校生活では人を遠ざけると決めて褒められない言動をしてきたが、冬華はそんな中で俺に近寄ってきた奇特なヤツだ。
可憐な見た目に反して結構な図太さを持った自由人でもある。
「毎日はエブリデイです。あーゆーおーけー?」
「説明に英訳をチョイスとか正気?そんな事聞いてないんだよ」
「む、細かい事は良いじゃないですか」
「細かいか?毎日ってそれなりに粗くね?」
「細かいの対義語が粗いだとは言え、ここで適用されますか?」
「細かいな」
「お互い様です」
いやバカな。絶対俺間違ってないだろ。
「……むぅ。アキくん、なんか人がたくさん居るよぅ」
「そうだな、まさか鉢合うとは思わなかったよなぁ」
「いやいやアキくん違うよぅ。これ絶対待ち伏せされてたよぉ」
「そうかぁ?そんな暇なヤツらじゃないだろ……まぁ、夏希は教室から着いてきたけど」
そう言って腕に抱きつくーーというよかほとんどぶら下がってる梅雨。
小柄とはいえ、さすがに重いんだけど。
一緒に帰りたがってたらしい梅雨と帰る約束してたワケだが、正門あたりで春人達が揃ってたんだよな。
「それに、アキくんモテモテじゃん!私のなのにぃ」
「俺は俺のだよね。梅雨に俺の人権あげた記憶ないけど」
「夏休みはたくさん一緒に居てくれるよね!夏祭りとか海とか!えへへ、楽しみだなぁ」
「聞いてる?てか俺の予定も聞かないで決めるなよ」
「あ!お泊まり会とかもしたいな!」
「聞けや」
人の話を聞け。変なとこばっか兄貴に似やがってコイツは。
まぁ寂しがりなトコあるし、長い付き合いの妹分だしな。
俺もなんだかんだ対応が甘い自覚があるし、多分結局は断れないんだろうけど。
頭を撫でてやると締まりのない笑みを浮かべる梅雨に、俺も思わず笑いが浮かぶ。
「あら、この歳になってもずっと仲良いわねアンタ達。付き合うの?」
「私はいつでもバッチコイだよっ!」
「バッチコイとか昨今の女子高生のセリフじゃないよな。てか姉さん何言ってんの?」
「秋斗も年頃だし、あり得ない話じゃないでしょ。別にダメって決まりもないし」
「……そうかぁ?」
いやまぁ客観的に見ればそうなんだろうけどさ。でもまさか姉さんがそれを言うとはね……いい加減に前を見ろって事か?
まぁそうなのかも知れないけどさ。
もしかしたら色々と精算するのも兼ねてこんな派手な事をやってのけたのかも知れないな。
「ま、アンタの彼女になる女は私が審査してあげるから安心しなさい」
「何を安心しろと?」
「バカね。ロクでもない女捕まえてみなさい?絶対アンタの性格だと苦労するわよ」
何を言い出すかと思えばまたしてよく分からん事を。
そうかぁ? と思ったけど、周りのヤツ全員頷いてた。嘘でしょ?
「あんたは懐にいれた相手に無駄に甘すぎなのよ。だから確認してあげるって言ってんの」
「はぁ……」
「まぁ安心しなさい。ここに居る子達は全員合格よ」
「何を安心しろと?」
二度も同じセリフ言わせんなよ。
つーか何回も思ったけど、何で俺の周りの奴らって誰も俺の話聞いてくれないの?
「それってあたしもですかぁ?」
「……静、お前いつの間に。てか離れろよ」
「え〜ひどいですよぉ。こんな可愛い後輩が立候補してあげてるのにぃ」
嘘つけ、いかにもからかう気満々の笑顔じゃねぇか。てか君、たまに急に現れるよね。地味にびっくりするから辞めて?
まぁ姉さんも静に「あなたも合格よ」とか言ってるから良いのか?いや何が良いのか分からんし、むしろ面倒な気がしてならないけど。
「あーもうアキ、あんたグダグダうるさいわよ、夏希とかどうなのよ?絶対上手くいくじゃないの」
「「「紅葉さん?!」」」
「んん……?」
夏希。夏希かぁ。
いやまぁ確かにもし俺がこの手の話を進めるってなれば、まずは夏希と話をすべきなんだろうな。
……そこを精算しないとダメだろうし。とは言え今更と思われてそうだけど。
しかし夏希と、ねぇ。
「……なんか、頑張って想像してみたけど……今までと変わりそうにない気がする」
「つまり既に付き合ってるレベルの仲って事でしょ?それでこれだけ仲良いんだから上手くいくって言ったのよ。まぁ?夜は知らないけど」
「夜とか言うなよ現役女子高生の生徒会長ぉ!」
「前者は否定しないのね、なんで付き合ってないのよ。……じゃあ、冬華ちゃんは?」
「はぁ?アホか。学校中の男子に恨まれるわ」
「はぁ?アホなの?今更でしょ、学校一の嫌われ者さん」
……おぉ、なるほど。これは一本とられた。
確かに冬華ともそういう意味じゃ今までと変わらないのか。
「紅葉さん、うちの梅雨も居ますよ」
「ぅえ?ちょ、お兄ちゃん?!」
「そうね、梅雨ちゃんもオススメよ秋斗。可愛いし従順、天真爛漫で兄似の超優秀。はっきり言って非の打ち所がないわ」
「おいおい、節操なさすぎだろ……てか春人、俺なんかに可愛い妹をすすめるなよ、可哀想に。俺と付き合うなんて罰ゲーム通り越して生贄みたいなもんだぞ」
巻き込んでごめんなぁ、と梅雨の頭を軽く撫でておく。
にへら、と笑う梅雨に頬を緩ませつつ、妹に優しくない兄を軽く睨む。
「秋斗、それ自分で言うのかい?」
「自分だからこそ立場くらい理解してるからな」
「全く、秋斗は頭良いのにアホだよね」
「あぁ?んだとコラやんのか?!」
「やってやろうじゃないか。ここは久しぶりにスマ○ラでどうだい?」
「上等だ!6○の方な!俺のカービ○でボコボコにしてやる!」
「はいはい、辞めなさいバカ2人」
睨み合う俺達の頭がスパンと叩かれる。
思わず叩いた姉さんを睨む俺と春人。……その3倍くらいの眼光が返ってきたけど。
やべ、怒られるヤツだ。と思いきや、ふと姉さんは思いついたように春人を見る。
「そう言えば春人、アンタはどうなのよ?この私を差し置いて学校一の人気者とか言われてるじゃない。女の二桁や三桁いるんでしょ?」
「も、紅葉さん、人をなんだと……」
「ね、姉さん、さすがにそれは……」
これはさすがに可哀想だわ。
春人が好きなの、アンタだよ。我が姉ながらマジで鈍い。
「冗談よ。まぁ彼女が居ないのは本気で不思議だけど」
「……んじゃ姉さんがなれば?姉さんもフリーだろ?」
「ちょ、ちょっと秋斗?!」
「春人と?んんー……」
俺のナイスサポートな発言に、姉さんは顎に手を当てて考え込む。
その時間が不安なのか、非常に珍しくアワアワしている春人に、親指をグッと立てて向ける。青筋浮かべたニッコリ笑顔でグキッとへし曲げられたが。
「あの、紅葉さん。春人さんでもダメなんですか?正直、俗な言い方をすれば最上級の物件だと思いますけど」
「あぁいや冬華ちゃん、そうじゃなくてね。恋人とか考えた事もなかったのよね」
「え……そうなんですか?」
そうだろうな。俺もそうだったワケだし。
でもその俺に切り出したのは姉さんだし、自分だけ違うとは言わないだろう。
「ほら私、生徒会長とかしてるおかげで皆慕ってはくれてるんだけど、女子としての魅力はね……あーもう、言わせないでよ冬華ちゃん」
あははと乾いた笑いを浮かべる姉に、えーとでも言いたげな冬華と、溜息とともに肩を落とす春人。うん、マジでドンマイ。
「うわぁ、鈍感発言まで似てる……やっぱり姉弟だよぅ……」
「本当にそっくりですね……ダメなポイントまで」
「うわぁ、これは苦労しそうですねぇ」
女性陣も何やら小声で話し合ってて、一様に呆れた表情だ。何故か俺まで見られてる気がするけど。いや本当に何故?
そんな感じで近所迷惑にならないギリギリの騒々しさで下校していた。マナー大事。
周囲の学生からは色々な種類の感情がこもった目を向けられてはいるけど。まぁ目立つもんなぁ、こいつら。
「ともあれ、これでだいぶ平和になるわよ?良かったじゃない秋斗、これで高山先生とも普通に話せるわよ」
「ん?なんで先生が出てきた?」
「なんでも何も、かなり好みでしょアンタ。半端じゃないくらいの美人だし、おまけに向こうも今度お礼してくれるんでしょ?」
「好きってか尊敬だが……待て、なんでお礼のこと知ってんだよ…」
あの会話をしていた時、俺達しか居ないのに……やっぱ盗ちょ、いやまさかね。
きっと高山先生と仲良いんだろ。姉さんが有能かつ唯一の良心の教師を見逃すはずないし。
とは言えプライベートの消失に項垂れる俺に、妙な視線が冬華と梅雨から飛んでくるが、幼馴染二人は楽しげに笑う。
「頑張れ秋斗。高山先生だけじゃないし、これからはさぞ大荒れになるだろうね。あははっ」
「くくっ、2学期が楽しみだなー」
「うぜぇ……楽しみ方おかしいんだよ、この捻くれ幼馴染どもめ」
まぁでも、大荒れ云々はあるかもな。
あんな終業式があって、そこから日数を置いての新学期。どうなるか分かったもんじゃない。
俺に向けられる嫌悪や軽蔑の視線は、確かに少なくなるかも知れないけど……こいつらに変な火の粉が流れたりしないかだけは警戒しないといけない。
嫌われ者の学校生活を過ごすと決めてから、初めての大勢による和やかな下校。
もしかしたら夏休みが終わって登校しても、案外平和な学校生活が待ってる……事を祈ろう。




