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45 終業式3

 俺達が騒いでる間も野次やら罵倒やら飛ばしていた外野だったが、春人の出現で見惚れたように勢いが止まる。あ、ちなみに女子だけです。


「さて。いきなりですが皆さん、僕は僭越ながら入学以来、定期テストでは学年一位をとらせてもらってます。恐縮ながら、テスト結果では一番上に書かれていますね」

「「「知ってるー!」」」


「え、何この合いの手。即興で出来るもんなの?春人ってアイドルだったの?」

「語尾もほぼハートだしなー……あ、そーいやファンクラブがあったしそいつらじゃない?」


「ですが、高校入学までは上から2番目に書かれてたんです……そこの秋斗に負けてたからね」

「え………?」


「「「「嘘ぉおおおおおおっっ?!!」」」」


 春人の言葉で冬華が目をこれでもかと丸くしてこっちを見てる。

 他の生徒も同じような顔して叫んでた。うーん、今日イチうるせえかも。普通に耳痛え。


「う、嘘ですよね……夏希、本当なんですか?」

「あれ?なんで俺に確認しねえの?」

「秋斗じゃ適当な事言うからだろー狼少年? あー冬華、一応本当。ただ厳密に言えば、お互いほぼ満点ばっかだったから基本同点だったけどなー」


 んで、そこの中学があいうえお順に並べるから、『大上秋斗』が『志々伎春人』より上に表記されてたって話だ。

 こんなの雑な叙述トリックだろ。むしろ詐欺に近い。


「嘘はついてないさ。ねぇ紅葉さん」

「そうね、嘘はついてないわ」


 嘘ではないな。意味合いとしては本当でもないが。


「あ、あのフィクションとしか思えない完璧超人より?!」

「嘘だろ、大上ってそんなにすげぇのかよ」

「で、でもあの志々伎くんと大上様が言ってるんだし……」


 チラチラッ、チラチラチラチラッ!と周囲から視線がすごい。すごい鬱陶しい。


「そんなワケねえだろぉが!」


 そんな変な感じになった体育館に1人の男子生徒の声が響く。


「あの問題児が志々伎よりも上だったとか信じられる訳がねえ!どうせ全員グルになってんだろ!」


 なんか見た事ある気がする。

 あぁ、同級生で結構有名なイケメンとかいうヤツだったはず。名前は……


「誰だっけ?」

「鹿島。自称春人がいなけりゃ一番モテる男で、自称春人のライバル」

「全部自称じゃねぇか……つまり春人が相手にしてないワケね」


「実際人気はありますしね。男子からはあまり好かれてないみたいですけど」

「あー……まぁ、なるほど。イメージはついた」


 言わばちょっと前の根津の男版みたいな感じかね。

 それにしたってわざわざこの場で1人主張するあたり、個人的な恨みでもあるのかも知らない。十中八九春人への嫉妬とかだろうけど。


「志々伎や宇佐、河合も東雲も大上と仲が良いんだ!生徒会長は姉だし、大上を庇って嘘を言ってるに決まってるだろ!」


 金髪に染めた髪をなびかせながら叫ぶ鹿島。

 その鋭くも粘着質な視線を春人や俺に向けている。あれ?この感じ、なんか俺も恨まれる?


「た、確かに志々伎は同じ中学だったようだし、あり得るのか?」

「でも宇佐さんと仲良いのはありえなくね?宇佐さんをイジメてた原因って大上なんだろ?」

「でもよ、宇佐さんのことはともかく、大上様と志々伎が庇ってる可能性はあるって事じゃね?」

「河合くんや東雲さんも?それじゃ助けられたってのも嘘なのか?」


 姉さんと春人によって変わりかけていた雰囲気がまた戻っていく。

 集まる視線は疑問や驚嘆から再び嫌悪や疑惑に変わり、あまりの量の視線にさすがに気分が悪くなりそうだ。


「……んん?」


 そんな中、ふと視界の端に立ちあがろうと中腰になる生徒が入り込む。

 ちらりとそちらを見ると、そこには見覚えのある少し小柄な女子生徒が居た。


「………っ!」


 その女子生徒は緊張した面持ちから意を決したような表情に変え、ガバッと立ちあがった。まぁさせませんけどね!


「ちょっと待てコラ」

「っきゃ?!」


 セーフ。危ねえ。

 姉さん、河合、東雲、春人と驚かされたが、こいつまで勝手な事されちゃ困る。


「おい根津、大人しく座っとけ」

「あ、へ、あっきー?!な、さっきまであっちで座ってたでしょ?!」

「おう。おかげで猛ダッシュしたわ」


 根津が目を丸くして、俺と俺がいた場所とで視線を何度も往復してる。

 なんとなくつられて振り返ると、夏希が呆れたように、冬華が目を丸くしてこちらを見ていた。


「ただでさえ変に熱狂して予想出来ない状況なんだ、やめとけ。多分お前のはマジでややこしくなる。……前回より酷い状況になりかねないぞ?」

「っ、で、でも」

「いいから、座っとけ。ついでに嫌そうに俺を突き飛ばせば満点だ」

「でっ!……出来るワケ、ないじゃん……」


 根津もずいぶんしおらしい。さすがにそこまで割り切れないか。

 まぁいいや、どうせ。


「おい、急にクズが女子に飛びついたぞ!」

「こんな時に何やってんのアイツ!信じらんない!」

「おい!その子から離れろ!」


 どうせ俺を悪く言うしな。

 それに従って大人しく離れれば問題なし。また座っていた席まで大人しく戻る。


「はー、喋らせてやればいーじゃん。今ので余計に鹿島が勢いづくぞー?」

「勝つ気がないんだよなぁ」

「むぅ……」

「いや冬華、そんな目で見られてもな。俺が何言ったところでどうにもならないって」


 むしろ口を開くだけ油を注ぐようなもん。

 姉さんも春人も、鹿島の発言によって言葉の信頼性が落ちてる。

 仮に他にも手札があっても今回ばかりは難しいだろう。


 まぁ勝負はついたかな。

 さすがに元々の状況が悪すぎたな。つまり俺のせい。なんかごめん。

 まぁいくら姉さんや春人でもあっても俺の汚名を注ぐのは無理だったな。ドンマイ!


 さて、姉さん達のフォローはしとかないと。

 どうしたら俺だけに悪意を向けれるように持っていけるかね。


 脅したって方向はダメだな。俺に脅されるような弱みがあるって言うようなもんだし、そもそも脅せる相手じゃない。うーん、難しいな。


「それで?また嫌われ者の立場に逃げ込むワケかー?」

「……なんだよ、随分突っかかった言い方だな」

「さーな。……秋斗はいつも逃げるよな、人の好意に応えなくて良い立場にさー」

「……あ?」


 椅子に深く腰掛けて腕と脚を組む夏希。

 こんな状況で、らしくもなく踏み込んだ発言をしてくる彼女をつい睨んでしまったが、夏希も同じようにこちらを睨んでいる。


「このまま秋斗が嫌われ者で終わったら、紅葉さんや春人はどうなるんだー?」

「心配すんな。俺がどうにかする。今考えてるから邪魔すんな」

「また嫌われ者として、か?確かにそれで何度も救ってきたんだろーけど、過信しすぎだっての」

「やってみりゃ分かる。今までも出来たしな。今回もきっと出来るわ」

「まぁ……秋斗ならそうかもなー」


 ……なんなんだ?突っかかってくる割に俺を説き伏せる気はないように見える。


「……おい夏希、何が言いたいんだよ」

「いや、ちょっと確かめたかっただけ」


 そう言いながら、夏希はゆっくりと組んだ腕と脚を解き、静かに立ち上がる。


「何をだよ?……いや、何する気だ?」

「なぁ秋斗ぉ。最初にその方法で誰かを助けた時の事……覚えてる?」

「質問に質問で返すなよ……てか忘れるワケないだろ」


 だって、その相手って目の前に居るし。まぁあの頃はヘッタクソだったけど。


「だよなぁ。つまりだ、秋斗がこうなったのは……あたしの責任」

「え?は?いやいや違うだろ。俺が決めたんだし俺の責任に決まってる。夏希も分かってるだろ、らしくもない事言ってんじゃねぇよアホ」

「うるせーよドアホ。秋斗がそう思っても、こっちがそう思うとは限らねーの」


 こんな時でも夏希はいつもの悪戯げな笑みを浮かべて、おもむろにポケットからスマホを取り出す。


「ーーだから、決めてたんだ」


 そして。不意に、笑顔の種類が変わった。

 夏希らしくない、しかし懐かしく、不思議と夏希らしい、儚げな微笑み。


 気付けば、周りからは何も聞こえない。


「あたしは秋斗と同じトコに居るって。秋斗がバカするなら一緒にバカをするんだって。秋斗が荒事に突っ込むならあたしも強くなって追いかけるんだ」


 他に何も聞こえない中、夏希の声だけが耳を撫でる。

 見慣れないはずなのに、違和感のない彼女は、視線をするりと外してスマホを操作し始めた。


「……な、つき?なにを」

「――それでね。秋斗が人を寄せ付けないなら、あたしも一人で居るんだ」

「……お、おい夏希…?」


 いきなりの言葉に言葉が出てこない。

 夏希がそんな事を考えていたなんて。

 俺は、情けなくも、気付けなかった。


 湧き上がるのは、驚きか、喜びか、憂いか。

 きっと複雑に絡んだ感情は、その全てを擁している。


 そんな俺に夏希はスマホの操作を続けーー体育館に、電子音が鳴り響いた。


 ピコン、と聞き慣れた音。

 すぐに分かった。これは夏希が仕事場で、スマホから音楽を流す時に、無線でスピーカーに繋げた時の接続音だ。


「ちょ、ちょっと待て。何する気だ、おい?」

「あははっ、意外だった?らしくないよ、秋斗。すっごくびっくりしてる」


 いつもの夏希が見せる猫のような悪戯げな笑顔。

 それを、唐突に透き通るような純真無垢の笑顔に変えて俺を見る。


 それが、ふと昔の夏希が被って見えた。


「夏希……?」


 そうだ。俺が夏希と関わるようになって、それから夏希は今の夏希になったんだ。

 それまでは、そう。こんな風に、屈託なく笑う子だった。


「………秋斗、ごめんね。でも、今回は逃す気はないの」


 いつもなら挑発的に笑って言いそうな言葉。それを、眉尻を少し下げて申し訳なさそうに笑う。


 ふと気付けば、体育館は静まり返っていた。

 音が聞こえなかったのは、俺の気のせいではなく、誰もが呑まれてきたんだ。


 夏希の、変貌に。


 誰もが、夏希を見ていた。全校生徒が、冬華が、鹿島が、驚愕に声を失っている。

 姉さんや春人でさえ、目を丸くしていた。そしてそれは、俺も。


 先程までは熱狂の舞台だったかのようなステージではなく。

 観客に混じった1人のような、等間隔に並べられた生徒の中の1人に。

 ただひとつのスポットライトがあてられてるかのように。


 夏希は、静かに、しかし完全に、この場において主役だった。


「いつも秋斗ばっかり勝手だから。だからね、次は私の番なの。それで嫌われる相手が秋斗なのは……寂しいけどね」


 この言葉が最後だとばかりに夏希は手元にあるスマホを、静かにタップした。

 まるで、どこか幻想的で現実感のない、しかし惹き込まれるような世界と化した体育館を、元ある形に戻すかのように。


 一拍の後、体育館のスピーカーから音が流れ始める。

 まるで夢の中にいたかのように静まり返っていた体育館が、我に返ったかのようにざわめき始めた。


『おいおいバカな新入生だな、イジメを助けるなんてヒーローの真似事か?』

『うるせぇな。寄ってたかって女みたいな男いじめる変態よりはマシだろ』


「……あ、え、何これ?録音っぽいけど……」

「てかこの声って」


 これ、俺の声……?この会話、もしかして河合の時のやつか?

 てかこれは……まさか、夏希のやつ録音してたのか?


 いや、そもそも何故こんなものを……まさか。


『も、もう辞めてください……』

『ここれは教育の一環なのだよ?しし東雲さんは大人しく言う事を聞いてれば良いんだよ』

『あのね、こんな教育あってたまるか。成人向け漫画じゃねえんだからよ』

『な、お、おお大上ぃ?!な、な何を言って、いや何故ここに?!なな何をしている?!』

『アンタの言う教育の撮影だよ。この教育が正しいかは教育委員会に決めてもらおうや』

『ふ、ふふふざけるなっ!』


「な、なんだよこれ」

「こ、この声と喋り方って虫川先生じゃね?!ほら、去年の!大上に追い出された!」

「あっ、そうだ!ってこれマジかよ、ガチで変態じゃん!」

「リアル変態プレイやば」


『まぁこんなに早く来るとは思わなかったけど遅かったな!□□をヤれるって言ったらこんなに集まった!』


「ちょ、ちょいちょいちょい!ちょっとこれ、猪山じゃね?!」

「え、ウソ!いじめてたとか聞いたけどそんなレベルじゃないじゃん!」

「監禁だろこれ!え、マジ?!」


 え、何でこの会話まで録音してんの?あの時俺しか居なかっただろ……いや根津が居たか。まさか根津に頼んだのか?

 てか、わざわざ伏せていたこれまで流すとは……まぁ冬華の名前だけモザイクかけるあたりの気配りはしてるけど。


 これは、そう言う事だよなぁ。

 止める……のは、無理か。というか、今の夏希を止められる気は、正直、しない。


「あ、ちなみに録音には残ってねーけど、あの場に鹿島も居たよなー?」

「は、はぁああっ?!」


 え、そうなの?


「まぁあっさりやられたみたいだけどなー。一応全員の顔の写真は撮ってたんだよねー」

「な、な、な……!」


 え、えげつない。あんなドタバタん中でよくもまぁ……夏希を怒らせるのは今後控えよう。


「しばらく休んでたろーお前。顔腫れ上がってたもんなー?で、学校からも警察からも何も連絡がなくて安心したら、今度は怒りが湧いて今更恨みを晴らしたいってとこかー?」

「ち、違う!俺は単純にこのクズに……!」

「ふーん。んじゃ後で写真持って被害者の子と一緒に警察行こっかなー」


 軽やかな口調に反して底冷えするような視線を向ける夏希に、ついに鹿島が黙り込んだ。

 てか鹿島が俺を睨んでたのって、あん時に殴っちゃったからか。


 そんな鹿島や、他にも何人かの男子生徒が顔を逸らす中。

 夏希はつまらなそうな口調で、死刑宣告の如く告げる。


「秋斗に見逃された時点で大人しくしとけば良かったなぁ?調子乗って騒ぎやがってさー………でも残念。あたしは秋斗程甘くねーんだよ」

「ぬぐ……っ」


 あー……夏希これ、キレてるな。

 もうね、嬉しいのか小っ恥ずかしいのか怖がるべきか複雑な感情が湧き上がってくんだけど。こんな時、どんな顔すればいいの?


『すみません、色々と忙しくて。またの機会にでも』

『何回もそう言ってますよね。良いじゃないですか、一回くらい』

『ちょ、屯田先生、近いです』

『良いじゃないですか、先輩と後輩のスキンシップの範囲ですよ』


「な、な、なにぃい?!おい根古屋キサマ、今すぐそれを消せぇ!」


「は、は、はぁああぁああっ?!」

「ちょ、今の屯田じゃん!高山先生好きすぎとは思ってたけどパワハラ、てかセクハラだろこれ!」

「うえーキモすぎ!てかあいつ女子見る目もヤバいよね」


 む、無差別攻撃じゃねえか……夏希、えげつないっす……

 てか今度は名前にモザイクかけないのかよと思って高山先生にチラリと視線をやると、先に相談していたのか高山先生は目が合った俺に一度頷くだけだった。

 まぁ高山先生のプライバシー的なものもあるし、キレてるとは言え夏希もそこはちゃんとしてたか。ちょっと安心……してる場合じゃないけど。


『貴方は、悪役を引き受けるだけ引き受けて。そして助ける相手を突き放すことで安全地帯に置いているんですよね』

『自分の近くにいれば、せっかく悪役になったのに一緒に疎まわれる。だから、突き放す。悪役になる理由は、それが確実に救済に繋がるから、でしょうか。確かに共通の敵を作るという手段はすごく有効ですからね』

『人はそこまで綺麗なものではないですから。敵や叩きやすい人がいれば、しかも皆んなで叩けるとなると、理由もなく簡単に牙を向ける人が多いです。それを利用したんでしょう』

『………好きに予想してくれ。この話は終わりだ』


「ちょぉおおおい?!」

「うわ、何だようるせーな秋斗ぉ」

「何してんだこら夏希ぃ!てか待って、この時お前居たの!?いつの間に?!怖えよ!ストーカーは春人だけで十分なんだよ!」

「失礼だなてめー!」「失礼だよ秋斗!」


「秋斗さん、あれ私の録音データです。夏希に言われて録音してました」

「皆してグルかよぉおお!なんで俺の周りにはまともなヤツがいねえんだ!?」

「「「秋斗(さん)に言われたくない(です)」」」


 何ハモッてんだ腹立つぅ!絶対こいつらより俺の方が常識人だわ!


「うるさいわよ、そこの3バカと冬華ちゃん。つまり4バカ」

「え、ちょ、私もですか?!嘘ですよね!?」

「ちょ、一緒にすんな姉さん!」

「も、紅葉さん?!なんであたしまでこいつらと一括り?!」

「紅葉さん?2バカはともかく僕は別枠ですよ」

「「誰が2バカだオイ!」」


「あーもううるさいわね。他の生徒達を見習いなさい」

「はぁ?……あれ?」


 周りを見ると、あれだけうるさかった体育館がお通夜かってくらい静まり返ってる。

 誰もがこちらを、俺を見ようとせずに俯いていた。


 ここで録音は止まった。

 しかし、体育館に音は戻る事はなく、しばしの沈黙が居座る。


 それを終わらせたのは、そもそもの発端である姉さんだ。


「……もう十分ね、これ以上言葉は要らないでしょ。じゃあ締めるわよ。私は早く帰って夏休みを満喫したいの。これで1学期終業式を終わるわ、みんなかいさーん」

「ウソみたいな雑さ」

「うるさいわねアキ。それなら言い換えてあげるわ」


 姉さんは鹿島、屯田を見てから、俺を見る。


「大上秋斗を追い出したい屯田と鹿島、他生徒多数。あと嫌われ者に徹したいアキ。――あんたらの、負け」


 そして、夏希を見て微笑んだ。


「このいざこざ、私達の……いえ、そうね。ーー根古屋夏希の、勝ちよ」

「……そりゃこんなセクハラ教師と間抜けとバカ相手じゃーなー。ふふん、らっくしょー」


 微笑む姉さんと春人の視線を受けて、隣の夏希を見る。あらやだ、ドヤ顔すてき。


 うん。まぁ確かに姉さんの言う通り、勝負であれば俺の負けだな。

 なんなら完膚なきまで負けた気分だ。


 そんな俺の気分さえ察しているんだろう。

 夏希はいつもの悪戯げな、猫みたいな笑顔で俺に笑いかける。


「ザマァねーなぁ、秋斗ぉ」

「……まぁ、今回は負けを認めるわ」

「――ねぇ、怒った……?」

「急に昔の口調やめろ、びっくりすんだろ。……怒ってねぇよ。てか、怒れるかよこんなん」


 夏希はずっと俺のやり方に不満そうにしていた。それをずっと我慢してくれてたのも知ってる。

 まぁまさかこんな事企んでたのは知らなかったけど。


 でも全て俺の為にやってくれた事だ。

 それを怒るなんて出来るワケがない。ついでに言えば負けた立場だしね。


「そっかそっかー。んじゃ2学期からも楽しんでこーぜー」

「お前な……全然楽しめる気がしねぇんだけど?」


 揶揄うように笑う夏希に呆れてしまうがーーきっと俺も笑い返していたんだろうな。


 ふと思う。

 きっとこれから先、ずっと夏希には勝てないんだろうな、と。

 だってなぁ。こんな笑顔されちゃ負けても良い、なんて思っちまうんだから。





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― 新着の感想 ―
[一言] 周りの近しい人達がどう思うか、どう感じるか。なんてのを全て無視してた主人公が阿保なんですよね。 気付いてなかったってんなら、死んだ方が良いレベルですけど。
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