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4 2年2組

 翌朝、目覚ましに荒々しく叩き起こされた。

 いつもは軽く二度寝してしまうんだけど、昨日は早く寝たのでいつもより寝起きが良くて、普段は難攻不落のベッドからあっさりと脱出できた。


「……んん?良い匂い?」

「あ、おはようございます。もうすぐ朝ごはん出来るんでちょっと待ってもらえますか?」

「お、おお……?」

「あ、食材はお借りしました。すみませんが私の分も作ったので材料費は後ほど返します」

「いや金はいらんけど……いつから起きてた?体調は?」

「おかげさまで完治です。2時間くらい前には起きてましたよ」

「……早いな。まぁ治ったならよかったけど」


 昨日まで病人だったやつとは思えないテキパキとした動きに圧倒されながら席につく。

 言われた通り、そう時間を置くことなくテーブルの上に並べられた料理は普段朝飯を抜きがちな俺でも食欲をそそった。


「美味そう」

「食べてから言ってください」

「そうだな………うまぁっ!」

「それならよかったです」

「か、金出せるレベル」

「い、言い過ぎです」

「や、これはお世辞抜きで」


 ご飯と味噌汁、卵焼きとお浸し。代表的な和食の朝食ながらも味付けが絶妙すぎてえらく高級感が出てる。

 舌が肥えてない俺でも分かる。これは美味いやつだ。毎日でも飽きる気がしない。

 つーかこれを作った上に、すでに制服を着て薄くだが化粧までしてる。それを2時間で、か。


「……宇佐、おまえすげぇな」

「何がかは分かりませんけど、普通ですよ」

「あっそ……なんにせよ、ありがとな」


 学校一の美少女で料理上手か。そらモテるわ。

 箸が進んでしまいあっという間に食べ終わった。食器は俺が洗うと言い、それを済ませて時計を見ると、それでも時間もまだ余裕がある。


「おぉ、なんかすんごい健康的な生活してる気分だ」

「……そう言えば大上さん、いつもギリギリか遅刻してますよね。あと欠席。学校なめてませんか?」

「一応これでも色々あるんだよ。ギリギリだったり遅刻してるのは言い訳出来ないけどな」


 棘のある言葉に応戦する気が起きないくらいには俺は今機嫌が良い。朝から美味いもん食べるってのは素晴らしい事だと知ったね。


「そうですか。あまりのんびりしていたらまた遅刻しますよ?」

「余裕だろ。まぁ間に合うように出るよ。あ、鍵開けっぱなしでいいぞ、んじゃまたな」


 そう言って洗面台へ足を運ぶ。とぃても髪のセットやらするわけでもないし、顔洗って歯磨きすればおしまいだ。

 それにしても髪伸びまくってるな。邪魔くさいしそろそろ切るか。いつも店まで行くの面倒だから自分で適当に切ってるけど、今回はどうしようかな。


 そんな事を考えながらリビングに戻ると、まるで面接でもするのかって姿勢で座る宇佐が居た。


「あれ、まだ行ってなかったのか?」

「早く行っても居心地が悪いだけですし」

「それもそうか。大変だな」

「……大上さんも大概だと思いますけど」

「気にしてないからな。直接的な被害を出そうとするヤツも少ないし」


 下駄箱以外な。ただ見えない、近付かない距離でしか嫌がらせはされない。

 多分、前に2階から水ぶっかけて来た奴を追いかけ回して二度としないと反省させたのが原因だと思う。いや、集団で来た先輩らを返り討ちにした方か?


「……あの。朝からすみませんが、少しお時間もらえますか?」

「んん?別に良いけど、どした?」


 言い辛そうに口を開く宇佐は、その姿勢と相まって真剣な雰囲気だ。

 なんか面倒そうだけど、かなり久しぶりに朝から爽やかな気分にさせてくれた礼だと思って大人しく対面に座る。


「ありがとうございます。その、相談したい事がありまして」

「イジメを無くせとかならそんな力ないし無理だぞ」

「分かってます。そうではなく、たまにで良いので、また泊めてもらっーー」

「無理」

「は、早くないですか!?」

「アホか。デメリットしかないのに頷くワケないだろ」


 そもそも倫理観どうなってんのこいつ?

 あと単純に邪魔だし。他にもこいつは見た目からして目立つ。いくらイジメられてるとは言え、もし他の生徒にバレたら変な目で見られるのは面倒になる気しかしない。

 というか家帰れ。


「……だって、家はもうーー」

「あー………」


 そう言えば親に捨てられたとか言ってたな。

 けど「たまにで良い」「帰りたくない」と言ってたし、帰れないワケじゃなさそうだよな。


「――ガスも止まって水風呂しか入れないんですよ……」

「知るか!」


 こ、こいつ、心配して損した!人ん家でお湯に浸かりたいだけじゃねえか!


「か、代わりにっ」

「だから、何言われてもーー」

「ご飯、私が作りますから」

「わかっーー……考えさせてくれ」


 ぐっ、卑怯な……確かにそのメリットがあったか。先日さっと作った野菜炒めや、今日の朝飯だけでもドハマりする美味さだった。

 捨てがたいのは確かだ。正直即答で頷きかけた。


「は、はいっ」


 宇佐は宇佐でなんか嬉しそうな顔してるし。というかこいつ、こんな感じだっけ?なんかもっと澄ましたイメージだったような。


(……アイツに確認するだけしてみるか)


 たまに俺のパソコンを使いにウチに来るしな。仕事部屋が客室みたいに改造されてるのもアイツの所為だし。


「とりあえずそろそろ学校行けよ。先に出ていいから」

「……?一緒に行けば良いのでは?」

「アホなの?」


 なにやら学校一にまでなってしまった嫌われ者だぞ。

 俺は直接的な被害はやり返してるから嫌がらせこそ最小限だけど、もし俺と居れば抑えていた被害が宇佐に飛び火しかねない。

 ついでに俺への嫌がらせも加速する気がする。仮にもこいつ学校一の美少女らしいし。


「むぅ……お互い今更な気がしますけど」

「んなワケないだろ。絶対お互いに悪化するぞ」


 というか男の一人暮らしの部屋に泊まったり、今の発言だったり……こいつ、意外と世間知らずなのか?


「もしかして箱入り娘?」

「う……」

「正解かよ。気をつけないと俺みたいなのに騙されるぞ」

「え?あなたは騙したりしませんよね」


 軽く忠告してやると、きょとんとした顔で返された。


「そんな人なら今頃とっくに酷い目に合ってます。でなければ泊まりのお願いなんてしません。アホなんですか?」


 その上どこかドヤ顔で言葉を重ねられた。

 何を偉そうに。どう考えても世間一般から見てお前の方がアホな事言ってるぞ。てかそのドヤ顔うざいな、なんでお前が偉そうなんだ。

 そんな事を思ったのだが、何故か声にはならなかった。


「………アホにアホって言われる日が来るとは」

「む、失礼ですね」


 どうにかひねり出した言葉も我ながら威力に欠ける。

 その理由を考えようとしたけど、いい加減に学校に行く時間だと告げられた事で中断されてしまった。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 公立志岐高等学校。

 ここらへんでは割と頭の良い学校で、公立ながらも下手な私立より偏差値が高い。

 その割には変な生徒や怠けた教師が多く、自主性を重んじるという校風――この高校の場合は放任の意味としか思えないーーによって校則が緩めだ。


 そんな通称志岐校において、俺達の学年は割と注目されている。理由は単純で、目立つ生徒が多く在学してるからだ。

 隠れミスコンも聞いた話によると上位はほぼ2年生だと言うし、他にも部活動でもいくつかの運動部のエースを3年生を抑えて2年生が担っているとか。嫌われてるからほぼ又聞きだけど。


 しかしだ。目立つ生徒が品行方正だったり良い影響ばかり与える存在なのかと言えばそうとは限らない。

 成績や実績こそ優秀であっても性格がアレだったり、そもそもアレだからこそ目立つヤツもいる。


 そんな優秀だったりアレな奴が特に多く在籍するのが2年2組であり、残念ながら俺も所属しているクラスである。


「宇佐さぁん、昨日来なかったのは逮捕されたんじゃなかったんだぁ」

「宇佐ぁ、いい加減に観念したらどうなんだぁ?」


 教室に着くなり宇佐に絡みに行く猪山と根津。こいつらもアレなやつらだ。

 そして宇佐のイジメの原因となった嘘の悪評を広めた張本人でもある。

 宇佐宇佐とうるさい、だらけた感じに間伸びした話し方の2人を、宇佐は無視して教科書を開いている。


(怯えもしなければ反論もしないとはねぇ……意外と根性あるなあいつ。それにしても朝からうるさいなこの2人)


 目立つヤツらの大抵に当てはまる条件だが、こいつらも例に漏れず整った顔をしてる。

 ワイルドというかヤンチャというか、そんな感じの顔立ちや口調に、短髪をツンツンさせた高身長でガタイの良い猪山。

 そう言えば、こいつは不良との繋がりがあるとかいう噂もある。運動部なのにそついうヤツらと繋がってるのはどうかと思うが、それが出来るあたりがこの高校といった感じだな。


 根津はぶりっ子っぽい口調に、胸元を越えるくらいの黒髪にピンクっぽいインナーカラーが入ってる、なんかギャルみたいな雰囲気。

 こいつは男にモテるけど女に嫌われる典型だとか聞いた事がある。


 どちらも俺でも名前を知ってるくらいには有名だけど、性格はアレだ。そのせいもあって悪く言えばヤンキー崩れとギャルもどきにも見える。

 それでもヒエラルキーは高く、それに伴ってかモテるらしい。


「おぉい、聞いてんのかよ!」

「無視とかありえないんだけどぉ」


 無視を続ける宇佐に、苛立ちをあらわに詰め寄る2人。

 昨日は誰も話しかけないと思ってたら、今日は朝イチでこれか。急に絡みだした理由があるのか偶然かは知らないけど。 


「――ハァ」


 騒がしい教室の中で、不思議と耳に届いた溜息。

 それは周りも同じだったのか、ほとんどの生徒がピクリと反応を示していた。


「「…………」」


 猪山と根津はその溜息をどう捉えたのか、調子よく回っていた舌を止めて硬直している。

 

 溜息の発生源は席に気怠げに体を預ける根古屋夏希だ。

 成績も良く、スポーツも得意。おまけに隠れミスコン3位らしい容姿。

 宇佐が可愛いと綺麗の良いとこどりみたいなのに対して、根古屋夏希は思いきり綺麗寄り。おまけにスタイルも良く、仰け反るように椅子に座る彼女の胸部の主張がすんごい。


 そんないかにも人気者の条件を揃えた彼女は、しかしあまり周りとのコミュニケーションをとろうとしない。俺も女子とたまに話すくらいしか見たことがないし。

 そのせいもあって、聞こえてる声によると『孤高』だとか『高嶺の花』とか呼ばれてるようだ。誰にも媚びないところがむしろ魅力なんだとか。

 その呼び名から分かるように、1人で居るのにヒエラルキーとしては上に立っており、男女ともに人気が高いらしい。


 実際、やかましかった教室を溜息ひとつで鎮まり返すのだから大したもんだ。

 とは言え妙な雰囲気になってるけどな。そんななんとも言えない雰囲気が漂う教室で、1人だけ動く生徒がいた。


「――ほら、そろそろ先生が来るよ?宇佐さんと仲良くしたい気持ちは十分伝わってるから、その辺にしたらどうだい?」


「っ……志々伎か。うるせェな、わかったよ…」

「え、あっ、ご、ごめんねぇ志々伎くぅん。桜、うるさかったかなぁ?」

「はは、どうだろうね」


 猪山と根津を諌める優しげな口調の声。

 それによって猪山は反発したように、しかし粘りはせずに逃げるように席へと戻る。根津は媚びるような声音で謝りながら席へと戻っていった。


 出たな。クラスのーーいや、学年のボス、志々伎春人。

 バカみたいに整った顔と、当時1年にしてバスケ部のエースを張る身長と身体能力、運動神経。

 テストで常に一位を譲らない頭脳。というか基本満点オンリー。逆にアホかなと。

 人当たりの良い笑顔や性格に、誰にでも優しい対応を常とするコミュニケーション能力。

 女子だけでなく男子からも、なんなら先輩や後輩、おまけに教師からも信頼を寄せられる人望と知名度。


 神様が酒飲みながら勢いで色んなもんを詰め込んだんじゃないかと思うような傑物。それが志々伎春人だ。


 いわく、この学校一の人気者。それを聞いた時は仰々しいと思ったけど、逆にあれより人気なやつが居ると言われた方がビックリする。

 目立つ生徒が多い2年生の中でも最も目立つ生徒である。おまけに猪山達と違ってアレなところも見せない。


(てかあの2人もあいつらの前じゃ静かになるんだな)


 まぁ特に学校一の人気者の志々伎春人を敵に回すのは嫌なんだろうな。基本的に人と対立しない志々伎春人だが、もし敵になれば学校生活が詰むだろうし。

 根古屋夏希の方は雰囲気の問題か。なんか話しかけにくいというか、逆らいにくい雰囲気があるとかよく聞こえてくるし。同い年に姐さんとか呼ばれてるのを知った時は内心笑った。


 それをボケっと眺めていると、いきなり背後から声が落ちてくる。


「久しぶりだね、大上くん」

「うげっ」

「その反応はひどくないかい?」


 こいつ、いつの間に後ろに……そんなにでかい存在感のくせにオンオフ効くんすね。

 首だけで振り返ると、まさに今話題にしていた志々伎春人がにこやかに立っている。こいつ、ひどいとか言う割に楽しそうに笑いやがって。


「話しかけてくんじゃねえ」

「そんなに邪険にしないで欲しいな。それよりしばらく休んでいたけど体調が悪かったのかい?」

「え、何?心配してくれんの?」

「そりゃね。球技大会では頑張ってもらわないといけないからさ」

「サボるから関係ないな」

「僕と同じクラスで、君がサボれるとでも?」


 にっこりとした笑顔が常のこいつがニヤリとしたそれに変わる。

 出たよ。こいつは他のヤツらへの対応と違って俺には腹黒くなる。周りには見せないくせにな。


「同じクラスから二つのチームを作れるからね。別チームになろう。ボコボコにしてあげるからさ」

「好きにしろよ。むしろお前とあたる前に敗退するだろ」

「ふぅん……つまらないな。少しは挑発に乗ってくれても良いだろうに」

「お前の良いように動いてたまるか」

「ふふ、今のうちに吠えてなよ。対戦が楽しみだね……?」

 

 会話の内容が聞こえてるのか聞こえてないのか、周囲はやれ「あんなクズに話しかけるなんて優しい」だの「あのクズの態度が悪い」だの、しまいには内容が聞こえてても「あのクズに注意出来るなんてかっこいい」とか好き勝手言うし。

 よく見ろよ、お前らが優しいとか言ってるこいつの顔。性格悪い笑顔してんぞ。


「なんだ悪い笑みは。やめろよ?余計な事すんなよ?絶対だぞ?」

「フリかな?」

「ちげぇよ!てか用はそれだけか?」

「そうだね。久しぶりに登校したクラスメイトに挨拶しただけだよ。元気そうで良かった」

「はい元気です席へ帰れ」

「な、流れるように帰したがるね君……」


 いつもの微笑みが苦笑いになってる。これは一本とったな。こんなくだらない一本でもこいつ相手だとスッゲー気持ちいいわ。


「授業始めるぞー。席に戻れー」

「おっと。それじゃまたね」

「おー、また2年後にでも」

「それ卒業してるからね」


 俺の皮肉というジャブにハハッと嫌味なく笑う志々伎春人。

 その後すぐに授業が始まったなも関わらず、俺に突き刺さる視線の多さと悪感情の強さが増しているのが分かる。

 

 クラスメイト達は1番の人気者になめた態度の俺が気に食わないらしい。

 反面、俺に直接的な物言いが出来るって事や、俺を構ってあげる優しさとか言われて、あいつは羨望の目が向けられる。

 なにこれ、もはや集団イジメだろ。筆頭が志々伎春人。


「はぁ……」


 なんかもうすでに疲れたわ。なんて面倒なクラスだ。


とりあえず今日はアイツに宇佐のことを相談だけしとくか。

 とは言え、嫌われ者の俺が堂々と声をかけたら面倒な事になるし、迷惑もかかる。さて、どうしたもんか。

 まぁついでに宇佐と猪山達の様子見でもしとくかな。


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