36 連絡先爆弾
「なんか学校が久しぶりに感じるわ」
「実際に久々だろーが」
テストが終わり、打ち上げをして、何故か押しかけてきた宇佐と根津を泊めたりしてから数日が経ち。
夏希の仕事の目処がようやく立ったので登校している。
改めて思ったが、テストといったしばらく手を取られる期間の反動で仕事に集中しなくちゃいけない事もある。
2年生には修学旅行とかもあるし……それ以外で適当に休んでいるとマジで進級が危ういな。
そんなワケで基本的には毎日登校しないといけない。
いや、それが普通だってのは分かってるんだけど。そうなると仕事が重い日なんかは……徹夜も視野に入れないとダメだろうなぁ。
もともと学校を休みがちだったのも基本的には仕事の為だ。
今後も仕事の量は減るどころか増える可能性が高い。
ただ、去年よりも仕事に慣れているので処理速度は増してるし、まぁどうにかなる……と思いたい。
「それにしても、なんとも言えない距離感を感じるな」
「そうだなー。根津の件があったとは言え、球技大会とかテストの活躍があるから対応に困ってんだろうよ」
「ま、ほっときゃいーでしょ」と締めくくり、夏希は視線を気にした様子もなさそうに呑気に歩を進める。
悪意の視線には慣れているけど、この伺うような視線は微妙な気分になる。まぁ夏希の言うようにほっとくのが一番か。
それからいつものようにどうでも良いような話をしながら教室へと向かい、自席につく。
教室のクラスメイト達も似たような反応――かと思えば、少し違った。
「……なんか、びびられてる?」
「んー?……うん、みたいだなー」
俺の気のせいではないらしく、夏希もそう捉えたらしい。
こちらを見る目に遠慮にも似た怯えみたいなものを感じる。うぅむ、これまた珍妙な反応だな。これはこれで反応に困るんだけど。
「心当たりはあんのかー?誰か見せしめにでもしたとか」
「んなワケあるか。マジで分からん」
気持ち悪いけど、まぁ気にしても仕方なさそうなので切り替えて、机に全教科書を詰め込んでいく。あー重たかった。
「……秋斗ぉ、それ今日の授業で使わないだろー?」
「置き勉。今回勉強するから全部持ち帰ったけど、しばらく家で使う事もなさそうだしな」
「あっそ。まぁ一位とってんだし誰も文句は言わないだろーけどさー」
別に一位は狙ったワケじゃないし、単独一位ってワケでもないけどな。
けどもしそんな恩恵があるというなら遠慮なく使う。堂々と置き勉していいなら気が楽だ。……別に今まで気にしてたワケじゃないけども。
そんな感じで妙な変化を迎えつつも、詰まるところいつも通り1人――と夏希――の学生生活。
変な居心地の悪さはあるけど、まぁその内慣れるだろ。
なとと現実逃避してました。
「大上くん、随分と久しぶりの登校なのね。……着いてきなさい、生徒指導室へ行くわよ」
「……………はぁい」
まぁ怒られるとこには怒られる、よなぁ。休みすぎたか……
この高校の教師は俺の事を見限ってるから基本的に説教とかはして来ない。いちゃもんつけられたり怒鳴られたりする事はあるけど。
そんな中で、こうして叱ってくれるのは高山先生くらいのもの。
もちろん怒られたくはないけど……まぁありがたい事と思って素直についていくか。
「くくっ、ぷくくっ……」
「くそ、笑うなよ」
「だって秋斗、登校初日から生徒指導室行きって……」
完全にバカにした笑いを堪える夏希。こめかみに青筋を浮かべながらも無視して高山先生の後を追う。
まぁ昼休憩とかじゃなくてホームルーム後の呼び出しって事は長引く内容でもないんだろ。ちょっと話を聞いて反省文、ってとこかな?
「さて、大上くん。謝る事があるのではないかしら?」
そして生徒指導室に着いて開口一番がこれ。
いつになく不機嫌そうな高山先生に頭を下げる。
「すいません、色々と立て込んでて。これからはちゃんと登校します」
「えぇ、そうしなさい。それで?」
ん?それで?
「えっと……しばらく登校出来なくてすいませんでした」
「それは聞いたわ。少しだけどあなたの事情も聞いてるので、大きな声では言えませんが多少は考慮するわ。そうじゃなくて、他に謝る事があるでしょう?」
ないっすよ。
待て待て、なんだってんだ?もしかしてどこか不機嫌そうだったのは、そののせいか?そもそもこんな言い回しするタイプじゃなかった気がするし。
ただその肝心の内容が分からない。
表情には出さず内心で冷や汗をドバドバ流してると、高山先生が肩をすくめて溜息をついた。
「はぁ……いいわ、少し大人気なかったわね」
「いや、あの、すんません。マジで分からないっす」
「いいわよ、別に」
そう言って微笑む高山先生。だけど、その綺麗な顔には少しーー気のせいじゃなければーー寂しさがあるような。
「さて、戻っていいわ。別に反省文も提出するよう言われてないし、今後気をつけてくれればいいわ」
「あ、はい……」
「……どうしたのかしら?早く行かないと一限目に遅刻するわよ?」
不思議そうに退室を促す高山先生。
でも怒られるならまだしも、恩のある先生に隠そうとしている寂しさを抱えたままにして欲しくはない。
「先生、怒られてすぐで言えた立場じゃないかと思いますけど……俺じゃダメっすかね?」
「え……………え?え、は、はぁ?!」
「そりゃ先生は教師で俺は生徒っす。頼りないところもあるとは思います」
「え、え、えぇっ……そ、そんなのダメよ」
「ダメかも知れないっすね。けどーー」
俺はつい先日、根津によって想う事は自由なものと知った。
勿論迷惑をかけるのは違うけど、相手の事を想っての行動ならば自己責任のもと動けば良い、と。
「先生自身が、どう思ってるかを聞きたいんです」
それなら、先生の悩みを聞くくらいの役には立ちたい。
ましてやどうやら俺が関わってるみたいだし、諦めて呑み込んで欲しくない。
そう言って、先生へと距離を詰める。
「うぇ、や、あのっ……大上くん、ほ、本気なの…?」
「冗談でこんな事言うとでも?」
「………ぅぅ…」
遠慮してか縮こまる先生。
教師として生徒の為に行動するのは当たり前、とあっさり言ってのける高山先生だ。
その生徒に相談するのは精神的ハードルが高いんだろう。
けど、せめて俺のせいなら俺に言って欲しい。
察せれない俺が悪いのは間違いないけど、せめて呑み込んで我慢させるなんて恩のある相手にして欲しくない。
「だから、俺がやらかしてる事があるなら言ってください。仮に俺に関係ない事だとしても話を聞く事くらい出来ますし、なんか力になれるかも知れないじゃないすか」
「…………………あー、はいはいなるほど」
「え?あれ、なんかキャラが」
「なんでも、ないわよ」
あれ、拗ねた?なんで?
「はぁ、あなたって子は……もう、もうっ、もうっ!」
「え、え……?」
冷徹とさえ揶揄される完成された美貌。そして冷静沈着さ。
その片鱗すら見えない、まるで子供のように頬を膨らませる高山先生。
え、なにこの可愛い生き物。
「えぇ、そうよね。はいはい、分かってたわよ、もうっ!」
「え、と、あの、すいませんでした……?」
「いいえっ、別に怒ってないわよ!もうっ、もうっ!」
誰も騙されない嘘を堂々とまぁ。めっちゃもうもう言うてますがな。
そのタイミングで予鈴が鳴り、時間がない事を知らせる。
「あーもうっ……いいわ、早く教室に戻りなさいっ。それと……あ、あとで私に、その、謝罪文をメールを送っておくことっ!い、いいわね?!」
「え……?あっ、はい」
一瞬何のことか分からなかったけど、そう言えば連絡先もらってたっけ?
失くさないようにメモを財布に入れたまま忘れてたわ。
高山先生はそれだけ言うと、少し赤くなった顔のまま俺の背中を押して生徒指導室から追い出した。
……とりあえず、遅刻しないように急ぐか。
それにしても、結局理由は話してくれなかったなぁ。不甲斐ない。
まぁメールで謝罪文送るし、その流れで聞いてみるか。
というか、謝罪文をメールか……ペーパーレスの時代はついに学校まで来てるんだなぁ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
それからは授業を真面目に受けるーー夢を見て昼休憩の時間になった。
「寝すぎ」
「仕事疲れ」
呆れる夏希に言い訳しつつ、カバンからコンビニ弁当を引っ張り出す。
「大上くん、おはよっ!ずっと寝てたねっ」
そんな寝起きの俺に弾むような声が届く。
まだボーッとする覚醒していない頭を動かすと、満面の笑顔の河合が居た。
「……河合?」
「あははっ、寝ぼけてる?うん、河合だよっ」
「……え、何このかわいいの。夢?」
「もうっ、かわいくないし!僕男の子だから嬉しくないんだけど!」
とか言いつつ弁当を机に置いて、カチャカチャと蓋を開けていく。
ふわりと広がる美味しそうな匂いに寝起きで鈍っていた空腹感が主張し始めた。
「美味そ……じゃなくて河合、何してんだ?」
「え?一緒にご飯食べようかなって」
「辞めとけ、周り見てみろ」
少し小声で言うと、河合は周囲をキョロキョロと見回す。
周囲からは信じられないものを見る目や、何をしてるんだとばかりに眉根を寄せた表情が浮かんでいる。
「んー……それより、お昼ご飯食べようよ。お腹空いちゃった」
「おいおい……」
「それに今日は大上くんと食べるって決めてたんだ!学校でも話して良いって言ってくれたしね」
言いはしたけど、まさかここまで堂々と来るとは思いもしなかった。
精々春人みたいに人の目のつかないタイミングで話す程度かと。
「先を越されましたね……夏希、机を半分貸してください」
「おー、いいよー」
愕然とする俺に追い討ちをかけるように斜め前――隣の夏希の席の対面に宇佐が座る。
しかも夏希は「どうせなら」と言って机を寄せてくっつけた。机二つに4人が座る形となる。
「…………どゆこと?」
「どーゆーコトだろうねぇ。あ、あっきーちょっと詰めてよ」
「……愛、なんでそこに座るんですか?」
「え〜、別にどこでもいいじゃん」
その上、根津が俺の横に椅子だけ持って陣取り始めた。狭い、すっごく邪魔。
あと河合、小声で「修羅場…?」とか言うな。そんな訳ない上に風評被害になりかねないだろ。こいつらの。
「それじゃ、僕もたまには普段交流のないクラスメイトとの親睦を図ろうかな」
「……何故志々伎くんはいつも後ろから声をかけるんだ?」
気配は感じずとも「この流れはまさか」とか思ってた通り、真後ろにいつの間にか春人が立っていた。
それから隣の生徒に声をかけて机を拝借して、机を俺の机にくっつける。
三つの机が連結され、椅子だけだった隣の根津の正面に机と春人が居座る形になった。
「……うん、珍しいメンツだね。楽しめそうだよ」
「志々伎くんも弁当なんだ?」
「そうだよ。食堂の日が多いけど、今日はお弁当の方が楽しそうだから用意して来てたんだ」
そんな春人のセリフに俺と夏希が「……いやまさかな…」と呟く。
……この光景を予見して用意した?は、はは、いやいやまさかそんな。
そんなホラーの導入みたいな春人はさておき、俺は目の前の自分の弁当をしばし見てから決断する。
「悪い、ずっと寝てたからトイレ限界だわ。先食っててくれ」
戦略的ぃ!撤退ぃい!
幸い賞味期限は晩まで。このコンビニへ弁当は夜ご飯にしよう。
「「「「「はいウソ」」」」」
打ち合わせした?ってくらいのハモリと共に、俺の腕が両サイドから掴まれる。
何これ、ホラーの続きですか?
「大上くん、トイレなら後で一緒に行こうか」
「あははっ、連れションだねっ。僕もついていこっと」
「つーかお前ら、飯時にトイレの話ばっかしてんじゃねーよ」
「確かに言えてる。……というか根古屋さんってそんな常識人だっけ…?」
「聞こえてますよ愛。夏希がもしガサツに見えるなら、それは大上さんのせいですよ」
しかもこいつら好き勝手言いやがる。
周りを見ろ。殺意にも近い視線が突き刺さってるから。俺に。
「……俺、今日死ぬのか?」
「殺しても死なねーヤツが何言ってんだー?ほらさっさと食べよーよー」
「同感です。というか夏希、菓子パンだけでですか?」
ぐいっと無理矢理座らされてる間も、こいつらは他愛もない話をしながら食べる用意を進めていく。
その適当感何なんですか?俺の学生生活の寿命を削ってる自覚ありませんよね?
結局、いつもの数倍は悪感情が込められた視線を浴びせられつつ、俺は昼飯をそそくさと済ませた。
「……増えてる」
「気のせいだろー?」
「んなワケあるか。見ろ、はみ出してるから。下のやつの扉まで開けれないくらい飛び出してるから」
そんな昼休憩を終えて下校。
下駄箱は案の定、というか予想以上にゴミで溢れていた。
「気にすんなよ。ゴミが1つだろうが10個だろうがゴミはゴミだろ」
「いやそうだけどよ……うわ、画鋲すっげ。一箱分あるんじゃねこれ」
完全に急増しているヘイトにさすがに溜息が溢れる。
いや一緒に飯を食ったところで、元々の俺が嫌われてなければこんな事にはならなかったろうし。つまり言ってしまえば俺の自業自得の延長なワケで。
だから責めるつもりはないけど、勘弁してくれとは思う。
そして「いっそ芸術的な詰め方だな」とか言って写真を撮ってる夏希さんはもうちょい同情するべき。そして反省すべき。
「あ……」
「ん?どしたー?」
「いや、夏希に反省しろやと思ったら反省文のこと思い出した。早いとこ送っとこ」
「あたしが反省ぃ?何でー?つーか反省文を送るって何、郵送すんのかよー?」
「いや、メールで送る。世はペーパーレスの時代よ」
右手でゴミを引き摺り出して靴を履き替えながら、左手でスマホを取り出して画面を指で叩く。
反省文なんて慣れたものよ。さすがにそこらに捨て置くには多すぎるゴミを、近くのゴミ箱に突っ込んだ時には書き終わった。
「ふーん。学校用のアドレスとかあんのー?」
「いや、高山先生に送る」
「は?」
固まる夏希に構わず、送信ボタンをタップ。はい完了。
「……ちょいと秋斗さんや、なんで高山センセーの連絡先知ってんだー?」
「この前教えてもらって忘れてたんだよ。あ、一応内緒な?噂は消えたとは言え、変に勘繰る奴らが出てきたら面倒くさい」
というか、考えてみればもしかして担任のクラスの生徒なら全員知ってるとか?
普通に俺だけ知らなかったパターンとかもあり得る。
「……高山センセーってよ、めっちゃ美人だろ?」
「んん?なんだいきなり……まぁすっげぇ美人だけど」
「で、だ。そんな若い美人でスタイルえろい教師の連絡先なんて、男子高校生からしたらすんごく欲しいワケ」
「あー、あり得るな。クラスに1人はいるよな、そういうの聞くヤツ」
お調子者のやつとがが冗談半分で特攻したりな。大抵上手くいかないヤツ。
「1人2人どころか、去年の頭頃は休憩時間毎にセンセーに群がってたぜ。今年も新入生が似たような状況になってたらしい」
「へぇ、やっぱり人気なんだな」
「そりゃなー。冷徹とか言うのは大体ヤンチャな生徒か上級生だしな。でだ、その連絡先、何人くらい手に入れれたと思うよ?」
「さぁ?基本もらえるんじゃねぇの?」
「ゼロ」
「はぁ?」
「誰も教えてもらえなかったってさー。ついでに言うと、女子生徒ですらゼロ」
何で女子生徒まで?とかの疑問よりも、想像以上にレアなものだった驚きが勝った。
「秋斗お前……それ、絶対周りに知られるなよー」
「……おう、気をつけとくわ」
まさかあの連絡先が書かれたメモがそんな爆弾だったとは……削除しとこうかな。いやそれも失礼だしなぁ。
「そうしろ。あと……お前、センセー誑かしてんじゃねーよバーカ!」
「おわっ?!きゅ、急にキレんなびっくりするわ!」
「うっせーキレてねー!」
「とか言いつつ右ストレート打つなアホ!」
「あ、待てコラ!」
それから鬼のような目つきで追いかけてくる夏希から家まで逃げた。マジで足速いなこいつ!俺も速い方のはずなのに!
そんなこんなで息も絶え絶えで帰宅。多分下校所要時間最短を叩き出した。




