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30 中間テスト

 月曜日。学生が嫌いがちな曜日なワケだけど、今日はいつもにも増して憂鬱な顔が多い。

 ホームルームと一限目に挟まる休憩時間は、いつもなら席を立って談笑する生徒がほとんど。

 けど、今日はほとんどの生徒が自分の席にちゃんと座って教科書やノートを必死な形相で睨んでる。


 いやまぁ、俺もそうなんだけどね。


 宇佐と話をした先週。貸し借りをなくなったと思った矢先の、涙に濡れた願い。

 それから毎晩寄り道して帰ったんだが、宇佐も帰りが遅くなると伝えるとどこか安堵した様子だったし結果オーライ。まぁ泊まるって言った時は何故かちょっと不機嫌そうだったけど。


「教科書とノートをしまえー。テストを配るぞー」


 そして告げられる最終宣告。

 それを単に開始と受け取る生徒もいれば死刑宣告でもされたような顔をする生徒もいる。


 そんな顔を他人事気分で眺めつつ、俺もノートを机に入れる。

 止まらない欠伸と寝不足で苛立つ精神を無理矢理鎮めて集中する。


 視界の端で春人の視線を感じながらーー夏希?面倒そうにだらりと天井を仰ぐように椅子によりかかってるーー俺は配られてきたテストに目を落とした。

 

 ついに来たなぁ、中間テスト。





「秋斗ぉ、手応えはどうだった?」

「それなりに。夏希は?」

「いつも通りかなー」

「んじゃまた学年上位か」


 時刻にして正午を少し回った頃。

 俺と夏希は会話をしつつ筆記用具を片付けて鞄に突っ込む。


 中間テストは今日と明日に分かれて行われる。おまけに授業はなく、昼過ぎになるとテストも終わって帰っていい。

 名目として先生に勉強の質問が出来る時間として1時間確保されてるらしいけど、それを実際にやってる生徒はほとんど居ないとか。


「今日は明日の教科のラストスパートかー?」

「だな。早く明日の昼になって欲しいわ。マジで疲れた」

「秋斗がそこまでちゃんと勉強してんのも久々だしなぁ。つか初めてか?ま、あとちょい頑張ろーぜい」

「おうよ」


 確かにそうかもな。勉強しすぎて頭痛くなりそうだ。無理矢理抑え込んでた眠気も帰ってきて視界が少しボヤけるし。

 けど、それも明日の昼まで。あと少しで解放される。


 チラ、と春人の方を見やる。相変わらず人の群れの中心にいやがる。

 しかし視線をやると同時に春人はこちらを振り返り、小さく頷いて返してきた。ちなみにこっちの視線に即座に気付く察知能力はもう気にしない。


「さーて行こっかー。あれ待ってたらキリないしー」

「だな。てか帰りに飲み物買ってくか。もうなくなりそうだったろ」

「おいおいもうかよー。ったく、ちゃんと買い置きしとけよー?」

「夏希がアホほど飲むからだろうが。しかもコーラ一点攻め。ゲップ出ないの?」

「あたしが行くんだから多めに買っとけって意味だよ。あと美少女はゲップしませーん」


 それなら自分で買ってこいよ、と返しつつ教室を後にする。てか美少女だろうとゲップ出るだろ普通。


 廊下に出れば、他のクラスからは多くの生徒が教室から出てきていた。

 そんな中に見た顔があり、向こうも気付いたらしく、メガネの位置を正しながらこちらに体を向ける。


「やぁ!宇佐さんとの最後の会話は済ませたかな?底辺くん!」

「もともとロクに会話なんかしてないっての」


 学年3位の成績を維持してきた男、烏丸だ。

 相変わらず無駄にハキハキした声で小馬鹿にしてくる。これが悪意というよりただ素直に口から出てるだけっぽいのが個人的には嫌いじゃない。


「それなら良かったよ!どちらにせよ明日が最後だし、名残惜しくなっても辛いだろうからね!」

「お?俺の心配してくれるのかよ」

「いや、全然してないさ!そもそも何故僕が底辺の心配をしないといけないのかな?」

「お前のせいで人の交友関係が消えるんだ。それくらい思っても良いと思うぞ」

「なるほど、確かにそうかも知れないね!うん、少し心配になってきたよ!」


 頭の良さとコミュニケーション能力は比例しない、という事を体現したような男だよなぁ、こいつ。

 まぁ単純に根が素直すぎるんだろう。


「てか烏丸ぁ、心配する所はそこで良いのかー?」


 俺と同じく夏希もこのタイプは嫌いじゃないはず。以前は傍観して楽しんでいたようだけど、今回は会話に混じるつもりらしい。

 腕組みをした夏希は呆れたように口を開いた。


「他に何を心配すれば良いんだい?根古屋さん!」

「学年三位のくせにアホだな。決まってんだろ、テストで秋斗に負けねぇかの心配だよ」

「はは!はははっ!根古屋さんは面白いな!クールだと聞いていたけど冗談も言うんだね!」

「そうかぁ?夏希は冗談と軽口ばっかりだぞ」

「へぇ!それは意外だね!」

「さらっと雑談に花咲かせてんじゃねーよ」


 呆れたような夏希に烏丸は謝罪をしつつ言う。


「失礼、負ける心配だったかな?それはあり得ない、だから心配なんてしてないさ!むしろ、根古屋さんのテストの点数の方が気になるね!」


 夏希も大体10位以内をキープしてるしな。たまに5位に入る事もあったくらいだ。

 それはともかく、気持ち良すぎるくらいに俺に勝つ言い切る烏丸にいっそ笑みが浮かぶ。夏希もそんな感じかな……と思いきや、笑顔の種類が想像とは違っていた。


「へぇ……相変わらず頭良いくせにバカだよなーお前は」


 バカにしたような、好戦的にも見える笑みを浮かべる夏希は、吐き捨てるように言った。


「……バカだって?僕がかい?」

「落ち着け烏丸、今のバカは褒め言葉だ」

「なんだ!そうだったのか!すまない、勘違いしていたよ!」


 眉根を寄せる烏丸に適当な事を言うとさらりと信じてくれる。なんて愉快なヤツだ。

 夏希も毒気が抜けたように肩をすくめ、話す事はないとばかりに烏丸の横を通り抜けて歩き出した。


「ふむ、やはり根古屋さんはクールな女性だね!」

「まぁ、あぁ見えて良いヤツだから気にすんなよ」

「してないさ!それより底辺くん、顔色が悪いようだ。後悔がないように体調を整えて明日に臨む事だね!」

「おう、ありがとな」


 話してると普通に良いヤツな烏丸に別れを告げて夏希を追う。

 先に帰るつもりだった訳じゃないようで、追いつくのを待つようにゆっくり歩いていた。


「どうしたよ、もうちょい烏丸と楽しく話しても良かったんじゃないか?夏希も好きだろ、あのタイプ」

「あぁ?あたしは別に好きじゃないしー」

「……え、マジ?」


 大体俺と夏希の趣味嗜好は合う。今回もそうだと思ったんだけど、どうやら違ったらしい。


「それは意外だったわ」

「アホか。あたしが秋斗を底辺呼ばわりするヤツを好むワケないじゃん」

「んん?いやそこかよ。今更だろ。俺は気にしてないし」

「あたしはするんだよ……バカ」


 珍しくーー本当に珍しく、夏希な拗ねるような口調で吐き捨てる。

 その姿にどこか懐かしさを感じて、俺はつい笑ってしまった。


「あぁ?何がおかしいんだよコラー」

「悪い悪い、怒んなって」

「そう思うならその笑顔を引っ込めろや」

「あれ、俺今申し訳なさそうな顔してるだろ?」

「目が笑ってんだよ」


 バレたか。まぁ別に誤魔化す必要もなかったんだけどな。


「今度の編集タダにしてやるから許してくれって」

「アホか、払うっての。もういいからさっさと帰ろー」

「へいへい」

「へいは一回」

「はい以外でも適用されるのかそれ」


 それに誤魔化すまでもなく、こうしてすぐに軽口になるのも分かってるワケだし。

 相変わらず居心地の良いヤツだよ。


「ったく……今日のラストスパートは春人のやつににがっつり絞らせてやる」

「うげ」


 かと思いきや、思ったより拗ねてたらしい。


 ともあれ、買い物をするのに寄り道した俺達とほぼ同時に春人も家に着き、3人で勉強をする。

 この生活パターンは宇佐と話をした次の日から毎日のことだった。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜〜〜〜〜〜


『悪い春人、勉強を教えてくれ』

『あはは、やっぱり来たね。もちろんいいよ。けどその代わり、今度またバレーで真剣勝負でもしてもらおうかな』

『勝てるワケないだろ?まぁそれで良いなら全然付き合うけどよ』

『それと……夏希は理系が得意だし、夏希も誘おうかな』

『んん?まぁ夏希が良いって言えばな』

『はは、言うに決まってるさ。秋斗が誘うのが条件だけど』

『そりゃ俺が世話になるんだから当然だろ』

『そうじゃないんだけど……まぁそれでいいか』




『夏希、悪いけど勉強教えてくれ』

『結局やる気になったのかー?どういう風の吹き回しだよ』

『まぁ……なんとなくな』

『ふーん。まぁいいよー、そん代わりに今度飯奢れよ』

『500円以内な』

『それ学食限定になるだろーが。1000円以内だ』

『550円でどうだ?』

『粘るなっての!てか上げ幅せこいぞー!』




『おっと。もう21時だね。そろそろ終わりにするかい?』

『んん……いや、もう少しだけ頼んでいいか?』

『良いけど。それならもう遅いし泊まっていくかい?』

『おいおい秋斗ぉ、早く帰ろーよー。あたしも帰るしさー』

『あはは。秋斗、夏希は早く2人きりになりたいらしいよ』

『くっ……相変わらずうぜーコイツ』

『まぁ落ち着け夏希』

『はぁ?秋斗ぉ、春人を庇うのかよ?』

『うざいのは今更だろ?』

『ちっ、確かにそーだな』

『あ、相変わらず辛辣だね君達は……』




『ぐぁー……きっちぃ…』

『……秋斗、まだ寝ないのかい?』

『っと、起きてたのかよ……まぁな、もうちょいしたら寝るわ』

『ふふ、そうか。それなら僕も少し付き合おうかな』

『何でだよ、お前はそこまでする必要ないだろ。健康優良児は寝る時間だぞ』

『逆だよ。健康優良児だからたまに夜更かししても大丈夫なんだよ。あ、ここ間違ってるよ』

『え、マジか。どう解くんだこれ?』

『これは………だね』

『あー、なるほどな。つまり……こういうことか?』

『正解。さすがだね、相変わらず理解力はずば抜けてるよ』

『はいはい、お前に褒められても嫌味にしか聞こえんわ。てか教えてもらっといてなんだけど大丈夫か?今3時だぞ。お前夜更かし苦手だろ』

『仮にも親友が……しかもマーカーで書いたみたいな目のクマ作って頑張ってる横で、のんびり寝る気にはなれないよ』

『はぁ………ったく、だからこっそりやってたんだけどな。まぁあれだ……ありがとな』

『ふふ、構わないよ。まぁそうだね、今度ご飯でも奢ってもらおうかな』

『300円以内な』

『遠足のおやつかな?というか夏希より低いんだね』




『………ちっ、正解だ』

『なんで正解して舌打ちされてんだ俺?』

『あはは。その問題、夏希もさっき解けるようになったばかりだからね』

『げぇ、なんで知ってんだーコイツ?気持ち悪っ』

『視野の広さとストーカーって紙一重なんだな』

『普通同じ部屋にいれば何人いようと人の行動くらい分かるだろう?酷いなぁ』

『『いやそれ普通じゃねえから』』



―――

――――


「やっと勉強も今日で終わりだな」

「来月末には期末テストがあるけどね」

「そん時はもう勉強しないし関係ないな」

「相変わらず飽き性だね、秋斗は」

「秋斗さー、人に猫っぽいとか言うけどお前も大概だぞー?」

「え?いやいや夏希さんには負けますって。夏希さんのはたまに甘えん坊になるとこまで猫っぽいじゃないですか」

「は、はぁ?!甘えてなんかねーし!?あとその敬語やめろ気持ち悪い!」

「あはは。でも秋斗1人にしか甘えないあたりは犬っぽくないかい?」

「いやなんで俺だけって決めつけてんだよ」

「他に居るワケないじゃないか」

「うるせーぞてめーらァ!!さっさと勉強しろやぁ!」

「威嚇しちゃってるよ。秋斗、あやしてやりなよ」

「猫扱いすんなボケ春人ぉ!」

「まぁまぁ夏希、落ち着けって」

「秋斗てめ頭撫でんなコラー!ちょ、離せって…ちっ…………んぅ……」

((いや猫じゃん……))




「はい、時間だ。採点するよ」

「ほいよ」

「へいへい。てか春人ぉ、この手作りテスト難易度上げすぎじゃないかー?」

「本番より簡単なテストをしても仕方ないだろう?」

「うわ、さらっとスパルタ発言してんじゃねーよ。逆に自信なくすってのー」

「いや、そんなに難易度高めだったのか?」

「……はぁ?秋斗、そんなに解けたの?」

「あぁ、多分。え、待て、勘違いだったか?なんか逆に不安になるんだけど」

「………いや、勘違いでもないかな。秋斗、大変よく出来ました。えらいえらい」

「マジか!よっしゃあ!でも小学生の評価の仕方やめて!」

「てか採点早すぎてキモいっての」

「ははは、2人とも模擬テスト直後でも元気そうで何より。はい、テスト返すね」

「どれどれ……ちっ、88点、9割切ったかー。秋斗は?」

「ウソだろ?俺97点なんだけど」

「うわマジかぁー!あーくっそー、ついに負けちまったぁー」

「いや、俺もびっくりだわ。何年振りだろうな、夏希に勝ったの」

「さぁなー。てかやっと勉強終わったなー。明日テストして終わりじゃん」

「リアクション薄いなおい。……でも確かにな。よっしゃ寝よ!くっそ眠い!フラフラするし視界がグラつく!」

「死にかけだねそれ。ゾンビみたいな顔になってるよ?まぁそれだけ頑張った秋斗にはきっと夏希が添い寝で癒やしてくれるよ」

「うわー、春人てめーセクハラ発言かぁ?訴えるぞ」

「照れ方が凶暴だなぁ」

「え、してくんないの?」

「は、は、はぁ?!しししししねーよバーカ!悪ノリすんなバカ秋斗!………って、マジかこいつ寝たよ。のび家の息子超えじゃん」

「頑張ってたからね。ここ数年で一番集中してたんじゃないかな?」

「知ってるっての。相変わらずやると決めたらブレーキ壊れるよなーこいつ」

「そうだね。この調子で久しぶりに何か僕との勝負にも集中してもらいところだけど」

「懐かしいなーそれ。昔はよくやってたけどさー、最近秋斗の面倒くさがりが悪化したよな」

「本当にね。まぁ中間テストでは僕も久しぶりに楽しめそうだし、気合い入れてるよ」

「一応烏丸との勝負だけどなーこれ。ま、あいつ程度じゃ本気の秋斗相手は荷が重いわなー」



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜〜〜〜〜〜



「今回は平均点が高かったわね。この調子で来月末の期末テストにも挑むように」


「上位の成績は廊下に張り出されているわ。名前が書かれている生徒は引き続き頑張るモチベーションに、そして書かれなかった生徒は目指す点数の参考にしてちょうだい」


「ではテストを返していきます。呼ばれたら前に受け取りに来るように」


「……――きとくん。あら……大上秋斗くん?」

「……もう、仕方ないわね。根古屋さん、代わりに取りに来てちょうだい」



「………ふふ、お疲れ様、大上くん。よく頑張ったわね」





「お、おい、なんかの間違いじゃねえの?」

「うそ……」

「絶対カンニングだろこれ」

「でもあの高山先生が監督しててカンニングなんて出来んのかよ……?」



「おーおー、やりやがったなー秋斗のやつ」

「ふふっ、危なかったよ。秋斗とは言え、負けたくなかったからね。ふふふっ」

「はっ、嬉しそうにしやがってさー。てか勝ってもねーけどなー?」

「あはは。でも秋斗と肩を並べるのも嫌いじゃないからね」

「口の減らねーヤツめ。……さて冬華ぁ、良かったなー。学校でも話せるじゃん」

「…………し、信じられないです…」

「そうかい?秋斗ならこんなもんだよ。中間テストは範囲が広くないし……やると決めた時は尋常じゃないからね」

「死にそうなツラしてたしなー。本人はいまだに机に涎垂らしてんだろ。学校に何しに来たんだっての、ずっと寝てるしよー」

「仕方ないさ。さすがの秋斗も毎日2時間程度しか寝てないとそうなるよ」

「……そんなに、頑張ってくれたんですね」



「……嘘だ…あり得ない……ぼ、僕があんな底辺に……?!」





 中間試験成績


 5位 根古屋夏希 481点


 4位 烏丸紫苑 484点


 3位 宇佐冬華 491点


 1位 志々伎春人 500点


1位 大上秋斗 500点


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