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29 初めての恋

「え……今日から帰りが遅くなる?」

「あぁ。まぉ気にせずに先に寝といてくれ。晩飯もいらんから」


 そう朝一に告げた大上さ……いえ、秋斗は、眠そうに欠伸をしながら朝食を食べてました。

 眠さでいつもより素直になってるのか、美味い美味いと呟きながら食べてくれたのは嬉しいんですけどね。


 しかし晩御飯はいらないんですか……ちょっと寂しいですね。


 そう言えば愛が美味しいオムライス屋さんを見つけたとか言ってましたね。

 誘われた時は晩御飯を作るので断りましたが、もう行ってきたのですかね。まだならついて行きたいところです。


 他にも変わり種や面白い料理がないか聞いておきましょう。

 一般的なな料理は大体作れますが、そろそろ新たな料理に挑戦してみたいと思い始めましたし。


「美味かったぁ、ごちそうさま。皿洗っとくから冬華は出る準備でもしといてくれ」

「っそ、それなら良かった。あ……あ、秋斗、お皿、ありがとね」


 大上……じゃない、秋斗は食後にいつも美味しいと言ってくれたり、皿洗いを毎回やってくれます。

 面倒くさがりのくせに律儀というか、捻くれてるくせに変なところで素直というか、まぁ変わった人です。


 そんな変な人に、私は救われました。


〜〜〜〜〜〜

 

 最初こそは学校でーー悪い方向性にーートップクラスの話題性を誇る問題児が話しかけてきた時は、自分の運のなさを嘆きましたよ。

 しかもその時が水をかけられるという過去にない嫌がらせをされたばかりで、心が折れかけている時だったから尚のことです。


 ですが、デリカシーもなければこちらを心配する素振りもない彼は、ついでに下心もないように見えました。


 私は大して面白みもないのに、まぁ、はい、モテます。

 そんな私に話しかける男子は、なんというかこう、怖いんですよね。必死というか、勢いが凄いというか。

 愛はその勢いにも負けないテンションを持ってますけど、私には難しかったんですよね。そのせいですかね、いつしか男性と話すのを避けるようになりました。


 ところが、弱り目な上に下着が透けてる状態の私に、面倒くさそうにしながらーー自分の上着が濡れて汚れる事も厭わず、私のイジメすら興味も示さず、学校よりも看病を優先してくれてーー助けてました。

 気付けば、男性相手なのに構えたり気負う事もなく話せてました。


 それからは何かと驚かされました。


 最初にびっくりさせられたのは、やはり学校でも人気の有名な人達と実は仲が良かった事ですね。

 嫌われ者で有名な彼に、人気者ばかり集まってくるんですもん。しかもそれが、誰とも関わりが薄い根古屋さんと、誰とも一定の距離を保つ志々伎さんなのだから余計に。

 特に根古屋さんは『孤高』と呼ばれるのが嘘みたいに距離が近く、2人とも楽しそうに話していました。

 何故かそれが面白くなく、学校では関わるなと言われてるのに混ざりに行っちゃいましたしね。


 そしてバレー部エース相手にバレーでの勝利。

 志々伎さんやチームメイトの頑張りあってのものだと分かってますが、決勝で一気に攻撃に切り替えた大上さんの凄まじさは鮮烈でした。

 周りの生徒達は志々伎さんを褒め称えてましたけど、私には大上さんの姿ばかりが目に焼き付きました。

 いつも気怠げな彼の真剣な顔は……うん、セコいです。ズルですよズル。


 最後に。軟禁から救出してもらいました。

 あれは不覚でしたね。あっさりと拉致られました。

 猪山さんが不良と呼ばれる方達と仲が良いと聞いた事はありましたが、まさか何十人も居るとは思いませんもん。


 今まで男性に話しかける時の必死さや気持ち悪さを何倍にも膨らませたような表情を、その人数から一斉に見られた時は恐怖で呼吸が止まりました。

 いや、はっきり言ってトラウマです。思い出しただけで鳥肌と怖気がヤバいです。


 まぁこんな口調で言えるのは結局無事だったからですけどね。 


 閉じ込められて割とすぐに外が一気に騒がしくなったと思えば、猪山さんが血走った目で私の顔に触ってきて。

 そこで体じゃなくて顔を触るあたり、どれだけ私の顔に執着があるんだと吐き捨てたい。

 けどそれすら出来ず、せめて睨みつけてやろうと思っても涙が勝手に溢れて。


 でも、外の騒がしさに紛れて聞き覚えのある声が聞こえた気がしました。


『――あぁあああっ!しんどっ!』


 かつてないほど緊迫していたはずなのに、あの一瞬だけはポカンとしちゃいました。猪山さんも同じだったのか、一瞬時間が止まったように固まってましたし。

 でも不思議と冷静になり、同時に力が湧いてきた気がして、呆けてる猪山さんを思い切り蹴り飛ばしてました。


 そこからはひたすら近寄らせまいと蹴り続けましたよ。私は運動は割と得意な事もあり、自分でも思ったより粘れました。

 そして何分か何十分か、どれほど経ったか分かりませんが。唐突に、あっさりと扉が開かれました。


「…………」


 部屋を支配する沈黙。

 大上さんは猪山さんを一瞥してから私を見てーーストン、と感情を削ぎ落としたかのように無表情になりました。

 荒れていた呼吸も、しんどそうな表情も、全てが無になった。そんな、変化。

 その一瞬後には、猪山さんは吹き飛んでいました。


 蹲る猪山さんを見下して数秒、ゆっくりと、処刑のカウントダウンをするかのように歩く大上さん。

 猪山さんは一歩近寄られるごとに顔を歪ませていき、ついには泣き始めます。

 男のくせに情けない、とは言えません。何十もの男を叩きのめした人が、能面のような顔で歩いてくるなんて下手なホラーより余程怖いですよ。


 結局、根古屋さんや志々伎さんのおかげであっさりと元の大上さんに戻りました。

 私はお礼を言いに行くよりも早く愛に抱きつかれ、結局外に出るまで愛を宥めてましたね。

 それから少し話をして、外に出てからようやく大上さんにお礼を伝えれました。


「おー、気にすんな」


 そんな軽い一言で済まされましたけどね。

 しかし口調に反して、彼の表情は優しげな笑顔でーー何かを終わらせたような晴れやかさと小さな寂しさのような色が見えましたり


 その時、ふとその表情の意味が分かってしまったんです。

 きっと彼は、私への興味や関心という糸をこの時切ったんだと。


 その優しげな微笑みへの安心感と、察してしまった事実への悲しさ。

 何故そんな想いが込み上げてきたのか。その理由は、もう気付かないフリが出来ない程に明確で大きなものになってしまった。


(あー……よりによって、この人なんだ)


 何故こんな大変な相手を、と自分の感性を疑いました。

 根古屋さんや梅雨さんという魅力の塊みたいな人が寄り添おうと近くに居るのに。

 自分は助けるくせに、学校の立場を気にして人を近寄らせない捻くれ者なのに。

 デリカシーもないし目つきは悪いし面倒くさがりだし無愛想だし鈍そうなのに。


(大上さんが、初恋かぁ)


 ……あ、やばいです。これはやばい。

 自覚したらこう、ギュッてなりました。顔みれない。心臓うるさい。顔あつい。ちょっとたいむ、今むり。

 

 ……ごほん。咄嗟に顔を背けて、愛に隠れるようにして逃げました。

 愛は最初こそ私の態度を不思議そうにしてましたが、すぐに慈愛の笑顔で私を匿うように宥めてくれましたが……あれは誘拐の恐怖に対してですよね?いやでも愛って感情面にとても敏いんですよね…


 この初めてな上に大きすぎる感情を他人に知られるのはどうも気恥ずかしいです。

 でも、だからといって持て余す想いに慣らしてる時間はありません。

 大上さんの事ですから、私の予感が正しければすぐにでも突き放そうとするでしょうから。

 

 腹をくくり、覚悟を決めて、言葉を考えてーー結局、大上さんを前にして暴れる感情のせいで真っ白になって。

 でも、結果オーライです。えぇ、泣いて恥ずかしいなんて思ってません。あれは作戦ですとも、誰がなんと言おうとも作戦なんです。

 ……友達オチってなんなんですかー!


〜〜〜〜〜〜


 とにかく!居候も続けれるようになりました。

 学校では中間テスト以降は話せなくなりますが、家に帰れば関係ないですもん。烏丸さんは関わらない範囲を指定してませんし、学校外まで文句を言われる筋合いはありません。


 それにしても烏丸さん、恨みますよ。

 ただでさえ根古屋さんは学校でも仲良く話しかけているのにぃ。

 しかも大上さんにだけそんな態度なんて、可愛いすぎですよ。セコいです。


「………秋斗…」


 そうですよ。勢い余って攻めた戦利品もありますし、こんな事でめげていられません。

 お互いが名前呼びするようになりましたからね。

 持て余す感情が色々暴走した結果のちゃっかりでしたが、今思い出しても我ながら偉いです。よくやりました。


 正直呼ぶのは照れくさいですし、呼ばれると顔が熱くなっちゃいますけど、胸はポカポカです。えへへ、さっきも呼んでくれたぁ。


「ん、どした?」

「ぃっ、え、え?何?」

「いやこっちが聞きたいわ。名前呼んだのに返事したらビビられるとか何だよ」


 そ、そう言えば学校に行くんでした!やばいです、何も準備してない!

 秋斗はもう皿洗いどころか準備も済ませたらしく、手にはカバンが握られてます。時計を見れば、そろそろ出なければまずい時間。


「す、すみません!ちょっと考え事しちゃってた!」

「いやいいけど……今日は休むか?無理しなくて良いぞ」

「っ、い、いえ大丈夫ですから!」


 うぅ、唐突に優しくするのはダメですよ……志々伎さんが言ってた通りです。この人ツンデレ要素ありますよ。


「敬語になったりタメ口だったり忙しいな。まぁ大丈夫ならいいけど」


 眠そうな目を柔らかく細め、それからさらりと私の横を通って玄関へと向かう彼。

 先に行くであろう秋斗に、一緒について行きたい気持ちもありますが……今はむしろナイスです。顔見せれないです。

 

 顔を秋斗の方に向けないようにして準備を始めます。化粧は基本的にしないので、言う程時間はかかりません。

 急いで玄関に向かいながら時計を見ると、いつもより遅くはあれど急げば間に合う時間。安堵しつつも油断は出来ないので、急ぐ気持ちを緩めないようにしながらドアを開けます。


「お、意外と早いな。女ってもっとかかるんじゃないの?」

「…………え」


 ドアを開けると、すぐ近くから聞こえる声についフリーズしてしまいました。

 外の眩しさに目が慣れずに目を細めていると、だんだんと見えるようになった視界の中で秋斗が悪戯っぽく笑ってます。あ、その顔反則……


「おいおーい、ぼけっとしてる暇ないだろ。俺はいいけど、優等生の冬華が遅刻したらやばいんじゃねぇの?」

「……秋斗?」

「いや見りゃ分かるだろ……それとも嫌われ者の顔なんて記憶に残したくないってか?」


 呆れたような、揶揄うような彼。私の頭の中で疑問や感謝といったたくさんの言葉が飛び交うも、うまく口から出てきてくれずに、代わりに熱となって体を巡りました。

 

「……おい、顔赤くないか?やっぱ体調悪いだろお前。今日は休め」

「あ、いや、ちが」

「冬華ならテストも楽勝だろ?一応今日のノートは帰ってきたら見せるし、無理する必要ないだろ」


 軽い口調に呆れたような顔。でもその目には確かに心配そうに見つめる優しさが映っていて。だから、ダメだって言ってるのにぃ。


「って待て、もっと赤くなってきてるぞ?!これ真面目にヤバいんじゃないか?病院行くか?」


 やめて、あなたのせいだから、とにかく、少し離れて。

 言葉に出来ない単語が頭の中で浮かんでは消える。きっと今の私の顔を自分で見ていたとしたら、しばらくは恥ずかしくて布団から出れないと思う。

 そんな顔を秋斗に見られてると思うといよいよ恥ずかしさでクラクラしてきた。


「びょ、いんは、大丈夫」

「ホントかぁ?無理して言ってたら怒るぞ?」

「ホント。無理、違う」

「なんでカタコト……?」


 結局私は寝室に詰め込まられ、清涼飲料水や水などをベッドの横に置かれて寝るよう厳命された。

 あれよあれよと手際よく進める秋斗を眺めている内に、彼は学校へと向かった。時計を見ると、もう走っても間に合わない時間。

 ごめんなさい、と内心で呟く。そして布団を頭まで被り、思い切り悶えた。


「〜〜〜〜〜〜っっ!」


 秋斗、あなたは悪い人だ。素行とかの話じゃないよ、もっとタチが悪いもん。

 だって、お、お姫様抱っこって……!いやそうだね、私が立ち尽くして動かなかったのが悪いのはわかってるよ?でも、いきなり、そんな……!

 

 あー……うん、今日は休もう。

 持て余してた感情を、落ち着かせる間もなく距離を詰めれたのまでは良かった。褒めてあげるよ私。


 でもムリ。全然追いつかない。あの天然ジゴロの鈍感やろーにころされちゃう。

 なんで急にそんな笑顔たくさん見せるの!友達になるってこんなに変化あるの?!


 はぁ……今日一日かけて落ち着こう。そうしよう。じゃないと挙動不審だと思われる。てゆーか一緒に住んでるから夜にはまた会うし。今しかないもん。


「はぁ………もう」


 持て余すし、勝手に暴れるし、おかげで遅刻しかけるし、結局休むことになるし。

 今までは無縁だった、そんな感情。

 初恋。好き。大好き。


 世の中の恋人がいる女子達よ。あなた達はなんて猛者なんだ。

 でも負けてられない。私の予想ではライバルは多い。家での時間はもちろんのこと、学校では中間テスト以降話せなくなるし、テストまでの学校生活も大事にしないと。

 けど、今は。


「……寝よ」


 有備無患。まずは落ち着け私。

 引かない熱に苦戦しながら、私は意識を夢の世界に預けたのだった。


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