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27 ケンカと理由

――意味分かんない。


 唐突だった。よく分かんないまま、終わってしまった。

 そうとしか言いようがないもん。耐えるって決めて、今日も一日長かったなぁなんて気を抜いた時に、ふらりと目の前にあっきーが出てきて。


 たった数言吐き捨てるように言って、質問しようとしても被せられて聞いてもくんないし喋らせてもくれない。

 もういいやって思って、話終わったら説明してもらおっと思ったら……終わってた。

 わたしのここ数日で伸びに伸びた嫌われ度が、急角度で叩き落とされたみたいにゼロになってた。

 むしろ離れちゃってた友達やわたしに擦り寄ってた男達が一斉に集まってきて心配されたり、ほとんど話した事もなかった人まで話を聞きに来た

 まるで、一気に注目の有名人気分。多分、ちょっと前のわたしなら大喜びだったと思う。


(……意味分かんない)


 周りから雨みたいに降ってくる言葉。

 心配する言葉、詳しく聞き出そうとする言葉、どさくさ紛れにデートに誘う言葉もあった。その言葉と同じくらい、あっきーの悪口が降ってきた。


 ここまでの大人数は初めてだけど、人に囲まれるのは慣れてる。

 いつものように愛想よくしてれば良い。なのに、上手く表情が作れない。言葉が喉に引っかかって出てきてくれない。

 そんなわたしに気付いたのか、集まってた人達が不思議そうな顔になり、話す勢いが落ちていく。

 その瞬間を待っていたみたいなタイミングで、教室に涼やかな声が響いた。


「根津さん、それから宇佐さんも。少し話を聞きたいのだけれど、今からお時間もらえないかしら」


 担任の高山先生が、いつものキレーな顔にほんのり陰を感じさせながら立っていた。


 その姿を見た時、不意に理解した。

 わたしはまた、助けられたんだって。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


――面白い人を見つけちゃった。


 つまらない授業。つまらない人達。つまらない人生。

 愚痴るように思うながら、あたしは笑顔で今日も模範的に学校生活を送る。


 そんな中で、驚かされた子が現れた。志々伎梅雨――学校一の才人の妹。

 兄へのコンプレックスを感じさせない言動と、それでいて兄には劣るものの優秀なスペック。そして入学間もなく学年一と位置付けられる程の容姿。


 なんとなく気が向いて話しかけると、裏表のない子だとすぐに分かった。

 あんな兄の存在がありながら、こうも素直でまっすぐな性格によくなったなと思い、興味を持った。

話していてると底なしの明るさで不思議とこっちも楽しくさせられる事もあり、梅雨にも気に入られたのか気付けば一番の友達同士と呼べる仲になっちゃった。基本的に人を悪く言わないーーいや、見ないのも理由かも。あたしと違いすぎる視点が面白かった。


 そして話してる内に気付いた。

 梅雨の話によく出てくるのは、兄ではなくもう1人の男子。最初こそ一切口にしなかったのは、その男子があたしに受け入れられないと予想したからだろうな。

 実際、受け入れなかった。なんたって、学校一の嫌われ者にして問題児の名前だったから。


 この純真な梅雨を騙してる。そうとしか思えない。

 あたしはさりげなく梅雨を誘導して、その男に会いに行かないようにした。誘導なんてあたしからすれば朝飯前だしね。でも一番の友達だし、思考の誘導まではしなかった。


 そんなある日、帰り道でバッタリとその男に会ってしまった。

 息を切らせて汗を拭いもせずに走る男に、梅雨はなんとも気軽に話しかけてしまう。その男はこちらを見て、進路を変えて近付いてきた。


 鋭い目つき。顔は整っているんだろうけど、その目つきの悪さでかっこいいという言葉から遠のいてる。

 しかもその目が底なし沼のように底知れないからこそ、余計に怖さが増した。


 やべーヤツだ。聞いてた以上にやべー。

 固まるあたしに構わず男はあたしが持つチャリをガシッと掴む。その時、下手したら人生でも初めて無意識のうちに悲鳴が漏れた。


 愛想の仮面も付け忘れ、失礼な態度をとってしまった。よりによってこんなやべーヤツの前で。それなのに、男はむしろ頭を下げて去っていった。あたしのチャリで。

 呆然と見送る。横に立つ梅雨は「また頑張っちゃってるのかな」なんて呟き、どこか穏やかな笑顔を見せていた。


(あ、違う。あの男の『おかげ』なんだ)


 唐突に理解した。直感でしかないけど、割と当たる自信がある。

 兄の存在がありながら表裏のない素直な性格。明るく惹きつける笑顔。人を悪く見ようとしないお人好し。

 これらは、あの男のおかげだ。全部じゃないだろうけど、少なくとも、影響の大半は。


 それから梅雨に住所を聞き出し、翌朝に突撃。

 現れた男の目を見ると、やっぱり恐怖が湧き出る。長年の経験から、敵に回したらダメだ、関わるな、と警鐘が鳴る。けど、あたしは挑発してみた。梅雨を信じてみた。


 結果、男は年下の無礼に何も言わずに、むしろ謝罪と弁償を告げてきた。

 何より、あたしの仮面がすぐにバレた。梅雨の兄、春人先輩ですらこうも早くはバレなかったのに。


(面白い人、見つけちゃった)


 なんともアンバランスな存在だ。

学校一の才人を超える洞察力、生意気な後輩を受け入れる優しさ、聞けば球技大会で活躍する程の身体能力もあるとか。反して、数多い悪評や悪行、そして嫌われ者の立場に甘んじてボッチなカースト最底辺。


 梅雨の時以上に湧き上がる興味。つまらない生活に落ちてきた望外の楽しみ。

 抑える気にもなれず、放課後も会いに行こうと決めた。しかし、廊下に出るや聞こえてくるのはまさに会いに行こうとした男の新たなニュース。


『学校一の美少女とその親友を悪逆非道の策略をもって引き裂こうとした』


 まとめたらこんな感じ。アホらし。その相手と一緒に登校してたっての。

 そう思って聞き流してたら、一緒に居る梅雨の顔色が良くない事に気付いた。聞いても何も言ってくれないけど、少し嫌な予感がした。


 梅雨を連れてさっさと帰ったと噂で聞いたので先輩の家に向かうと、意外な人物――根古屋夏希先輩に捕まった。梅雨と先輩の幼馴染だとか。どんな交友関係してんだやべーな。

 そして辿り着いた先で、とんでもないものを見た。


 学校一の才媛にして人気者。笑顔が絶えず、全てを優しく包み込む無欠の男。

 学校一の嫌われ者と位置付けられながら、底知れぬ洞察力と優しさを持つ男。

 そんな真逆のようで似てる2人が、怒りを剥き出しにして衝突していた。


(来るんじゃなかった)


 恐怖で強張る体と頭。その頭のどこかでポツリと漏れた感想。

 やっぱり関わるべきじゃなかったんだ。こんなにも恐ろしい人達は見た事がない。思わず抱きついた梅雨に腕をさすられながら、この恐怖が立ち去るのをただ待った。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


――すごいな、勝てないかも。


 震える親友を撫でながら、実の兄ともう1人の兄みたいな人を眺める。

ここ数年は見てなかった、2人の大喧嘩だ。しかも、今回はかなり感情的で……多分こんな2人は初めて見たかも知れない。


 撫でる手が少し震える。尊敬するお兄ちゃんと大好きなアキくんがケンカするところは、小さい頃から怖いし嫌い。

 それでも親友――天真爛漫で無邪気な小悪魔、のように見える腹黒――ほど怖くないのは慣れのせいだと思う。

 ちなみに親友の静はとっても腹黒ちゃん。でも根が優しいから好き。こんなに仲良くなれたのは、もしかしたらなんかちょっとアキくんと似てるからかも。

 反面、うまくやれすぎてたせいか、自分が勝てないと思った相手には萎縮しがちなんだよね。ちなみに、多分わたしは同等くらいと思われて、だから気安く居れるんだろうな。私もそう思ってるとこもあるし。


 とにかく、これはちょっと良くないよぅ。

 怖いし、怖がってるし、おまけに夏希姉は興味なさげに眺めてるしぃ。


 そんなわたしの思いを他所に、いよいよ実力行使に移ろうとする2人。なんでいっつも冷静なのに、あの2人がぶつかるとこうも熱くなっちゃうかなぁ。

 でももう大丈夫。そのタイミングで、我らが姐さんこと紅葉姉が来てくれたから!


 尊敬する3人が、揃って頭を上げられない紅葉姉。つまり勝利は我が手にあるっ。

 それからあっという間に沈静化された。それにしても思ったより強引な止め方だったなぁ……もしかしたら紅葉姉も夏希姉も怒ってるぽい?


 そして間を置かずに現れたのは、直接関わりがないのにすんごくよく聞く先生――高山先生。ふわぁ、えっぐい美人だ!写真撮りたい!

 あの紅葉姉も敬意を払ってるみたいだし、噂通りすごい先生なんだろうなぁ。

でも一番驚いたのはアキくんもだったこと。紅葉姉にも食いついて不貞腐れてたアキくんが、先生が来てから大人しくしてる!やば!ちょっとウケる!


「秋斗は黙ってな。あたしが説明するからさ」


 そんな高山先生相手でも言い渋るアキくんを雑にあしらい、夏希姉が事の顛末を話し始めた。

 冬華さんのイジメ。親友だった根津さんが騙されて加担したこと。そしてそれは2人の間では既に解決していること。

 残る根津さんの周囲からの扱い。贖罪として耐える覚悟を決めたこと。

 そして今日、それをアキくんがひっくり返した事。いや、罪を横取りして被ったこと。


 それを話す夏希姉や、聞いていたお兄ちゃんは怒ってた。

 紅葉姉は呆れ、冬華さんと根津さんは落ち込み、静は落ち着いたらしく観察するように目を細めて黙っていて、高山先生は冷静に聞いていた。


 そんな中で、わたしだけはビックリした。きっと皆んな、助けたとかそれは違うとか考えてるみたいだけど、それより気になった事があった。


(……すごいな、勝てないかも)


 アキくんがらしくもない理由でこんな事をしてしまった。

 そうじゃない、こんな事をしてしまうくらい、考え方に変化が起きてるんだ。

 いや、起き始めたばかりで、混乱して間違えたのかも知れない。


 なんにせよ、『アレ』以来びくともしなくなってしまったアキくんの考えを、僅かでも震わせたんだ。

 わたしはそっと、顔を俯かせている冬華さんを見た。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 宇佐さんと根津さんから話を聞き、表には出さずに頭を抱えた。

 大上くんの行い、そして目撃者の多さと噂の広まる早さ。よろしくないわね。


 とりあえずは本人に話を聞いた方が早い。本当は良くないのだろうけれど、今は少しでも早く動いた方が良さそう。


 つい先日、屯田先生から謝罪があり、それ以降は業務連絡以外で話しかけられる事はなくなった。いえ、それが同僚として普通と言えば普通なのだけれど。

 そんな普通をもたらしてくれたのが大上くん。圧倒的不利を覆して、退学をかけた勝負に勝利した。


 その報酬として手に入れたのは、先に述べた私の『普通』の職場生活と、宇佐さんのイジメ解決だった。そう、彼自身には何もない。


 そうではないかと思ってはいたけれど、やはり彼は底なしのお人好しね。

 「借りを返す」なんてことに、退学を賭けてまで報いようとするなんて。これじゃどっちが借りがあるのか分かったもんじゃないわよ。


 そんな教え子のもとへ向かう。宇佐さんと根津さんもついて来たいと言うので連れてきた。そして訪れた部屋には、予想よりも多くの人が居た。

 しかも、これがまたなんとも濃いメンバー。生徒達のみならず教師達の間でもよく名前を聞く生徒達ばかり集まっていた。


 でも今はどうでも良い話。

 どうやら冷静ではない様子の大上くんだったけれど、私には大人しくしてくれるみたい。義理堅い子ね、本当。もっとも、説明は根古屋さんがしてくれたのだけれど。


 根古屋さん視点で話された内容は、形としては想像通り。大上くんが根津さんの悪評を被った形ね。

 しかし彼女の言葉の端々には『彼らしくない』という不満と怒りが滲んでいた。

 

「根津は耐えるって言ってたろ。なんで秋斗がそんな真似をする必要があんだよ?」


 その不満を要約すれば、彼女のこの言葉に集約されるのではないかしらね。

 彼は彼の基準と、貸し借りでしか基本的に動かないらしい。ましてや、自分の責任による罪に手を差し伸べる事などもってのほか、と。

 早い話が、騙されたとは言え根津さんの自業自得を、借りもないのに助けた大上くんを『らしくない』と不満に思い、そして罪を被って批判されてる現状に怒ってる。


「そう、ありがとう。……それで、大上くんからは話を聞かせてくれないのかしら?」


 一通り説明を聞き終え、大上くんに水を向けた。

 それに合わせて集まる視線を浴びながらも、彼はふてぶてしく、あるいは不貞腐れたように座ったまま口を噤んでいる。


 まぁ貴方はそうするのでしょうね。でも、これだけの人達が心配して集まっておいて、だんまりを許すほど私は優しくないわよ?


「……はぁ、全く。大上くん、あなたは見たくなったのでしょう?」


 にこりと笑ってみせると、誰もが不思議そうにした。いえ、志々伎梅雨さんだけは分かっていたようね。

 そして首を捻ったのは本人も含めて。自覚がなかったのかしら、私からすればそうとしか見えないのだけれど。


「……何を、すか?」

「喜ぶ顔を、よ。優しさか愛情かは分からないけれど、本当に仲良くなったわね」


 怪訝そうな表情を浮かべる生意気な大上くんに、追い討ちとばかりにチラと志々伎梅雨さんの方を見る。彼女も察してくれたらしく、小さく頷いて口を開いた。


「アキくん、わたしも高山先生の言う通りだと思うよ?」


 諭すような、どこか拗ねたようにも聞こえる彼女の口調に、大上くんは眉間の皺を解いた。

 そして諦めるような、自嘲するような表情になり、口を閉じて俯く。

そんな大上くんを、目を丸くして見ているのは大上生徒会長と志々伎くん、根古屋さん。他の子達は訳が分からなそうに首を傾げてる。


「まさか……秋斗が…?」

「うそーん……」

「いや、俺もそうとは思えねぇんだけどな?」

「どっちにしろ、良かったじゃない。アンタのそれ、心配だったのよ」


 大上生徒会長は姉の顔で大上くんを撫でている。それを跳ね除けるでもなく喜ぶでもなく居心地悪そうに顔をしかめてるけれど。


「まぁなんにせよ、そういう事なら僕からは何も言わないよ。さっきは怒鳴って悪かったね」

「……だから俺も分からねえんだって。まぁ謝罪は受け取るし、その……俺も悪かった」

「ふふっ、それじゃお互い様という事で」

「あぁ、そうしてくれると助かる。でだ、そのニヤけ面はやめろ!」

「えぇ?だってあの秋斗が、ねぇ?くくっ」

「……てめ、仕切り直すか?」

「くくっ、ふふふっ、ごめ、待って。今無理だから」

「んのやろ!」


 志々伎くんとは丸く収まったようね。……収まってるのよね?

それにしてもこの子達が仲良しだったとは……大丈夫とは思うけれど、一応警戒しておかないといけないかしら?2人が組んでしまえば、逆らえる生徒が居るとは思えないものね……


「あ、高山先生、わざわざ来てくれてありがとうございます。迷惑かけてすんません」


 内心で少し悩んでいると、大上くんが立ち上がって頭を下げてきた。


「構わないわよ。教師だもの」

「出ましたね、そのセリフ……言っときますけど、明らかに業務外の仕事っすよこれ」

「ふふ、だとしても構わないわ。あなたには恩があるもの。おかげ様で職員室で過ごしやすくなったわ」

「あー、なら良かったっすけど……その件はむしろ俺の借りを返しただけで、恩とか言われても困るんすけど」

「いいじゃない、私の勝手よ。貸し借りや恩なんて個人の受け止め方だもの、私はあなたで言う借りがある状態だと感じてるわ」

「……勘弁してくださいよ。それじゃイタチごっこになるじゃないすか…」


 困ったように笑う彼に、きっと私は少し意地悪く微笑んでいたと思う。

 とても高校生には見えない落ち着きと考え方の彼も、こうして話していると可愛い生徒に見える。それに話していて、不思議と素直に楽しいのよね。


「「「……………」」」


 ふと気付けば、無言のまま集まる視線。

首を傾げて見せても何も言わず黙ったまま見つめてーーというより気のせいでなければ睨んでーーくるのは、生徒会長と根古屋さんを除いた女性陣。


「……何か変な事言ったかしら?」

「いや、そんな事ないと思いますけどね」


 大上くんと2人で顔を見つめ合って首を傾げてる。

 それから数秒後、志々伎梅雨さんが「危険っ!危険すぎるよ!」と叫び始めたけれど……何の事か分からず、やはり2人で首を傾げる事となった。


 


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[一言] >>学校一の才媛にして人気者。笑顔が絶えず、全てを優しく包み込む無欠の男 春人くん、主人公にもがれちゃったか……w 才媛だと、女性になるので才子とかに直した方が良いかと。
[良い点] 根古屋推しだから勝ってほしい けど親友ポジだから無理なのかなぁ √分岐とかあったら嬉しい
[良い点] 梅雨頑張れ
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