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22 後悔の始まり

「今は目立つから後でな」


 宇佐が仕事の残りを申しつけようとしてきたが、今の宇佐はこの学校で一番注目されている存在。

 そんなのが俺と話していれば、また別の話題を噂話好きの暇人にくれてやるようなもの。


 だから強引に話を切りそそくさと逃げて、放課後。

 

 帰り際に猪山が昏い表情でぶつぶつ言ってるのを横目にさっさと帰路につく。

 ちなみに一緒に帰ろうとしていた夏希は女子に話しかけられてたから置いてきた。

 夏希は女子によくモテるよな。いや男子からもモテるんだけど、男に対しては塩対応なのに女子にはいくらか優しい。そのおかげか、球技大会を機に群がる男子達を追い払ってくれてるらしい。


 そして宇佐はというと、朝の春人や夏希よりもでかい人集りを作っていた。

 男女問わずどころかクラスや学年問わず集まる人集りに、さすがに同情しつつも勿論スルー。しばらくは苦労しそうだなあれは。


 まぁあれだけ居れば良い居候先もすぐ見つかるだろ。

 宇佐の荷物は少しばかり増えたとは言え大した量じゃないし、もしかしたら今日にも出ていくかも知れない。

 

 とか考えてたら、目の前に数人の男達が出てきた。

制服からして我が校の男子生徒。これはついに俺にもお友達が出来る時が来たか?


「よぉ、お前が大上か?」

「ちょっとツラ貸してもらおうか」


 まぁ違いますよね。いかにもガラ悪そうなやつばっかだし。


「そうだけど、何の用?」

「黙ってついて来りゃいいん「いいから来いっつってんだよ!」げんなよ?まぁ逃がさねぇけどな」びってんのか?」に乗ったらどうなるか教えてやるよ!」


 5人の生徒がそれぞれ言いたいように言うから被りまくってあんまり聞き取れないんだけど。ちゃんと打ち合わせして話す順番決めとけよ。


「ついてけばいいのか?」

「そうだよ、おら来いや」


 今度は代表して1人だけ喋ってきた。というより、他の4人が空気を読んで話さなかっただけかも。

こんなどうでも良い考察はともかく、5人か。不味いかなこりゃ。




 とか思ったけど、そんなことはなく。


1人ほど見せしめにしたら他の4人は逃げていった。

 置いていかれた1人は顔は俺も思わず同情してしまう程の哀愁があったけど、まぁ逃すわけにはいかないんだよね。


「で、何でこんなことしたんだ?」


 弁明しとくと、見せしめといっても真っ先に突っ込んできたコイツをちょっとコケさせて、足を掴んで振り回しただけだからほぼ無傷ではある。

ちょっと振り回しすぎて酔ったのか、それとも遠心力か、昼飯だったものをーーいやこれ以上は彼の名誉の為に伏せておくか。


 ともあれ、今は元気にお話する事も問題ない。ちょっと臭うけど。

 にも関わらず、さっきからダンマリだから困ってる。


「おい、無視かよ?」

「ひっ」


 いやその反応は傷つくわ……ウソでしょ?5人で袋叩きにしようとしてほぼ無傷でおさめてやったのにドン引きはひどくない?

 まぁこうなっちゃ仕方ないか。こっちから質問を絞ろう。


「誰かに頼まれたのか?」

「っ?!」


 なるほど、最初からこうすりゃ良かった。すっごい分かりやすい。


 さて、問題はーー聞きたいことは、こっからなんだよね。


「宇佐にも手を出してるのか?」

「っ?!」


 うんうん、さっきと全く同じリアクション。分かりやすいやつは好きだぞ。

ただ、こいつらのやってることは好きになれないけどな。


さて……困った。最悪だ。

 恐らくだが、主犯は猪山。あいつ、変な雰囲気出してたけどヤケになりやがったな。


 スマホの時計を見る。下校時間になって30分弱。さすがにあの人集りも散って、宇佐も帰り始めていてもおかしくない。

 呑気に帰ってる場合じゃなかったか。猪山の雰囲気も気になりはしたけど落ち込んでるもんだと決めつけてしまった。

 うん、認めよう。完全にミスった。くそったれ。


「……猪山だろ?」

「ひっ……は、はい…」

「お前らがどういう繋がりか知らんけど、もうあんなやつらと仲良くすんの辞めとけ。でないと巻き込まれるぞ」

「は、はい……」


 こいつら5人は恐らくは使い走り。八つ当たりしたい気持ちを抑えて関わらないならこれ以上は何もしないと言外に告げる。


「その上で聞く。今猪山はどこに居る?」

「し、知らねぇ……とにかく大上と志々伎を抑えとけとしか…」

「そうか、もういい。あ、てめぇで汚したもんの掃除だけはしとけよ」


 これ以上は時間の無駄だと判断して、とりあえず学校へと走る。

 くそ、こんな事になるなら宇佐と連絡先の交換しとくべきだった。


 舌打ちしながらスマホを取り出し、電話をかける。


『もしもしー?珍しいじゃん、秋斗から電話とか』

「夏希!宇佐はいるか!?」

『んー?……いや、いないけど。なんかあったの?』


 口調から察してくれたのかワントーン下げて真剣な口調に切り替わる夏希に、先程までの出来事をそのまま伝える。


『分かった、あたしも探してみる。春人には?』

「まだだ。俺と同じく足止めが来てるだろうし、負ける事はないだろうが連絡は後回しにした」

『了解。あたしが電話しとくから秋斗はさっさと学校に戻りな、合流するよ』

「あぁ」


 電話を切り、加速する。学校ってこんな遠かったかと思う程、時間が経つのが疎ましく感じる。


「あれ、アキくん?」


 いつもより息切れが早い事に苛立っていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「どうしたのぉ、そんな急いで?珍しいね!」

「あっちょっ、梅雨バカ〜、あの人知らないの?!」


 梅雨と、友人らしき女子。今は相手にしてやれないし、そもそも巻き込む気は欠片もない。

 が、その友人が手にしている物を見た瞬間、方向転換して梅雨達の方へ走りーーその自転車を掴んだ。


「悪い!」

「ひぃっ」

「あ、アキくん?」


 泣きそうなお友達と怪訝そうな梅雨に、息を整える間もなく続ける。


「はぁっ、自転車っ、貸してくれ!頼む、必ず返すから!」

「え……あ、はい」

「あ 助かる!礼はするから!」


 それだけ言って、全てを後回しにして自転車で漕ぎ出す。これならかなり時短出来る、ありがたい。

 人や車を縫うように走る。後ろから罵声やら何やら聞こえるけど応える暇も余裕もない。


 そして志岐高校が見えてきた時、視界の端にーー根津が見えた。


 見れば、路地の前で崩れ落ちたように地面に座り込んでいる。

 無視しようかと思ったが、猪山はそれで失敗したからと思い直し、急ブレーキを踏んで止まり、その場から声をかける。


「何してんだ、何かあったのか?」


 その声に一拍置いて反応した根津は、周囲を探すように見回した後、俺を見つけた。

 その顔を見て一瞬言葉に詰まった。俺が見てきた限りでは常に生意気そうな顔をしていた根津が、目を真っ赤にして泣いていたからだ。


 そんな俺の小さな動揺に構わず、根津は常の小馬鹿にした口調ではなく必死な声音で叫ぶ。


「お願いっ、ふっ、冬華がっ!」


 冬華――一瞬誰か分からなかったが、宇佐の名前だと思い至った瞬間に自転車から飛び降りて根津の元へ走る。

 それを待つ事なく、根津は今いる大通りから一本入っていく路地の奥にある建物を指差して泣きじゃくりながら叫び続けた。


「あそこっ!でもっ、えぐっ、猪山の仲間がっ、たくさんっ」

「あの建物に居るんだな、分かった」

「待ってっ、ひぐっ、危ないよ!」


 途切れ途切れだが、欲しい情報は十分だった。息切れが落ち着くのを待つ事なく、根津の横を通り抜けようとするが、根津が俺のジャケットの端を掴んで止める。

 

「邪魔」

「でもっ、えうっ、不良みたいなのっ、いっぱいっ、」


 嗚咽混じりに言いながら、必死に行かせまいと掴む根津。これが単なる邪魔なら分かるが、俺を心配しての事となると、まるで知らない別人なような気がしてしまう。


「……根津、お前夏希に事情を説明しといてくれ」

「ひぐっ、えっ……?」

「ほれ。後で返せよ」


 スマホを取り出して夏希にコールを掛けてから、出るのを待たずに根津へと渡す。ついでに制服のジャケットを脱いで根津の頭に放り投げておいた。

 

「頼んだ」

「えっ、あっ……」


 もう用はない。掴む手を振り切って建物へと走る。

 見ればカフェか撤退して廃墟のようになっており、電気はついてないがよく聞けば微かに声が聞こえてくる。


 根津の言葉の真偽を疑ってないワケじゃなかったが、本当に可能性はありそうだ。

 そう思い、俺は軽い助走をつけて扉へと足を叩きつけた。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 なんでこうなっちゃったんだろう。




「はじめまして、宇佐冬華です。よろしくお願いします」


 入学したばかりで落ち着きのない教室の中、最初のホームルームで淡白な挨拶をした同級生。

 無表情、素っ気ない雰囲気。それなのに、教室中からの視線を根こそぎ集める可愛さと綺麗な声。


(めっちゃ可愛い……なにあれ、あり得ないでしょ)


 中学では一番可愛いとチヤホヤされたわたしだけど、見た瞬間に負けを認めるしかない圧倒的な美貌。

 悔しさからか妬みからか、わたしは休憩時間になってすぐに彼女――冬華に話しかけた。


「ねぇアンタ、彼氏いんの?」


 彼氏さえ居ればフリーのわたしがチヤホヤされる。そんなことを考えながら聞けば、冬華はすっと振り返って小さく溜息をついた。


「挨拶もなく一言目がそれですか……マナーも何もないですね」

「はぁ?いいじゃん別に。それとも何?仲良く挨拶でもしたいわけ?」


 仲良くする気なんて欠片もないし、聞きたい事が聞けられば良かった。

 そんな思いを刺刺しい言葉に変えて突きつけると、冬華は少し悩むような素振りを見せてから、真っ直ぐにわたしを見据えた。


「……そうですね。せっかくですし、ぜひ友達になってください」

「は、はぁ?この流れで?正気?」

「正気ですよ、失礼ですね。で、私は宇佐冬華です。あなたは?」


 あ、この子マイペースだ。と脳裏に過ぎる。

拒否してやろうと思ったけど、どうにも真っ直ぐに見つめてくる視線に押されるように言葉が出てこない。


「……根津愛」


 結局、名前を教えていた。理由は自分でも分からない。


「可愛い名前ですね。見た目も可愛いですし」

「……嫌味?」

「はぁ、何でそうなるんですか。単なる意見ですよ。根津さんはオシャレですし、化粧とかも上手で……私、化粧とか出来ませんし」

「はぁあっ?!え、ウソ、アンタノーメイクなの?」


 気のせいでなければちょっとシュンとした雰囲気の冬華は、今思えばレアな光景なんだけど、その時はそれよりノーメイクの方が気になった。

 思わず顔を両手で挟んでジロジロと確認すると、マジだった。こいつ、すっぴんで学校に来てやがった。


「……信じらんない。ちょっと顔貸して」

「え?あの……」

「うっさい。すっぴんの友達とかわたし的に無理なんだけど」


 ゴリ押しで化粧をしようとしたら、冬華は小さく笑ってーーこれまたかなりのレアシーンーーありがとう、と呟いた。

 それの意味を考えて、自分の発言を思い出した。わたし友達とか言っちゃってんじゃん。


 否定よりも先に、自分に呆れた。わたしは勢い任せで突っ走っちゃうクセがある。高校生になったし治したかったけど、まぁまだ初日だし仕方ないか。

 なんてとりとめもなく考えて、ふと思った。


(……そう言えば、まともに友達っていう女子ってあんまいないや)


 男子に好かれても女子からは嫌われるか敬遠されがちなわたし。

 そんなわたしに真っ向から友達になろうと言ってくれた女子って、小学生低学年以来かも。


(まぁ……いっか。わたしより可愛いのは腹立つけど、こいつの友達だとメリットありそうだし)


 打算に満ちた考えのもと、私は改めて冬華と友達になった。


 冬華は頭が良くて賢い上に、スポーツも平均以上にこなすスーパーガールだった。

 わたしは勉強も運動も得意じゃないし、見た目だけじゃなくて何もかも惨敗だった。

 

なのに、マイペースな冬華と居るのは不思議と嫌じゃくて。

 話してると楽しいし、変なとこ世間知らずなとことか面白いし。あとは男子に一線を引いた態度も何気に良かったのかも知れない。わたしに流れてくる男子もいたし。


 とにかく、なんだかんだで楽しく友達をやれてた。

 学年末のある日、落ち込んだ冬華が遅刻してきて、猪山に話しかけられるまでは。




「なぁ根津ぅ。お前知ってるか?」


 猪山赤也。

 一年でバレー部エースになる天才で運動バカ。学年上位のイケメンだけど俺様で我儘。不良との繋がりがある危ないヤツ。イケメン好きのわたしでも関わりたくないリスト上位。


 そんなデータを頭に並べながら、「何が?」と素っ気なく聞き返す。

 猪山はそんなわたしの態度の何がおかしいのか、前の席に座るりながらニヤニヤと笑った。


「実はさぁ、宇佐の親父って夜逃げしたらしいぜ?」

「………はぁ?」


 そこまで大きくない会社だけど、そこらへんのサラリーマンとは比べ物にならない稼ぎを持つ社長さん。

 会った事はないけど話には聞いていた冬華の父親が、夜逃げ?


 思わず冬華の方を振り返る。いつもの無表情が痛々しいくらいの沈痛な表情になってる。

 珍しく、というか初めて遅刻してきた冬華に次の休憩時間で話を聞こうとした矢先の授業中に、まさか冬華からじゃなくてこの脳筋から聞く事になるなんて。

 何が脳筋が母から聞いただの言ってるけど冬華が心配で聞き流してたら、猪山が焦れたのか少し荒い口調で言う。


「でだ!……お前、志々伎の事好きだろ」

「は、はぁあ?!」

「おい根津、授業中だぞー」


 唐突な言葉に驚き、猪山のニヤケ面や先生の注意にも反応出来ない。

 こ、この脳筋めぇ。頭悪いくせに何で変な情報だけは知ってんだよムカつくぅ。


「それによぉ、ちょっと宇佐って人気『過ぎ』だと思わねぇ?」

「は?何言ってんの?意味分かんないバカなの?」

「マジでお前口悪ぃな。だからぁ、1人が人気すぎて他の女子とか影薄くなるだろぉ?だから『程よい人気』程度に落とした方が絶対良いと思うんだよなぁ」

「何言ってんのか全っ然分かんないから」

「てめっ、お前こそバカだろ!」


 説明が下手なバカが言うには、1人に集まりすぎた人気は本人にも周りにも良くないとか。

周りの嫉妬を買うし、そうなれば本人も被害が出る。他にもなにやら細かい理由を言っていたけどめんどいから無視した。

 正直、バカの発言にしては的を得ていると思う。わたしだって今でこそ友達だけど、それでもやっぱり嫉妬はするし。それが他人となるとーー考えるまでもない。


「お前だって得はあるし、友達の宇佐の為にもなんだろ?しかも今はまだ広まってないけど、夜逃げの事が広まったらチャンスとばかりにイジメられるかも知れないぜ」


 うーん。ものすご〜く怪しいけど、言ってる内容は間違ってないんだよね。さぁてどうしよっかなぁ。

 

「………分かった。で?何する気なの?」

「くくっ、お前なら分かってくれると思ってたぜ。まぁやる事は簡単だーー」


 また分かりにくい説明を始めるバカ。内容をまとめるとイジメ役を猪山とわたしが完全に担う事らしい。

 カーストトップのわたしと猪山がそれぞれ男女を牽制しながらイジメれば、むしろ冬華への被害は減るし同情も買える。

 でもそれじゃわたし達の印象が悪くなると言えば、それは程よいタイミングで冬華に手を差し伸べて美談にすれば大丈夫との事。

 一時的には印象が悪くなっても、最終的にはむしろ上がる。何故なら冬華の為を思ってこうして泥を被るような事までしたのだから。しかもイジメ中に嫉妬を八つ当たりに変えればスッキリする。

 最後には冬華からは感謝されーー志々伎くんからの評価も上がるだろう。と言うのが全貌らしい。


「志々伎って宇佐と妙に絡みがねぇだろ?」


 それはわたしも感じてた。

 学年、いや学校で見てもトップクラスの才色兼備で人気のある男子と女子の2人は、別に仲が悪いワケでもないのにほとんど話す事はない。せいぜい連絡事項の伝達程度。


「宇佐について回ってたんじゃ志々伎にはお近づきになれねぇ。けど、これを機に『根津自身』が個人的に接点を作れば良いんだよ」


 例えばイジメを切り上げて救い出す局面とかに相談でもするかな、と続ける猪山に、内心で感心した。そこまでの流れを全て想定してたのなら、脳筋とはもう呼べないかも、と。

 正直バカのこいつがここまで考えれるとは思えないし、怪しさしかないけど、この作戦自体はアリな気がしてきた。


「良いわ、乗ってあげる」


――わたしは自分がバカな方だと思ってたけど、本当にバカだった。


 今となってはその一言で片付けられる、バカの後悔の始まり。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 続きが楽しみです。 [一言] 何が楽しいのかニヤニヤしながら机の前に座る所の文章が変ですよ
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