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錆びた歯車、削れ合う:2

「……話すことなんて無いわよ」

 アレクトはすぐにでもその場を立ち去りたそうである。

「……そういう訳にもいかない」

 だが、グレンは動かずアレクトの前に立っている。


「手紙を出したろ、展覧会に行くと。読んでいないのか?」

「読んでない」

 硬いアレクトの返答にグレンはため息をつく。

「ゲール、行きましょ」

 アレクトはゲールの方を向き、いち早くその場から立ち去ろうとしている。

「……いい加減、夢を見るのはやめにしないか」

 その言葉を聞いた瞬間、アレクトの顔に赤みが差す。

「はぁ?今、なんて言ったのよ」

「……絵描きなど、やめろと言ったんだ」

 きっぱりとグレンが言い放った。

 アレクトの顔が朱色に染まり、怒のあまり瞳孔が開いた目をグレンに向ける。

「お前にはもっと、別の道があるだろ。今からでも私の会社に来るんだ……それで──」

 聞き終わる前にアレクトはグレンに向かい掴み掛かろうとする。

「うるさい!この──」

「止すんだ、アレクト」

 アレクトとグレンの間にゲールが割って入った。

「……ゲール、お前も相変わらずか」

「ええ、グレン。稼働状態に問題はありません」

 ゲールの歯車がキリキリと鳴る。彼の様子を見るグレンの表情は変わらない。骨に張り付いた顔そのままと言った無表情。


「行こ、ゲール。時計はちゃんと直ったから」

 言うが早いか既にグレンとすれ違い、アレクトは機関室を出ようとしている。

「この時計、お前が直したのか?」

 扉に手をかけたアレクトにグレンが声をかける。

「…………そうよ、だったら何」

「いい音で動いている。見事な修理だ」

「あっそ」

 一度だけ、アレクトは振り向く。無表情のまま彼女を向くグレンへと。

 その顔に唾でも吐きかけてやりたい、そんな怒りの表情を見せながら。




「最っっっっっっ悪!」

 時計台から出た後、アレクトは怒りをぶつけるが如く街の石段を力強く踏んづけていた。

「夢を見るのはやめにしろ!?私の会社で時計作れ!?絵を描くのをやめろ?」

 ただ、怒っていると言うよりは飛んで跳ねて遊んでいるようにも見えた。

「冗談じゃないってのあの鋼の精神構造オヤジィ!正論だけで精神世界と会社回しやがって!あんなのからこさえられたなんて冗談じゃないわ!」

「……相変わらず、怒りの感情表現が平和的だな」

 ゲールは街のマスコットを模ったオブジェを背もたれにして、跳ねるアレクトを見守っている。

「ストレスを発散するならちょうどいい子がここに居るぞ」

 ゲールが街のマスコット──ライカンくんを脇に持ってきた。

「……人の作品傷付けるほど見境失ってない」

 そもそもライカン君は既にけっこう傷付いている。街の子供や品のない芸術家達にしょっちゅういじめられているからだ。


 そのうち疲れたのか、アレクトはライカンくんの前に座り込んでいた。

「…………父さんは、悩んだ事なんてないんでしょうね」

 ライカンくんの表面のヒビを触りつつ、アレクトが呟く。

「子供の頃から機械工学に夢中になって、16歳で時計、20歳で計算機、私が産まれる前には自動人形(オートマタ)、全部成功して……才能があって」

「おいおい、悩みが無いってのは言い過ぎな気がするぞ」

 ゲールがほんの少し、アレクトを嗜める。

「グレンのあの言葉も、君を心配しての事だ。父親として、娘に幸せになってもらいたいのだよ」

「娘を心配して出る言葉が『夢を諦めろ』だっての!?」

 いつの間にやらアレクトはライカンくんのひび割れを絵の具で固めはじめていた。落書きが重ねられ、黒い極彩色になったオブジェに、群青のパテが重ねられる。

「……うん、一言、二言は足りないかもな。あと一年振の第一声がアレなのも……」

 父親を巡る話には結論が出そうにない。


 ライカンくんのヒビが埋められ、アレクトは満足げに微笑む。次いでいたずら心が芽生えたのか、オブジェの色にアレンジを施し始めた。

「ねえゲール、アンタが元いた世界の話して」

「む、いいぞ」

 ライカンくんのとがった耳を黄色に塗りながら、アレクトは話をせがむ。ゲールが元いた世界の話、彼の前世の話を。

 ゲールはアレクトが生まれた日に目覚めた。

 グレンの作った自動人形(オートマタ)が突然意思を持ち、独りでに動き出したのだ。

 彼自身自動人形(オートマタ)ゲールとして生まれた時は混乱していたが、そのうち意識がしっかりしてくると度々こう言うようになった。

 私は元は人間で前世の記憶がある、と。


「ジャンルは?」

「芸術家、の大家」

「では黄色の大輪を描いた片耳の画家の話を──」

「ゴッホやだ。ピカソがいい、ルイス・イ・ピカソの話して」

「……ピカソの何が女性をこうも惹きつけるのだか」

「面白いじゃんピカソ。ピカソっていいもんだよ」

「彼の遺言か、元は『女っていいもんだよ』だったか。7人もの女性と付き合ったと言う話だなピカソは」

 ゲールは元いた世界の芸術家の話を続ける。アレクトは彼の世界の芸術家の話を聞くのが好きだった。

「中でもピカソの『泣く女』と言う絵のモデルになった女性は彼と共に画家になった、よく泣く女性だったらしい。彼との破局後はうつ病になってしまったと」

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