針を回してみる:2
「君の母は死んでいる」
「知ってる」
そっけなくアレクトは答える。
「でもここって死者の世界なんでしょ?」
「レンフレッドはそう言っていたが……」
「探し続ければいつか母さんに会えるかも知れないじゃない」
どこか投げやりな様子のアレクトにゲールはため息を吐いた。
「いつまでここにいる気なんだ」
いつの間にかアレクトは地面に座り顔を伏せていた。
「死者の世界って言うのなら、君はここに居るべきじゃないぞ」
ゲールは彼女の前で膝を着き、目線を合わせる。
「嫌、まだ帰らない」
「…………母の事が知りたいならグレンに聞いてみるのはどうだ?」
少し遠くへと飛んで行った時計からは微かにグレンの声がした。
「……話したくない」
「私とも?」
「何も考えたくない」
それが本心だったのか、アレクトは黙りこくってしまう。
「そうか……」
埒が開かない、と言ったようにゲールは肩をすくめる。
「私も巻き込まれているのを忘れなくな」
それからしばらくして、ゲールはアレクトを背負い暗い道を進んでいた。
(まだ河の音が聞こえてくるな)
彼が頼りにしたのは、自分達をここまで運んだ激流の音だ。
「ねえ、どこまで進むの?」
無言で進むゲールの背でしばらく振りにアレクトが口を開いた。
「あてはないよ、道がある限りだ」
ゲールに背負われるまで、アレクトは特に動こうとせずにいた。彼女の懐中時計は回収していたが、ゲールが話しかけても返答は何一つ返さない。
「意味も無いのに歩くの?」
「まあね、君は『そういう事』は嫌いだったな?」
「……ええ、無意味よ、先に何があるなんてわからないじゃない」
「無意味に歩くというのは楽しいがね」
「わかんないわね、そういうの」
「生前私は悩み事があれば散歩をしていたんだ」
会話を続けるゲールの脳裏には様々な思考が浮かぶ。
「身体を動かすのはいい、運動するのもね、続けていると考えがまとまってくるんだ」
現在の彼の悩みはアレクト、彼女をどう励ましていくかについてだ。