母さんそこに魔王がいるよ:1
暗闇の中、アレクトはゲールの腕を必死に掴んでいた。
全てが凍りつくような寒さの中ではゲールの機械の躰ですら暖かい。
アレクトは必死に彼にしがみついた。
『アレ……クト……』
懐中時計からの父の呼びかけは未だ続いている。
それを耳にしながら、アレクトの思考はぼやけていく。
(…………声が、聞こえる)
アレクトは誰かの話し声を聞いた。
(聞いた事ない声……何を話してるんだろ)
彼女にとって聞いた事も意味を理解する事も出来ない会話だった。
少しずつ、彼女の意識と視界が鮮明になる。
開けた視界の中、アレクトは奇妙な部屋に居た。
「……こ、今度はどこ?ゲール?」
見渡してもゲールは居ない。
白い壁の、それなりの大きさの部屋だ。
見慣れない服装をした人達が、ベッドに横たわる老人へ話しかけている。
「……え?……ゲール……なの?」
ベッドに横たわっているのは、ゲールだった。
彼女が知る機械の躰ではない、痩せた老人の姿。
自動人形であるゲールしか知らない筈のアレクトだったが、彼女には一眼で分かった。
手をベッドの柵に掛け、薄目で周囲の人を見るゲールは今際の際にあるようだった。
(記憶……)
アレクトは今日起きた事柄から推測する。
(これは、ゲールの……彼が自動人形になる前の記憶)
ゲールの手が、ベッドの柵から力なく落ちる。
周囲の人達が彼の近くへ寄り、声をかけ始める。
その様子をゲールは見ている。
静かな眼つきで、家族と思しき人達をただ眺めている。
ゲールの口が動いた。
必死に何かを伝えようとしている。
彼の家族が、ゲールの声を聞き取ろうとする。
アレクトも興味を抱き、彼の側に寄った。
ゲールは何かを言おうとしているが、アレクトの耳には単調な音にしか聞こえない。
ただ、ゲールの焦り。
もう時間の残されていない彼の必死さがアレクトにも伝わった。
ゲールの様子に虚しさを感じ、アレクトは彼の肩へと手を触れる。
触る事は出来るが、記憶の出来事にアレクトは干渉できなかった。
ゲールが最後の言葉を紡いでいる時。
突然、周りが暗くなった。
「……ああ、そっか」
何も無い暗闇、自身の手すら見えない完全に闇。
しかしアレクトは自分の手元にゲールの存在を感じる。
「ゲール、こんな風に死んだんだ」
最後の瞬間、何かを言おうと頑張っていたゲールの様子を思い返す。
『ありがとう』
そう言おうとしていると、アレクトは思った。




