What time is it now?
他の職人達が眺める傍ら、アレクトは慣れた手つきで時計の機関部を点検して行く。長い赤髪は帽子の中に纏めて仕舞いこみ、手に持つ工具で歯車を触っている。顔は潤滑油と汗で汚れているが、彼女の表情は楽しげである。
「エリオ……じゃなくてスティーブ、レンチ取って」
「はいよ」
「ありがと、ところで油差しすぎじゃない?もしかして新米に任せてる?」
「そこは内緒で頼むよ……」
「あっそっ…………よし」
休むことなくアレクトは機器の点検を続けて行く。
「ゲール、持ち上げて」
「了解した」
アレクトの言葉を受け、ゲールは彼女を軽々と持ち上げ時計の上部へと持ち上げた。
「オッケー、また呼ぶから呼んだら来てね」
「待てってアレクト!俺も行くからゆっくり!安全に!」
「頼んだぞ二人ともー」
アレクトとスティーブは時計台の上へと向かって行く。
後には何名かの職人とゲールが残された。
「ゲールさん、本当にタダで良いんですか?」
「良いとも、まずあの子の本分は画家だからな。そもそも今日だって──」
ゲールは年長の職人と長引きそうな話を始め出した。
「……あのー兄さん、誰なんです?今の子」
アレクトの姿が見えなくなった後、若手のが職人が隣の先輩職人に声をかけた。
「なんだカル、お前会うの初めてか?」
「そりゃもう、ここまだ3日目なんで」
カルと呼ばれた職人は次いでゲールを指差す。
「それにアレ、何なんですか?人間なんすか?」
「ハハ、変な組み合わせだろ?女の子に仮面の大男なんて」
カルに座るよう促しながら職人は話し始めた。
「とりあえずさっきの子はアレクト、この街に住んでる画家だ」
自称だがなー、と近くで休んでいる職人が合いの手を入れる。
「あー、ライカンズデルですもんね。芸術家の卵って奴ですか」
「ああ、時々街の中で絵描いてるの見かけるよ、ただそれとは別に時計の構造に滅茶苦茶詳しくてな、腕時計から柱時計、ここ時計台の時計だってパッと直しちまうんだ」
職人が時計台の機構を指差す。
「一年前にここが止まった時にな。親方ですら動かすのは無理だって言ったコイツをあの子は一人で直しちまったんだ。代わりに毎日飯を奢るハメになったが……時計に関する腕は凄い女だよ」
「画家なんて辞めて職人になれって俺達何度も言ってるんだがねぇ……その話すると怒り出すんだよなぁ、アレはどういう訳なんだろうなぁ」
「なんか時計弄るのは好きだけど仕事にするのは絶対嫌だってよ、本当勿体無いねぇ。ありゃもう才能だってのに」
いつしかアレクトの話は先輩職人同士の雑談になっていた。
「あの……アレクトって子の話はわかったんですがあの……あのデカい人は何なんです?」
カルが口を挟むと、先輩職人達は顔を見合わせた。
「なあカル……お前、自動人形って、わかるか?」
「はい?何ですそれ?」
「知らないかー、まあお前が生まれた時くらいの話だろうからな、無理もない」
カルは再びゲールを見た。季節は初夏、暑いくらいの部屋の中で長袖の黒いコートに身を包み、帽子と仮面、手袋までした大男。身体からは歯車か何かが軋むような音すら聞こえてくる。
「17年前、天才作家ルイス・アインズとグレン・マイヤーが作り上げたって言う『意志を持つ機械人形』……それがあの爺さんって話だ」
「機械……人形?それなら聞いた事ありますけど、ただのオカルトでしょ?意志のある機械だなんて」
「今の若者の間じゃあそんな認識なのか、俺たちの間じゃ自動人形と言っちゃどえらく騒がれた代物だぜ?それにこの話……」
先輩職人が押し黙った。
「私の話をしているのかな?」
「うぉっ!」
いつの間にか、カルの背後にゲールが立っている。
「ああ、丁度いい。ゲールさん、コイツ新米なんです。いつものヤツ話してあげてくださいよ」
先輩職人がカルの背を押す。
「あの、ゲール……さん?自動人形って本当なんですか?」
恐る恐ると言った様子でカルが尋ねる。
「如何にも私は自動人形、ゲール・マイヤーだ。グレン・マイヤーを父に持つ。思考し、行動し、会話する事のできる唯一の存在。因みに時計の機能も備えているぞ」
「…………今、何時なんです?」
思考が追いついていない様子でカルは時間を尋ねる。
「そこの君」
ゲールが先輩職人に声をかける」
「今何時だ?」
「午後2時ちょうどです」
「午後2時だ」
そう言うとゲールは歯車をカタカタと響かせた。彼なりの笑いの表現らしい。
「頭が痛くなってきた……」
混乱が極まったのか、カルは項垂れ顔を覆った。